変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第32話「ぐふふ、すごいでしょ? あたし、金的にはちょっと自信があるのよね!」

エピソードの総文字数=5,764文字

 竹沢由美子という、サッキュバスらしさの欠片もないサッキュバスの少女――
 彼女は、園内マップの大きな立看板の前まで歩いていくと、くるりとその裏側に回り込んだ。
「こっちよ」
 クイクイ手招きされて、
「…………」
 訝しみながらも、元十郎は彼女の後を追って立看板の裏側に移動した。
「…………」
 その後を、一介の下忍に姿を変えた里頭・天野恭介が静かについてくる。
「じゃあ、ここに映すわね」
 彼女が指さしたのは、白くツルツルした看板の背面だった。
「?」
 よく解らないまま、元十郎がそちらに視線を向けると、竹沢由美子はパチンと指を鳴らす。
 すると、白い背面をスクリーンにして、カラー映像がふわりと映し出された。
「!? これは……」
 映像の中には見覚えのあるベンチや外灯が映り込んでいる。
 この公園内の風景らしい。
「さっき、ここで起きたことよ。ただ、途中まであの白い変態の視点になってるから、ちょっと胸糞悪い映像かもしれないわ」
「…………」
(なんと……)
(これもこの娘の能力か……)
 この羽音神の町の住人には【特殊能力】を持つ者が多い。
 中には複数の能力を持つ者もいて、どうやら彼女もその口であるようだ。
「この時、あたしは桜町商店街のアーケードを抜けたあたりにいたわ」
 映し出されている映像の大きさは32型テレビくらいだろうか。
 スクリーン投射にしては画質は良く、細部までしっかり映り込んでいる。
「人殺しにハァハァするタイプの変態が公園にいるって気付いてね、大急ぎでここまで走ってきたのよ」
「…………」
(そんな危険人物がいることに気付いたのなら、むしろ近寄らないようにして欲しいのだが……)
 羽音神忍軍の使命は『羽音神の島に住む民の生命(いのち)と暮らしを守ること』――
 なるべくなら一般市民には自ら危険に首を突っ込むような真似をしないで欲しいというのは、忍軍に属する者としての元十郎の本音である。
(…………)
 とはいえ、彼女のこの無謀な行動によって、友介の命が助かったのもまた事実。
 恐らくアサシンは、この一般市民の娘に姿を見られたことで撤退を決めたのだろうし、そう考えると今回の彼女の無鉄砲は結果として良い方に転がったと言える。
(だが、次回もそうなるとは限らないのだ……)
 この映像を見終えたら、彼女には感謝を伝えつつも、厳然と注意をしておこう。
 もしも次に同じような場面に遭遇した時、彼女が事件に巻き込まれて被害に遭うことがないように――……

