超新約ライトノベル聖書『新約聖書を学園コメディに置き換えたらこうなった』

超お人好しに、超無茶ぶりをしてはいけない。本当にそれをやってしまうのだから。④

エピソードの総文字数=6,774文字

 前期文化祭の打ち合わせホームルーム二回目。


 印刷された召愛のシナリオがクラスの皆へ配られた。


 そして、三十分後くらい、皆が読み終わった頃、教室には戦慄が漂っていた。


 だって


 ロミオとジュリエットバトルテニス・ミュージカル魔法少女香港ノワール桃太郎第二次世界大戦男女入れ替わりものその他もろもろ


『タイムスリップ』『格好いい男性制服』『ゴスロリ』『男の娘』

『男装の麗人』『女性化』『戦艦大和』『その他もろもろ』


 という、見ようによっては嫌がらせの集大成とも言える闇鍋カオスから、魅力あるシナリオが作り上げられてしまったわけだ。


 教室が、ざわつき始めていた


   ――ザワザワ


           ザワザワ――


          ――ザワザワ

 ――無責任に吐き出された妄想、欲望たちが、召愛の無邪気な善意によって、宝石に変えてしまったかのような、あたかも錬金術に見えたかも知れない


 その現実は普通に考えて、ホラーですらある。


 誰もが信じられなかったろうし、かといって目の前の事実を認めざるを得なかった。

 そういった、あり得ない物事が起こる事を、一般的にはこう呼ぶ。



           奇跡。



 召愛は奇跡を起こしてしまったのだ。

 本人には、まったくその自覚はないが……。


 クラスメイトたちの、召愛を見る目が明らかに変わった。そりゃそうだ。

 どう考えても実現不可能な無茶ぶりだったのに、召愛はまったくそれに臆する事なく、文句すら言わず、全力な善意で返してきてしまったわけだ。


 変人でいけすかない奴。という評価から、


 おそらく、


 変人でいけすかないはずなのに、異次元のお人好しで、とんでもない奴


 に変わったのだと思う。

 これだけで、皆に受け入れられたわけじゃないだろうが、大きな前進だ。


 羽里も教卓の前に立っていて、そんなクラスの雰囲気の変化に気づいたらしい。

 安心したような顔で溜息を吐き――。

「良かった……。

 名座玲さん。

 本当にたった三日で仕上げてくれて、ありがとうございます。

 これでスタッフを割り振る事ができ、準備を進められます」

「皆のためになれたなら、私は嬉しい」

 この底意のない笑顔を、そのままの意味で理解してくれる相手が、一人でも増えた事を願おう。


 ただし……。

 遊田だけは、とっても分かり易いリアクションをしてなさった。

 奴め、俺の方を向いて、悔しそうな目で訴えていた。

(いったい何をどうしたら、こんな物が出来上がるのよー!)
 ――とでも言いたそうな顔でだ。

 

だから俺は――

「――」

 できるだけ爽やかな笑顔をしてみるだけで、返答、としておいた。

 そしたら遊田は――

(なんか、ムカッ!)


     ――ビリビリビリビリ!

 シナリオを机の下で破いてらっしゃる。

 紙資源を大切にしましょう。

「それではさっそく、スタッフ割り振りを行いたいと思います。

 最初は、責任者である監督から、になりますが。

 これをやりたい方は挙手してください」

 もし、演目がただのロミオとジュリエットなら、自分でも出来るだろうと、映画評論家気取りが、二三人くらい手を挙げたかも知れない。


 だが、自分たちで散々ハードル上げて、上げて、上げまくって。常人じゃ飛び越えられないくらい高くしちまったソレを飛ぶ度胸が有る奴など、居るわけがなかった。

 脚本担当を決めた時と、まったく同じ状況だ。

 教室中が静まり返った。

 誰もが誰かを見やり、お前やれよ、と視線を送り合ってる。

 

 だが、それらの視線は結局――。


 一人に集まりだした。

 一度、奇跡を起こしてみせた張本人、召愛にだ。


 皆が、見ている。

 この行き詰まった状況を打破してくれる救世主として、期待を込めた眼差しで。

「ここはやはり、シナリオ担当者に、そのまま監督も、やってもらうべきだと思うわ。こんな物語を作ってしまった以上、他人へ丸投げするのではなく、最後まで責任を持つべきです」

