【トーク版】二年少女~ギャラクシー・ファンタジア・オンライン~

第11話「2つ目のログ」

エピソードの総文字数=5,221文字

 ウェストエンドの街に帰りいた後、あつもりの部屋の近くにある宿に厩があったため、軍馬はそこに繋ぐことにした。

 本当ならあのまま牧場に預けて繋養してもらうのが一番なのだが、この「[軍馬]助けて!GFO世界に居る!メニュー表示不能!ログアウト不能!」については、毎日ギルドメンバーが入れ代わり立ち代わりトレードして、なるべく沢山ログに名前を残すことが目的なので、近くに置いておく必要があったのだ。


 あつもりとカグツチはギルドホールに入れないため、あつもりの部屋に居を構えることになった。

 狭い部屋ではあるがそれでも4~5人は寝起きできる。

 もえから自分の課金ルームをカグツチに提供すると言う提案も出されたが、カグツチ以外の全員の反対に会い、その案は却下された。


 こうしてギルド[もえと不愉快な仲間たち]臨時出張所のようになったあつもりの部屋には、四六時中ケンタや黄飛虎をはじめとしたギルドメンバーが出入りし、もえの可愛らしさについて日々熱い議論が戦わせられている。


 街の中にも少しずつ自暴自棄になっていない人々が現れ始め、日本人的な道徳観をもとにした「誰が規制したわけでもない倫理観に基づく秩序」が出来上がり始める。

 リアルGFO世界が始まってから4日目の朝は平和に始まり、救助の希望を持った人々は穏やかに異世界を生きていた。


  ◇  ◇  ◇


 ギルドホールのテーブルの上では、今日も[蒸気ラジオ]が定時リピート放送を流している。

 朝っぱらからアルコールで満たしたジョッキを酌み交わし、シェルニーはコロスケ伯爵とログをもっと効率的に広める方法を話し合っていた。

 とは言えアルコールの入った席上である。

 話の内容は運営の反応の遅さやゲーム内アナウンスが全く無い事など、愚痴に終始していた。

丸一日過ぎてんだぞ? 俺らが何十回と流した馬の、ほらなんだ『[軍馬]助けて何とかかんとか』のログ、いつになったら見つけるんだ? 見つけたらラジオで『見ました!』って言うとかよ、何かあんだろ
いや、さすがにラジオでの返事は無いですな。情報開示をどの程度行うのかにもよりますが、現実世界の人も聴いているWebラジオに『ゲーム内から連絡がありました』といきなりぶちあげてくるとは思えんのですな

 くだをまくシェルニーはやはり酔っ払いのオッサン以外の何物でもない。

 単眼鏡を軽く持ち上げ、まともな意見を言っているコロスケ伯爵も、その真面目な言葉と表情とは裏腹に、顔は真っ赤に染まっていた。

ログを解析して私達のメッセージに気づいても、向こうからの連絡方法に迷っているのかも知れませんよ
 テーブルにスライスしたチーズと燻製肉を盛り合わせた皿を置き、もえも席につく。
警察や病院と連絡を取りながら対処法を考えているのかも知れません。とにかく人の命がかかってる事ですから、運営も出来る限りのことはしてくれると思います。今は待つしか無いんじゃないでしょうか
 片手で頬杖をつきながら、もう片方の手に持ったフォークで飾りのオリーブをもてあそんだもえは、上目遣いにシェルニーたちの表情を観察した。
(こいつらも心の中では思ってるんだろうが、運営が俺達からのメッセージを見つけても、イタズラだと思っているか信じてないか……って所が現実的だろうな。まぁ連絡がこねぇのが俺的には一番良い展開だし、それはいいや。ただ、今日は月曜日のはずだ。現実の俺が無断欠勤した会社からの連絡で意識を失っている所を発見され、救命処置されてるってのがベストなシナリオだが……)

