超新約ライトノベル聖書『新約聖書を学園コメディに置き換えたらこうなった』

羽里彩は言った。「生徒よ、校則を守る限りは、理事長は友だちです」

エピソードの総文字数=5,291文字

 生徒会長選の公示までの一週間。


 それは俺たちにとって、大きな意味があった。

 羽里が去ってからの日々だったからだ。


 一応、羽里は同じ教室には、まだ居る。

 うちのクラス委員長を引き受けてしまってたからだ。

 そこでクラスを抜けたりしたら、不要な混乱を招くと考えたのだろう。


 けど、羽里なりのケジメはしっかり守られていて、召愛とはほぼ口をきかなくなった。

 召愛もその決意を尊重しているようで、必要以外に話しかけることもなかった。


 その様子が部外者からは、炊き出し事件で友情が決裂したと映っていたようだった。


 そして、召愛の代わりに、羽里の周りに集まりだした20人ほどの連中がいた。

 選挙活動の手伝いを申し出た面々だ。


 彼らの共通した特長は、まず羽里と志を同じくし、『厳格な校則を学生全員がきっちり守ることが出来るようになった時、楽園のような学校が実現される』という信念を硬くもっていること。


 次に、全員が学年成績トップの上から30人以内であること。

 中学校の卒業アルバムにありがちな、『クラスメイトが選ぶ将来この人が成っていそうな職業』の所に、弁護士とか、医者とか、学者とか、国会議員とか、そんなのが書かれてんだろう、という奴らだ。


 なので眼鏡率が高い――というイメージがありそうだが、案外そうでもなく、NHK教育放送の番組に出て来そうな、『大人が思い描く理想の高校生』的な風貌をしていて、スポーツも嗜み、知識が広く話題も豊富で、育ちも良さそうで品があり、なおかつ個性的で、異性からの人気もある。


 こんな奴らだ――


  ――キラッ!


   ――キラッ!


      ――キラッ!


     ――キラッ!

 ――とまあ

 あからさまにアイコンの絵柄からして違う。お洒落感いっぱいなのだ。


 要するに、勝ち組、スクールカースト最上位、量産型の優等生。

 俺みたいな下等民族とは別世界の生物だ。


 彼らは一般の生徒たちから、憧れと少々の揶揄を込めて、


【羽里彩派議員】などと呼ばれた。もちろん、そんな役職があるわけではないのだが、ハイソサエティで知的な雰囲気を醸し出す様子から、【議員】と呼ばれるようになったわけだ。


 羽里はそんな奴らに囲まれて、実に心地良さそうだった。

 学校や、放課後の街なんかで、そいつらをゾロゾロ連れて歩いてるのを良く見かけるが、いかにも上流社会的な会話しながら、和気藹々としてるわけだ――

「――ルトワックのターボ資本主義の解釈については、ボクはやはり、別の視点も必要だと思ってまして。

 アリストテレス的な外的絶対性とも言うべき力を、経済理論にも適応するべきだと、つまり、人間個々のもてる情報は限定的なわけですから、合理的経済人という概念自体が――」

とか。
「――三島由紀夫とダンテの共通性を考える場合、一神教的な価値観を、多神教の体型に落とし込んでいく作業で、どうしてもマルクスの上位構造概念を持ち出さざるをえなくなってしまうんですけど――」
とか。
「――啓示宗教における啓示を人間が考察した瞬間に、それは哲学宗教化してしまうというジレンマが、ずっとあったと思うんですよ。それを論理的に整合性を持たせたのが、トマス・アクィナスであって――」
とか。
「アウフヘーベンがダイバーシティで、ノマドワーカーがワクワク感を生むというか。政治の見える化で、行政改革がアウトソーシングになるから、タスク的なネゴシエーションが、プライオリティという意味で、ブレインストリーミングになるんですよね」
とか。
「――そこはやはり、ナ・シ・狩・赤・詩・黒、これが単位時間あたりにおける経験値効率的には最高のPT編成ではないかと常々考えていまして。

 とんずらアビがあれば、TPなしでもチェーン切れませんから、pullの不安定な狩り場にも対応できますし、『だましうち』でヘイトをナイトに固定して、黒のガ系単体使用や、サポ忍狩のクラクラ二刀流の乱れサイドワインダー2連で強引に削ることもできますから――」

