レイルモデラーズ

第6話 工作用紙(学校芸能工作用紙)100枚入りをお求めのお客様

エピソードの総文字数=9,400文字

 代々木上原、天の川鉄道模型社。
「このごろ、お客さん、パタッとこなくなりましたねえ」
 メイが鉄道模型工作の手を休めて言う。
「私が毎回地雷踏んでどっかーん、ってなってるからかな」
「なに? その地雷って」
「いえ、なんでもないです」
「メイ、工作のスキル上げがんばるのも良いけど、店員としての仕事も忘れないでね」
「わかってます。でもその前にスプレーブース借りますよ」
「返してね」
 マスターが冗談を言う。
「当然です。でも、この難しい細いストライプをマスキング表現するの、大変だったけど、もうクルシイ戦いは終わります。あとはトップコート吹くだけ。私えらい。私よくがんばった。私、ここでついに有終の美を」
「ちょっと待った! その缶!!」
 マスターが気付いた。
「あっ!!」
 二人の声が揃った。
「やっぱりやっちゃったか……」
 メイはもう泣き崩れそうになっている。
 その手にしたストライプ入りのキハ58が、灰色で惨めに汚れている。
「……あれほどトップコートとサーフェイサー間違えないように注意してたのに! バカバカ、私のバカ……。これ、Ctrl+Zで戻せませんよね」
「まあ、無理だよな。デジタルデータみたいには行かないよ」
「そうですよね」
「でも、あの人なら出来るかな……」
「出来る人がいるんですか? エントロピーを収斂させうるラプラスの悪魔みたいな!」
「いる、といいたいけど……あ、いるんだった」
「どこにいるんですか。もうこうなったらその人に頼みます! 私このために睡眠削ってるんですから! もう私、ぎりぎりなんです!」
「そうか。ああいう人は、なあ。まあ、だいたい、こういうドアを」
 マスターがこの店の勝手口にいく。メイもついていく。
「一度閉めて、また開くと」
「異世界につながるわけですね! すごい、まるで深夜アニメみたい!」
「まあ、残念ながら俺たちのこれはアニメではなく小説だし、アニメ化される可能性もほぼゼロだし、だいたい大昔のSF映画みたいに異空間とつながるドアになっててそこに異種族がいる、なんてのは、もうありふれて凡庸な演出だから、今からやったらドン引きだよね」
 マスターがドアを開けると、
「えええっ!」
 マスターはすぐに閉じた。
「メイ、見た?」
「……いえ、たぶん気のせいです」
 メイも首を振って否定する。
「見えたとしても、見えなかったんです。というか、見なかったことにしましょう」
「そうだよね。異世界なんて、この世界に」
 マスターはドアをまた開けた。

