超新約ライトノベル聖書『新約聖書を学園コメディに置き換えたらこうなった』

遊田イスカは言った。「本当の愛って……束縛?」

エピソードの総文字数=4,062文字

 んで。


 強制連行された先は――

 野毛山動物園、だった。

 桜木町駅から、ほど近い丘の上にあるこの動物園は、なんと無料である。


 もう16時を過ぎているが、まだまだ夕暮れにならない、さすが7月だ。

 丁度、良い具合に、低くなった日差しは暑くなくて良い。

 海から吹いてくる風も心地良い。   


 にしても……だ。


  ――ジー

 遊田さん。ジーッと、オラウータンを見詰めてるわけだが。


 ――ジー

 どういうわけか、オラウータンの檻の前に来てから、一歩も動かず、ずっとこれだ。
「なんで、さっきから、ずっとオラウータンばっかり見てるんだ?」

 


 ――ジー

 なんか、俺、すっげえ放っておかれてます。


 ――ジー
「な、なあ、遊田……。お前がデートしにきた相手って、もしかして、俺じゃなくて、そいつなのか?」
「よく分かったわね。

 コッペなんか、あたしとデートできるわけないじゃない」

「はいはい。俺は帰るからな」
 と、俺が歩き出したらだ。
「ま、待ってよ、バカ!」
 また、後ろから袖を掴んで止めてきたわけだ。
「なんで、オラウータン見てたか教えてあげるから。

 まだ、帰らないで」

「そんなのもう知ってる。

 お前の彼氏なんだろ、そいつが。

 名前はなんだ。紹介してくれ。

 今度、バナナの差し入れでも持って来てや――

――ガスッ!

 という、なんか打撃音っぽい痛々しい音が、足下から聞こえたと思ったらですね。

 こう、脛の辺りに鋭い痛みを感じてですね!


 なんか、遊田が俺の脛にローキックしててですね!

痛ってぇ! おい、なんかすげえ痛いぞ、このローキック!」
 俺は飛び上がりました。
「そりゃあ、格闘技ドラマもやってたもの。

 専門のレッスン受けたし、空手は黒帯よ。

 話し聞く気になった?」

「だったら、さっさと教えてくれ。

 お前はなんで、オラウータンとお見合いしてたんだ?」

「あんた、世界を滅ぼしたくらいムシャクシャした時には、どうしてる?」
「つまり……お前は、世界を滅ぼしたいくらいムシャクシャすると、

 オラウータンと睨めっこしに来る、ってことか?」

「ええ、そうよ。ここで、こうしていると、世の中の全てが、許容できるような気がしてくるの」
「動物に……癒やされて……?」
「逆よ。

 ねえ、コッペ、なんで、動物園には人間の檻がないのかしら?」

 このお馬鹿な質問にどう答えていいか迷うところだ。

 実際、ネタとして人間の檻が設置されてる動物園はいくつか知ってる。


 が、これがボケであるなら、んなマジレスしても意味がなくて、面白おかしく、つっこんでやれば正解なんだろうが。

 こいつの場合は、97%の可能性で素でこういう事を言いそうだ。

「人権的に問題があるからだろう」

 すごく平凡な答えを言ってしまった。

「なら、本人の同意の上でならどう?」

「同意して、閉じ込められる奴なんて居るのか?」

「職員として雇うのよ。

 飼育員の同じくらいの給料でね。


 檻の中に居る間は、現代人が家の中ですることなら、出来る設備があって、その代わり、人からジロジロ見られるの。


 もちろん、食事も全部出るし、掃除とかも飼育員がしてくれる。

 至れりつくせりよ。


 休憩時間もあって、閉園時間になったら、自宅に帰ってもいい。

 週休二日も保証。これならどう?」

「むしろ、俺がやりたい。倍率が高そうだが」

「でもね。

 動物たちは、同意の上でここに来たわけじゃないし、給料もなければ、閉園時間になったら、家に帰ることもできない。外を出歩けないから、恋人も選べない。下手したら一生、処女や童貞のままよ」

 んな台詞を、『森の賢人、オラウータン』と書かれた看板を見ながら、遊田は言ったわけだ。


 看板にはこうも書かれてる。

人間にもっとも近い霊長類の一つです

「だから、あたしは動物園に来るのが好き。こんな酷い事を、公然としていても、人間は平気で居られるんだって確信できて、勇気づけられるもの。


 この世界はきっと何をしてもいいんだってね。

 何をしても良いなら、あたしの両親がどーしようもないゴミでも、召愛が、むっかつく奴でも、まあ、しょうがないかと思えてくる。

 ――そこで遊田は言葉を切り、オラウータンへ哀れむような目を向けた。

「でもね。この世の中が何をしても良いなら、こんな風に閉じ込められる側は 嫌。


 こういう酷い事をされる側じゃなくて、する側に成るべきだわ」

「そうなると、される側は、たまったもんじゃないな。

 この森の賢人さんは、きっとそう思ってるぞ」

「みんな、する側になればいいのよ。

 される側のままじゃ、損するだけだもの」

「そりゃあ、お前の世の中は、随分と厳しいんだな」

「ええ、どれくらい厳しいか教えてあげる。付いて来なさい」

 少し歩いてから、遊田は一つの記念碑の前で立ち止まった。

 それはかつて野毛山動物園に居たゾウのための記念碑だった。


はま子』と言う名のゾウが53年間もこの動物園で生活していて、それが死亡したときに、市民の寄付によって記念碑が作られたのだ。レリーフにはこう書かれている。


野毛山動物園の開園時から53年間もの長い間、この場所で多くの市民に愛され続けました

って偉大よね? 