 ――とか。

 ……最後だけ、あんまそれっぽくも、なかったが、ともかく。


 羽里が求めていた理想の学生生活。

 それが確かに羽里の周りにはあった。


 ああいう量産型だけが、周りに居れば、平和だろうよ。

 何も問題が起きるわけがない。

 そして、信じることだって出来るだろう。何を、って、そりゃ。


『厳格な校則を守ることによって、生徒全員が量産型優等生に成れる。そうして楽園が実現される』とだ。


 だがな。羽里。

 現実はそうはいかない。




 例えばそれは、数学なんかの授業中の教室で起こる。

「よおーし、宿題を提出しろ」

 と教師が言うや否やだ――


 ビクッ――

 ――となってガタガタ震え出す奴が、一週間に一人や二人くらいは居る。

 羽里はそういう奴を見とがめるや立ち上がり――


「宿題を忘れた者は、停学一週間、および反省文1万文字以上。

 故意にやらなかった者は停学二週間と反省文3万文字以上です」

 ――これだ。

「仕方なかったんだ。

 昨日、うちの店が急がしくて、その、家がソバ屋やってて。

 手伝いで出前に自転車で走り回って疲れてて……。

 そのまま寝ちゃって……」

「では、それを証明できる証拠を、72時間以内に提出してください。

 職員会議で審査した後、処分を言い渡します」

 そうして授業が終わった後の、休み時間の時だ。

 宿題を忘れてた彼は、次の授業の宿題もやってなかったらしく、形だけでも終わらせようとしてしまった。


 休み時間中の勉学行為は御法度である。


 彼は便所の個室にノートと教科書を持ち込もうとしたところを、運悪く、【議員】の一人に見つかってしまい、放課後に生活指導室にしょっぴかれた。

「お願いだ。次の授業までに宿題をやらせてください!」

 言い渡されるであろう処分は、だいたいこんなとこだ。


『休み時間中の勉学行為は、停学一週間。

 隠れて行うなど悪質な場合は停学二週間』


 羽里とその取り巻きたちに囲まれて、廊下をしょっぴかれていく彼を、召愛が見とがめた。

「彩、君は、本当にこれで……。

 この学校が楽園になると信じているのか?」

「その論点は、いずれ選挙という場で決着を付けることになるでしょう。今は、あなたと話している時ではない。

 生活指導をしなければいけません」

 羽里は立ち止まらなかった。

 取り巻きの【議員】たちは怪訝そうな顔で召愛を見ていたよ。

「待ってくれ、彩。これではあんまりだ。

 たった一日、宿題を忘れただけで、一ヶ月も停学になる可能性があるなんて、どう考えても間違っている。


 私はこんな罰を基本条項に書いた覚えはない。

 なぜこんな派生条項を作ってしまった?」

「だったら、ルールを破らなければ良いだけです。

 彼は宿題をやれば良かったのです」

「宿題を毎回、欠かさずやれる者なんて、

 よっぽどの暇人か、恵まれた生活をしている者だけだ。


 この学校の校則は、そういう恵まれた者のための物になってしまっている。自分の宿題よりも、家族を思って手伝いを優先した彼を、むしろ君は賞賛するべきだ」

「わたしは、理事長職をしながら、宿題も一度も忘れていません」

「彩たちのような優等生は、それで良いかもしれない。

 だが、誰もが出来ると思っているのか?」

「努力をするべきです」

「ふざけた事を言うな。せめてもの努力をしようとしていた彼を、トイレから引きずりだしたのは誰だ。彼はお願いだから、勉学をさせてくれと叫んでいたんだぞ!」

「それも、前日までに宿題をやる努力が足らなかったから、そうなったまでのこと」

「彼を停学にして、さらに努力の機会を奪おうとしながら、どの口で言う。これでは、恵まれない者は、いっそう恵まれなくなる。

 間違っている。彩、君は間違っている!」

 ――とまあ。

 こんな事が、これまでも何度もあったわけだ。


 未だに俺や召愛以外が、要被重監督者扱いになってはいないが、停学の一二週間を食らった事のある奴は、クラスの九割に上る。


 おかげでクラス全員が、一人も欠けずに教室に揃ってる事がレアという、びっくりするほどディストピアな様相を呈しているのが、羽里学園の実態だ。


 それで治安が良いかと言えば、表面上はそうではあるが、形に残らず罰することが難しい陰口や、陰惨な無視などの嫌がらせは、けして無くなりそうになかった。



 こうした学校の惨状は、召愛に闘志をみなぎらせる十分な動機になったわけだ。

 公示までの一週間、召愛は実に熱心に準備をした。


 学校のコンピューター室に通い詰め、画像加工ソフトを習得し、ポスターやビラを自作した。広報用の動画も、スマホで自撮りした演説を編集して、BGMまで付けてた。