「……あったよ」

 そこには大きな髪飾りを付け、優雅な金細工で飾られた純白の輝く甲冑に身を固めた女性が立っていた。

 *

「これ、絶対、著者にクレーム入れなきゃダメですよ! こんなの著者の横暴ですよ! いや、もはや暴力ですよ! ユルセナイ! シンジラレナイ! ヒドスギル! 雑スギル!」
「たしかにそうだよなあ」
 マスターもあきれているが、その甲冑の女性は店の中で外装を外しはじめた。
「うむ、ここに商都での円卓会議から直接来なければ、ここの営業時間に間に合わないと思って、急いで赴いたのである」
「口調から顔からほんと」
「姫騎士というか戦乙女というか、思いっきり女騎士キャラだもんなあ。こんなのがこの現実にいると思うと。頭が痛い」
「む、痛いのか? ここには薬草もポーションもないのか? 備えが甘いぞ」
「そういえば大昔、コンビニでポーション売ってましたよね! ファイナルファンタジーの!」
「メイ、それ知ってるって君、ほんとは19歳じゃないだろ」
 マスターが頭抱えながらツッコむ。
「とりあえず頭痛はロキソニンで抑えるとして」
「ぬ? ところでこの宝物店では客に茶も出さぬのか?」
「はいはい、出しますけど、とりあえず納得いく説明をお願いします」
 メイがお茶を出すためにキッチンに行く。
「納得も何も、ここに余がこうして実在しておるから自明であろう。余は大河で隔てられし帝都からはるばるこの店に『いにしえの薄い紙の板』の束を買いに来たのである! 早速支度せい!」
「えっ! ってことは、学校芸能工作用紙100枚セットをメールで取り置き注文してたお客さんって」
「うむ、我が帝都から手紙を風に乗せて届けて置いたのだ。昨今は魔法も革命的に進化しておるのう。弥栄弥栄、良き哉!」
 メイとマスターは眼を見合った。
「これ、本当に異世界とつながってるの?」
「まさか。でも、たった6話目でいきなりこんなメチャメチャな展開してるってのは。これ多分著者、『ネタ切れ』になってるんですよ」
「そうかもしれん」
「ああ、もうダメ! この話のPVは0よ!」
「メイもそういう変なノリになってて俺、実際今、頭いてえよ」
「ロキソニン……」
「薬草……」
「二人とも黙ってくれ。俺、著者と一緒で、異世界モノは苦手なんだ」
「ええっ、そうなんですか! やった! マスターの苦手なものやっとみつけた! メモしとこう」
 メイがメモを取る仕草をする。
「というか。この緑の茶はうまいのう。我が帝都では紅茶しかなかったぞ」
「というかそれ、普通のコンビニで売ってる緑茶ティーバックなんですが」
「うむ、うまい。実に風味が良い」
 喜んでいる彼女の動きがその羽根飾りのせいで大きく見える。
「これ、ここからどうするんでしょうねえ。ここから私の『地雷除去シーン』に持ってって、私が地雷踏んで、マスターがそれをフォローして終わり、というせっかくできた決めパターンに戻すの、すごく難しそうですよ」
「まあそれは著者が何か考えるだろ。それよりまずその取り置いた学校工作用紙、包んで渡そうよ。それ買いに来たんだろうから」
「そうですね」
「うむ、ここで余の作りし美麗なる魔法力機関車を、其方たちにみせてやろうとぞ思うのだな。この店は鉄道模型の店であるからの。ありがたく感謝するがよい」
 彼女は背嚢から革張りのブックケースを取り出した。
「騎士の鎧というか装具は、あそこに背嚢があるんですね。私、はじめて知りました」
「俺も。なんか、すごく便利そうだね」
「というか、あの革張りのブックケース、なんか見たことないメーカーの焼き印はいってて」
「それなのに中がキャスコのブックケース用10両ウレタン使って車両が詰めてあるって……。これ、いったいどういう世界観なんだ……? 俺、本気でさらに頭痛えよ」
 マスターが頭を抱えている。
「私も目眩がしてきました……」
 姫騎士姿の彼女はそれが聞こえないのか、嬉々として店のカフェコーナーに自分の持ってきた車両を並べ始める。
「でも、向こうに異世界があるとして、そこでも鉄道も走っている、っていうのか」
「しかもその鉄道のゲージ、レール幅もちゃんと9ミリ、Nゲージなんですね」
「動力だけは全くよくわかんないけど」
「パンタグラフでもディーゼルエンジンでもボイラでもない謎の機械が付いてますね」
「でもスチームトラムに似てないか?」
「あの謎の黒いキューブがボイラなら、そう思えますよね」
 天の川鉄道模型社の二人は、何度も驚きにのけぞりながら観察している。
「む? ボイラとはなんであるのだ? この機関車は反重力錘動力を使っておるのだぞ」
「ナンダソレ……。おいおい、著者、また説明無しに、めちゃくちゃとんでもない勝手な設定ぶっ込んできたぞ……」
「反重力って……やりたい放題すぎますよ!」
「まあそういう著者だと思ってたけどさ。諦めはしてあったけど」
