変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第5話「男を追い払うことにかけてはおまえの右に出る者はいないんだぞ」

エピソードの総文字数=5,967文字

 痛々しいほど熟達した手つきでストレス解消を終えた後、由美子は「ふぅ」と息を吐いてベッドの上で上体を起こした。
「あー、スッキリした☆」
 言葉通りスッキリした顔をして<パチン!>と指を鳴らす。
 体液でベタベタになった手指に陰部、それからシーツが一瞬で浄化されてさらりと乾いた。
『ふぅ、スッキリしたんだぞ』
 由美子がお楽しみの間、アルタソはアルタソでお楽しみだった。
 相手は、先程キレた由美子が投げつけてきた謎の生物を模した丸っこいぬいぐるみだ。
「ちょっ! あたしのぬいぐるみを犯さないでよ!」
 無惨にヤリ捨てられて転がるぬいぐるみを見て、由美子はギョッとした顔をする。
 もう一度<パチン!>と指が鳴らされ、
 ぬいぐるみの汚れは一瞬で綺麗になった。
『ぬいぐるみを犯されるのがイヤなら、雌を連れてこいよ。胸肉のたふんとした、ケツのでかいエロい雌がいいな。あと、垂れ耳が好みなんだ。性奴隷にするからとりあえず三匹くらい連れてこいよ』
「ふざけんな、デブ!」
『ふざけてないぞ。オレは本気なんだ』
「より悪いわ!」

 「フンッ」と鼻を鳴らし、スマートフォンを取り上げる由美子。

 アカウントの削除された出会い系アプリを潔く消去し、溜め息を吐く。

「あーあ、これからどうしようかな……」
『性懲りもなく、次の出会い系に移るんじゃないのかい?』
「性懲りもなくとか言うな! まぁでも、やっぱそれしかないわよね。繁華街で逆ナンしてもいいことなかったしなー……」
 敗北しかない戦歴が蘇ったのだろう。
 由美子の口から大きな大きな溜め息が漏れる。
『まぁ、これからのことは追い追い考えるといいんだ。それより、おまえ今ヒマだろ? ちょっとオレに付き合えよ』
「ハァッ? なんで?」
『最近、オレが【桜町ふれあい公園】で雑草を食ってると、ヘンなおっさんが寄ってくるんだ』
「? ヘンなおっさん?」
『ああ、ヤツは間違いなくオレのことを狙ってるんだぞ。よく小声で「美味そう」とか呟いてるし、ジュルリと涎を啜ったりもするし、この前なんか捕獲網を持ってたんだ!』
 肉食の習慣がある者にとって、この茶色いうさぎは非常に魅力的な存在である。
 アルタソには、これまでに犬・猫・鳥・人間――色んな生き物に狙われ、追われてきた過去がある。

 話を理解した由美子が「あー」と声を漏らす。
 その響きに「すごくどーでもいい」という思念を感じ取り、アルタソは<バンッ!>と後ろ足を打ち鳴らした。
『真面目な話なんだ!』
「つーかさぁ、公園で雑草食うのやめなさいよね。まるであたしらがちゃんと餌を与えてないみたいじゃん」
 本当に「すごくどーでもいい」と思っている由美子は、悪びれることなく話の腰を折りにいく。
 ただアルタソとしても、今の言葉は聞き捨てならないものだったので即座に反論する。
『まさにその通りじゃないか! おまえたちはpet様たるオレにちゃんと餌を与えてないんだぞ! 飼育者義務の不履行なんだ! 自覚して反省して改めろよ!』
「ハァッ!? 与えてるわよ! ラビットフードの袋の裏の説明書きの通りに毎日"体重の5%"に相当する分を量ってあげてるじゃん! つうかペット様ってなに? ムカつくんだけど!」
『そんなもんで足りるか、バカ! みみっちく量ったりせずに袋ごとよこせ!』
「ふざけんな! あれで足りてるはずよ! それ以外に干し草や生野菜もあげてるし、足りてるからこそデブなんでしょうが、あんた!」
 一人と一匹はしばし餌のことでギャーギャー言い争う。
 毎度お馴染みの口論である。
『とにかく、おまえは今からオレと一緒に公園に来い! 飼い主のおまえが「ウチのpetに手を出すな」って注意したら、あのおっさんも諦めて引き下がるかもしれないんだ』
「くはーめんどくさー!」
 とは言え、他にすることもない由美子は、渋々ながらも立ち上がる。
 一人と一匹は連れ立って部屋を後にし、一階のリビングで母と姉に声を掛けた。
「ちょっとアルタソと出掛けてくるわ」
「あら、今から? 気をつけて行ってらっしゃいね」
「大丈夫よ。あたしは変質者相手には滅法強いんだから心配しないで」
「逆だよ、逆。『いくら飢えてるからって暗がりに乗じて男を襲ったりしないように気をつけろ』って意味だからね」
「!? あたしが加害者側なの!?」


