変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第36話「どうすれば、あのバカを死罪に持ち込めるだろうか……」

エピソードの総文字数=5,140文字

 公衆トイレから退散した四人は、元の立看板の裏まで戻ってきた。
「おっ、田中さんがウンコし始めたわよ! 泣きながらひり出してるわ!」
「な、泣きながら!?」
 いつものクールな恭介に馴染んでいるせいで、いまいち想像が出来ないが……
 しかし、あれだけの辱めを受けたのだから、泣いてしまったとしても別に不思議はない。
「ぐっへっへっへ……さすがに三日ぶりのウンコね! ぶっといのがにゅるにゅる出てくるわ!」
 気持ち悪い顔でぐへぐへ笑う竹沢由美子。
 ふと疑問に思って、元十郎は問う。
「何故、トイレの中の状況が分かるのですか?」
「そりゃ分かるわよ。トイレは私の支配圏(テリトリー)だもの。あたしにはね、トイレの中で起きてることは何でも分かるのよ。田中さんが今ひり出してるウンコがどんな色なのかもね!」
 ギョッとした後、下忍たちが顔を顰めて申し出てくる。
「元十郎様、これは間違いなく"覗き"ですよ……」
「軽犯罪法違反として逮捕すべき案件なのでは……」
「ああ、そうだな……」
 もっともなことだと元十郎が頷くと、竹沢由美子はハッと息を呑んで<パチン!>と指を鳴らした。
「――……?」
(……ん? なんだ?)
(いかんいかん、少々ぼーっとしていたようだな……)
「――……?」
「――……?」
 重要な任務に就いている最中だというのに、下忍たちもどこかぼんやりしているように見える。
「ヤバイヤバイ、危ないところだったわ!」
 まるで安堵でもしたように、彼女はふぅ~と息を吐いている。
 こちらに向き直って、今の状況を説明してくれた。
「今、あの公衆便所で田中さんがウンコしてるの。あたしたちはそれが終わるのを待ってるのよ」
「ああ、そうですな、そうでした!」
 今がどういう状況なのかを思い出し、元十郎は公衆トイレの方に視線を向ける。
 恭介が出てくる様子はまだない。
「まぁ、ゆっくりさせてあげましょ? 三日ぶりのお通じだから色々大変なのよ」
「む、むぅ……そうですな」
(三日ぶりか……)
(まさか若が便秘体質だったとは……)
 天野家の人間は疾病耐性が高く、一部の例外を除いて大抵の者が病とは無縁の健康体である。
(頭痛持ちだというのは知っていたが……)
(消化器系にもトラブルを抱えていたのだな……)
 若杉家は、代々天野家に仕えてきた一族である。
 家長である元十郎の役目は、少々感情の興りに難が見られるものの、忍びとしては優秀な若き里頭の補佐……
 恭介の体調不全について、把握しきれていなかったことを不覚と思う。
「それはそうと、由美子殿!」
「ん?」
「先程のは、さすがに酷いですぞ! 確かにけし掛けたのは私ですが……」
「? 酷い?」
 悪びれた様子もなく、由美子は首を傾げる。
(ううむ、無自覚……)
(これが魔族か、なんという恐ろしさ……)
 かつて魔界に棲んでいた人族――つまり、魔族。
 彼らは基本的に、人間とは異なる価値観を持っている。
 大半の者が陽気な楽観家で、他人の迷惑や自身の責務を顧みず、自由気ままに趣味の道を生きる。
 知能の高さとは裏腹に、物事について深く考えることはない。
 何かとあれば、酒宴や賭け事といった享楽的な遊興に耽ってばかりの不真面目な種族である。
「ふふふ、冗談よ。あたしもちょっとやり過ぎたかなーって思ってるわ」
 そう言って、由美子はペロリと舌を出した。
「あの人――田中さんってさぁ、ものすっごい"マゾの素質"があるのよね! だからついつい虐めすぎちゃったわ☆」
「!? マ、マゾの素質!? わ……田中が!?」
「ええ! まるで虐められるために生まれてきたような人よ!」
「そ、そ、そんなバカな……」
「いいえ、あたしには分かるわ。調教次第ではあの人、第一世界の性奴隷品評会で史上最高のオークションレコードを叩き出すような"SSS(トリプルエス)隷奴"に化けるわよ」
「…………」
 まるでダイヤの原石を見つけたように目を輝かせながら、いやに自信満々に言い切る彼女に……
 元十郎はクラリと目眩を覚えた。
(せ、性奴隷品評会……)
(我らの里頭が……)
