変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第8話「まさか入れ替わるために殺害したとか、そういう話じゃねえだろうな!?」

エピソードの総文字数=5,794文字

 正午になるまでの五分間ニュース。
 見るからに聡明そうな女性アナウンサーが、澄ました顔をしてわけのわからないことばかり言っている。
『元市議会議員の綾椎(あやしい)氏に悪魔召喚の嫌疑が掛けられている問題で、本日、綾椎氏の身柄がウネニス教会の退魔師局に引き渡されました。綾椎氏の尋問は第一世界で行われるとのことです。綾椎氏は一貫して無実を訴えています』
『南区槍町の商店街で、偽ブランド品の販売をした衣料店店主(58)が逮捕されました。店主は「Loui Wuitton」や「CHANNEL」、「BRADA」といった本土高級ブランドの衣料品を自身の特殊スキルを用いて複製、計十八点を販売したとのことです』
『羽音神市立動物園にカーバンクルの赤ちゃんがやってきました。ウネニア王立動物園から寄贈されたこのカーバンクルの赤ちゃんを一目見ようと多くの市民が動物園を訪れており、現在、動物園の周辺では交通規制が敷かれています』
『サッカー「異世界リーグ」のため、第三世界選抜・六チームが第四世界のレセプション区入りしました。明日の公開練習に向けて各チーム調整を行っています。異世界リーグの開会式は七日午後二時です』
「…………」
(なんだこのニュース……)
(どういう冗談だよ……)

(エイプリルフールじゃあるまいし……)

 ニュースが終わり、よくわからない教育番組のようなものが始まる。
 ふと両親の方を見やると、二人は子供のように目をキラキラさせながらテレビ画面を見つめていた。
 その目の純真さにイラッときた篤志は、腕を伸ばして床に落ちたリモコンを拾い上げる。
 右上に配置された電源ボタンを乱暴に押して、テレビを消した。
「…………」
「…………」
 両親は一瞬だけ恨めしそうな目で篤志を見たが……咳払い一つした後にすぐ居直った。
「そうだな、話はまだ途中だものな」
「そうね、しかもとても大事な話だし……」
「…………」
 両親は顔を見合わせて頷き合った後、今の自分たちの状況について詳しく語り始めた。
「さっきも話したが、私たちはかねてから聖地・羽音神島への渡航を強く望んでいた。そんな私たちに、羽音神様の使徒たる教祖様がお声掛けしてくださったのが半年前のことだ。偉大なる教祖様は仰った。『おまえたち、羽音神島に行きたくはないか?』と――」
「…………」
(うーん……)

(いつ聞いても教祖の話は怪しいな……)

 気が滅入るだけなので、教団の話はなるべく聞かないようにしている。
 それでも時折耳に入ってしまう教祖の話は、いつも胡散臭いことこの上ない。
(教祖は羽音神の声が聞こえるとか言ってるそうだけど……)

(それって、カルト教団の"ペテン師教祖"のお決まりパターンだよな……)

「教祖様のお誘い、それは願ってもないものだった。だが……正直、躊躇もあった。羽音神様の御座す聖地は、悪しき政府によってその存在を隠匿されている。つまり羽音神の御元に向かうためには政府との敵対が避けられなかったのだ」
「…………」
(政府と敵対とか今更だろ……)

(おまえら年がら年中、反政府デモばっかやってるじゃねーか……)

 実はデモ中に機動隊員と揉めて公務執行妨害で逮捕されたこともあるし、両親はもう既に公安から目をつけられているだろう。
 というか、善良な一市民である篤志としては、公安には是非ともこういう頭のおかしい人間をちゃんとマークしておいて欲しいと思う。
「聖地に向かうため、私たちは国を捨てるしかなかった。つまり亡命ということだな」
「…………」
 二度目にも関わらず、父の口にした『亡命』ワードはまたもや篤志の頭の中を真っ黒に染める。
「だが、もしその計画が洩れれば、政府は非道な手段を用いて私たちを妨害してくるだろう。それは火を見るよりも明らかだった」
「…………」
(そうか?)
(キチガイどもが自ら出ていこうとしてるんだぞ?)
(そんなの、ニコニコしながら「いってらっしゃい♥」って傍観だろ……)
 このあたりの感覚の噛み合わなさは今更である。
 篤志にとっては突っ込みどころが多すぎて辛いが、両親は至って真面目なのだ。
「私たちはこの計画を決して政府に知られないよう、密やかに亡命の準備を進めてきた。日常生活の細部に渡るまで気を配り、神経を擦り減らしながら半年間の雌伏の時を過ごしたのだ」
「…………」
 少し、引っ掛かるものがあった。
 父の言葉に、何とも言えない共感を覚えてしまったのだ。
 少し考えて……篤志は愕然とした。
(な、なんてこった!)

(オレが親にバレないようにコソコソ家出の準備を進めてる時、こいつらは政府にバレないようにコソコソ亡命の準備を進めてたのか!)