 そんなことを考えながら、元十郎は映像を見つめる。



……


…………



 計五分足らずの映像は、アサシンと友介が出会う三十秒ほど前から始まり、最後にアサシンが少女に怨嗟の言葉を吐いて消えるところで終わった。

「っは、がぁっ……こ、殺し、コロしてやる……っ、は! おまえ、だけは……ゼッ、たいに……!!」


……

…………


「…………」
 映像が終わって消えても、元十郎はしばらくそのまま動けなかった。

 アサシンに嬲られる友介。
 そこに現れた、竹沢由美子という一般人の少女。
 少女の登場によって、撤退しようとしたアサシン。

 ここまでは良かった。
 思っていた通りの展開だったからだ。
 問題は……その後である。

 何故か、途中で動かなくなったアサシン。
 動かなくなったアサシンの股間を、力一杯に蹴り上げた一般人の少女。
 急所に一撃を受け、情けない悲鳴を上げながらじったんばったん悶絶するアサシン。
 友介を気遣いつつも、無防備なアサシンの股間に追撃を入れようとする一般人の少女。
 一般人の少女に恨み台詞を吐きながら、一瞬で姿を消したアサシン。
(な、なんだこれは……)
 映像の後半は、わけのわからない展開のオンパレードだった。
 今、見せられたものがとても信じられずに、元十郎は茫然とする。
(あの(・・)、アサシンが?)
(こんな一般人の少女にやられたというのか???)
 もしかしたら、あの白い仮面の男は暗殺者ギルドのアサシンではないかもしれないと思った。
 だが、映像の前半で友介を無慈悲に痛めつけていた姿を思えば、やはりアサシン以外には有り得ない。
(一体、どういうことだ???)
 元十郎の混乱を知る由もなく、深海魚の顔の少女は腰に手を当ててドヤ顔で言った。
「ぐふふ、すごいでしょ? あたし、金的にはちょっと自信があるのよね!」
「…………」
 どうコメントしていいかわからず、元十郎は助けを求めるように傍らの恭介の方に目をやる。
「…………」
 恭介は相変わらずの無表情で、立看板の白い背面をじっと見つめていた。
「え、ええと、ですなあ……」
 その時、自分の仕事を終えた下忍二人が戻ってきた。
「元十郎様、園内の一般人の退去が完了しました」
「立ち入り禁止の札も掲示しました」
「むう、そうか……」
 二人に返事をしたところで、ふと思いついた。
「そうだ、おまえたち」
「はっ!」
「ちょっと休憩だ。あちらの自販機で、彼女に飲み物でも買って差し上げろ」
「自販機? ああ、はい」
 下忍二人の後ろ――50メートルほど離れた場所にはベンチがあり、その脇に自販機が設置されている。
「あのベンチで少しゆっくりしてこい」
「えっ、その飲み物は元十郎様の奢りですか?」
「!? それくらいおまえたちで出せ! いいから早く行け!」
 そう言って、下忍二人と少女をこの場から追い払った。
 園内マップの立看板の裏に二人きり……元十郎は恭介に小声で話し掛ける。
「若、先程の映像は……」
「ああ、想定していなかった事態だな」
 想定していなかった事態のわりには、落ち着き払った顔で恭介が頷く。
「そうですな、まさかあの(・・)アサシンが、一般人の少女相手にあのような醜態を晒すとは……」
「しかし、一般人と言えども、彼女はサッキュバスだからな」
 恭介の言葉に、元十郎は首を傾げる。
「? 今の場面に『サッキュバス』が何か関係ありましたか???」
 というか、そもそも源十郎は、彼女が本当にサッキュバスであるかでさえ疑わしいと思っている。
 サッキュバスといえば"人族の中で最も美しい種族"と云われるほどに容姿が美しいのが定式だ。
(彼女には悪いが……)
(あの顔で"サッキュバス"はないだろう……)
 また、容貌のみならず、彼女の言動にしても色気のようなものは全くない。
(彼女はきっと――)
(竹沢家に引き取られた養女なのだろうな……)
 美人女医・竹沢芙美子や、ミス羽音神・竹沢留美子と直接の血縁はないに違いない。
(まぁ、もちろん……)
(そんな無神経なことを本人に言うつもりはないが……)
 既に映像の消えた立看板の背面を見つめながら、恭介が口を開く。
「逃走しようとしたアサシンが、いきなり動きを止めただろう? まるで何か痛みを堪えるように片膝をついて」
「ああ、あれは不思議でしたな。一体何だったのでしょう?」
「あれこそがサッキュバスの魅了の効果だ。あのアサシンは彼女の美貌と色香に心を奪われた。それによって隙が生まれた」
「――ハァッ!?」
 わけのわからないことを言い始めた恭介。
 だが、その目は至って真剣であり、冗談を言っている様子はない。
(いや、そもそも若は冗談を言うような御人ではないが……)
 もし、冗談の一つも言えるような柔軟性があれば、マスコミとてこの男に"暗殺機械(マシーン)"などという渾名を付けたりはしなかっただろう。
「ほら、よく書物に『恋をして、胸が締め付けられるように苦しくなる』と書かれているだろう? 奴が膝をついた時、まさにその現象が奴の身には起きていたのではないだろうか?」
「!? いやいやいや! 確かに恋をして胸が苦しくなることはありますが、あんな膝をつくほどの痛みではございません!」
「? そういうものか?」
「はい、そういうものです!」
 恋というものを書物の中でしか知らない里頭の、痛い勘違いを正してやる。
(この年で恋の一つも知らぬのか……)
(いや、まぁ、知らぬだろうな、この人だし……)
 元十郎に何を思われているかなど知らず、恭介は口元に手をやって真面目に考え込む。
「だとすれば、あの時、何故アサシンに隙が出来たのだろう? 元十郎、おまえの見解を聞かせてくれ」
「ううむ……それが、私にはさっぱり……」
「では、やはり彼女の魅了による副次的な効果なのではないか?」
「いや、それだけはないですから!」
「? 何故、そう言い切る?」