 いかにも素人臭く不器用ながらも、それなりっぽく出来てしまったのだから、努力賞くらいは上げるべきだろう。

 俺は絶対に手伝わないと宣言してしまってる以上、作業に一切、手を貸さなかった。ただし、付き添いだけはしておいた。


「どうして、コッペは、私の行く先々に付いてきてくれるんだ?」

 なんてコンピューター室に向かう途中だったかで訊かれたよ。

 例によって、この学校のPCには、プロ仕様の業務用編集ソフトなど、学生では買えないような物がごっちゃり入ってて便利なのだ。


 俺はこう答えた。

「お前が一人で巨大迷路みたいな学園を歩いたらどうなるか、わからんのか?」

「うん、その場合はたぶん、なぜか同じ場所を何度も通り、目的地に辿りつけない、という謎の超常現象が起こる事が想定される」

 俺はつっこまないことにした。

 もはや、つっこんだら負けな気すらしてたからだ。

「俺が一緒の時は、その怪奇現象とやらは起きないだろ?」

「言われてみるとそうだ。

 君は特殊な能力を持っているのだろうか?」

「そうだ。実は空間を自在に操る異能力を持っている。

 そして、お前を狙う十六次元空間人から、常日頃、密かに守ってやっている。どうだ、すごいだろう」

「なにを中学二年生じみた事を言ってるんだ、君は……」

 そこで素で呆れた顔して、ハシゴ外すなし……!

「ともかく、感謝してる。コッペは優しいな」

 優しい、なんていきなり言われて、俺はぶっちゃけ、照れてしまったよ。

 で、慌てて顔を逸らして、こう言った。 

「そ、そんなんじゃないぞ。

 俺はだな、ただ単に、召愛に遭難されて、ミイラ化して発見されちゃったりすると、昼飯を作る奴が居なくなってしまうから、こうしてるだけだ」

「うん。では、そういう事にしておこう」

 そんな風にして、一週間はあっという間に過ぎ、届け出受付期間が終了した。



 最終的に立候補者が何名になったかというと――もしかしたら、と俺は考えてたんだ。

 夢見がちな奴がいっぱい居て、乱立したりするんじゃないか。召愛はそんな泡沫候補の中に埋もれてしまうんじゃないか、なんてだ。


 だが、杞憂だった。

 立候補者は召愛を最後に現れなかった。

 召愛の前には、羽里、一人のみが立候補していた。


 一騎打ちである。


 考えてみれば当然かも知れない。

 なんせ、羽里が立候補することが分ってて、立ち向かおうとする奴は、馬鹿としか言いようがない。


 羽里彩

 紛れもなく、羽里学園の絶対女帝。これは理事長という肩書きによるものじゃない。成績優秀、品行方正、人格高潔、スポーツ万能……とまでは〝あの体格〟のおかげでいかないものの、究極超人っぷりに一部の隙を与えてて、親しみやすさを醸し出している。


 そして容姿も端麗ときている。

 男子からの人気は言わずもがな、男子のマニアック勢からの人気は、さらに言わずもがな。と、くれば、羽里が小中学生の頃にそうだったように、女生徒からのやっかみを招きそうな物だ。


 が、羽里は小学生でもなければ、中学生でもない。

 高校生にして、アレなのである。小学生にすら見られるわけである。

 男子からの人気というのも、恋愛対象としていうよりも、

『羽里学生全員の可愛いアイドル』的な扱いであった。


 となれば女生徒たちにとって羽里とは、嫉妬の対象というよりも、

 パンダ的なマスコット、ウサちゃん的な愛らしいペットとしか認識されず、女生徒からも人気が高かったのである。


 しかし、あんだけ窮屈な校則を作った責任者であるのに、怨まれてないのか、といえば、本人自体が、その厳し過ぎる校則を完璧にこなしてしまってるわけで、むしろ人間離れした女神のような存在として、崇拝に近い尊敬を集めていたわけだ。


 こんな奴に挑もうとする奴が、他に居るわけがなかった。

 究極の人気者、羽里彩 VS 究極のはみ出し者、名座玲召愛

 公示前日に発表された支持率調査がこれだ。


 有権者

 生徒240名。

 職員153名。


 名座玲召愛の支持数   2名。

 羽里彩の支持数   391名。 


 始まる前から、結果が見えている。

 だが、俺は、いちるの希望を持ってしまってる。

 いったいどこに勝算があるかって?

 召愛の謎のスーパーカリスマ力と、そして、人格の完璧さは本物だ。選挙戦を上手く戦えば、逆転することも出来なくはないんじゃないか。


 そんな風に漠然と考えていたのだが……。

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