 教祖から声が掛かったのは半年前だという。
 篤志が家出の計画を具体的に立て始めたのも、ちょうどその頃だ。
 奇しくも、似鳥親子は同時期に同じようなことをやっていたのである。
「…………」
(やべぇ、オレの行動とこいつらの行動が同じとか……)

(なんかすっげー落ち込むんだけど……)

 ショックを受けて篤志は項垂れるが、父はそんな篤志の様子など気にも留めずに話を続ける。 
「とは言ってもな、羽音神島での生活基盤を整えるなど、準備はほとんど【第五使徒】様が御一人で進めてくださったのだ」
「? 第五使徒?」
「ああ、第五使徒様は【第四使徒】たる教祖様の御友人であり、教祖様と同じく羽音神様の御声を聞ける尊い御方だ」
「…………」
(『第五』か……)

(ってことは「羽音神の声が聞こえる」とかほざくキチガイは、最低でも五匹いるわけか……)

「第四使徒である教祖様も、そして第五使徒様も……さすがに羽音神様に選ばれただけあって、本当に素晴らしい御方なのよ」
「ああ、私たちが面会を許された使徒様はこの御二方だけだが、全八名いらっしゃる他の使徒様たちもさぞかし高潔な方々なのだろう」
(げっ、八匹もいやがる!)
「ねぇ、篤志も教祖様にお会いしてみない? 一度お会いすれば、その素晴らしさがきっとわかるわ」
「いや、会いたくねーから」
「教祖様にお会いすれば、自分がいかにちっぽけな俗物なのか思い知ることになるが、それもまた自らを成長させるための漸悟の一歩であり――」
「いや、ホントにいらねーから、そういうのは! それより事情の続きを話せって!」
 勧誘モードに入った両親を、慌てて説明モードに引き戻す。
 幸いにも対処が早かったおかげで、両親はすんなり説明モードに戻ってくれた。
「慈悲深き第五使徒様は、私たちのために雑事の大半を引き受けてくださった。なので私たちはこの半年間、国に残る同志たちと共に"政府から人権を守るための戦い"に専念していた」
「…………」
(それはつまり、この半年間は反日活動三昧だったってことか……)
 今にして思えば、ここ半年の両親は留守がちだったような気がする。
 家出の件を隠したかった篤志にとっては「いなくてラッキー☆」以外の何ものでもなかったので、その理由など全く考えもしなかった。
「この家もな、第五使徒様が御用意してくださったのだ」
「とても素晴らしい家ね。私たちには過ぎたるもので恐縮だけれど、これからは羽音神様と第五使徒様に感謝してここで慎ましやかな暮らしを営みましょう」
「…………」
(まぁ、確かにオレらには『過ぎたるもの』か……)
 これまで暮らしていた安いボロアパートとは比べ物にならない。

 プロ市民の両親と、端くれYowtuberの篤志の稼ぎでは、とても手が届かないハイグレードな部屋だ。

「おいおい、それじゃ駄目だろう。『教祖様』が抜けているじゃないか」
「あら、そうね、私としたことが……。――じゃあ、改めて。これからも羽音神様と教祖様、第五使徒様をはじめとした偉大なる使徒様達に感謝して慎ましく暮らしていきましょう」
「どうか私たちをお導きください、羽音神様……」
「羽音神様……」
 よくわからない流れで手を合わせて黙祷を始めた両親を見て、篤志は溜め息を吐く。
(駄目だ、こいつら……)

(もうしんどい……)

 両親には、色々と確かめねばならないことがある。
 しかし、そのやり取りには莫大な精神力を消費する。
 現段階で既に篤志は精神的にヘトヘトで、「もうこいつらとは何も話したくない……」という気持ちばかりが膨らんでいく。
「…………」
 ぐったりしながらも、篤志はスマートフォンを取り上げた。
 オフラインでも使用可能な辞書アプリを起動し、さっきからずっと胸に重く圧し掛かっている言葉を打ち込んで検索する。
【亡命(ぼうめい)】
民族・宗教・思想・政治的意見の相違などから自国において迫害を受け、または迫害を受ける危険があるため、外国に逃れること。

「…………」
(まぁ、オレとこいつらは感性が違うからな……)
 篤志は日本という国が好きだ。
 自分のブログでネトウヨ受けのいい愛国記事を頻繁に取り扱っていたのは、アフィリエイト的な理由が大きい。
 しかしそういうビジネスライクな理由を抜きにしても、自分の生まれ育った国に対して人並みの愛着がある。