 運営と連絡を取ろうと行動を起こした後も結局情報は一方的なものであり、Webラジオの[GFO放送局]唯一つに頼らざるをえない現状だった。

 この時点で定時放送のGFO放送局が発表した、GFOに接続したまま意識を失って居る「GFO昏睡者」の数は延べ4万2千人。

 また、昨日まで植物状態と表現されていた人々は脳死状態であると診断され「GFO脳死者」と呼ばれるようになり、その数は約3千人にのぼった。

 GFO脳死者の増加数は2日目をピークに減少しており、今は殆ど増加していない。

 なお、意識不明に陥った後のGFOクライアントの終了、電源オフ等による急死者数は38人とされた。


 そして、これが最も重要な情報で、シェルニー達の苛立ちのもとでも有るのだが、「GFO昏睡者」が意識を回復したと言う報告は、未だ1件もなされていなかった。

(ふぅ、見てるこっちまで息苦しくなる。情勢も安定してるようだし、少し外の空気でも吸ってくるか)
私、軍馬トレードに行ってきますね
 カラン、とフォークを皿に置くと、もえは椅子の上でくるっと後ろを向き飛び降りる。
クマちゃんとカグツチくんにお昼ご飯も置いてきます
 先ほど作り置きしておいたチーズや燻製肉等と、サンドウィッチ用にスライスしたパンを手提げ袋に入れ、スープの入ったロックスイッチ付き圧力鍋をカゴにそっと入れていると、口をモグモグしながらケンタが寄ってきた。
手伝うっす。俺もエロツチからかいに行くっす
あ、おふぇふぉ(俺も)

 こちらも口を食べ物で溢れさせている黄飛虎も手を上げる。


 もえは手提げ袋を持ったケンタと、カゴを持った黄飛虎に「ありがとう」とニッコリ微笑み、3人はギルドを出てあつもりの部屋へと向かった。


  ◇  ◇  ◇


いい天気っすねー
 まだ口をモグモグさせているケンタが眩しそうに空を見上げる。
そうですねー。でもGFO世界は日焼けしないからいいですよね

 もえが元々広めに開いている服の襟元をを少しずらし、日焼けを確認しながら言うのを黄飛虎とケンタは見逃さない。

 視線に気づいたもえはすぐに手のひらで襟元を押さえた。

もー、すぐそうやって見るんだからー
俺は見てないっすよ
いやいや、俺も見てないよ?
 英一(もえ)にとって、こんな他愛もない会話が一番楽しい。
(これだよ。これがもえの世界、俺のGFO世界だよ。もう血生臭かったり深刻だったりする世界は止めてくれ)
 もえはニコニコしながら「もー」と怒ったふりをして、ケンタたちも笑いながら逃げた。
あらあらケンター。ケンタもこっち来てたのー?
あ! ありさ姉……じゃなかった[ヘンリエッタ]さん! GFOに入ってたんすか!

 楽しい会話をしながら歩いている3人に、道端に座り込んでいた女性から急に声がかけられた。

 どうやらケンタの知人らしいこの女性は「あらあらー! あなたがもえちゃんでしょー! 本物だー!」といきなりもえに抱きつく。

うわぁーなにこの可愛さー! ケンタがー妄想の中でーあんな事やこんな事させちゃうのもー無理ないわー!

 小柄なもえより20cmは大きい身長と、身長に見合った大きな胸で抱きしめられ、もえは窒息寸前だった。


 ジタバタしながらなんとかヘンリエッタを引き離すと「は……はじめましてっ。もえです」と挨拶をする。

 自己紹介もしていなかったのに気づいたのだろう、ヘンリエッタは少しウェーブのかかった肩口までの長さの髪を手櫛で整え、空色のエプロンドレスの裾を両手で摘むと少し腰をかがめて挨拶を返した。

はじめましてー。ヘンリエッタでーす。[射撃手]でー、レベルは50。ケンタからーもえちゃんの話はたーくさん聴いてるよー
私の話をですか? ケンタさんが?
そ、それよりヘンリエッタさん、今までどこにいたんすか?!

 焦ったケンタはもえの視線を塞ぐように体を入れる。

 聞かれたヘンリエッタは、あご先に指を添えて少し昔のことでも思い出しているかのように首をひねると、ゆったりとした口調で話し始めた。

今はねー、ギルドに居るんだけどー……。ちっちゃいギルドでねー、GFO転移の時にはー3人しかログインしてなかったのよー
 一度言葉を切り、チラリとケンタの方に目を向けたヘンリエッタだったが、目が合うと直ぐに目を伏せ、逡巡の後意を決したように言葉を続ける。
しかもー最初の夜明けが来る前にー自棄(やけ)になったメンバー2人に襲われかけてねー。武器使用制限のあるギルドホールだとさー、やっぱり男には敵わないねー。まー逃げたんだけどさー。ははっ
 3人はかける言葉を失い、ただヘンリエッタの言葉を待つ。
あー、ひかないでよー。その時なんとかーギルドの外に転がり出てねー、あ、武器使用制限が無いって思ったらー、思わず撃っちゃったのよー、ギルメンをー
 右手で拳銃の形を作り、誰もいない虚空へ向ける。
ばん! ばん! ばーん! ってねー。知ってたー? このGFO世界だと、本来のダメージが低くてもー当たりどころが悪いと即死するのよー。仲間が死んだことにキレたもう一人がー……。ははっ、……私も仲間なのにねー。……仲間が死んだことにキレたもう一人がー、剣を抜いて襲い掛かってくるもんだからー、そっちも……ばん! ばん! ばーん! って
 いつの間にかヘンリエッタの目からは涙が流れていた。
後はー、今朝までー、誰も入ってこない安全なギルドホールでー、じっとしててー……
もういいっす!

