変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第39話「忍軍の仕事と学業を両立させるのは大変だろう?」

エピソードの総文字数=6,151文字

 中央区・西町三丁目――
 竹沢家のリビングルームにて、市内一美しいと云われる竹沢留美子と相まみえた。
「…………」
 淫魔・サッキュバスの血族たる彼女に微笑を向けられ、雨の里の重鎮・若杉元十郎は石のように硬直していた。
 双眸は大きく見開かれ、頬は紅潮している。
「…………」
(完全に魅入られているな……)
 雨の里の頭を務める天野恭介にとって、若杉元十郎は腹心の部下。
 しかし、今の恭介は変化の術を使い、元十郎の部下という設定で一介の下忍・田中正男を装っている。
「…………」
 その設定に則り、サッキュバスの色香に流されかけている元十郎をさり気なく現実に引き戻すことにした。
 第四世界製の小銃を取り出し、しくじりを装って床の上に<ゴトン!>と落とす。
「――!」
 ハッとした顔で、元十郎が床に転がる小銃に目を向けた。
「……失礼」
 形ばかりの謝罪を口にして、恭介は小銃を拾い上げる。
 落ちて大きな音を立てるものなら、別に何でもよかった。
 だが、敢えて小銃をチョイスしたのは、元十郎に向けてのちょっとした脅しの意味がある。
(魅了されたら、これで撃って正気に戻す……)
「…………」
 恭介の籠めたメッセージを理解したのか、元十郎の顔に緊張感が戻る。
 そこで、緊張感の欠片もない声がした。
「すっごーい! 今の拳銃!? 本物!? わあ、見せて見せて!」
 単身でアサシンを撃退、恭介の従弟である天野友介を助けた一般市民の女子高生・竹沢由美子の声である。
 由美子はキラキラした目をこちらに向けていた。
(くっ……)
 由美子と視線が合って、恭介はサッと目を逸らした。
 竹沢由美子は、サッキュバスの血族であると共に、【変態魔法】というわけのわからない術の使い手でもある。
 天野家に伝わる"最強の秘術"は、変態魔法にあっさり打ち破られた。
 そして恭介は、部下たちの眼前で、彼女に散々に辱められることになった。
(…………)
 恭介自身、自分に里頭としての威厳があるとは思っていない。
 今現在、里頭として雨の里を率いる立場にある恭介だが、里の運営に関する重要な決定は全て叔父の涼介が下している。
 里の者たちも皆、恭介がただの"お飾り"であることを理解しており、主導者としての恭介には何の期待も寄せていない。

 しかし……
 いくら恭介が面子に拘らない性分だとしても、最低限の自尊心はある。
 決壊ギリギリの便意に喘ぐ自分の横で、肛門の開閉具合を声高らかに叫ばれ、プライドに傷が付かないはずがない。

