変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第25話「この春より、我が雨の里にやって来た新兵は五百五十名」

エピソードの総文字数=6,058文字

 羽音神市・東区――
 ここはかつて、羽音神幕府の初代将軍が【羽音神忍軍】の頭領一族に与えた土地である。
 他の土地に比べると都市開発は進んでいないが、発電・変電施設や超高濃度魔力結晶【黒魔石】の精製所、上下水道局、ゴミ処理場などの重要施設が存在する"羽音神市のライフライン"――非常に重要な地区である。
 東区の東部に広がる森の奥には、忍軍の拠点【忍びの里】がある。
 そこには二十五万人を超える忍びの者が暮らしていると云われているが、その実態は市民にはあまり知られていない。
 私有地であるため、一般市民は足を踏み入れることが出来ないのだ。
 森の中にある里に至る唯一の道は一般人の立ち入りを妨げるため、強力な幻術、魔道具、多数のトラップ、幾重もの結界によって堅く護られている。
 とはいえ、数ある手立ての中でも最も効果が高いのは、森の中に設置されている「この先は羽音神忍軍の私有地にて部外者の立ち入りを禁ずる」の立て札だ。
 市の子どもたちは幼い頃から聞きわけのないことを言う度に、親から「そんな悪い子は忍軍の里に預けますよ!」と脅されて叱られ育てられる。
 多くの市民にとって忍軍とは"非常に恐ろしい存在"であり、粋がった不良少年たちでさえ「度胸試しにこの森を抜けて忍びの里に行ってみようぜ」などとは言い出さない。


 約四百年前、幕府の初代将軍に【四家】の名誉と共に【羽音神自警団】に任命されて以来、忍軍はずっと自身の強さを自覚した上で厳然と有事に備えてきた。
 本土や外国、もしくは異世界といった外敵からの侵略を受けた時、島の住民を護るのは"誰よりも強い"自分たちの役目である――
 彼らには、そんな矜持と義侠心があった。

 四百年前に四家の誉れを与えられたのは、忍軍の頭領を務めていた【天野家】の当主だったが、彼はその権威を世襲で継ぐことを良しとしなかった。
 「忍軍の頭領は"最も強い者"でなければ務まらない」という考えから、完全実力主義で忍軍の長(頭領)を選ぶための制度が作られた。

 四家――今では一家が増えて五家となったが、この中で後継者を世襲で選ばないのは忍軍だけである。

 さて、幼少の頃から厳しい修行を課された忍びは、十八歳で自分の所属する里を決める。

 里は全部で十二――
 血縁を重んじて親族の所属する里を選ぶ者もいれば、自身の思想や技の特性と里の相性を重んじて、敢えて親族とは別の里を選ぶ者もいる。

 平和な世にあっても実戦の経験を得られるようにと、この十二里の間には常に対立構造が成り立つようになっている。
 年に四度の本格模擬戦【季戦】で対抗し、その成績によって予算配分が決まるようになっているのだ。
 また、ここで最優秀成績を修めた"里頭経験者"のみが、忍軍の頂点である頭領の座に挑むことが出来る。

 とはいえ、時代によって里同士の力関係は変化する。
 四百年の間にそれぞれの里が盛衰を経て、現在では親幕府派の【月の里】と親市長派の【雨の里】が二大勢力となっている。
 他の十の里は、月か雨か――いずれかの勢力に与している状態だ。
 現忍軍頭領の出身里でもある、親市長派の【雨の里】――
 四百年前に四家の名誉を授かった【天野家】の者を長として戴き、長い歴史の中で盛衰の波を辿りつつも忍軍内で常に大きな発言力を保持してきた格式を誇る一派である。

 現在の里頭の名は天野恭介(あまのきょうすけ)
 現頭領の息子であり、その強さから次期忍軍頭領の呼び声も高い。
 そんな彼が、悪魔召喚の疑惑を掛けられた元市議会議員を第一世界の退魔師局に引き渡すという任務を終え、忍びの里に戻ってきた。
「お帰りなさいませ、若」
 雨の里の居住区に入って自宅を目指す恭介を、この里の重鎮である若杉元十郎(わかすぎげんじゅうろう)が出迎える。

