変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第41話「大丈夫だよ。留美子さんはオレが守るから!」

エピソードの総文字数=6,223文字

 恭介は紋を刻むことで、哺乳類ほぼ全般と会話をすることが出来る。
 事前に取り決めした通り、うさぎの発言は全ての概要を小声で元十郎に伝えた。
『引っ掛かることもあるようです。暗殺者ギルドのアサシンが市内に現れたなどという事件は過去に聞いたことがないそうで』
『ほほう……』
 元十郎もうさぎの知性の高さに括目している。
「そうなのよ、あたしが金的を食らわしたのは暗殺者ギルドのアサシンらしいの。ウンコを漏らして、最後に『殺してやる』って捨て台詞を残して消えていったわ」
 由美子が頷くと、竹沢家の面々はそれぞれの反応を見せた。
「ふん、三下臭い捨て台詞だねぇ」
「やだァンッ、アサシンだなんてアタシ怖ァ~いィッ!」
「アサシンさん、本当に由美子ちゃんを殺しに来るのかしら?」
「どうだろうね? 心配だなぁ……」
「由美子さん、大丈夫なんですか?」
『ふむ……まぁ、報復に来る可能性はかなり高いな』
 そう言って、うさぎが説明を始める。
『【assassin】という呼び名は特別なものなんだ。暗殺者guildに所属していれば誰でも名乗れるものではなくて、とりわけ実力の高いeliteのみに与えられる称号のようなものなんだぞ』
 「へぇー」「そうなんだ」と、感心の声をあげる竹沢の家人たち。
『となれば、由美子にやられたそいつもelite。自分の力には自信を持っているだろう。そんなヤツがタマを蹴られてウンコを漏らして敗走するという屈辱を味わわされたんだ。普通に考えて尋常でなく由美子を恨んでるし、絶対に報復に来るぞ』
 「そっかー」「なるほどねー」と、納得の声をあげる竹沢の家人たち。
『しかも、ただ由美子を殺すだけではとてもじゃないが気が済まないだろうな。「由美子の家族もろとも皆殺しにしよう」とか考えるのが自然なんだぞ』
 うさぎの言葉に、広いリビングダイニングに沈黙が広がった。
 一番に騒ぎ出したのは竹沢父だ。
「やァよォッ! それって由美子のせいでアタシたちまで殺されるかもしんないってことォッ!?」 
『まぁ、そういうことだな』
「ちょっとお父さん! その反応、いくらなんでもあたしに対して冷たすぎない!?」
「知らないわよッ! ああ、チンパンの由美子なんか殺されるだけだけど、アタシなんか特にカワイイからきっと散々にレイプされてその後で殺されるのよォッ! いやァンッ、怖い怖いィィンッ!!」
「…………」
(アサシンもこいつのことはスルーしそうだな……)
「ふっ、面白いじゃないか。来るなら来ればいい。返り討ちにしてやるよ」
 竹沢芙美子は一気に酒を煽ってグラスを空にした後、ニヤリと不敵に笑う。
 その目に宿る冷たい光に、恭介はまた背筋を凍らせる。
「…………」
(こ、この人なら本当に返り討ちにしそうだ……)
 娘の由美子が「返り討ちにしてやるんだから!」と言った時には「素人のくせに生意気な」と思ったものだが……
 この母に関しては、本当にアサシンなどものともしないような凄惨なオーラがある。
「アサシンさんもお母さんには勝てなさそうね」
 竹沢留美子がクスリと笑い、
「でも、私はアサシンさんには勝てそうにないし、きっと殺されてしまうわね……。小次郎さん、私怖いわ……」
 そう言って、形の良い眉を顰めて隣席を見やった。
「大丈夫だよ。留美子さんはオレが守るから!」
 留美子に応えて聞こえてきた声に、恭介はギョッとする。
(――!? だ、誰だ!?)
 慌てて視認すると、竹沢留美子の隣に誰かが座っている。
「…………」
 これといった特徴のない、ぱっとしない中肉中背の男だった。
「…………」
「…………」
 恭介、そして元十郎も、彼のことを思わず凝視する。
 この態度を見る限り、元十郎もまた彼の存在に気付いていなかったのだろう。
「本当に? ああ、小次郎さん、頼りにしてるわ」
「うん! オレ、頑張るからね!」
 彼の手を取って、竹沢留美子は艶然と微笑んだ。
「いやいや、あんたごときにどうこう出来る相手じゃないわよ。邪魔にならないようにおとなしくしときなさい」
 由美子が彼にジト目を向けたところで――
 元十郎がすかさず由美子を引き寄せ、こっそり小声で問った。
「ゆ、由美子殿、あの方は?」
「ん? ああ、コージーのこと? おねーちゃんの旦那よ」
「あ、あの方はいつからこの部屋にいたのですか?」
「? 最初からいたわよ?」
「そ、そんな馬鹿な……」
「…………」
(どういうことだ……)
(上忍が二人もいたんだぞ? それで見逃すなんて……)
「あいつ、すっごく存在感が薄いの。ちーちゃんもよくあいつの分のごはんを用意し忘れるのよ。だから気付かなかったとしても気にしなくていいわ」
「…………」
「…………」
 由美子は「よくあることよ」とパタパタ手を振るが……
 アサシンに狙われている竹沢の家人を護衛しに来た忍軍の者として、同じ部屋の中にいた家人の存在を見落とすというのは痛すぎる。
(気配を消している?)
(いや、そういうわけでもなさそうなのに……)
 竹沢留美子の旦那とやら……
 改めてよくよく見ても、どこにでもいそうな野暮ったい男だ。
 上忍二人の認識をすり抜けるという離れ業を見せたが、強者特有のオーラは全く感じられない。
 むしろ、鈍臭そうな雰囲気すら漂っている。
「でも、今回に限っては、コージーに存在感がなくて良かったわ。アサシンもきっとコージーの存在には気付かないはずよ」
「…………」
「…………」

