変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第42話「やあよ、ダブルの部屋に一人で泊まるなんて虚しいわ」

エピソードの総文字数=6,693文字

 夜分、羽音神の町に突如流れた緊急速報……
 テレビに映る特設スタジオにはアナウンサーの他、男一人と女一人の姿がある。
 男女はどちらも若く見え、画面に表示されたテロップによると、女の方は羽音神忍軍『左将』の|片桐詠《かたぎり よみ》――
 男の方は『華の里・里頭』の瀧兵衛七郎《たき へえしちろう》というらしい。
『暗殺者ギルドのアサシンはウネニア王国では指名手配されている大量殺人鬼です。羽音神忍軍では奴らを根絶やしにすべく、第一世界に討伐隊を派遣しています』
『そのアサシンが、この羽音神市に?』
『はい、この第三世界でアサシンの存在が確認されたのは実に百五十二年ぶりのことです』
『何故、アサシンは第三世界に現れたのでしょうか?』
『原因は未だ不明です。市の入界検査局と連携し、MTS《Morality Temperance System》に不全がないか確認中です』
『市民に危険は?』
『ない、とは言い切れませんね』
『アサシンたちは一般人の殺害には消極的ですが、目的遂行のための人質として一般人を利用することがしばしばあります』
『えっと、目的遂行のための人質とされた場合……?』
『基本的には呵責を受けます。手足を切り落とされたり、目をくり抜かれたり――』
『あとは皮膚を剥がされたり、顔面を火や酸で焼かれたりすることもあります』
『…………』
『運が良ければ命だけは助かるでしょうが、心身喪失によりこれまでの生活を送ることは出来なくなるでしょう』
『そ、そうですか……』
『ですが、公民の皆さんがそのような目に遭わないために、私たち忍軍では現在総力を挙げて捜索を行っております』
『…………』
『市内に潜り込んだアサシンを発見、捕縛したら、必ずや拷問にかけて情報を聞き出し、最後は必ず息の根を止めます』
『は、はい、よろしくお願いします!』
『また、屋外におられる方には、忍軍が尋問を行う場合もありますのでご協力をお願いします』
 ここで、屋外の映像が映し出された。
 月明かりの下、民家の屋根の上をシュパシュパ跳ねて移動する忍者たち。
 抜き身の刀を握り、繁華街を警邏する忍者たち。
 路上の通行人に鋭い目を向けて尋問を行う忍者たち――……
「…………」
 電源の落ちていたテレビが何もしていないのにいきなり起動し、唐突に始まった緊急特番……
 「暗殺者ギルドって何?」とか「放送倫理的にいいのか、これ?」とか、色々と突っ込みたいところはあったが……
 とりあえず、それらを差し置いて似鳥篤志が思うのは、
(今、路上のゴミバケツ開けて中見てる忍者がいなかったか?)
(そこにはいねーだろ、普通に考えて……)
 ということであった。
「…………」
 まぁ、あのマンガみたいな行動をしていた忍者はいいとしても……
 何にしても、この町では今とんでもないことが起きているようだった。
(忍軍ってあれだよな……)
(例の、すげーヤバイとかいう集団……)
 日没後、桜町ふれあい公園で偶然出会った竹沢由美子という現地人少女と茶色いうさぎ。
 あの二人と一匹から聞いた話を思い出す。
(そんなヤツらが街中ウロウロして……)
(『暗殺者ギルドのアサシン』といういかにもヤバそうな奴を捜してる……)
 何となくで状況を理解しつつも……
 篤志にとって一番心配なのは、この捜索によって本来なら無関係な自分たちまで検挙され、どうこうされてしまうのではないかということだ。
 篤志を含めた現在の似鳥一家は、他者の戸籍を乗っ取り中の背乗り犯以外の何者でもない。
(とにかく、外には絶対に出ないようにしよう……)
 そう考えるのは至極当然。
 ただ一点、気になるのは、羽音神教の会館に行ったらしい両親と妹のことである。
 篤志自身は公園で由美子&うさぎと別れてからまっすぐこのタツミ一家の邸宅に戻ってきたが、両親たちは未だに戻ってきていない。
(あいつら、どうなってるんだ?)
(まさか……もう捕まったか?)
 そうなればまず間違いなく、自分も芋づる式に逮捕される流れが待っている。
 本土人の人権が軽く扱われるこの地では、残念ながら逮捕=即殺処分という可能性も否定出来ない感じだ。
「…………」
 篤志が今後の事を考えて不安になっていると……
 玄関の方から<ガチャリ>と音がした。
 次いで聞こえてきたのは「ただいま~」という聞き覚えのある抑揚の挨拶。
 両親の声の暢気さにムカつきながら、篤志はドスドス足音を立てて玄関へと向かう。
「遅ぇよ、おまえら!」
 篤志の抗議など気にも掛けず、両親は満足気にニコニコしている。
「…………」
 妹だけが見るからに疲れた顔をしていた。
「やぁ、篤志! 聖地の会館は素晴らしかったぞ!」
「さすがは聖地ね!」
「建物自体はこじんまりとしていたんだが、敷地内の隅々まで神聖な雰囲気があってなぁ!」
「まさに『羽音神様に護られている』って感じだったわ!」
「…………」
(ああ、今更だよな……)
(こいつらに何を言っても無駄か……)
 ゲンナリしつつも、何も言わないという選択肢はない。
「あのさぁ、テレビでやってたんだけどさ、今、なんか凶悪犯罪者?的なヤツが街を徘徊してるんだってさ」
「む、凶悪犯罪者?」
「まぁ……」
「そんで、忍軍とかいうこの土地の公安?みたいな連中がそいつを捜してるらしいんだ」
「そうか……聖地にもそういった輩はいるんだな」
「その凶悪犯罪者?的なヤツが逮捕されるまで、俺たちは一歩も外に出ない方がいいと思う」
「そりゃ、今夜はもうどこにも行かないけど……でも、明日になればまた会館に行かなければならないでしょう?」
(んなこと知るかよ……)
 と、思いつつも――
 両親の愚行の皺寄せを食らいたくはないので、篤志は言葉を選んで説得にかかる。
「あのさぁ、ここは聖地なんだろ? その聖地の公式発表が『外出を控えろ』って言ってんだよ。もし本当にこれから先ここで暮らしていくつもりなら、ここは言う通りにすべきなんじゃねーの?」
「しかしなぁ……」
 篤志的には文句なしに筋の通ったことを言ったつもりなのだが……