……

…………


 アルタソの言う【桜町ふれあい公園】は、竹沢家から徒歩三分のところにある、ちょっと広めの公園である。
 竹沢家があるのは"羽音神市中央区西町"で、桜町ふれあい公園があるのは"羽音神市西区桜町"――
 竹沢家は中央区の中でも「ほとんど西区」と言っていいほどの西端にあるのだ。
『Hey,歩くのが面倒なんだ。抱っこしろよ』
「イヤよ、あんたデブだもん!」
 そんなやり取りをしながら、由美子はお気に入りの靴で閑静な住宅街を進んでいく。


 勤め人の多くが昼に終業する金曜日。
 普段ならこの時間帯によく見られる帰宅途中のサラリーマンの姿はない。
 そろそろ完全に陽が落ちる頃なので、スーパーの袋を持った主婦の姿も少ない。
 すれ違うのは、遊び帰りの子供やロードワーカー、あとは犬の散歩をする人ばかりで、公園に着いてもそんな顔ぶれは特に変わりない。

『いたぞ! あいつだ! あのbenchのおっさんなんだぞ!』
 アルタソは後ろ足で立ち上がり、鼻先で奥のベンチを示して見せる。
 由美子は「どれどれ?」とそこに腰かけている中年男性を見た。
「ほう、なるほど。確かに網を持ってるわね」
 虫捕り網と言うよりは、魚を獲るための網に見えるが、とにかく中年男性は捕獲網を携帯していた。
『よし、抱っこしろ! オレを抱いてあの網男のところに行き「この子はうちの可愛いpet様なんです」ってappealするんだ!』
「全然可愛くないし、ペットじゃなくて家畜なんだけどなー」
 ブツクサ言いながらも、由美子はアルタソを抱き上げる。
 そしてテクテクと奥のベンチの方に向かって行った。
「――!」
 ベンチに座った網男は、むっちむちの茶色うさぎを見つけてハッとする。
 すぐに傍らの捕獲網の柄を握り締めて立ち上がろうとしたが、そのうさぎが少女の腕に抱かれていることに気付き、腰を浮かすのをやめた。
「どうも、こんばんは」
「……どうも」
 網男は「チッ、飼い主と一緒かよ」と言いたげな苦々しい顔をしている。
「この子はうちの家畜なの。だから、捕まえないでくれる?」
『Hey,家畜じゃないんだ! pet様なんだ!』
 アルタソが文句を言うが由美子は無視する。
 なお、アルタソの声は網男には届かない。
 竹沢の家族がうさぎと会話出来るのは、彼らが変態魔法由来で"うさぎと話せる能力"を持っているからである。
 多産で"性欲のシンボル"とも云われるうさぎという生物は、変態魔法と非常に相性が良いのだ。
「……わかったよ」

 何はともあれ、由美子の言葉に網男は頷いた。

 しかし洞察力に富んだアルタソにはわかる。

『おい、こいつ全然諦めてないんだ! 飼い主の目を盗んで捕まえる気満々なんだぞ!』
 そう、飼い主から直々に注意を受けても、網男の目はふてぶてしいばかりで諦めの色がない。
 そもそもアルタソが飼いうさぎだと知った上で捕獲を目論んでおり、今更ということなのだろう。
「あんた、諦めてないわね?」
「ククク……いやいや、もう諦めるよ。悪かったね」