 恭介の十九年の半生は、出生を蔑まれ、上からも横からも「出来損ない」と馬鹿にされるところから始まった。
 軽侮されることの多かった彼のこれまでの人生だが……
 それにしたって、先に竹沢由美子から受けたような、あんな屈辱は初めてである。
「ねえねえ! 拳銃見せてよ!」
「…………」
 無邪気に目を輝かせる由美子を全力で無視して、恭介は小銃をポケットに戻した。
「まあまあ、由美子殿、それよりご家族にお話を」
 元十郎の言葉に、由美子はハッとした顔になる。
「ああ、そうだったわ! ねえ、おねーちゃん、おかーさんは?」
「調教部屋にいるはずよ」
「地下ね! オッケー! あたしちょっと呼んでくるわ!」
 そう言って、拳銃のことなどすっかり忘れて、由美子はバタバタと駆けて行ってしまった。
(馬鹿な奴だ……)
 さっきからの言動を見る限り、驚異的な力を持つ彼女だが、頭の方はあまり良くないらしい。
 ちょっと注意を逸らされただけで、それまで頭の中にあったことが完全に吹っ飛んでしまった。
 その程度の知能レベルなのだろう。
「ごめんなさいね。そちらにお掛けになって、少しだけお待ちになって?」
 竹沢留美子が艶然と微笑みながら、ダイニングのテーブルセットを勧めてくる。
 護衛にやって来た身としては、腰を下ろしてくつろぐわけにはいかないのだが……
「は、はい……」
 彼女の微笑に流されるように、元十郎がふらふらと椅子に腰を下ろしてしまった。
 そんな元十郎を見て、恭介は僅かに眉を顰める。
「…………」
(元十郎は、魅了に対する耐性が低いようだな……)
 戦場においては、一騎当千の活躍をする元十郎。
 だが、特殊能力不使用時には攻撃力ばかりが突出しており、防御力に難がある。
 そして、この『防御力』には、魅了のような精神に作用する術に対する耐性も含まれる。
(妹の誘惑はうまく躱していたが……)
(姉の方には抗い切れないか……)
 サッキュバスにも個体の優劣があるのだろう。
 妹の方は容姿こそ優れているが、体つきがまだまだ幼く、性格的にもがさつで下品――その上"アホ丸出し"である。
 それに対して、姉の方は見るからに知的な印象で、大人の女性として成熟した体を持ち、所作の一つ一つが上品且つ優雅である。
 一般的に「どちらの女性が好みか?」と問われれば、多数が姉の方を選ぶだろう。

 なお、『色欲対抗紋』を持つ恭介にとっては、妹も姉もなく、サッキュバスの色香など全く何の影響もない。

「…………」
 元十郎が腰を下ろしてしまったからには仕方ない。
 やむなく、恭介もその隣に腰を下ろす。
「でも、元十郎さんがうちを訪ねて来てくださるなんて、嬉しいわ」
「い、いや……」
「うちは、妹と父が元十郎さんの大ファンなんです」
「きょ、恐縮です……」
 元十郎は顔を赤くして照れている。
 因みに、季戦をテレビ観戦している市民の中でも、壮年以上の男性には元十郎のファンが多い。
 竹沢家の父が元十郎のファンだというのもおかしな話ではない。
「うふふ、今、お茶を淹れますね」
「お、お構いなく……」
「…………」
 竹沢留美子は淑やかな歩みでキッチンに入っていく。
 キッチンはカウンター式なので、中の様子はここからでも窺える。