 齢は五十を過ぎている元十郎だが、その精悍な肉体にも鋭い眼光にも齢による衰えは全く感じられない。

「…………」
 元十郎を一瞥した恭介は足を止める。
「涼介殿がお呼びです。一緒に来ていただけますか」
「わかった」
 恭介は小さく頷いて、止めた足を再び進める。
 元十郎はその後に続き、二人は無言のまま夜道を進んだ。
 足音の一つも立てずに二人が辿り着いたのは、大きな純和風家屋――天野家の邸宅である。
 忍軍には古くから続く家が多いが、天野家はその中でもとりわけ由緒正しい名家。
 五世帯が一緒に暮らせるこの広い邸宅は建物自体は古いが、手入れがよく行き届いている。
 とはいえ、現在のこの家の住人はたったの三人しかいない。
「涼介殿、恭介殿をお連れ致しました」
 目的の部屋の前に立ち、元十郎は障子越しに声を掛けた。
「ありがとう、元十郎。どうぞ」
 その返事を受けて、元十郎が障子戸を引く。
 明かりのない和室の中で二人を待っていたのは、車椅子に座した長髪の男性。
 穏やかな表情で二人を迎えた彼は、羽音神忍軍・現頭領の弟にて、恭介の叔父――
 そして、現在の雨の里で参謀を務める天野涼介(あまのりょうすけ)である。
「おかえり、恭介」
「ただいま戻りました、叔父上」
綾椎(あやしい)元議員の引き渡しはどうだった?」
「滞りなく」
「退魔師局の担当者は何て言ってた?」
「まず間違いなく黒だろうと」
「そうか、それは良かった。薄汚い悪魔召喚(幕府派)議員が辞めて、これで市議会も少しは清浄になったことだろう」
 涼介の言葉に、元十郎はコクンと頷く。
 恭介はコクンコクンコクンと三回力強く頷いた。
「…………」
 恭介のその仕草を、横目で見やる元十郎。
(若は、どこまでも幕府がお嫌いですな……)
 マスコミから"暗殺機械(マシーン)"と渾名を付けられるほどに感情表現に乏しい恭介だが、今の首肯には気持ちがよく表れていた。
 そもそも雨の里自体が『市長派』の立ち位置であり、幕府のことを嫌っているのだが、恭介の幕府嫌いは筋金入りだ。
「何にしても、御苦労様。また何かネタをあれば調査を頼むからよろしくね、局長殿」
「はい」
 親市長派の雨の里の忍びは市の特別捜査局――通称【UNE】に属し、市長から直々に極秘の任務を請け負っている。
 この組織の局長には、自動的に雨の里の里頭が就任することになっているので、今の局長は恭介だ。
 だが、涼介もまた、第一世界の【暗殺者ギルド】との戦いで両脚を失う前まではこの組織で局長を務めていた。
 この下肢欠損を理由に里の中では閑職に追い込まれた涼介だが、市長は今も彼を頼りにしており、何かとあれば現局長の恭介を差し置いて涼介に相談を持ち掛けてくる。
「さて、それじゃあ本題に入ろうか。ああ、でも、その前に――はい、これ」
 涼介は保温庫の前に移動して、中から缶を三本取り出した。
 スチール缶には大きく『あめゆ』と書かれている。
「四月になったとはいえ、夜になるとまだ冷えるからね。温かい方がいいでしょ?」
「ああ、これはどうも」
「…………」
 ここに来ると、暖季は『ひやしあめ』、寒季は『あめゆ』が必ず振る舞われる。
 元十郎はいつものことながらも恐縮しつつ、恭介は無言で会釈して缶を受け取った。
 <カシュン!>と音を立てて、自分の缶のプルトップを開けた涼介は「じゃあ本題」と、元十郎と恭介を見た。
「この春より、我が雨の里にやって来た新兵は五百五十名」
 年度明けの四月――
 一般の企業や学府においてそうであるように、羽音神忍軍にとっても四月は新たな人員を迎える季節だ。
「その中から選ばれる夏戦のメンバーは五十名」
 忍軍の伝統たる本格模擬戦【季戦】――春戦は年度末に行われるため、新兵にとっての初季戦は夏戦となる。
 元より"忍軍きってのエリート集団"と云われる雨の里において、初年度から季戦のメンバーに選ばれるということは大きな誉れ。
 新兵たちは、何としても自分が選ばれようと意気込んでいる。
「例年、メンバーの選出は上忍衆による推薦によって行われている」
「はい」
「…………」
「だが、推薦するにしても、今の時点で新兵の実力を測る指標なんて忍軍学校の成績くらいしかない。得てして、学校の成績では真の実力は測れないものであり、従来のやり方での選抜が本当に実力準拠となっているのかは疑わしい」
「ふむ、そうですな」
「…………」
「だから、何か別の、目安となるような指標を作れないかと――先程『南天野』から申し入れがあった」
「…………」
「…………」
 ずっと雨の里を率いてきた天野家だけに、その内部では覇権争いが絶えない。