 それが口先だけの謝罪だというのは由美子にもわかる。

 由美子は真面目な顔で網男の目を見た。

「わかったわ。この子はうちの家畜だけど、あんたがどうしてもこの子を食べたいというのなら譲ってあげてもいいわ」
「!? 本当かい!?」
『What!?』
 由美子の言葉に網男が目を輝かせ、アルタソが耳をピンと立てる。
「ええ、丸焼きでもステーキでも唐揚げでも、好きに食べていいわよ」
「…………」
 網男がごくんと喉を鳴らす。
「ただし、タダってわけにはいかないわ」
「……金か?」
 表情を歪める網男。
 とはいえ、金銭での取引は検討の余地があるようで、すぐに真剣な顔になる。
 いくらまでなら出せるか考えているのだろう。
 そんな網男に由美子はニッと笑って言った。
「いいえ、お金は要らないわ」
「……なに?」
「その代わり、あたしとセックスしてちょうだい」
「――!?」
 由美子の申し出に網男が目を見開く。
「あんたの股間にぶら下がってるその××××をあたしの下の口で食べさせてちょうだい。そしたら、このうさ肉をあんたに譲ってあげてもいいわ」
 由美子は「ぐふふ」と笑って、網男との距離を一歩詰める。
「ヒィッ!!」
 高い叫びを上げ、網男は咄嗟に後ずさろうとする。
 だが彼は今、背もたれのあるベンチに座っている状態であり、これ以上後ろには下がれない。
「ぐふふ……ねぇ、どうする? あたしとセックスしてくれる?」
 にじり寄る由美子。
 網男は目をひん剥いて由美子の顔を凝視しつつも、必死に退路を探す。
「く、来るな!」
 手にした捕獲網という武器をやぶれかぶれに前に構え、何とか由美子の接近を阻もうとする網男。
 腰を落とした体勢のまま、じりじり横移動してベンチから離れるつもりらしい。
「ねぇねぇ、あたしとセックスしてよ?」
「ヒッ……ヒイィィィッ!!」
 足がもつれたのか、ようやくベンチから離れたところで網男がすっ転んで尻餅をついた。
「あっ、大丈夫?」
「ヒイイィィッ! 来るな! こっちに来るな……来ないでください!」
 由美子は手を貸して網男を助け起こそうとするが、網男は捕獲網をブンブン振り回して由美子の接近を許さない。
「ちょっ、危ないってば!」
「諦めます! うさぎは諦めます! もう手出ししません! 本当にすみませんでした!!」
 網男は捕獲網を振り回しながら、鬼気迫った顔で謝罪の言葉を口にする。
「えっ、なんでよ? あたしとセックスしてくれたら食べさせてあげるって言ってんじゃん!」
「ヒイイィィィィッ!」
 下半身を土塗れにしながら、じりじり後ろに下がっていく網男。
 捕獲網を杖代わりにして立ち上がろうとしたが、彼の体重を支え切れずに捕獲網が真ん中から<ポキッ>と折れる。
 網男は今度は前向きに<ビターン!>とすっ転んだ。
「ええっ!? 大丈夫!?」
「ウヒイィィィィッ! うぎゃあああああぁぁっ!」
 網男は折れて"網付き輪っか"と"棒"になった捕獲網を両手に握り、危なっかしい足取りながらも全速力で逃げ去っていく。
「ちょっ、なんなのよ!? なんで逃げるのよ!? 一発ヤラせてくれるだけでいいんだってば! あんたのうさ肉にかける情熱はその程度なの!?」
 網男の逃亡が解せない由美子。
 網男が公園を飛び出して行き、その後ろ姿が見えなくなったところでアルタソが興奮した様子で言った。
『OK! Good job! よくやったんだ! これであいつはもう二度とオレを捕まえようとは思わないんだぞ! やるなおまえ!』
「えええっ!? いやいやいや! あたしは別にそういうつもりじゃ!?」
 うさぎは大満足のようだが、由美子はこの結末に納得がいかず「意味わからんわ!」と憤慨する。