 どうコメントしていいかわからないらしく、元十郎も苦い顔をしている。

 由美子は「まぁ、そういうわけで」と、また手を<パンパン!>と叩いて注目を集めた。

「忍軍がみんなを護衛してくれるらしいわ! だから心配しないで!」
「ええェッ!? 忍軍のお兄さんたちがアタシのボディーガードになってくれるのォンッ? キャァンッ、なんだか映画のヒロインになったみたァいッ♪」
 竹沢父はキャピキャピと喜ぶが、竹沢芙美子は訝し気に眉を顰める。
「護衛ぃ?」
「なによ、お母さん。護衛要らないの? あ、まさか自力でアサシンを捕まえてリョナりたいとか?」
「ああ、それもいいねぇ」
 竹沢芙美子がククッと笑い、恭介の背筋をまた冷たいものが走っていった。
「でもそうじゃなくってさ、気になるのは費用のことだよ。まさか護衛の費用をあたしらに出させる気じゃないだろうね?」
 こちらをギロリと睨んでくる竹沢芙美子。
「…………」
 そのプレッシャーに耐えきれず、恭介は視線をテーブルの上に落とす。
(というか、どうしてこの人は俺の方ばかり見てくるんだ……)
(上司は元十郎の方だぞ……)
 「もしかしたら変化がバレているのでは?」とも思うが……指摘もないし、確証が持てない。
「彼女が狙われることになったのは、彼女が忍軍の者を助けてくれたからです」
「…………」
「忍軍としては、彼女と、その家族であるあなたたちの安全を守る責任があると考えております」
「ふん、そうかい。じゃあ、こっちは一円も出さないけど、それでも護衛してくれるんだね?」
「もちろん」
「ハッ、そりゃあ良かったよ。忍軍への依頼は高くつくからね。二年前に見積を取った時は三億とか言われたよ。アホかと思ったね」
「…………」
「…………」
 二年前、まだ恭介が雨の里に入る前のこと――
 竹沢留美子の結婚に伴って、市役所前で暴動デモが起きた。
 忍軍の粉骨砕身の働きによってなんとか事態は収束、市役所は竹沢留美子の名前の記された婚姻届を受理するに至った。
 だがその後、竹沢家から「長女の結婚式の警備を忍軍に頼みたい」と依頼が来たという。
 暴動デモの鎮圧に疲弊した忍軍は「冗談じゃない!」とばかりに有り得ない金額を記した見積書を提出したらしい。
(まあ、確かに三億円はどうかと思う……)
 とはいえ、忍軍としてもやむを得なかったのだろう。
 竹沢芙美子は本町の一等地にある病院で院長を勤めているし、竹沢家は比較的裕福な家庭である。
 そんな竹沢家でも「こんなに払えるか!」と依頼を断念するような額を提示する必要があった。
「ねぇ、東区のおじーちゃんとおばーちゃん、あと友ちゃんは? タダで護衛してくれるの?」
「ええ、もちろんですぞ」
 元十郎が首肯する。
「あたしの友達って友ちゃんだけじゃないんだけど、それも全部タダで護衛してくれる?」
「えっ? あー……」
 由美子が公園で挙げた友人の多さを思い出し、元十郎が苦い顔になる。
「ダメなの? 他の人は有料なの?」
「えっと、それはですなぁ……現在、審議中と言いますか……」
「審議中? いやいや、早く決めてよ! 早くしないと誰かが襲われちゃうかもしれないわ!」
「む、むぅ……」
 由美子に言い寄られ、苦悩する元十郎。