 現・頭領の一家は里の北部に邸宅を構えているので、通称『北天野』――
 そして、現頭領の兄の一家は里の南部に邸宅を構えているので、通称『南天野』――

 『北天野』の側に属するこの場の三人にとって、『南天野』は目の上のたん瘤だ。
 里を運営する上で最も神経を使う点が、いかにして『南天野』の妨害(嫌がらせ)を退けるかであるといっても過言ではない。
 涼介の口から『南天野』という言葉が出たことで、元十郎の表情が厳しくなる。
「南天野曰く、里頭である恭介が五百五十人の新兵たちと戦い、その戦いぶりを見た上で上忍衆が新兵を推薦すれば、今より実力重視の選抜が出来るはず――とのことだ」
「ハァッ!? 五百五十人と戦う!? 若がお一人でですか!?」
「…………」
「ああ、真に里のことを思い『里頭』の座に就いたからには、そのくらいのことはして当然だろうと――まぁ、そういうことだね」
 どう考えても嫌がらせである。
 無茶を押し付けて、恭介が拒否したところで「おまえは里頭なのに里のために働こうとしないのか?」などと、ねちねちした嫌味を言う算段なのだろう。
 いかにも連中のやりそうなことだと、元十郎は怒声を震わせた。
「~~っ! おのれ、南天野!!」
(いくら若がお強く、相手がたかが新兵といえども……)
(五百五十戦もすれば激しく消耗するし、無傷ではいられないだろう……)
「どう思う? 恭介」
 いきり立つ元十郎をおいて、涼介は甥に尋ねる。
 恭介は表情を変えずに答えた。
「南天野にしては珍しく建設的な意見だと思います」
「――!?」
 元十郎はギョッとして恭介の顔を見る。
「確かに従来の推薦制では、実力に見合わない者が選ばれることがしばしばありました」
「それは、南天野が実力を二の次に"自分たちに従順な者"ばかりを推薦していたからでしょう!」
 涼介は元十郎の言葉に「うんうん」と首肯しながらも「まあまあ」とハンドジェスチャーする。
「実際の戦い方を見て、それを判断材料にする――なかなか良い考えなんじゃないでしょうか」
「――!?」
 真面目な顔で語る恭介を見て、元十郎の中にふと疑念が湧く。
 ひょっとしたら恭介は、この南天野の"嫌がらせ"を"他意のない改善案"であると本気で考えているのかもしれない。
 天野恭介は、同年代の子どもたちが忍軍学校の中等科に進学する十二の頃から、単身で第一世界のダンジョンに潜って修行に明け暮れていた変わり者である。
 約六年近くも帰宅せず、ずっと戦いの中に身を置いて自らを鍛え上げてきた。
 一般人に比べ、遥かに"滅私"の生き様を強いられるのが忍びの者だが、その中でも天野恭介は常軌を逸した禁欲主義者。
 個人としての愉しみを投げ捨て、羽音神自警団たる羽音神忍軍の初志「羽音神の島に住む民の生命(いのち)と暮らしを守る」を果たそうとしている。