 53年間もこんな場所に閉じ込めておけるなんて、本当に素晴らしいものだわ」

 ここでのゾウの暮らしが幸福なものであったかは、俺は知らない。


 が、少なくとも遊田には、一方的な愛情で、束縛されていたように、思えるのだろう。それは、両親から自分の人生に干渉されすぎた遊田自身に重なってしまうのだと思う。

「あたしの両親も、いつもいつも言ってた。『お前を愛してる』ってね。でも、その結果、あたしが追い込まれたのは――」

 遊田は自分自身を指さして、肩を竦めた。
「――見ての通り、落ちぶれた子役スター。

 人間のクズのなれの果てよ。


 わかった?

 される側に成るっていうのは、こういう事よ。

 

 ねえ、両親があたしに向けてたのって、本当の愛だと思う?」

 そう言って遊田は、俺の答えを待たずに動物園の歩道を歩き出した。

「だいたい、あたしは愛してくれなんて、一言も頼んでない。

 むしろ、愛さないでくれ、自由にさせてくれって思ってた。


 あいつらね。芸能事務所から違約金を背負わされたとき、車とか株式とか宝石とか、投げ売りしたくせに、あたしが子役で稼いだお金だけは、一円たりとも使わなかったのよね。


 でも事ある毎に、恩着せがましく言うわけよ。『お前を愛しているからだよ』ってね。そもそも、両親のせいでそうなったのに、アホ臭いにもほどがあると思わない?」

「まあな、あれだろ。


 ジャイアンがのび太に、

『俺の素晴らしいリサイタルを聴かせてやるぜ、心の友よ。なんせ、愛するお前のために徹夜で練習してきたんだからなあ』


 とか言って、恩義背かましく、音痴な歌を聴かせるようなもんって言いたいんだろ」

「まさにそれよ。リサイタルを断れば殴られるの。

 ジャイアニズムここに極まれりってね。


 でもね、それが世の中なの。

 はま子は53年間、監禁されて、処女のまま死に。

 のび太は、ボエ~っとされて悶絶し。

 子役スターは人間のクズに落ちぶれるの。

 


 ジャイアンは悪くないのよ。

 ジャイアンじゃない奴が悪いの」

「だから、お前も、『何かする側』=『ジャイアン』にならなきゃ損だと思うわけか」
「そう、当然よね?」
「かもな。

 でも、お前さ、本当は両親に、どうしてもらいたかったんだ?」

「そんなの決まってんじゃない。

 あたしを尊重してくれて、役者を続けさせて欲しかった」

 だとしたら、と、俺は思った。

 こいつが本当に望んでいることは、愛してもらいたくない、なんて事じゃない。


 むしろ、逆、で――自分を尊重してくれるくらい愛して欲しい!

 という事だったんじゃないのか?


 だから遊田が本当に求めているのは、ジャイアンになることでもない。

 それも逆だ。


 ジャイアンがのび太を思いやり、本物の心の友として愛し、体を張って守る。

 劇場版のドラえもんみたいな世界、本当はそれを望んでいるのではないか?


 つまり、遊田が言うところの本当の愛

 こいつが望んでいるのは、それだ。

 本当は、愛してもらいたくて、もらいたくて……仕方がない

 遊田は、そういう奴なんじゃないのか?

「なあ、遊田。一つ、確認して良いか」

「なによ。改まって。あ、ちなみに、彼氏は居ないわよ。

 い、今はね。たまたま居ないわ。ほんと、たまたま」

「そうじゃない……」

「じゃあ、なに」

「お前、劇場版のドラえもん、好きか?」
「――!?」

 なんで急に俺がそんな事を言い出したのか、まったく理解できないみたいだった。

「え、ええ……、まあ、好きよ」

 と、ちょっぴり照れながら言った。


 高校生が、『ドラえもんが好き』とカミングアウトするのは、それなりに勇気がいることだ。これがもし、三十歳やそこらだったら、子供心を忘れない人、なんて評価で済むかも知れないが、高校生だと、ただのガキっぽい奴、になってしまう。


 素直に告白したことを、遊田は後悔したみたいに、恥ずかしそうに顔を逸らしたよ。

「ていうか、な、なんで、コッペ、そんな事、わかったのよ……」

「照れなくても大丈夫だ。俺も好きだぞ。ドラえもん」
 半分は嘘だ。

 あえて見に行くほど好きでもないが、見る機会があれば、楽しんで見てしまう。

「そ、そうなんだ。じゃあ、あたしたち、ドラ仲間ね!」

 なんだその小学生感あふれる仲間は。

 意外にお茶目なとこもあるんだな……。

「でも、あたしの方が、絶対、好きに決まってるわ。

 毎年、春には見に行くもの。

 劇場版のドラえもんはね。邦画の中でもガチ中のガチよ。

 超一流スタッフによる職人芸がそこに詰まってるの」

「んじゃ、この後、漫画喫茶あたりで、今年のタイトルを見に行くか?

 そんだけ好きなら2回見てもいいだろ?」

「甘いわね。もう2回見ちゃったわ」

「そうか、ならこの後はどうする?」

「なに言ってるの。

 あたしはね。毎年最低、5回は見るようにしてる。

 あと3回は見なきゃいけないわ」

◆作者をワンクリックで応援!

0人が応援しました。

◆コメント欄は未記入でもOK! 公開されないのでお気軽に。

ページトップへ