 ――と、そこでダイニングのドアが開いて、誰かが入ってきた。
「? こんばんは」
 小柄な女性だった。
 入浴の後なのか、ふわりと石鹸の匂いがする。
 幼い顔立ちの彼女は、二人の客人を見て不思議そうな顔をしつつも、笑顔で挨拶してきた。
「ああ、お邪魔しております」
「…………」
 頭を下げる元十郎に追従して、恭介も会釈する。
「ああ、チセさん、ちょうど良かったわ。ちょっと手伝ってもらえるかしら?」
「あっ、はい!」
 『チセさん』と呼ばれた彼女は、留美子に呼ばれてキッチンの中に入っていく。
「これから家族みんなで大事なお話があるらしいの。それで、家族全員分のお茶を淹れようと思ってるんだけど……」
「この時間だし、芙美子先輩は『あたしは茶より酒がいい!』とか言うんじゃないですかね?」
「ああ、そうね。きっとそうだわ」
 二人はクスクス笑いながら、飲み物の準備をしている。
「…………」
 元十郎はそんな二人――いや、竹沢留美子たった一人をじいぃぃぃっと見つめている。
 恭介は端末を取り出し、素早く文字を入力した。
「…………」
 完成した文章を横からそっと元十郎に見せる。
『魅了されるなよ』
 それを見ると元十郎はハッとした顔になり、恭介の端末を受け取って返事を入力した。
『気を付けます』
「…………」
(本当に大丈夫だろうか……)
 そう思いつつも……
 恭介は元十郎からも見える位置に端末を置き、竹沢由美子の住民データを開く。
 さっきからちょくちょく開いているデータだが、未だに、氏名・住所・生年月日・性別といった基本情報と、退魔師局関連の項目しか確認出来ていない。
(現在は、桜町高校に通う高校生……)
(これは本人も言っていたな……)
(中学校は桜町第三中学校……)
(そして、小学校は桜町第三小学校……)
(――ん?)
(小学四年の時に転校しているのか?)
 転居の記録とも一致する。
 この中央区西町に住むようになったのはそこからで、元は東区に住んでいたようだ。
 元の住所は秘宝館のすぐ近くなので、その頃は祖父母と一緒に暮らしていたのかもしれない。
(まぁ、転居の記録は今はいい……)
(それより『所持している特殊能力』が重要だ……)
 羽音神市では、市民各自がどんな特殊能力を持っているのかをなるべく把握したいと考えている。
 しかし、特殊能力はちょっとしたことで身に付いたり失われたりするため、なかなか正確には把握出来ない。
 正確に把握出来るのは、特殊能力の中でも"遺伝に依るもの"だけである。
(竹沢由美子の特殊能力は……)
("上級魔族・サッキュバスの種族特性に依拠する能力"――)
 彼女が使って見せた、あの恐ろしい変態魔法なる術についての情報はない。
 ということは、変態魔法は遺伝性の術ではないようだ。
「…………」
 恭介は端末を操作し、竹沢由美子の個人データ頁を、竹沢家の家族のデータ頁に切り替えた。
(父母と姉夫婦……)
(それから家政婦にペットのうさぎ……)
 この家族構成から見るに、今キッチンにいる小柄な女性は家政婦なのだろう。
「…………」
(まずは、家長である父親だな……)
 名前の一覧から、父親のものと思しき『竹沢和雅(たけざわかずまさ)』という文字を見つけ出す。
「――!」
 その瞬間、恭介の目がぱちりと見開かれた。
(竹沢、和雅……だと?)
 羽音神忍軍に所属すると同時に、恭介は市立【羽音神中央大学】の学生でもある。
 そして、竹沢和雅と言えば――その中央大の名物教授の名と同一である。
 慌てて確認すると、竹沢和弘の勤務先は『羽音神市立・羽音神中央大学』とデータにあった。
「…………」
(竹沢教授……)
(竹沢由美子は、竹沢教授の娘だったのか……)
 珍しくもない『竹沢』姓なので、可能性の一つして浮かぶこともなかった。

 竹沢教授の専門は『羽音神文化学』――
 所属学部は、文系学部の【異世界交流学部】である。
 一方、恭介は理系学部の【第四世界工学部】に在籍している。
 所属が違うせいであまり接点はないのだが、恭介は昨年、教養科目として竹沢教授の『羽音神島古代史』と『羽音神文化論Ⅰ』の講義を受けた。
 【羽音神テレビ】の教育番組にもレギュラー出演している竹沢教授は有名人であり、彼の講義は毎回立ち見が出るほど人気である。
「…………」


…………

……


「忍軍の仕事と学業を両立させるのは大変だろう?」
「…………」
「僕はレポート重視でね、出席率はあまり見ないで評価をするから、その点では安心したまえ」
「…………」
「ただし、良いレポートを期待しているからね」
「…………」
 講義の後に呼び止められ、茶目っ気のあるウインクと共にそんなことを言われたのを覚えている。
 雨の里の里頭であり、市の捜査局の局長であり、不在がちな頭領の代理として【五家会議】にも参加している恭介は多忙である。
 竹沢教授の指摘通り、大学入学早々から仕事と学業の両立に四苦八苦していた。
 大学に入ったことを既に後悔していたほどだ。
(ああいうふうに気遣って、俺に声を掛けてきてくれた教授はあの人だけだったな……)
 正直、嬉しかった。
 基本的に忍軍は市民に恐れられており、遠巻きにされるのが常だ。
 それは大学という場でも同じで、学生も教員も、恭介に対しては遠くから畏怖混じりの物珍し気な視線を向けてくるばかり。
 物怖じせずに話し掛けられたこと自体が初めてだった。
(…………)
 もっとも、ああは言ってもらったものの、結局、恭介は竹沢教授の講義に皆勤した。
 彼の話は非常に面白く、聞き逃すのをもったいないと思ってしまったからだ。