 あまりに突拍子のない話に茫然とする。
 そうこうしているうちに、公衆トイレから恭介が出てきた。
「あ、田中さん出てきたわ!」
 由美子が嬉しそうに声を上げて、恭介の方に駆け寄っていく。
 ハッとして、元十郎も後を追った。
「…………」
 由美子の笑顔と対照的に、恭介の顔色はすこぶる悪く……妙にゲッソリして見える。
「どう? 田中さん! いっぱいウンコ出してスッキリした?」
「…………」
「終わった後、トイレットペーパーでちゃんとキレイにおしりの穴拭けた?」
「…………」
「ぶっといのがいっぱい出たけど、別に切れ痔とかにはなってないみたいだから安心してね!」
「…………」
 由美子と顔を合わせないように、サッと顔を俯ける恭介。
『……このバカを追い払え』
 イヤホンから聞こえた指示を受け、元十郎はすぐさま由美子に声を掛けた。
「由美子殿!」
「ん? なに?」
「アイスクリームなどいかがですか? あそこの自販機にアイスクリームを売るものもあるようです!」
「あ、いいわね! アイス食べた~い♪」
「そうですか、それは良かった! ささ、それではどうぞ! ほらほら、あちらへ!」
 先程、由美子を追いやったのと同じベンチを、揃えた指先で示す。
「おまえたち! 由美子殿にアイスクリームを買って差し上げろ!」
「あ、はっ、承知しました!」
「えっ、それは元十郎様の奢りですか?」
「!? それくらいおまえたちで出せ! いいから早く行け!!」
 アホなことを言う下忍たちに檄を飛ばし、由美子共々この場から追い払った。
「…………」
「…………」
 立看板の裏手――
 二人きりになると、元十郎は早速頭を下げた。
「申し訳ございません! 私がけし掛けたばかりにあの娘が……」
「……いや、必要なことだった。あの脅威は、実際に術を受けて体験してみなければ解らなかっただろう」
 そう言って、恭介は向こうの自販機前に立つ竹沢由美子に鋭い視線を向ける。
「あたし、チョコソフトがいいな。なんか無性にチョコソフトの気分だわ、今!」
 恭介の眉間に刻まれた皺は、近年稀に見る深さだった。
「…………」
(お、怒っている……)
(これは、相当怒っておられるぞ……)
 怒りを露わにする暗殺機械(マシーン)……
 信じられない気持ちで、元十郎は恭介の顔を凝視する。

 幕府嫌いな恭介は、幕府の話題が出ると時折顔を歪めることがある。
 持病の頭痛が酷い時に、少し苛立った様子を見せることもある。
 しかし、それらの変化が霞むほどに、今の恭介の顔には明確な怒りが表れていた。
(ま、まぁ、さっきのアレ(・・)はな……)
(さすがの若でも、怒って然るべきか……)
「その……驚きました。まさか若の紋が効かないとは……」
「なんなんだ、あのバカは……それからあの下忍たちも……」
 恭介は、アイスを選んでいる三人を睨んでいる。
「ん? 下忍たち?」
「あのサッキュバスに踊らされて、追従して……」
 どうやら恭介の怒りは、竹沢由美子のみならず、彼女と一緒になって排泄介助に勤しんだ下忍たちにも向いているらしい。
 察して、元十郎は慌てて申し出た。
「あ、あの下忍たちにつきましては減給処分と致しましょう!」
「じゃあ、おまえも減給だ」
「――えっ!? 私もですか!?」
「何が『ご武運を』だ、ふざけやがって……」
 トイレの個室を去る時の元十郎の一言を根に持っているようで、恭介は吐き捨てるように言った。
「――!! も、申し訳ございませんでした!!」
 大慌てで頭を下げる元十郎。
(おお、減給……)
(しかし、何というか――久しぶりだな……)
 厳密には、南天野が主導権を握っていた時期に、嫌がらせとしてしてかなりの賃金減額を言い渡されていたのだが……
 あれを別としたら、自らの手落ちを理由に減給処分を受けるなど実に二十年以上ぶりである。
 懐かしすぎて、逆に感動のようなものを覚えてしまった。
「……まぁ、そんなことはいい。それより、恐らくあのバカは悪魔召喚に関わっている」
「悪魔召喚ですか」
「ああ、紋を打ち破れるほどの強大な力を得る――最も手軽な手段がそれだ」
「ふむ、そうですな……」
(確かに悪魔との契約で得た力ならば……)
(紋が効かなかったとしてもおかしくない……)
「悪魔召喚は大罪だ。奴が関わっているのなら見過ごせない」
 悪魔召喚……
