いかに主は導きたまうか。

5. 2nd Guru 易占師。

エピソードの総文字数=2,297文字

  大阪は阿倍野筋、こちらに易者の先生がおられた。屋号は『糟谷健象』とされていた。お亡くなりになってから、かなり久しい。ボクはこの方の晩年に長く、最後までお付き合いをさせていただくこととなる。六年間ほどか...。その時節は、ボクにとっては一番大変な時期に当たる。とてもお世話になった。心の支えになって下さっていた。中座で去られてしまったのが惜しまれる。事の顛末を是非にお知らせしたかったのだが...。

  阿倍野駅の南端、改札を出て地上に上がる。大通り沿いに少し下る。途中に三階建ての鉄筋のビルがあり、ご家族がお寿司屋さんを営まれていた。更に下り、小道を右に曲がると直ぐ左手に二階建ての集合住宅が三軒続きである。この真ん中が、かっては先生のお店になっていた。一階は生活の場、二階が鑑定室となっていた。ボクが母に連れられて最初にこちらを訪問した時には、先生は既に八十を超えてのご年齢であられた。何でも高島易断顕彰館の所属で、会員番号は一桁台。団体との連絡時にこの番号を伝えると、電話向こうの相手は大概驚かれるそうだ。一桁台の方はほとんど、もうご存命ではないからだった。

  この方は、知る人ぞ知る易者だったそうだ。それも会社の経営者層にファンが多かった。母は、どうやってこの方を知ったのか...。にわか友達に、どこかのデパートにブティックを経営している人がいた。。母は、女性経営者の集い等に参加することを好んだ。性格的に大層な社交家であった。(そういう集まりには当然、タチの悪い策謀を巡らせる人間も混ざり込んで来ているのだが...)。そこで出会ったらしい。一時、熱心にお付き合いをしていたが、いつもの如く関係は直ぐに止んでいた。わがままが過ぎて、同性同士ではまずことは続かない。

  ある日に母は、嫌がるボクを連れてこの先生を訪問する。お付きのドライバーの運転で遠く阿倍野まで出かけた。「またいつもの”怪し”への訪問か..」と道中は憂鬱で退屈だった。母は割と最近に、この方と知り合ったばかりであったようだ。ボクを連れていったのは、なにかの口実が欲しかっただけの話しだと思う。彼女自身が、また直ぐにこの方に会いたくなっていたのだろう。また、例の岡惚れが始まっていたのだろう...。

  二人を家の前で降ろして、車は去って行った。呼び鈴を鳴らすと、『お上りください』と、インターフォン越しに男性の声がある。小さな間口の引き戸を開けて、中へ入る。入って、直ぐ左手に上へと続く狭い階段がある。かなり急勾配である。これを上がれば、そこは鑑定室である。なかなかに時の堆積を感じさせる空間だった。日当たりはよく、健康的な落ち着いた雰囲気があった。小ぶりだが重厚な机の向こうにその人はおられた。和装のお召し物を着ておられてた。お年を感じさせない精悍な風貌とボクには思えた。澄んで落ち着いた雰囲気があっる。品格もあった。『いらっしゃい』と母に気さくに挨拶をされていた。ボクも、自己紹介をかねて挨拶をする。先生の前の椅子に腰を下ろした。そして先生と母の会話を、そばで聞いていた。序盤から母の饒舌が始まる。内容はあまりない。止め処なく発せられる”これ”を先生は穏やかに目を細めて、ただ聴かれていた。この先生には、気難しい様子は一切ない。時折、間を上手く取られて言葉を挟まれる。気分を害さないように慎重に気遣いをされている。大正解だ。多分、母は大事なお客さんとも思ってられるのであろう...。これはかなり真面(まとも)な先生だとボクは途中から思っていた。気さくな語り口には、相談者の心中を心から思いやられる自然な様子も感じられたからだ。やがては安心してそこに居た。

  この方には不思議な存在感があった。言ってはなんだが、阿倍野エリアは、あまり柄のいい場所ではない。通天閣、西成や飛田新地もここからは近い..。こう言った場所に居られるからこそ本当の易者だと言えるのかもしれない。下手に広告は打たれないらしい。家の表札に『鑑定承ります』とあるだけだった。人伝てにしか相談者は訪れないそうだ。厳しい現実の積み重ねを多く經られてきていること、他人(人)のを見てこられていることが暗にうかがい知れた。貫禄がある。人の世の機微、酸いも甘いも嚙み分けて来られている為であろう、練磨の風格があった。語りが達者なのがよく分かる。しかし...、芯には、そら恐ろしい激情を秘められていることもボクには感じられた。『〇〇○の親分』がボクの直感だった。『いい親分』ね(w)。

  やがて母は早々とお暇を告げる。「あんたは、もう少しここに居て先生のお話を聞いて帰りなさい」とボクに言って、運転手に電話をかけていた。多分、「息子が私(社長)の言うことを聞かないので教え諭してやって下さい」とでも、先生にお願いをしていたのだろう。しょうがなく、ボクは一人残った。二人っきりになってからは、先生は困られたと思う。えらく難しい顔つきの無愛想極まりない男が相手になってしまったからだ。最初ということもあり、取り付く島もないままにも先生は試しに、ご自身の昔話をされる。戦時中に兵舎で暇を持て余して居た折に、誰かが豚を手に入れてきて、皆で解体して食べた話し。その、あまりに忌憚のない当時の描写は、ワイルダーの大草原の小さな家の世界をボクに思い起させていた。あの話は面白かった。先生の勘所は、ここでも大正解であった。小一時間ほどしてボクはお暇をしていた。先生は『またきて下さい』と気を使ってくださる。帰りの道のりは遠かったが、少し楽し思いもあった。

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