「これほどキャラに信頼されてない著者って、ほんと、どうかと思います!!」
「さて、ここには鉄道のある『いにしえの風景を再現した聖なる箱庭』があると思うておったのだが」
「……たぶんあれ、鉄道模型レイアウトのことですね」
「メイ、あのやたら疲れる口調を翻訳出来て、えらいよ。この話始まってから初めて、君を素で尊敬しちゃった」
「ダテにネトゲやスマホゲームのガチャでお小遣いどっさり溶かしてきたわけじゃないですから」
「思わぬところで役に立ったね」
「恐縮しちゃいますよ」
 二人はすっかりあきれている。
「む、どうしたのだ? 余の鉄道模型を其方たちの聖なる箱庭で披露してやろうとしておる。ありがたく光栄に思うてすみやかに支度せい!」
「はいはい。わかりました。電源入れますよ」
「でも、異世界の鉄道模型って、アナログ方式なんですか? それともDCC?」
「というか、普通の読者はもう全くついて来れないぞ。鉄道模型にアナログとデジタル(DCC)があるなんて、ここまでろくに解説してないし」
「うわ、ほんとですね!」
 メイがここまでの5話分の原稿を見て驚いている。
「俺思うけど、小説のキャラやってて楽なことはね、日記とかスケジュール管理が要らないんだよね。シーン進めばどんどん原稿と本になっていくから」
「そうですよね。読み返せば全部わかりますもんね。無理に覚えてなくていい。便利だ」
「でも、著者がトンチキだと世界ごと破綻しちゃうよね。特にうちの著者がお世話になってる神楽坂らせんさんの『ファンタジー世界のための質問リスト』みたら、うちの著者の設定、あちこちヤバかったぞ」
「うわ。話の危機、すなわち私たちの世界の危機ですよ!」
「まあ、すでにきわきわだよなあ」
 そう愚痴る二人の前で、彼女がレールの上に機関車を乗せようとする。
「ふっ、この情景箱庭め、余の聖なる機関車を拒みおる。なかなか見所があってよいぞ!」
「いや、普通にリレーラー使ってください」
「そうだな。ではじっくりと徳の高い余の機関車で楽しませて貰おうか」
「なんか、彼女、どっか変なオッサンキャラの混じった姫騎士じゃありませんか?」
「多分これ、著者の異世界キャラの知識がメチャメチャ古いせいなんだよ。もともとうちの著者、ずっと昔にテーブルトークRPGでゲームマスターやって、コテンパンにプレイヤーにいじめられて以来、異世界モノにトラウマあるって」
「え、そうなんですか」
「らしいよ」
 二人がそう言う間に、リレーラーを使った姫騎士の手でようやく機関車がレールの上に乗った。
「じゃ、通電、と」
 何も起きない。
「あれ?」
「ちょっと押してみて」
 メイが指で機関車をちょっと押してみる。
「やっぱり動きませんね。あの、姫騎士さん、すみませんがちょっとこの不思議な機関車、拝見しますよー」
 裏返してメイがすぐ気付いた。
「って、なんですか! この車輪にトラクションゴム並みにびっちりこびりついたカーボン汚れは!」
「うっ。なんと!」
 姫騎士もそれを見て絶句してる。
「せっかくもってきた余の機関車が、事前の整備不良で全く走れないなどとは……。騎士としてなんたる怠惰、なんたる恥辱! くっ、殺せ!」
 それを聞いたメイとマスターは目を見合わせた。
「すごい、ほんとに姫騎士さん、『くっ、殺せ!』って言いましたよ!」
「というか『生クッコロ』いただいちゃったよ……すげえ」
 そう言いながら、メイがピンセットでカーボンをひっかき、クリーナー液で車輪を洗浄する。
「金属の腐食酸化まではしてないみたいですけど……。まずこれで組み立てますね」
「でも、なんで異世界製の鉄道模型のはずなのに、ネジがちゃんとこっちと同じプラスねじなんだろうね」
「それを私に聞かないでください!」
 メイは思わずそう返す。
「まあいいか。これで試運転してみよう」
 レールの上に置いて、通電させる。
「お、走った」
「小さなロッドで駆動するのが可愛らしいですね。一生懸命、魂で走ってる感じの力走」
「これが蒸気機関車模型の醍醐味だからなあ」
「む、その蒸気とは。そもそもなんであるのだ?」
「……ほんとに知らないんだ」
 マスターも驚いている。
「みたいですね。むこうの世界ではこれだと、お湯ちゃんと沸くんでしょうか」
「いや、昔のマンガで、沸点がやたら低い惑星の話が出てきたことあるぞ。煮殺されるかと思ったら気持ちいいお風呂ですんじゃったみたいな」
「私の生まれる前のアニメの話しないでください!」
 メイが怒る。
「うむ、なかなかの走りである。余はそなたたちの修繕に、大変満足であるぞ!」
「なんかこの姫騎士、時代劇入ってない?」
「いろんな要素のちゃんぽんですよね」
「あ。そうだ、姫騎士さん、こんな大量の工作用紙何に使うんですか?」