『さすがは由美子なんだぞ。おまえに頼んで正解だったんだ。男を追い払うことにかけてはおまえの右に出る者はいないんだぞ』
「ハァッ!? あたしは別に追い払ってなんかないんだけど!?」
 腑に落ちない様子で騒ぐ由美子を無視して、アルタソは早速、安全になった公園でその辺の雑草を食む。
『市内の色んな公園で雑草を食ったが、やっぱりこの公園の雑草が一番だな♪』
 モッシャラモッシャラ草を食う暢気なうさぎの姿を見て、由美子の気勢も少し和らぐ。
「…………」
「あーあ! なんなのよ、ったく!」
 ぼやいて大きな溜め息を吐き、さっきまで網男の座っていたベンチにどっかりと腰を降ろした。
『まぁ、元気出せよ』
 草を食いながら、アルタソはテキトーに励ましの言葉を放つ。
 因みに、食事中でも咀嚼は会話の邪魔にはならない。
 声帯を持たないうさぎなので、二人の会話は念話のような形で行われるのだ。
「ねぇ、毎回思うんだけどさ、なんで男って『セックスさせて』って言ったらすぐ逃げるのかしら?」
『hintはおまえの顔なんだ。あ、これじゃhintっていうよりむしろanswerだな』
「だからあたしはブスじゃないっつーの!!」
『それより、さっきの網男の記憶は消さないのかい?』
「あ、ホントだ、忘れてたわ。まぁ、どうせこの近所に住んでるだろうし、また見掛けた時にでもこっそり消しておくわ」
 男にセックスの誘いを掛けて失敗した後、由美子はその男の記憶を消すようにしている。
 変に記憶が残っていると、妙な噂が立ったりして余計なトラブルに発展する可能性があるからだ。
 でも、今日のようにうっかり消し忘れてしまうのもよくあることである。
 なお、この手の記憶操作は変態魔法由来のものなので、"性的なことに関しての記憶"しか弄ることが出来ない。
『――!!』
 ――と、不意に、アルタソの耳が<ピクン!>と動いた。
 次の瞬間、茶色いうさぎは口の端に草を生やしたまま公園の奥に向かって駆け出した。
「えっ、ちょっと!? どこ行くの!?」
 いきなり走り出したアルタソに驚きつつも、由美子は慌てて立ち上がって後を追う。
『Ohhhhhhhhhhhhhhhh!!』
 百メートルほどの距離を弾丸のように疾走し、公園の西口付近までやって来た茶色いうさぎ。
 一直線に、一人の男性が腰かけるベンチの脇に突っ込んでいく。
「!?!?」
 『少年』なのか『青年』なのか判断が難しい頃合いの若い男が、いきなり猛スピードで突っ込んできたうさぎにギョッとした顔をする。
 彼はベンチの上で弁当を広げていた。
『Ohhhhhhhhhhhhhh,Yeeeeeeeees!!』
 ベンチのすぐ側の地面に転がるのは、うさぎの形にカットされたりんご。
 弁当の蓋を開ける際、彼がうっかり落としてしまったそれに、うさぎがとんでもないテンションで食いついていく。
「ああっ!?」
 遅れてやって来た由美子は、すぐに状況を察した。
『Ohhhhhh,apple! Yeah,delicious!!』
「こらあっ! なにやってんのよ、あんた! それはその人のもんでしょうが!! なに勝手に食ってんのよ!!」
『こいつは落としたんだ! つまり、このりんごはもうオレのものなんだ!』
「わけわからんわ! なにが『つまり』よ! 落ちてもこの人のものであることには変わりないでしょ!」
『知るか! もうオレのものなんだ!!』
「ふざけんな! こら、食うなっつーの! やめなさい! この人に返しなさいよ!!」
 言い争う一人と一匹に、若い男は顔を引き攣らせて言った。
「いや、いいよ、別に。落としたヤツだし……」

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