 そこにうさぎが口を挟んできた。
『まぁ、落ち着けよ。仮にassassinが報復に来るとしても、少し時間が掛かるはずなんだ。第一世界人のassassinが忍軍の捜索を掻い潜って、別に有名人でも何でもない一市民の由美子の交流関係を調べるのはわりと大変だろうしな』
「どれくらい掛かるかしら?」
『ふむ、そうだな……じゃあ、とりあえずそいつの立場になって考えてみるか』
「なるほど、犯人の気持ちになって考えるのね」
『そうだ、基本なんだぞ』
 うさぎはコクリと頷いて、じっと由美子の方を見る。
『そいつはおまえにタマを蹴られて、ウンコを漏らしながらもなんとか逃げ出した。忍軍の捜索にも関わらず未だ発見されていないということは、現在はそれなりに安全なところに潜伏していると考えられる』
「そうね」
『その状況下において、目下、そいつにとって一番の問題はなんだろうか?』
 恭介も少し考えてみる。
「…………」
(今後も忍軍の捜索を掻い潜って潜伏を続けなければならないこと……)
(一般人の女子高生に辛酸を舐めさせられ、プライドが著しく傷つけられた怒り……)
(いや、暗殺者ギルドにどう報告したものか悩んでいるかもしれないな……)
 暗殺者ギルドという組織の内情はわからないが……
 奴は友介の殺害に失敗し、一般人の女子高生に敗し、市内全域に忍軍の警戒網を広げてしまった。
 普通に考えたなら、組織人としてこれは『大きな失態』だろう。
「一番の問題は、股間の痛みが引かないことよ」
 しかし彼女の答えは、恭介の予想とは全く違うものだった。
 すかさず元十郎が口を挟む。
「いや、それはないでしょう。アサシンならば回復薬くらい携帯しているでしょうし、それを飲めば傷は治癒し、痛みも引くはず――」
「ふふっ、あたしらの金的に回復薬や麻酔の類は効かないんだよ」
「――えっ!?」
 恭介と元十郎は、竹沢芙美子の方に目を向けた。
 彼女はニヤニヤ笑いながら、手元で空のグラスを弄んでいる。
「あたしらの金的で負った傷を治す方法は二つだけ。一つはあたしらの使う治癒魔法。一瞬で傷を治す手立てはこれしかない」
「…………」
「もう一つは、自然治癒の力。ただし、これは当然ながら、治るのに相当の時間が掛かる。しかも金的をかます際にあたしらが『傷が自然治癒しませんように』って魔力の上乗せをしたら、その自然治癒すら無効になる」
 なんだか、さらりと恐ろしいことを言われた気がする。
「…………」
(それはつまり『呪い』ということか……?)
「ええっ、マジで!? 自然治癒しないようにとか出来んの!?」
 母の言葉に娘がびっくりしている。
 どうやら彼女は、この『呪い』について知らなかったらしい。
「ああ、そうだよ。有効に使いな」
「わかったわ!」
 アホな娘は元気よく頷くが……
 恭介には悪用以外、この技術を有効に用いる手立てが思いつかない。
(なんだか、目の前で非常に危険な術の伝授が行われた気がする……)
 うすら寒くなったところで……

 恭介は、今の二人の会話について考える。

(と、いうか、竹沢芙美子の言い方からすると……)
(彼女もまた【変態魔法】の使い手ということなのか……?)
(いや……)

(ひょっとしたら、他の家族も……?)