 遊田は、とことん召愛に負荷を掛けていくつもりか……。

 どこかで大失敗して、貶められないか、とでも考えてんだろうよ。

「少し、良いだろうか」

「ど、どうぞ」

「私で良ければ、力になりたいと考えいるのだけど。

 すでにシナリオという仕事もしていて、監督までしてしまっては、申し訳なく思える。だから、このように提案したい。


 あくまで暫定的にだ、私が監督を引き受ける。もし途中で、私の仕事に、疑問があるようであれば、遠慮なく言って欲しい。すぐ交代する。どうだろうか?」

「この名座玲さんの、提案に賛成の方は挙手をしてください」

 最初は、5人ほどが遠慮がちに挙手して賛成を示した。

 やはり、全てを召愛に任せるのは、抵抗があるようだ。

 でも、選択肢がないのは皆わかってる。さらに5人が、10人が、と手を挙げだし、結局、みんな賛成したよ。

「決まり、のようですね。監督は名座玲さんにやっていただきます」

 まさか監督までやる事になるとはな。

 けど、これで召愛がクラスメイトと接する機会は増える。

 いっそ負荷ではなく、チャンスと考えるべきだろう。

「次は配役です。

 最初はもっとも台詞の多い主人公である、ジュリエットからになりますが――」

 そこまで羽里が言うと、クラスの皆は、『何を言ってるんだ委員長は?』みたいな顔をしたよ。

 まあ、そうなるわな。


 だって、出し物として映画をやることに決まったのは、みんな羽里が画面の中で活躍する姿を見たいからだ。

 ヒロイン(厳密には男の娘だが)のジュリエットは羽里がやるものと、みんなシナリオ読みながら考えていたはず。


 羽里だって、それは承諾した上だったはずだが……。

 うん、こいつめ、あわよくば逃れようとしてるな。ラブシーンからだ。

「え、ジュリエットって彩ちゃんがやるんじゃないの?」
「理事長がやらないなら、映画やる意味なくね?」
「だよなあ」

「せっかく羽里ちゃんに着せる衣装考えてたのにー!」

「いえ……しかし、あの。多数決で決めなければ……」

「なら、彩ちゃんにジュリエットやってもらいたい人、手ーあげてー」

 あっという間にみんな手挙げてたよ。

 ちなみに召愛もだ。


 俺は同情して、挙げないでおいてやった。

 まあ瞬殺って奴だ。一瞬で決まった。


 羽里はこう、呆然として、半開きになった口からショックのあまり魂が抜け出そうとしてたね。

 ニョロニョロとだ。

――…………

                    ――…………

「はっ」
(しっかりしなきゃ……!

 これも召愛とフェアに戦うために必要なこと。

 自分でやると決めたこと!


 ラブシーンくらい……。

 ラブシーン……くらい、乗り切ってみせる!)

 ――なんていう心の決意が見えるような顔で、羽里は気合いを入れ直してたぜ。

「委員長、次はロミオ役を決めよう。早く!」

 男子たちがせっついた。みんなすげえテンション上がってるぜ。

 お前らが何を考えてるか、分かるぞお、俺はとっても、良く分かっちゃうからなあ。

「それでは、ロミオ役をやりたい方は挙手を」

 俺以外の男子全員が手を挙げたのは言うまでもない。

 どころか、だった。

 女子どもも、召愛以外、みんな手挙げてるじゃねえか。

「彩ちゃんの王子様になってみたーい」

 とか、はしゃいじゃってます。


 しかしこれ……いったいどうやって多数決取るんだ?

 俺と召愛と羽里しか票を入れる権利がないじゃねえか。

「す、すごい倍率ですね……。決を採ってもよろしいでしょうか」

「ちょっと待ってくれ。票を入れるのが三人しか居ないんじゃ。

 俺や召愛や羽里の三人が独断的に決めるって事になっちまう。

 それじゃ、みんなスッキリしないだろ?