「いや、それは、その、理由は少々言い辛いですが……」
 まさか『ブスすぎるから』とも『色気がなさすぎるから』とも、さすがに言えない。
「ともかく! 彼女に魅了の術が使えるとは思えません!」
「そうだろうか?」
 恭介は不思議そうに首を傾げ、向こうの自販機の方に視線を向けた。
 そこでは、竹沢由美子と下忍二人が飲み物を手にベンチに腰を下ろして談笑している。
「そうよ、その時まさに! あたしの鼻からコーンポタージュスープが<ブッバアァァッ!>と噴き出したのよ!」
「ひどい! ひどすぎですぞ、アッハッハッ!www」
「わはははは! 由美子殿は実に面白い! わはは!www」
「いやいや、これマジな話なんだからね!? ゲヒャヒャヒャヒャ!www」
 下品に両手をパンパン打ち鳴らし、猿のように爆笑している竹沢由美子。
 楽しそうに大笑いする三人を見て、恭介は目を細めて眼光を強くする。
「あの下忍二人も、既にサッキュバスの魅力に溺れているようだ。先程出会ったばかりだというのに、もうあれほど打ち解けているとは……」
「!? いやいやいや! それはサッキュバスの魅力とは違うのでは!?」
「やはり下忍では無理か。せめて中忍クラスでなければ、あの美貌と色香には抗えないようだな」
「!?!? いやいやいや! ですから、あの娘には美貌も色香もありませんから!!」
「…………」
「…………」
「? おまえは何を言ってるんだ?」
「!? 若こそ、何を仰っているのですか!?」
 会話が全く噛み合わず、元十郎は精神的にたっぷり疲れて大きな溜め息を吐く。
「とにかく、あの下忍たちには、後で必ず気付薬を飲ませておけ。サッキュバスの魅了は強力だが、性交に至る前なら薬で散らすことが出来るはずだ」
「は、はあ、飲ませる必要などないと思いますが……」
「サッキュバスを甘く見るな。おまえだってよく知っているだろう? サッキュバスとの色恋に嵌り込んだ人間の末路を」
「そ、それはまぁ、色々と……」
 身近な例で言えば、天野涼介の長男である。
 彼はアサシンに惨殺されて短い生涯を閉じたが……もしも彼がサッキュバスとの関わり合いを持たなかったなら、その結末もなかっただろうと言われている。
 少し離れた例で言えば、羽音神自警団たる【五家】の一つ、【姫宮家】だ。
 現在の当主がサッキュバスを娶ってからというもの、色々とろくなことがないようで、評判もだだ下がりになっている。
 更に離れた例で言えば、第二世界(魔界)の滅亡である。
 魔界を治めていた魔王の妻はサッキュバスであったらしく、魔界滅亡の背景にもサッキュバスの影があったと噂されている。
「…………」
 元十郎は、向こうにいる竹沢由美子に視線を向ける。
「いいか? いくら彼女が美しかろうと、決して惑わされるな。惚れてしまえば最後、おまえの身にも破滅が訪れるぞ」
「…………」
(いや、そもそも美しくないのですが……)
 そう突っ込みたくて仕方なかったが……何とか呑み込む。
 気を取り直して、元十郎は話題を元に戻した。
「まぁ、それはそうとして。あの時、アサシンに何が起きたのかは、彼女に直接訊いた方が早いやもしませんな」
「ああ、そうだな」
「他の点についてはどうでしょう? 何か気になることはありましたか?」
「そうだな……友介が交戦した相手はまず間違いなくアサシンだ。仮面に刻まれたマークを見るに、かなりの実力者だろう」
 連中の悪趣味な白い仮面の頬の部分には"撃墜マーク"が描かれている。
 そのアサシンが殺害した忍軍の所属や階級を表すもので、"青い蛙が一つ"なら"雨の里の中忍を一人殺した"ということになる。
 先のアサシンの場合、既に上忍を三人も殺しているようだ。
「交戦せずに即座に逃亡。逃げられないと判断しての自害。――友介殿の選択はどちらも賢明でしたな」
「そうだな。だが、相手が悪かった」
「アサシンは最後、消えたように見えたのですが……どこに行ったのでしょう?」
「転移魔法陣のような消え方だったな。第一世界式か、第四世界式か……いずれにしても、まだ第三世界にいる可能性が高い」
「市内ですかな?」
「本土ならいいんだがな」
「まぁ、本土ならもう我々には関係ないですからな」
「そうだな。いずれは戻ってくるだろうから、対策は立てなければならないだろうが……」
 そこで、元十郎のスマートフォンが振動した。
 忍びの里に戻った医療班からの連絡である。
「若、友介殿の意識が戻ったそうですぞ。これより涼介殿が事情聴取を行うとのことです」
「そうか。では、こちらも事情聴取を再開しよう」
「解りました。彼女の方に参りましょう」
 二人は自販機横のベンチに向かう。
 竹沢由美子と下忍二人は、相変わらず楽しそうに話していた。
「由美子殿、今、里の者より連絡がありました。先程倒れていたあの者ですが、意識を取り戻したそうです」
「!? マジ!? やったぁ! 良かった!!」
 パァッと顔を明るくする彼女に、元十郎は深く頭を下げる。
「ありがとうございました。由美子殿のおかげです」
「そんなことないわ! この二人が偶然ここに来てくれたおかげよ! そうじゃなきゃ、あたし一人じゃどうしようもなかったもの!」
「いや、決して偶然ではないのですが……」
 醤油顏の下忍が、微妙な顔で首を傾げていた。
「いえいえ、我々一同、由美子殿には深く感謝しております。何か御礼をさせてください」
「えっ、お礼? いいの?」
「ええ、何か望みなどございますか?」
 元十郎の問いに、由美子の深海魚のように小さな目がキラーンと光る。
「あるわ! あたし、若杉元十郎とセックスがしたい!!」
「――は?」
「テレビで季戦見て、あたしずっと思ってたのよ! 若杉元十郎みたいな人に処女を貰ってもらえたらいいなって!!」
「……やはりそうきたか」
 恭介が小声でぼそりと呟いた。

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