天の国の猛騎兵(ハッカペル)

"狂信者"との昼食

エピソードの総文字数=2,633文字

 わたしは心をつくして主に感謝し、あなたのくすしきみわざをことごとく宣べ伝えます。いと高き者よ、あなたによってわたしは喜びかつ楽しみ、あなたの名をほめ歌います。

(旧約聖書『詩編』9編1節~2節)

 4時限目が終わった。生徒達は仲の良い者同士集まり、グループをつくって机を囲んでいる。教室の最前列、どの輪にも入れず、一人寂しく英語のテキストを机にしまう者がいた。それは言うまでもなく陽太である。
(4時間目が終わった。そしてこれから1日の中で一番嫌な時間が来る。昼休み!ほとんどの生徒は友達と机を寄せ合って食べるけど、僕は一人ぼっちだ。友達のいない寂しい可哀想な奴って感じでいつも見られてるんだろうなー……。ああもう嫌だ。さっさと食べて寝てるフリをしよう。そうしよう。あ、サイッコラさん来るんだっけ。ああもう考えるのもめんどくさいくらい憂鬱だ。)
(弁当はトイレで食べようかな。いや、さすがに悲しすぎる。教室で我慢しよう……。止まない雨はない。空気になりきって、この地獄のような時間を乗り切るんだ……。)
水野君!いっしょにご飯食べよ。
あ。

(昼ご飯から一緒なんかーい。)

ちょっと着いてきて
あ……うん。
 クラスの視線が2人へ注がれる。聖書科の授業に反発して、黒板に"訳の分からぬ"文を書いて回った女子生徒が、クラスに馴染めず1人でいる男子生徒に声をかけたのだ。教室内の生徒達が興味を持つのも無理はないであろう。無論その興味は、困惑や嘲笑を含んだものである。
おっ、ボッチからリア充に昇格か。
サイッコラさんの弟子第1号?
オイオイオイ
社会的に死ぬわアイツ
(聞こえてるよ聞こえてるよ。やっぱりボッチと思われてたんだ。もう消えてなくなりたい。お父さんお母さん、先立つ不孝をお許しください。)
 2人は廊下に出た。愛花は周囲の嘲笑を歯牙にもかけず堂々と歩くが、さほど強くないメンタルにダメージを被った陽太は、精神をオーバーキルされ俯き気味である。階段を上がって、踊り場へ。愛花は胸を張ってドヤ顔で歩くが、陽太の歩く姿はもはやゾンビである。屋上へ向かう扉の手前で、愛花は立ち止まる。
ここならいいんじゃないかな。教室の中よりは。
う、うん……。

(これからどんな話されるんだろう……。僕の学校生活はもうどん底だ。おしまいだ。もうどうでもいい。なんか狂信者的なやつになって、現実から逃避する人生も良いかもしれない。つらい。)

 メンタルに急激なダメージを負い、一時的な狂気に陥っている陽太。

 そんな彼の様子に気づいていないのか、愛花は鼻歌まじりに弁当の包みを広げる。

 愛花につられ、陽太もそれに続いた。ただし、その動作は緩慢かつ無気力であった。

愛する天のお父様、この糧感謝していただきます。イエス様の御名によって。アーメン。
キリスト教の人って食べるとき本当に祈るんだ……。
うーん、祈らない人も多いかもしれないけど、私はいつも祈ってるよ。
あの……サイッコラさん……。
うん?
周りの目とかって、気にならない?いろいろ思い切ったことやってたけど。
 以前から抱いていた疑問を打ち明けてみる陽太。愛花は、よくぞ聞いてくれたという雰囲気を醸し出す。
マタイ5章10節。義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである。天国は彼らのものである。
また……い……?
マタイっていう人がイエス様について書いたのが、マタイ福音書。新約聖書に出てくるよ。
そうなんだ。

(迫害されて喜ぶとかマゾかな?)

うん。だから私は何を言われても、どう思われても怖くないよ。だってイエス様に従ってるだけだから。そして、エペソ人への手紙6章12節!わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである!
自信があるんだね。

(でもそれって、カルト宗教の思考回路と一緒じゃないか?悪との戦いって……。)

 陽太は無難な受け答えを心掛けつつも、心の中では呆れかえっていた。今まで人の視線を恐れて怯えながら生きてきた陽太と、嘲笑を歯牙にもかけないどころか自分の正しさを信じて疑わない愛花。あまりに感覚がかけ離れ過ぎていた。
え?自信なんてないよ?イエス様を信じてるだけだから。
そ、そうなんだ……。

(これもうわからんわ。)

でもごめんね。水野君まで変に巻き込んじゃって。私、思い立ったらすぐ動いちゃうタイプだから。話しかけるタイミングも、もうちょっと考えるべきだったよね。
ま、まあ……一人でご飯食べるよりはマシかも。

(まあ、巻き込まれたのは事実だよな……。)

え、ええと……ごめんね……。

そういえば、話したかったことなんだけどね。

うん。
今の聖書科の指導方針って間違ってると思ってるの。
う?うん……?

(僕にはあの授業のどこが変なのか分からなかったな。)

それでさ、非キリスト教徒<ノンクリ>の水野君の意見が聞きたいんだ。
えーと、どんなこと?
水野君は、私が聖書は神様の言葉で、間違いなんてないって言ったら、信じられる?
えーと……。
 答えに窮する質問である。特に陽太のように他者の目線を気にする人間にとっては。聖書が神の言葉だと信じて疑わない者に対し、そんなの信じられないと言えば、相手に不快な思いをさせるだろうという危惧が、陽太の口を塞ごうとする。しかし愛花は、陽太がキリスト教徒でないことを承知した上で尋ねている。上っ面のリップサービスなどかえって失礼にあたると考え、率直に自分の感想を述べてみることにした。
昔の書物が今に残ってて、世界中の人々に読まれてるっていうのはすごいと思うんだけど、それをそのまま信じるっていうのは、今の僕には難しいかな……。
どうなったら信じられそう?
うーん、それが真実だっていう証拠があれば……。
………………そうだ!もし、聖書に書いてある奇跡が本当に起きたら?
それなら……信じられるかも。

(実際に起きたら、の話だけどね……。)

よし、奇跡が起きたらいいのね!そっかそっか!

やっぱり信仰復興<リバイバル>って、聖霊体験とか奇跡がいっぱい出てくるもんね!うんうん!

え。
嗣業リバイバルは奇跡から、だね!
…………。

(え、ペテンでもやるの?巻き込まれるのつらい。)

 一瞬凍り付く陽太。愛花は不敵な笑みを浮かべていた。

 陽太は、どうやって奇跡を起こすつもりなんだとツッコミを入れたくなったが、何を言ってもこの荒馬めいた"狂信者"を止めることはできないだろうと考え、出かけた言葉を飲み込んだ。

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