  

 だから、オーディション方式にした方が、後腐れ無くていいんじゃないか。厳密に採点するのは無理だろうから、明らかに自分で選ばれないだろうな思った奴は、降りればいい。


 そうして絞り込んでから、改めて、多数決で決めるってのはどうだ。

 少なくとも今よりは公平になるだろうし、スッキリするだろ」

「オーディションとか楽しそう!」
「三人だけに決められるよりは、そっちのが良さそうだな」

「ではオーディションで候補者を絞りこみたいと思いますが。

 演技を行うシーンについては、監督に決めて貰うのが合理的でしょう。どのシーンを使いますか?」

「うん、そうだな。

 物語の見所は、ロミオとジュリエットの絆ということになる。


 その絆の強さをもっとも表すシーンとしては、一か八かの駆け落ちするために、隕石落下の阻止をしなければならなくなって、その悲壮な決意をした夜に、ジュリエットの部屋で、二人で一夜を過ごすシーンがそれに当たる」

 つまり、ラブシーンってことですね……。


 羽里はこう、召愛が言い終わる前から、笑顔のまま固まって、口を半開きにして、二匹目の魂をニョロニョロと脱出させてたね。

 また掘った墓穴に核地雷を置いて、それを自分で踏んじまったな。

          ――…………

「なので掛け合い台詞を一言ずつと、顔を近づけてキスの演技までを審査すればいい。

 これなら一人あたり二十秒掛からずできる」

――…………○   

                   ――…………

       ――…………

 魂で過ぎだろう。干からびちゃうぞお前……。


 一方の男子どもと言えば――

(グッジョブ、名座玲!)
(グッジョブ、名座玲!)
(グッジョブ、名座玲!)
 みたいな顔して、召愛に感謝の視線を送ってるが――
「――?」
 本人はまるで意味が分かってないご様子であります。

 

 だから、俺は振り向いて、召愛に小声で言ってやったよ。

「なあ、さすがにクラス全員とキスシーンは、

 羽里が、かわいそうじゃないか……?」

「君だって知ってるだろう。

 彩はむしろ、私たちよりも合理的な思考の持ち主だ。

 演技くらい割り切ってやれる。

 あれは照れてるだけであって、嫌がってるわけじゃない」

「そ、そうなのか?」

「彩は昔から、恋愛や性に関することには、すんごい乙女チックな思考をしてしまい、お茶目な反応をする子だった」

 確かに、そういう傾向はあったがな。

 やたら乙女力が高いというか。

「そして照れ度数が一定を超えると、脳の回路がショートして、ロボがオーバーヒートしたみたいに、プシュー、っとなって停止して、魂が脱出してしまうんだ。可愛いだろう?」

 のろけ話みたいに言われてもな……。

「だから、コッペは安心して、オーディションが終わるまで、彩の口から魂が何匹抜け出すかを、微笑ましく数えていればいい」

 というわけで――。

 無情にも、オーディンは始まってしまった。


 机が教室の後ろへ下げられ、みんなは教卓の前へと集まった。

 そこで召愛監督は皆の前に立ち――

「最初に、このシーンの物語上の意味と、演出の目標を、説明しようと思う。


 状況は駆け落ちと隕石落下阻止を明朝に控えた日だ。

 二人はその成功率0.0056%の作戦へ決死の覚悟で挑むことを決意している。一方で、明日の今頃になれば、二人とも、もう生きていないかも知れないという不安と恐怖に苛まれている。


 そこで、自分たちを勇気づけるため、結婚式を挙げ、初夜を迎えようとしているというシーンだ。


 二人は自分こそが不安と恐怖でいっぱいでありながらも、相手の心の支えになろうと、夫として、妻として、健気に振る舞おうとする。


 大人ではなく16歳の男装の麗人の少女ロミオと、14歳の男の娘のジュリエットという、我々と同世代の人間として演じてみて欲しい。


 では、最初の候補者、やってみてくれ」

 なんだそれ……すげえ難しそうな演技じゃねえか。


 一番手のロミオ候補は――。


  ――キリッ!

 岡本くんだあ!

「よし、はじめ!」

 最初はロミオの台詞からだ。


 自分たちの運命を案じて体を震わせているジュリエットに気づき、ロミオは声を掛ける。

「デュフフ」

 いきなり、デュフフから入るのかよ。

 いったいどんなロミオだ。斬新すぎんだろ。

「大丈夫、ジュリエット。

 明日、僕たちは離ればなれになるために、行くんじゃない」

 なんだよ。岡本くん、いきりなりキリッとして、普通に上手に演技してるじゃないか。しかも、妙に良い声だ。

「永久に共にあるために、行くんだ。恐れる必要なんかない」

 しかし、そうしてジュリエットを安心させようとするロミオ本人も、腕が震えている。


 ジュリエットはそれに気づいて、ロミオの手を、両手で包み込むように握る。


 岡本ロミオはそれだけで、鼻息が蒸気機関車のごとく、激しくシュッポシュッポしちゃうわけだが。


「大丈夫です、ロミオ――」

 と、羽里ジュリエットもロミオへ優しい微笑みで、勇気づけようとして言う。

 