 第三世界人にとっては、あまり馴染みのない部分もあるが、第一世界には悪魔に毀された陰惨な長い歴史がある。
 第一世界で最も先進的なウネニア王国においてさえ、未だに悪魔召喚を行った者には火炙りの刑が適用される。
 第三世界内で被疑者が現れた場合、被疑者の身柄は問答無用で第一世界の退魔師局に引き渡される。
 因みに、羽音神市内で退魔師局に身柄を引き渡されて取り調べを受ける被疑者は、年間約百名――そのうち有罪となって実刑を受ける者は一人か二人だ。
「退魔師局に引き渡してやる。あんなバカは火炙りになればいい」
 低く呟いて端末を取り出し、恭介は厳しい顔でヘリの中でも確認した住民検索の内容を詳細に読み込んでいく。
 先程のヘリでは時間が足りず、基本情報にしか目を通せなかったのだ。
「……チッ、既に退魔師の取り調べを受けたことがあるようだ。しかも潔白が証明されている」
(し、舌打ち……)
 恭介が舌打ちするところなど初めて見た。
 元十郎は思わず姿勢を正してしまう。
「四年前のことらしい。悪魔召喚を行ったのは彼女の兄で……事故によって亡くなった彼女を自らの魂と引き換えに蘇らせ、その後の彼女の幸せを願ったそうだ」
「!? 亡くなったのですか! 彼女が!?」
 思わず由美子の方に目を向けてしまう。
 自販機の前で無駄にピョンピョン跳ねている元気溌溂とした彼女を見ていると、とても死亡経験があるなど信じられない。
「ああ、善性の悪魔召喚の典型的なパターンだ。しかも本人は召喚にはノータッチ。これなら潔白と審判されても仕方ないか……」
 潔白と判断されたのが不服らしく、恭介はフンと小さく鼻を鳴らした。
「しかも、取り調べの担当者は"Yukito,K"――」
「ああ、彼ですか。それならば間違いないでしょうな」
 本日、悪魔召喚の嫌疑が掛けられた市議会議員を引き渡すために、恭介が会ってきたばかりの退魔師だ。
 まだ若いながらも実力は折り紙付きで、元十郎も面識がある。
「……悪魔召喚絡みからの火刑は無理か。ならば、どうすれば、あのバカを死罪に持ち込めるだろうか……」
「!? いやいやいや! ご立腹なのは解りますが、あれでも一応、あの娘は市民ですから!」
 忍軍の使命は『市民の生命(いのち)と暮らしを守ること』――
 市民に危害を加えるのはご法度である。
「あんな市民は要らない。容姿さえ良ければ何をしても許されると思っているんだ。これだからサッキュバスは……」
「!? あんな目に遭って、若にはまだあの娘が美しく見えているのですか!?」
 思わず突っ込んでしまう元十郎。
「サッキュバスとは美しいものだろう。奴らの取り柄は見た目の美しさだけ――節操なく強者に媚び入り、その庇護下に入り込むことでしか生きていけない貧弱な寄生虫だ」
「それ、由美子殿とはあまりにかけ離れているような……」
 金的でアサシン(強者)を撃退する深海魚顔の少女を思いながら……
 元十郎がそう言うと、さすがに恭介も少し思うところがあったらしく、溜め息を吐いた。
「そうだな。先入観は捨てるべきだな。あの女は厄介な特殊能力を得てしまった」
「悪魔召喚でないとすると……結局、彼女の力は何なのでしょう?」
「いや、悪魔召喚でないと判断するのはまだ早い。とりあえず、四年前の退魔師局の報告書に一度目を通してみよう」
「ふむ、そうですな。担当の退魔師に直接話を聞いてみるのもいいかもしれません」
「しかし……どちらにせよ後だ。今はアサシンのことを優先しよう」
(そう言えば、アサシンだったな……)
(正直、由美子殿が色々強烈すぎて、アサシンの影が薄れてしまった……)
「先程の映像から見るに、アサシンは彼女のことを相当恨んでいるでしょうね」
「ああ、殺したいほどに憎悪している。間違いない」
「…………」
 実感の籠ったコメントに、どう返すべきか迷い……
 とりあえず、スルーすることにした。
「あの分なら、きっと"いつものやり方"で復讐に来るでしょうな」
「そうだな……」
 恭介が頷いたところで――
 自販機で買ったアイスを手に、竹沢由美子がこっちに駆けて来た。
「田中さーん!」
「――!!」
 呼び掛けられて、恭介がビクッとして一歩後ずさった。
(ま、まさか……)
(怯えておられるのか、若!?)

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