 何故か両親の表情は渋い。

「いかに聖地の公式発表といえども、会館での祈祷を蔑ろにするわけにはいかん」
「そうね。それに私たちが祈れば、その凶悪犯罪者も早く捕まるかもしれないわ」
「…………」
(マジでクズだわ、こいつら……)
 結局のところ、両親はこの地を『聖地』などと言って崇めているが、本当の意味で重んじているわけではないのだろう。
 彼らが何よりも尊重しているのは自分自身の考えであり、それ以外のものはすべて二の次なのである。
 和を以て貴しとなすこの社会において、彼らは害悪にしかならない存在である。
(心底軽蔑するわ……)
(こいつら、そろそろ本気で痛い目に遭っていいんじゃねぇの!?)
 親子の情など既になく、彼らには悪行の報いを受けて欲しいと切実に思うが……
 残念ながら、もし彼らが痛い目を見ることになれば、今ならもれなく篤志も道連れである。
「…………」
(あぁ、くそっ……)
(やっぱもう、こいつらと一緒にいたくない……)
 竹沢由美子という少女と茶色いうさぎ。
 彼女たちに迷惑を掛けるのは本意ではないが……
 篤志の気持ちは、家出を計った頃からずっと一貫している。

 もう両親とは関わり合いになりたくない。
 今すぐ絶縁を言い渡し、彼らを見捨ててここを離れたい。
(…………)
 しかし、ここで感情のままに飛び出すのは愚行である。
 今の状況で外に出るのは得策ではないし、しばらくはテレビのニュースを確認しながら情勢が推移するのを見守るしかない。
「あー……疲れた……アイラお風呂に入るね……」
 会館でよほど心労を溜め込んだのか、妹がゲッソリした顔で浴室に向かって行った。


* * *


 同じく、北区金町の高級住宅街――
 タツミ家の邸宅のすぐ近くに、『姫宮(ひめみや)』と表札の掛かった屋敷がある。
 ここは【羽音神警察】で警視総監を務める男の自宅であるが、彼自身はこの時間になってもまだ中央区城下町の警察署にいる。
 ラグジュアリーな内装のリビングルームでテレビ速報を見ているのは、彼の妻と娘だった。