…………

……


「…………」
(竹沢教授……)
 不思議な巡り合わせに驚きつつも……
(まぁ、俺は今、この姿だから……)
(顔を合わせても、向こうは何も気付かないだろう……)
 温かな思い出を振り払って、ディスプレイに表示された次の名を確認する。
(竹沢芙美子、か……)
 竹沢教授の妻もまた、彼に負けず劣らずの有名人だ。
 市民――特に女性市民から絶大な人気がある。
(【竹沢レディースクリニック】の院長だな……)
(…………)
(――ん?)
(と、いうことは……)
(まさか、竹沢レディースクリニックの院長は、サッキュバスの血統者なのか???)
 今更ながらに気付いて、唖然とする。
 確かに、市内には【竹沢家】というサッキュバスの一門がある。

 そして、娘の竹沢留美子は過去に二度の騒動を巻き起こしたこともあって、『サッキュバス』と強くイコールで結び付けられている。

 対して、母親である竹沢芙美子は"美人女医"としてよく知られているが、あまり『サッキュバス』の印象が強くない。

(…………)
 「何故か」と考えて――わりとすぐに答えが出た。
(竹沢芙美子が"職業人"だからか……)
 男性に寄生して暮らすのがサッキュバスの生き様であり、まさかサッキュバスが職を持っているとは思いもしなかった。

 しかも、竹沢芙美子の場合、その仕事ぶりに対する評価がすこぶる高いときている。

(いや、だが……)
(そう言えば、竹沢留美子も【KASUYA】に勤めているんだったか……?)
 北の粕谷家がCEOを務める、市内最大の企業【KASUYA】――
 粕谷家の現当主が、自らの会社に絶世の美女を正社員雇用していることを自慢していたのを思い出す。
(まぁ、話題性重視で広告塔として入社させて……)

(労働らしいことは何もさせていないのかもしれないが……)

 何にしても、サッキュバスという種族が「仕事をしている」というのは驚きである。
(この家のサッキュバスは少し変わっているのかもしれないな……)
 そこまで考えたところで、<バタン!>と大きな音を立ててダイニングのドアが開かれた。
 振り返ってみれば、ドアのところに立っていたのは、レースの付いたピンク色のワンピースを身に着けた大柄な女性だった。
「元十郎! 元十郎がいるのォン!?」
 いや、格好こそ女性のものだが、どう見ても男性だ。
 その見た目のインパクトの強烈さに、恭介の隣で元十郎が、
「――うっ!」
 と、喉を引き攣らせ、ガタンと立ち上がった。
「キャアアァァァン!! 元十郎ォォォン!!」
 甲高い叫びを上げた後、彼?は両手を上げて、嬉々とした顔でまっすぐこちらに向かってくる。
 元十郎の真ん前までやってくるとよく分かるが、彼?の身長は元十郎よりも高い。

 また、全体的に骨格ががっしりしている。

「元十郎ねッ!? 若杉元十郎ねッ!? やァン! アタシ、大ファンなのよォン♥♥♥」
「…………」
「キャアァン!! 会えるなんて感激だわァン!! しかもウチに来てくれるなんてェェン♥♥♥」
 感極まった彼?は、元十郎の両手を取ってブンブンと振り回す。
「そ、それは……ど、ど、も、あり、あり……」
 元十郎の返事は返事になっていなかった。
 そこで、部屋に由美子が戻ってくる。
「お父さん! いきなり走り出すとかビックリするじゃん!」
「だってェ、しょうがないじゃなァい!? 若杉元十郎がいるなんて聞いたら……アタシ我慢出来ないわァン♥♥♥」
 くねくねし始めた彼?を他所に、
(お、お父さん……?)
 恭介が疑問に思ったところで……
 由美子が「ふぅ~」と溜め息を吐いて肩を竦めた。
「ウチのお父さんよ。名前は竹澤和雅。女装が趣味でね、家にいる時は大体いつもこの格好なの」
「…………」
 恭介の中で、竹澤教授とのハートフルなエピソードが……スッと色を失った。

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