 だけど、何が大丈夫なのかまでは、言葉を紡ぐことができず、だんだんと泣き顔になってしまう。

「……」
「…………」
「…………………」

 それに、つられてロミオの表情も崩れだし――。

「…………」

 泣き出す寸前で、お互い自然と強く抱きしめ合い、顔を近づけ――。


 という筋書きになってたんだが……

 岡本くんが羽里を抱きしめようと肩に手を置いた途端だ。










きゅー……――…………

 という謎の信号音的な声を羽里は発したと思うと、オーバーヒートなロボットのごとく、動かなくなって、その場にへたり込んだ。

 照れ度数が最高潮を振り切って回路をショートさせてしまったらしい。

「お前じゃダメだ、岡本、俺に任せろ!」

 と、しゃしゃり出て来たのは、かつて炊き出しの時にホーリーエンジェルを狙っていた男子。わりと女子に好かれそうな清潔風味の彼であれば大丈夫かも知れない。


 と思ったのだが、演技に挑戦し、やはり肩を抱き寄せる段階で――。










ぷしゅー……――…………

 という謎の排気音を発して緊急停止してしまった。

 どうやら、あんま相手に関係なく、オーバーヒートは発生してしまうみたいだな。

「まったく男子はダメダメね」

 そこで颯爽と登場したのは、遊田だった。

 おお、と教室中がざわめいた。真打ち登場だ。

 普通に考えれば、こいつを準主役であるロミオに起用しない手はない。


 なんせロミオは男装の麗人という設定なのだ。

 こいつならば、男として振る舞う演技力もあるだろうし、麗人としての容姿も申し分ない。


「女子の扱いというものが、なっちゃいないわ。お手本みせて上げる」

 なるほど。

 同性相手であれば、羽里も照れずに済む。この宝塚方式なら!


 と、みんな期待したし、実際の遊田の演技も、そりゃもう、素晴らしい物だった。


 ほんとに人格が入れ替わったみたいに、一瞬でロミオになりきったのだ。

 台詞の感情の入り方が尋常ではなく、体の震えもわざとらしくない。

 しかも、涙まで普通に流してみせた。


 背景セットやBGMなんかも、ないわけだが、俺たちの目には確かに、遊田の背後にジュリエットの部屋が見えたし、耳には感動的がBGMも聞こえた気すらした。



 が、遊田ロミオが羽里ジュリエットの肩を抱いたところで。











デン……!        ー……――…………

 と、ウィンドウズのエラー音っぽい声を発して羽里はフリーズしてしまった。

 遊田でも、ダメなのか。


 こりゃあ、詰んだんじゃないか……?

 羽里がジュリエットをやること自体に無理がある気がすんぞ。

「ハッ」
「あ、あの、皆さん……。

 わたしは、この役に向かないのでは……。他にも役はありますし、そちらで出演というわけには?」

「それだけはダメ!」

「羽里ちゃんが主役じゃないと意味ないって、みんな言ったじゃん」

「彩ちゃんのラブシーンが最大の売りなの!」

 なるほど……これが、アイドル映画の恐ろしさか。

 どんなに配役に無理があっても、アイドルのキャスティングだけは動かせない。


 けど、このままじゃ、クランクインできないぞ。どうする?

「こうなったら、仕方ないわね。

 オーディションの基準を変更して、羽里さんをフリーズさせずに、キスできる人にロミオをやらせるしかない」

 遊田なら、不平不満を言いまくって、羽里の役を降ろしに掛かって来るかと思ったが、意外なほどに現実的だ。

 たぶん、役者の現場でも、似たような理不尽体験をいくつもしたのだろう。


 遊田がこう言うなら、クラスのみんなも同意するしかなかった。

 かくして、オーディションは続けられたわけだが……。







 ――結局。

 羽里は残りのロミオ候補者24名から肩に触れられるたび、

 しっかりフリーズするという結果になってしまった。


(はぁ……。

 こりゃいきなり企画が詰んだか?

 せっかく上手く行きそうだったんだがなあ……)

「こーなったら、残された手段は、一つしかなさそうね」



  ――チラッ

 とか、なんかな。

 遊田が、こっち見てんだが?

 うそ、まさか、俺!?

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