 妻の名は、姫宮マリカ。
 娘は長女で、名をリリカという。
「まぁ、暗殺者ギルドですって」
「やあね、なんでそんなヤツが第三世界に来たのかしら?」

 彼女たちは人間ではない。

 かつて魔界(第二世界)に棲んでいた魔族――その中でも夜魔族のサッキュバスという種族である。

 美貌を顰めながら母娘が話していると、リビングルームのドアが開いた。

「ただいまー」
 入ってきたのは、次女のエリカである。
「あら、エリカ? お帰りなさい」
「お帰り、随分と中途半端な時間に帰ってきたわね」
 ソファに座る姉の姿を見て、エリカは小首を傾げる。
 結婚した姉がこの家を出て行ったのは、三年前のことだ。
「お姉ちゃん? どうしてここに?」
「来週の魔族祭のことで打ち合わせに来たのよ」
「ああ、なるほど」
「それに、橘の家は息苦しくって。たまにはこうして実家に帰って来ないとストレスが溜まる一方なのよね」
 姉が嫁入りしたのは【羽音神道場】の師範を継ぐ武家・南の【橘家】である。
 橘家は【五家】の一つでもある由緒正しい名家だが、それ故にしきたりを重んじる家風があり、「体質が古臭い」「堅苦しくてウザイ」と姉はいつも愚痴っている。
「アサシン騒動もあってちょうどいいわ。来週の魔族祭まで、ずっとここに泊まろうかしら」
 姉のその言葉にハッとして、母がエリカの方に目を向けてきた。
「そうよ、何でも第一世界のアサシンがこの近所に現れたんですって。今、テレビで速報が流れたの。エリカ、あなたが巻き込まれなくて良かったわ」
「やぁね、バッチリ巻き込まれたわよ! もう、鬱陶しいったらないわ!」
 エリカはそう言って、大きく嘆息する。
 そう、エリカはこのアサシン騒動のせいで、今夜のデートの予定を狂わされたのだ。
 今夜のエリカは彼氏と一緒にクラシックバレエを観賞した後、五つ星レストランでディナーを楽しみ、【羽音神ロイヤルホテル】に宿泊する予定だった。
 しかしチェックインの間際になって、羽音神忍軍・【華の里】に属するエリカの彼氏に、アサシン騒動による緊急出動が命じられた。
 急遽、宿泊をキャンセルし、彼はエリカを自宅に送り届けた後、そのまま仕事に行ってしまったのだ。
「一人で泊まってきたらよかったじゃないの?」
「やあよ、ダブルの部屋に一人で泊まるなんて虚しいわ」
「だったら、他の男を呼べばよかったじゃない?」
「それも考えたわ。でも、彼が中央区より北区の方が安全だって言ったのよ。だから帰ってきたの」
 エリカの言葉を受けて、警視総監の妻は頷く。
「そうね、いざって時は警察より粕谷家の方が頼りになるもの。だから昔、私もパパに言ったのよ。『北区の金町に住みたい』って」
 姫宮家は、かつて南区寄りの中央区にある大豪邸で暮らしていた。
 しかし資産が減ったことで大豪邸の維持費に困り、その家を処分せざるを得なくなった。
 その際、母のマリカが次の居住先として猛プッシュしたのがここ――北区金町の高級住宅街である。
 セレブ街は南区にも中央区にもあるが、最も名高いのはやはり財界の第一人者【粕谷家】が所轄する北区だ。
 建屋の敷地面積こそ以前の四分の一になってしまったが、それでも『北区金町在住』という響き(ブランド)の甘美さは他に替え難い。
「そういやパパは?」
「まだ帰ってないわ。仕事みたいよ」
「ふーん。金曜の夜なのに大変ねー」
「いっぱい働いて、どんどん稼いでもらわないと困るわよ。貯金は減っていく一方なんだから!」
 エリカは溜め息を吐く母を『視る』――
 宙に浮かび上がるのは数字だ。
「ママ、また数字が下がってるわよ?」
「そうらしいわね、さっきリリカにも言われたわ」
 母はガックリと肩を落とす。
 エリカは今度は姉の方を『視る』――
「お姉ちゃんも下がってるわよ」
「あーあ、もうイヤになるわ! 橘家になんか嫁入りするんじゃなかった! 次期当主だから結婚してやったのに、周りはいちいち煩いし、数字は下がるばっかりだし最悪だわ!」
 姉は嘆き、ソファの上にごろんと身を投げ出す。
 今度は母がエリカを『視る』――
「あなたは……下がってないわね」
「あら、本当? じゃあ、やっぱり私の選択が正しかったのよ」
 エリカは姉の方を見て「フフン」と笑った。
 姉は「フンッ」と鼻を鳴らす。