「うむ、これはいろいろと使いでがあるのだ。建物をざっくり作ってイメージをつかみたいときに方眼をつかって楽に試作が出来る。慣れればそのまま建物の造形もできるぞ。反りの面で構成された異国のほこらの屋根なども、暗算だけで図面無しで作ることが出来るのである!」
「異国、なんですね……」
「というかそもそも『鉄道模型が趣味の姫騎士』って、めちゃくちゃ『斜め方向に斬新』だよね。うちの著者、ほんと、頭涌いてるよね」
「まあ、それがうちの著者らしい、困ったところですよね、前から思ってましたけど」
「それだけではないぞ! この紙を使うことで、情景箱庭を大変軽量に作ることも可能なのだ!」
「あ、ペーパーレイアウトですね! いま流行らせようってがんばってる人のいる!」
「メイ、ほんと翻訳うまいな。また感心しちゃったよ」
「高校生鉄道模型コンテストでも今、ペーパーの活用はいまアツいテーマですね!」
「さよう。紙は使いようによっては大変頑丈にしても軽いままだ。防水加工をすることでさらに可能性が広がるぞ」
「そういえば木と紙で作ることで大胆な軽量化に成功した長距離戦闘機が大昔あったな」
「イギリスのモスキート戦闘爆撃機ですね! ハニカム構造を使った!」
「メイ、わかるんだ」
「はい! 最近マスターの書庫見て勉強してるんですよ!」
「そうか。やべーな、もう書庫にうかつにエロ本おいておけないな」
「え、マスターもそういうの好きなんですか」
「だってしかたないじゃない。おとこだもの」
「なんで相田みつをなんですか! それが流行ったの随分昔ですよ!」
「それ言ってるメイもなんで知ってるんだ」
「ああああ、どんどん話が崩壊していく……ひいい!」
「物語を作る人々の世界では『構築するのは壊すため』って言うけど、ほんと、うちの著者、せっかく作った話ぶっ壊すの早かったなー。ラピュタで言えば、はじまって5分でいきなり『バルス!』かました感じ。あるいはもう『即墜ち2コマ』並みだよな」
「なんだその『即墜ち2コマ』とは? また余の知らぬ言葉が出てきたぞ。ナンダソレは?」
「いや、姫騎士さん、あなたは知らなくて良いから」
「というか『女騎士はア◯ルが弱い』ってタグもあるんですよね!」
「メイ! そんなド変態でゲスいこと言っちゃダメだ。せっかくつきはじめたファンが泣くよ!」
「ぬ? 余は斯様なところは弱くはないぞ?」
「なんでそういうとこだけ異世界とこっちで用語が共通なんだよ。くそ、なんだよこのくそ小説。ひでーな。著者、いいかげん隠れてないで出てこいよ! 俺、マジでハラ立ってきた」
 マスターはついにキレはじめた。
「ひいい。マスター、キレちゃダメ!」
「うむ、それは余の剣の切れ味のことか?」
「ああ、姫騎士さんも話をややこしくしないでください! というかその剣、銃刀法で所持してると刃渡りとかツバが付いてるとかで規程違反でヤバい奴じゃないですか!」
「なんと、こちらでは騎士の誇りの剣が所持出来ぬと申すか! まっこと理不尽なり!」
「いや、すでにこの6話自身、すでにとても理不尽で非常識な非常事態だから」
「というか、私、アニメの作画崩壊は見たことありますけど、小説の崩壊見るのはじめてですよ! ちょっとコーフンしてきちゃった!」
「メイ、そこにコーフンしてどうするんだよ」
「ふっ、余の知性ある色香でこのメイという小娘、とうとう発情したか」
「だから、それはぜんぜん姫騎士キャラじゃないです! キャラまで崩壊してますよ! ひどい! ヒドスギル!」
「すっかりガッタガタな話になっちゃったよ。ここまでシブーイ佳作ドラマになるかと期待してやってきたのに。思いっきり裏切りやがった」
「著者を信頼してやってた私たちがバカでした……」
「まあ、楽しそうで良かったのだ」
「楽しくない! 全然楽しくない!」
「そうなのか。とはいえ、余はこれで帰還するぞ。ペーパーレイアウトとやらはよくわからぬのだが、余のいた世界の都では、情景は紙で作るのがセオリーなのである」
「普通はベニヤ板とか木工で作るんだけどなあ」
「斯様な方法では短期間で迅速に情景箱庭は作れぬからの。しかし、紙で作ると防水に気をつけねばならぬ。路盤を作るときにも木工ではないので不安定さがでてしまう。それをどう解決するかは我が世界でも大きなテーマであるのだ」
「そうなのか。まあ、確かに紙と木をうまく組み合わせる工作方法が昔からテクニックブックにいくつも載ってるもんな」
「そうですね!」
「うむ、よかった。では用紙の補充も出来たし、帰るとするぞ。機関車も整備させてしもうたな。後で褒美を下賜することとしよう」
「いやいや、それには及びませんから。それよりお会計を」
 姫騎士は財布を出す。
「あの鎧、あそこに財布が入るんだね」
「便利ですよね」
「そして、なぜかちゃんと日本の千円札」
「うむ、ここに来る前に両替してきたのだ」
「……うう、頭、本気でいてえ」
「マスター、しっかり!」