 本来なら忍びは、一般人で言うところの"高校卒業"の年に下忍試験を受け、その合格証明を手に自分の入る里を決める。
 だが、天野恭介はこの年に、『下忍』試験ではなく『上忍』試験を受けて合格。
 尚且つ、"現在の里頭を打ち破る"という里頭の就任資格をもクリアし、"新兵でありながら里頭"という異例の立場で雨の里に入った。

 因みに、恭介が打ち破った当時の里頭は、現在の南天野の邸主の長男である|天野太郎《あまの たろう》といい、今回の嫌がらせの首謀者でもある。
 里頭の地位を奪われたことで、恭介のことを恨みに恨んでいるのだ。
「じゃあさ、悪いけど恭介、新兵五百五十人と戦ってくれる?」
「はい」
「――!?」
 恭介の即答に、元十郎は息を呑んだ。
「あ、でも、五百五十連戦するってのは、ちょっと時間が掛かり過ぎて良くないかな?」
「そうですね。一斉にやりましょう。一対五百五十という形で」
「――!? いや、それはさすがに……」
 言葉を挟もうとする元十郎に、涼介はにっこり微笑みかける。
「よく考えてみてよ、元十郎。一対五百五十――元十郎なら全員倒す自信あるでしょう?」
「そ、それはまぁ……」
「元十郎は過保護すぎるよ。相手はたかが新兵。恭介が後れを取るわけがない」
「むむむ……」
 確かにそうかもしれないと思い、元十郎は言葉を呑み込む。
「さて、一対五百五十――それなら一時間くらいで片が付くかな?」
「出来ると思います」
「――!?」
(い、一時間!?)
(それはさすがに私でも無理かと……)
「いいねぇ、一時間か。うん、それくらいで終わるなら二戦くらい出来そうだね」
「二戦?」
「ほら、今、この里には里頭経験者が三人いるでしょう? まぁ、下忍に降格になった僕は別として」
「――!」
 涼介の言いたいことに気付き、元十郎は目を見開いた。
「新兵もさ、チャンスが一回だけじゃ可哀想でしょう? みんな自分の実力をアピールして夏戦のメンバーに選ばれたいんだし、二回くらいあってもいいよね? チャンス」
「…………」
「せっかく、里頭になれるだけの力を持つ上忍が二人もいるんだし。それに、二戦やって計二時間――これなら上忍衆だって観戦の時間作れるでしょう?」
 そう言って、穏やかに微笑んだまま涼介は元十郎に指示を出した。
「じゃあ、早速だけど、元十郎。この件について概要を書面にして掲示してくれるかな? それと、新兵が漏れなく確認出来るように個人宛メールも送っておいて」
「け、掲示ですか!? いきなり!?」
 掲示されて公になってしまえば、天野太郎はもう逃げられない。
 「天野恭介に出来ることが、天野太郎には出来ない」――そう思われることは、何よりも自分の面子を大事にする彼にしてみれば屈辱だろうし、引くに引けない状況になるだろう。
 とはいえ、仕掛けてきたのは向こうであり、完全にブーメランである。
("一対五百五十"は太郎殿の実力的に高すぎるハードルだが……)
 同じ上忍といえども、力の差はある。
 今の雨の里で最も強いのは恭介だろうが、二番手は自分であると元十郎は自負している。
 元里頭の天野太郎は『天野家』の名声によって過大評価されているだけで、実力的には上忍衆の中でも下の方だ。
 恐らく、"一対五百五十"で全員を倒し切ることは出来ないだろう。
(はてさて、太郎殿はどうなさるのだろうか……)
「あ、詳しい日程は、掲示で噂が広まった"後"に、調整して再告知しようね」
「…………」
(うーむ……)
(何という、嫌がらせ……)
(こういうことを仰る時の涼介殿は、実に生き生きしておるな……)

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