 エリカの彼氏は、羽音神忍軍【華の里】の中忍である。
 彼と『付き合う』話が出た時、エリカと姉はちょっとした口論をしたのだ。


…………

……


「やめときなさいよ、中忍なんて」
「でも、まだ二十歳過ぎよ? 二十歳過ぎで中忍なら将来的には出世してきっと上忍になるわ。里頭にだってなるはずよ」
「でも【華の里】なのよ?」
「いいじゃないの。何が駄目なの?」
 【華の里】に属する忍びの多くは、忍びとしての仕事をこなす傍らで精力的に芸能活動を行っている。
 この羽音神の町最大の武装集団ということで、民衆から恐れられている羽音神忍軍……
 だが、この芸能集団【華の里】と救命救急(レスキュー)隊として勤労する【雪の里】だけは、例外的に親しまれている。
「華の里の忍者は『頭領』にはならないわ」
 『頭領』――
 羽音神忍軍における階級の最高位で、二十五万人とも云われる忍軍を統率する権力者である。
 その影響力の大きさから【五家会議】の中でも最も発言力が強いと考えられており、この町の政治的パワーバランスの要である。
 現在の頭領は【雨の里】出身の市長派であり、殿は次期頭領を幕府派の【月の里】から排出させるべく、熱心に月の里に資金援助をしている。
「忍軍の中から選ぶなら、やっぱり頭領になる男じゃなきゃ」
 姉は権力志向である。
 ただ財力やカリスマがあるだけの男では満足出来ず、組織の頭取であることに強く拘る。
「…………」
 【華の里】の忍びは芸能活動を重んじるゆえに、忍軍内の出世に対して消極的なところがある。
 頭領になってしまえば芸能界の引退が求められるため、あまり頭領を目指したがらないのだ。
「エリカ、『付き合う』ってのは『本命にする』ってことよ? 解ってる?」
「…………」
「本命でないのなら別に、華の里でも中忍でもいいけど……『付き合う』のはやめた方がいいわ。ただのキープにしておきなさい」
 そう、結局のところ姉は、エリカが華の里出身の中忍を『本命にする』ことに対して反対なのだった。
「…………」
 サッキュバスにとって、複数の男を同時に魅了するのは基本中の基本である。
 だが、同時に複数の男と『付き合う』のは、トラブルの元だということで良しとされない。
 『付き合う』のは本命の一人だけに絞り、後の男たちはいざとなった時に「ただのお友達よ」と切り捨てられるような曖昧な関係でキープしておくのが定石なのだ。
 もちろん、問題が起きた時は『別れる』という選択肢もあるのだが、交際人数は場合によっては瑕疵となり得るので少ないに越したことはない。
 そのように基本に忠実なのが、姉の考えだった。
(確かに、華の里なら頭領にはなれないかも……)
 姉はかつて、忍軍の『次期頭領候補』と云われていた男を魅了していたことがある。
 結果としてその男は捨てられたわけだが……
 忍軍の男を転がした経験を持つ姉の言葉は、それなりに重みがあった。
(でも……)
 だが、やはり納得がいかない。
 姉とは違って、エリカはそこまで先急いでいないのだ。
 『付き合う』=『本命』=『結婚が前提』というのが、どうにもしっくりこない。
(私、まだ十五よ?)
(結婚を考えるにはちょっと早すぎるわ……)
 その上、エリカは姉ほど権力志向でもない。
 エリカにとって、男を選ぶ上で最も重要なのは『人気』である。
 他の女どもから羨望の目で見られるのが何より好きなエリカは、『権力者』よりも『人気者』が好きなのだ。
(いくらお金や権力があったって、ハゲやデブは絶対にイヤ!)
 当然、財力や権力を蔑ろにするわけではない。
 だが、外見はもちろん重要だし、人柄の良さも重要だし、名声も重要だ。
 それらを踏まえて総合的に考えれば、エリカにとって最も好ましいのはやはり『芸能人』である。

 “スターと付き合う“


 これ以上に、他の女から羨まれることがあるだろうか?

(やっぱり芸能人……)
(連れて歩くなら、芸能人が一番だわ!)
 自分の中で答えを出して、エリカは姉に言う。
「忠告ありがとう、お姉ちゃん。でも、私はやっぱり彼と『付き合う』ことにするわ」

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