「うむ、なかなか其方たちも優しく徳が高い。佳いことである。では、達者でな」
「そうですね。姫騎士さんも、最近はオークに育成されたり経理をやったりと大変そうですが、お元気で」
「ナンダソレは」
 姫騎士は怪訝な顔をする。
「まあ、そうだな。じゃあ、メイも一緒に。ありがとうございました!」
 二人でお見送りの礼をした。
「ああ。姫騎士さん、テクテク歩いて街に消えていくよ」
「馬、この代々木上原の街にもってくると巡査さんが飛んできますよね」
「でも馬自身は軽車両扱いで乗っても問題ないらしいよ」
「なんか、姫騎士さん、ああ見ると、なんか可愛いですね」
「そうだね」
 二人は溜息を吐いた。
「さて、マスター、この『小説崩壊』どうします?」
「もう知らねえよ。俺は鉄道模型屋だから。模型のことしかわからないし」
「そうですよね。というわけで、こういうムチャした責任は著者に押しつけて作業再開。って! ああああ! トップコートの代わりにサーフェイサー吹いた惨劇のままだった!」
「リカバー、できるかなあ」
「難しいですよね」
「まあ、また塗装落としちゃうしかないと思うよ。超音波洗浄器貸すから」
「……そうですね。最初から塗装、やりなおすしかないですね」
「まあ、ちょっと辛いだろうけど、こういう失敗を乗り越えないと次につながらないから」
「はい! でも、私たちのこの話、どうなっちゃうんだろう」
「著者次第、かな」
「なんだか不安だし、悲しいなあ」
「……そうだな。先行き不安、黄色信号だよなあ」

