超新約ライトノベル聖書『新約聖書を学園コメディに置き換えたらこうなった』

【二日目】それぞれの結末へ『議員の場合』

エピソードの総文字数=3,797文字

 退学から二日目――
「……………」
 朝起きてから、ほぼずっと、物が何もない部屋に寝転んでいた。

 その風景はそのまま、空虚な自分の心の投影に思えた。


 そして、午後になったころだ。


 引っ越し業者が来た。寮に置かれていた荷物が、運ばれてきたのだ。

 いよいよ完全に、羽里学園と切り離されてしまったような気がしたよ。


 絶望と、やり場のない悔しさ。それがごちゃ混ぜになった最悪の気分だった。


 丁度、その時、タイミング悪くだ。

 意外な奴から、意外すぎる要件の電話がかかってきた。

【直接会って話さなければならない事がある。

 今から会ってくれないか。貴様が指定した場所でいい】

【議員】のリーダーからだった。

 俺が退学になった原因を作った張本人だ。

 

「おいおい、本気かよ。お前を見たら、殴っちまうかも知れない」
【貴様が望むならば、そうしても構わん】
「俺を退学させただけじゃ、飽き足らず、少年院送りにでもしようってんじゃないだろうな……」
【そんな謀略の心配をするなら、人目の多い場所に呼び出してくれればいい。そこで、殴るかどうかは、貴様が決めればいいことだ】
 こんな奴の言うことなど、一笑に伏してしまっても良かった。

 どうせ、こいつの言うとおりに会ったとして、ろくな事にならないのは、わかりきってたからだ。


 でも――

「面白れえじゃんか。だったら、夕方、鶴見川の河口に来い。

 あそこなら、人目がない場所がある。意味はわかってんな?」

 俺はどうやら、やけっぱちになっているようだった。

 ああ、わかってる。自分でも、かなりアホな事をしようとしてるってな。

 だけど、じゃあ、何が賢い行動なんだ?

 このまま、ただじっと、家の中で、腐れていることか?

 

「いいだろう」






 そして、夕方、鶴見川の河口。港湾地帯の片隅――

「――」
「――」
 昼間でも人通りの少ないこの辺りは、この時間にもなれば、誰も通らなくなる。

 立ち並ぶ倉庫の壁面には、暴走族の落書きが、そこかしこにあるような場所だ。

 通りの突き当たりは横浜湾。大型の貨物船が、いくつも見え、時折、汽笛が聞こえてくる。


【議員】のリーダーは、一人だった。

 こいつの仲間が隠れて、ついて来てるのかも知れないが――

 そんなことは、俺にはもはや、どうでも良い。


 俺たちは5メートルほどの距離を開けて、向き合った。

「最初に教えとくぞ。俺は召愛みたいな良い子ちゃんじゃない。

 右の頬を殴られたら、相手の左の頬に、助走を付けてストレートをお見舞いする。――眼鏡は外しとけ」

「いいだろう。だが、一発だけにしておいてくれ。

 生徒会役員選挙に出るんでね。差し障ると困る」

 などと言って、【議員】のリーダーは眼鏡を外した。

 こいつが何を考えてるかなんて……――知るか!


 俺は助走を付けて、思いっきり奴の左頬へ、ストレートをぶちかました。

 めり込むほどに綺麗にヒットしたぜ。

「――っ!!」
 奴は派手によろけた。
「くっ……。思いっきり、やりやがって……。

 気は済んだか? なら、私の話しを聞いて――」

「済むわきゃねえだろ」
 俺はもう一度、拳を握りしめた。
「お、おいっ!」
 後ずさる奴へと踏み込んで、さらに右の頬にも、きつい一撃をくれてやった。
「ぐぅっ……!」
「勘違いしてるみたいだから、言っとくぞ。

 俺は、お前の話しとやらを聞きに来たんじゃない。

 ぶちのめすために来た」

「ば、馬鹿か貴様は!」
「ああ、馬鹿だぞ? それがどうした。

 だから、まあ、俺に話しを聞かせたいなら、逆にぶちのめして、足腰立たなくしてから――」

「この野郎!」


 ――バキッ!


 ――とだった。食らったよ

 油断してたところに、真っ正面からの顔面パンチ。


 一瞬、目の前が暗くなり、自分が平衡感覚を失ったのがわかった。

 倒れそうになる体を支えるために、足が勝手に後ずさり、どうにか踏みとどまった。

 唇に生暖かい液体の感触。舐めてみると、ばっちり血の味。見事な鼻血ブー。

 頭に血が上っていくのを感じたよ。

「そう……こなくっちゃな!」
 

 そっからはもう、ドツキ合い、だった。

 殴り合い、掴み合い、罵りあった。


 こんなアホな喧嘩するのなんか、いつ以来だったかな、なんて事を、殴ったり殴られたりしながら、思わず考えちゃったね。


 そして、何十回目かの拳が、お互いの顔面に同時に炸裂した時だ。

 俺たちは、ダブルノックアウト。フラフラと――コンクリートの壁に寄りかかるようにして、へたりこんだ。

 ほんの数メートルの距離を離して、並んで座るような形になってしまったんだ。

 ボコボコの顔同士でだ。

「まったく、非生産的だ。馬鹿らしい……!」
「運動不足は解消できただろ。羽里学園は体育が少ないからなあ……」
「ふっ……。酷い顔になっているぞ、貴様は。

 頭の悪そうな雰囲気が普段より際立ってるようだ」

「へへっ……。お前こそ、その顔で選挙ポスターの写真撮ったら、誰かわからないだろうぜ。で、話しってのは何なんだよ? 休憩してる間だけなら聞いてやる」
「……………」
「貴様に助けられた事について――だ」
「…………。

