ままならぬ日々

蛍狩り

エピソードの総文字数=1,453文字

 弟二人を連れて蛍狩りに出かけた。七月の終わりの夜のことだ。弟たちが行きたいと要求したわけでも、私自身が行きたかったわけでもない。蛍狩りという言葉の風流で典雅な響きに惹かれたに過ぎない。
 河原に到着すると、無数の緑がかった光が緩やかな速度で飛び交っていた。テレビなどで見る、蛍が飛び回る光景そのものだ。
 蛍は自ら人間の体にとまった。弟たちの体にも、私の体にも。二の腕にとまったきり動こうとしない一匹をまじまじと観察する。
(一般的には蛍は「かわいい虫」というイメージだけど、やっぱり虫は虫ね。よく見ると凄くグロテスク……)
この蛍は、ゲンジボタルだね
 上の弟が、自らの手の甲にとまった一匹を指差して言う。
違うよ。ヘイケボタルだよ
 下の弟は、二つ歳上の兄に対しても怖じることなく、真っ向から反論を述べる。
なにを言っているんだ。ゲンジボタルだよ
ヘイケボタルに決まっているだろ
 弟たちは言い合いを始めた。
(また始まった……)
 言い合いはほどなく、掴み合いの喧嘩へと発展した。
こら。二人とも、やめなさい。こんなところで喧嘩しないで
 すかさず間に割って入った。弟たちは頻繁に喧嘩をする代わりに、あっさりと仲直りすることも多いのだが、今日の二人はしつこい。
いい加減にしなさい
 上の弟の頭を軽く叩いた。嫌な手応えがした。
(誤って蛍を潰してしまったのだろうか……?)
 上の弟の頭頂部を凝視する。潰れていたのは、蛍ではなく、親指ほどの大きさの私の母親だった。
うわぁ! 殺したぁ!
お姉ちゃんがお母さんを殺したぁ!
 私が指でつまんだものを見て、弟たちは泣き出した。
お母さんには残酷なことをしてしまったけど、死んでしまったものは仕方がないわ。死んだ人のことをあまり悪く言いたくはないけど、留守番を頼んでいたにもかかわらず、勝手に小さくなって、勝手に私たちについてきたお母さんが悪いとも言えるし
 私は淡々と二人に言い聞かせる。
さあ、埋葬しましょう。三人で穴を掘るのよ
 母親は親指ほどの大きさだった上、三人で作業したので、墓穴はすぐに掘り終わった。穴の底に遺体を横たえ、土を被せる。墓標として石を置き、合掌。
もう遅いから、帰りましょう

 沈痛な面持ちの二人を促し、河原を後にした。


 行きとは打って変わって、弟たちは一言も口を利かない。洟をすする音が絶え間なく聞こえている。

(まだ幼い二人にとって、人間の死は、大切な人間の死は、簡単に受け入れられるものではないのかもしれない。どうにかして元気づけてあげたいけど……)
 しばらく歩くと、道端に移動屋台が停まっていた。匂いと暖簾の文字から、とんこつラーメンの屋台だと分かった。
お姉ちゃんがラーメンを奢ってあげる。一緒に食べましょう

 母親の死のことがあるから、喜びを露わにすることこそなかったが、弟たちの表情はいくらか明るさを取り戻した。二人はラーメンが好物なのだ。

 店主は愛想のいい中年男性だった。ラーメンは麺もスープもしみじみと美味しい。弟たちは夢中になって麺をすすっている。

実はさっき、母親を殺してしまいました
 半分ほど食べたところで、私は打ち明けた。
あ、そうですか
 店主はにこやかに応じる。
実は私も、三日前に家内を殺したばかりです。お客さんたちが食べているラーメンのスープのダシは、家内の骨でとったんですよ
……なるほど。だからこんなにも美味しいんですね
喜んでもらえて光栄です。家内も喜んでいると思います

 互いにとって大切な人を殺した理由は、互いに訊かなかった。互いに子供ではなかったからだ。

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