(…………)
(本当にこいつらに護衛なんか要るんだろうか???)
 微妙な気持ちでいると、うさぎが話を元に戻してきた。
『さて、そういうわけで、そいつは今も股間の痛みに悶絶しているんだ。自然治癒力によってこの痛みが引くのはいつだい?』
「う~ん……そうねぇ、あたしの見立てだと明日の今頃には普通に歩けるくらいまで回復してるんじゃないかしら? 走るのはまだちょっと辛いかもしんないけど」
「…………」
(どれだけ容赦なく蹴り上げたんだ……)
『そいつはおまえのことを激しく恨んでいる。人の手を使わずに、必ず自分自身の手でおまえに報復してくるはずなんだ』
「うーん……」
『だが、今のおまえには忍軍の護衛がついているし、俊敏さが自慢の暗殺者がまともに走れない状態で襲撃するのはあまりに分が悪すぎるな』
「そうね」
『でも、おまえへの憎しみが冷静な判断力を奪うという可能性もあるから……うーん……そうだな、その辺りを考慮して短く見積もって、こちらに与えられた猶予は「そいつの股間の痛みが多少は引く明日の今頃まで」って感じなんじゃないか?』
「ふむ、なるほどね!」
 うさぎの予想に彼女がうんうん頷く。
 うさぎも一つ頷き、後ろ足を引いて大きく伸びをする。
『まぁ、だからって油断しないようにするんだぞ? 暗殺者guildのassassinはbattle maniaのキチガイが多いらしいからな。例えば、おまえが撃退したヤツのrivalが「ヤツを倒したブスをオレが倒せば、ヤツよりオレの方が強いという証明になる!」とか考えておまえを襲ってくるかもしれないんだ』
「なにその少年マンガ的な展開w ていうか、あたしはブスじゃないから! ブスじゃ!」
「…………」
(有り得るな……)
 彼女は鼻で笑ったが、暗殺者ギルドの体質を少なからず知っている恭介は気を引き締める。

 ――と、その時、電源OFFになっていたテレビの画面がいきなりフッと明るくなった。

≪ピロピリリ! ピロピリリ!≫

 響き渡った大きな音は、緊急速報のアラート。
 市内で生産されたテレビには、非常時に自動的に電源をONにして速報を流布する機能がある。
『番組の途中ですが、緊急情報です。羽音神忍軍の発表によりますと、現在この羽音神市内に第一世界・暗殺者ギルドの精鋭部隊隊員――通称【アサシン】が潜伏しているとのことです。ただ今、市内全域において忍軍による捜索が行われております。市民の皆さんはなるべく外出を控えて自衛に努めてください』
「すごいわ! 緊急特番になってる!」
「ホントね、緊急特番なんて久しぶりに見たわ」
「大事件なんだね」
「ふぅん、マジだったんだねぇ、アサシンがいるって」
「えっ、もしかして信じてなかったんですか?」
「やあァンッ、怖あァいッ!! アタシ、絶対に外に出ないんだからァッ!!」
『忍軍にしては対応が遅いんだぞ。事件の発端と思われる、桜町ふれあい公園からヘリの音が聞こえてきたのが22:25。今、ようやく市民に向けての声明が出て――23:23。ここまで約一時間も掛かっているのはどうしてなんだい?』
「…………」
 うさぎが何か言っていたが……
 恭介は聞こえていないふりをして、元十郎にも何も伝えなかった。
(一時間も掛かったのは……)
(ひとえに、そこにいるそいつのせいだ……)
「あ、この羊羹美味し~い!」
 元凶は、テレビの緊急特番を見ながらも羊羹に夢中だった。

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