 ケンタはヘンリエッタを抱きしめる。

 170センチはあろうという大柄なヘンリエッタだが、ケンタはそれに輪をかけて背が高い。

 ヘンリエッタの頭を胸に抱きしめて、ケンタはその場に居てあげられなかったことを悔しがり、目を閉じた。

……もういいっす。もう大丈夫っすよ……
 抱きつかれたのにも気づいていないかのように、虚空一点を見つめてヘンリエッタは話し続ける。
じっとしてたんだけどー、今朝になったら体がおかしくてさー。感覚がなくて気を失いそうになるのー

 もえもヘンリエッタの背中に回り、二人を抱きしめる。

 身体の温もりを、もう一人ではないことを伝えるために、もえは腕に力を込めた。

怖かったね……。頑張ったね……。でももう頑張らなくても大丈夫ですよ
ん……? ケンタ? もえちゃん?

 ヘンリエッタは初めてこの状況に気づいたように涙を拭う。

ごめんねー、何か朝からー記憶もごちゃごちゃでねー。思い出さなくてもいいことー鮮明に思い出すしさ―、困っちゃう

 そこまで話したヘンリエッタは笑顔を見せる。

 ケンタの腰に回した手でそこにあったもえの手を握り、彼女はホッとしたように息をついた。

ありがとねー。ケンター……もえちゃん……ホントに……かわいいねー……

 かくん。

 ヘンリエッタの体から力が抜け、ケンタに抱きとめられる。

 ケンタは彼女を背負い、もえと黄飛虎に先導されて、あつもりの部屋へと走った。


  ◇  ◇  ◇


 あつもりの部屋にもえ、あつもり、ケンタ、黄飛虎、カグツチが集まり、ヘンリエッタをベッドに寝かせていた。

 あれからヘンリエッタは目を覚まさない。微動だにせずに眠っており、まるでこのまま安らかに永眠してしまいそうなほど呼吸が浅い。

 もえはある種の予感に突き動かされ、ヘンリエッタの枕元から立ち上がった。

ケンタさん、ヘンリエッタさんのリアル知ってます?
知ってるっす。従兄弟のねーちゃんなんで。どうかしたんすか?
ヘンリエッタさんって一人暮らし? 学生?
大学2年で一人暮らしっすよ
これは……たぶんそうクマ……
 あつもりともえはうなづく。
ケンタさん、ヘンリエッタさんのリアルの名前年齢住所とかわかってますよね?
住所……は微妙っすけどたぶん分かるっす。他は大丈夫っすけど?
たぶん、ヘンリエッタさんは現実世界でGFO昏睡のまま、治療を受けられていないんじゃないかと思います。……もう一頭軍馬を買いに行きましょう。時間がありません。急ぎますよ
 たまたま軍馬トレードの帰りに顔を出したというプルフラスにヘンリエッタの看病を任せ、もえ、ケンタ、あつもり、黄飛虎の4人でまた牧場へ向かう。
気休めかもしれないけど……

 バックパックから[復活のロザリオ]を取り出すと、ヘンリエッタの首にかけ、もえは3人と共に街を出た。


 もえの銃は弾倉の補充が出来なかったため、[もえ倉庫]に入りっぱなしだった武器に持ち替えてある。

 下位の[レアリティ7]双機関銃ツヴァイハウント・クルツだが、この辺りのモンスター相手ならば十分な威力だろう。

 またカグツチも[レアリティ6]忍者刀ムミョウを倉庫から見繕ってある。

 ポーションもそれぞれ持ち歩いていたし、魔法攻撃職以外の職も揃っているため、道中特に大きな危険もなく、まだ日の高いうちに牧場に到着する事ができた。


 即座にカグツチが軍馬を購入する。

 ジェムはギリギリで、これ以上の軍馬を購入するには金策が必要になってくるだろう。

 事実上最後のメッセージ用軍馬だった。

[軍馬]中島ありさ(20)千葉県○市××。GFO昏睡、未発見。救命乞う
 もえは神妙な面持ちで軍馬をトレードするケンタの背中に優しく手を当てた。
(この世界に来てから神に祈ることが多くなったな)
 もえは胸のロザリオを握り締めると、真っ直ぐに前を見つめ、暗い帰路を急ぎ進むのだった。

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