 *

 その日の夜。
 メイは代々木上原にある銭湯『大黒屋』に向かっていた。住んでいるワンルームマンションの給湯器が故障してしまったからである。
「まったくもー。修理にお金かかっちゃうなあ」
 そうつぶやきながらメイは銭湯の脱衣所で着替えて、風呂に入ろうとした。
「あれ、この時間なのに女湯に別の人がいる。あとから失礼しまーす、って」
 メイはのけぞった。
「ああああ!!」
 そこにいたのは!
「なんで姫騎士さん、銭湯なんかに入っているんですか!!」
 メイは叫んだ。
「もう世界観がぐちゃぐちゃだ! もうダメだ! この話もうダメだ! ぜんぜんだめだ!完全にダメだ! 万策尽きたー!!」
「ちょ、ちょっとちょっと! おちつくのだ!」
 裸の姫騎士は、すっかりパニックに陥ったメイにあわてている。
「おちつくのだ! 説明するから!」

 *

「そうだったんですか。姫騎士さん、コスプレイヤーで新宿でのコスプレイベントの帰りだったんですね。で、家に異世界の世界観がっちり構成したペーパーレイアウト持ってる、自由形創作鉄道模型モデラーでもある、と」
「うむ。しかし、こうなると事情聴取の趣であるな」
 湯船につかったまま。二人は話していた。
「そういうキャラ作るのも斜め上だなあ、うちの著者」
「そうであろう」
「でも、ホッとしました」
「余のいたずらが斯様にクリティカルヒットして、二人が斯様なパニックに陥っているとは思いもしなかった。正直、すまぬ」
「いいんですよ」
 メイは息を吐いて、微笑んだ。
「姫騎士さんも代々木上原住まいなんですね」
「さよう。もうちょっと駅から遠いのであるが」
「じゃ、マスターにも報告しときますね」
「感謝なり」
「でも、口調はそのままなんですね」
「しかり」
「じゃあ、姫騎士さん、あがったら一緒にフルーツ牛乳飲みませんか?」
「それは良い考えなり」
「でも、姫騎士さん、身体ちゃんと作ってるですね」
「さよう。しかも思わなかったか? このシーン」
「あ! これ、いわゆる『サービスシーン』じゃないですか! うわー! やられた! 著者にはめられた! 私そんなのハズカシイから全力で拒否してたのに!」
「拒否も何も、我々の著者はそのままドエロ小説を発表しようとして、Amazonに怒られたりするド変態であることは周知の事実であるからのう。それははなはだ今更であるな」
「……そもそもメイド服の時点で、あきらめてたほうがよかったですね」
「うむ。これで温泉回の代わりが出来たので、うちの著者、これからおそらくさらにチョーシこくぞ。水着回も来るぞ」
「それはいやー!! もういやー!!」
 マジ顔でいやがるメイを、姫騎士は笑った。
「でも、彼が元気そうで、余は大変安心したのである。一時、彼は余と運命をともにして窮地を逃れたのだからな」
「ええっ、えええ! 姫騎士さん! じゃあ、なんでそれがこうなっちゃたんです!? というか、マスター、全部これ知っててやってたんだ! ひどいっ! 何が頭が痛い、よ! 私をおちょくったんだ! ひどい! ひどいわ! みんなひどい!」
「うむ。だがしかしなのだ。その内実は……話すと長くなるのだ」
 メイはそれに、思い当たった。
「もしかすると、『15年前』、ですか?」
「……知っておったか」
「でも、何が起きたかは、まだ知らないです」
「そうか」
 姫騎士はちょっと考え込んだ。
「世の中には、知って後悔することがある。それをみな、怖れているのだ」
 メイは、その言葉を聞いて、考え込んだ。
「むやみに知りたがると、人生は辛いぞ」
 メイは黙るしかなかった。
「では、もうあがろう。美味しいフルーツ牛乳が我らをまっておるぞ!」
 メイは、いろいろ思っていた。
 でも、その思いを切って、言った。
「はい!」

〈続く〉

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