 もちろん、日本の全てに肯定的なわけでもないし、政治に不満がないわけではない。
 だが、それは決して『亡命』を考えるほど深刻な不満ではない。

 総理大臣を悪鬼羅刹のように叩き、政権バッシングに心血を注ぎ、時には日本という国家そのものを否定する両親とは根本的に思想が違うのだ。


「…………」
(日本に住んでて亡命なんかする必要ねーだろ……)
 日本人なら外国に移住するのも自由だし、他国に国籍を移すのだって自由だ。
 そもそも亡命する理由が存在しない。
「…………」
 だが、何にしたところで……
 両親のこの態度からすると、自分を含めた家族三人の亡命はもう成立したか、もしくは、もはや不可避なところまで話が進んでしまっているのだろう。
(オレの国籍、今どういう状態なんだろ……)
(もう日本人じゃなくなっちまったのかな……)
「…………」
(ていうか……)
(ここ、本当に羽音神島なのかな……?)
 さっきまでとても信じられなかったし、わけのわからないテレビニュースを見てもなお疑心は晴れなかった。
 でも、今はもう、精神的な疲れのせいで「別にもうそれでいいや……」と少々投げやりながらも信じる気持ちになっていた。
 きっと両親がここまで言うのだから、ここは本当に羽音神島なのだろう。
「ところで篤志、大事なことを話しておかなければならない」
 黙祷を終えた両親が、いつの間にかこちらに視線を戻していた。
 篤志は疲れを隠しもせずに「なに?」と問い掛ける。
「私たちが聖地に移るにあたって、第五使徒様はいくつか条件をお出しになった」
「? 条件?」
「ああ、まずは移住前の約一ヶ月のコールドスリープだ」
「…………」
 SFワードの再登場に、篤志は顔を顰める。
 そう言えば、亡命の話が衝撃的すぎて吹っ飛んでいたが、眠っているうちに一月が経過していたことを思い出す。
「第五使徒様にも色々段取りがおありになったそうでな、転居に伴う作業を円滑に進めるため、是非そうさせて欲しいとのことだった」
「…………」
「私たちにはコールドスリープの経験などないし、もちろん不安だったが……しかし第五使徒様がそうお望みならばと了承した」
「私たちのために色々してくださる第五使徒様にご迷惑をお掛けするわけにはいかないでしょう?」
「…………」
 当然、色々と思うことはあるが……
 何と言っても、既に「やられてしまった」ことだ。
 現時点でそのコールドスリープとやらによる身体的被害は実感出来ず、しかも理由が「作業上の都合」という身も蓋もないもの。
 ならば、もう諦めて納得するしかないだろう。
「そして、これが重要なんだが……」
 父が真剣な顔でこちらをじっと見つめてくる。
「…………」
 何となく嫌な予感がして……篤志は眉間に皺を寄せた。
「この聖地で暮らすにあたり、私たちはこれまでの名と経歴を捨てることになった」
「……?」
「篤志、おまえはこれからは『タツミ・ユウ』という名を名乗り、『タツミ・ユウ』という人物として生きていきなさい」
「――は?」
「第五使徒様は私たちのために御力を尽くしてくださったが、これだけはどうにもならなかったそうだ。私たちは『第四世界』からやって来た異世界人『タツミ一家』に成り代わる形で、これからこの島で暮らすことになった」
「……???」
「…………」
「…………」
「…………」
「解ったか?」
「いや、ちょっと意味解んないんだけど……」
(これまでの名と経歴を捨てる……?)
(『成り代わる』……????)
 『異世界人』という部分にもすごく引っ掛かるが……それは後だ。

 今の説明を聞いて、真っ先に篤志の中に浮かんだ言葉――
 それはあまりに物騒なものだった。
「…………」
(それって、『背乗(はいの)り』じゃね……?)
 『背乗り』――
 工作員が他国人の身分や戸籍を乗っ取る行為である。
(…………)
 何故篤志がこの言葉を知っているのかと言えば、以前、自分のブログで記事として取り扱ったことがあるからだ。
 事故などで死んだ日本人に成り代わって日本で暮らす外国人や、日本人を殺して戸籍を奪おうとする外国人に絡んだ怪談をいくつか紹介した。

 ネットの海で拾ってきたそれらのネタの真偽なんて、篤志にもわからない。
 ただ、今しがた両親の語った話は……恐らく本物の『背乗り』だろう。
「…………」
 率直に言って、逮捕案件だろう。
 具体的にどういう罪状で裁かれるのかは解らないが、ここがファンタジック・アイランドだから見逃してもらえると考えるのは甘すぎだ。
 篤志の顔からサァッと血の気が引く。
(こいつら……)
("それ"がどういうことか解ってるのか……?)
 非常に不安だ。
 何故なら、この両親は頭に花が咲いている。
「……あのさ」
「なんだ?」
「それって……絶対まともな話じゃないよな?」
 恐る恐る問い掛けると案の定、両親は頭の横に疑問符を浮かべた。
「まともな話? それはどういう意味だ?」
「いや、その話だよ。普通に考えたら何かしらの犯罪だよな?」
「? 犯罪?」
 首を傾げる両親。
 篤志は二人を睨みつけて声を荒げた。
「いや、だから犯罪だよ! オレらに成り代わられる『タツミ一家』は!? そいつらはどうなったんだよ!? まさか入れ替わるために殺害したとか、そういう話じゃねえだろうな!?」

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