 なんのことだ?」

「むろん、一昨日のことだ。

 学校の解散にまで事が至るとは、計算外だった。いや、そうでなくとも、〝我々がしたこと〟は明らかに常軌を逸していた。

 さっきの貴様のようにな、怨念に我を忘れていたのだと思う――」

 驚いた。

 こいつの口から、こんなまともな言葉が吐かれるとは。

「その結果……非常に不本意だが、我々全員が、貴様に助けられる形になってしまった。これはどう言い訳しようが、事実だ。

 だがな、貴様なんぞに助けられ、このような借りを作ってしまったのは、私にとって、人生最大の屈辱だ。だから――」

 奴は、ヨロヨロと立ち上がったよ。

 そして直立不動の姿勢になり――


 ――俺へと、深々と頭をさげた。

「これで、ひとまずの筋は通させてもらったぞ」
「……………」

 謝る態度じゃない。

 と、言いたいところだが、最初に問答無用でぶん殴りに掛かったのは、俺か……。

 一応、こいつは自分から謝ろうと、俺を呼び出したわけだ。

 

 でもな。だからどうした?

 こいつが、どんなに謝ろうが、俺の退学が取り消しになるわけじゃないのだ。


 むしろ、こいつだけは、のうのうとこれからも、羽里学園に通い続ける……。

 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな!


 第二ラウンドと洒落こむか?

 ああ、そいつは実に楽しそうだ。 


 だが召愛ならきっとこんな時――

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『あなたは強く反省した。あなたの罪は赦された』
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 なんつって、あっさり赦してしまうのだろうが……。

 おいおい、なんでこんな時に、あいつの顔が思い浮かんでしまう?

 今は関係ないだろうが。


 いや……。そうでもない。

 だって俺があの学校が無くなりかけた土壇場で自首したのは、学校を守りたかったのも当然だが、何よりも召愛を守ってやりたかったからだ。

 あいつの全てをだ。

 あいつの、覚悟、や、思い、そう言ったのをひっくるめて、守ってやりたかった。


 ならば、あの時の召愛はたぶん、〝真犯人〟すらも、赦そうと、覚悟し、思っていたはずで。俺が本当に召愛の覚悟や思いを、守ってやるとするならば。


 俺が今、するべきことはきっと――

「あとでラーメン奢れ。大盛りでチャーシュー2倍増しだ」

 とか言ってしまってたぜ。


 おいおい、マジかよ。

 俺はこいつを赦すのか……?

 大盛りチャーシュー麺だけで……?


 ああ、なんてこった。

 俺もあいつの、ハイパーお人好し病がうつってしまったのだろうか。

「まあ、いいだろう」
「ああ、なら、ひとまずは筋を通されといてやる」
「すまん……。本当に」
「…………」
「……………」
 俺たちの間に、長い長い沈黙が続いたよ。

 正直、本当に赦してしまっていいのか、わからなかった。

 こんな時に召愛なら、どうするのだろう。そんな事ばかりを、ひたすら考えてしまっていたよ。


 だからだろう――

「あー、なんだ……。

 ところで――召愛の奴は、上手くやってんのか、生徒会長をさ」

 唐突に訊いてしまった。

 気になっていたのだ。あいつがどうしているのかを。

「控えめに言って、精力的だ。就任直後から、校則の〝成就〟が始まった。あいつは開門時間から、下校時間までフル活動だ」

「だろうなハハハ。しっかし、まさか、あのただの変人だと思ってた奴が、本当に生徒会長になっちまうとはなぁ。そう思わねえか?」
「貴様がそれを言うか……?

 けど、理解はできる。まさかこうなるとはな……」

「なんだかんだ、すげえ奴だったんだな、とは思うぜ。今さらだが、何をどうしたら、あんな、おかしな奴が育つんだろうな?」
「それは家庭環境、などの話しか?」
「ああ、興味ないか? ああいう奴がどういう家で育ったのか」
「付き合ってたくせに、そんな事も知らなかったのか?」
「べ、別に付き合ってたわけじゃないしな」
「知りたいなら教えてやろうか?

 名座玲の〝家庭の事情〟をだ」

「家庭の……事情?

 つーか、なんでお前がそんなん知ってるんだよ」

「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず。

 戦ってた相手だ。当然、調べるに決まってるだろう?


 まあいい。借りを返すついでだ。知りたければついでこい」

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