雨男 ~嘆きの谷と、祝福の~

淫雨-3 本音と噓とほんとうのこと

エピソードの総文字数=2,088文字

 やってみると、驟との放浪生活は、思っていたほど難儀(なんぎ)ではなかった。
 虹子の現在の勤務先は、田町(ミイラ病のおかげで内勤に回され、本社勤務になっている)だったから、ウィークリーマンションなら都内で場所を選びさえすれば、山手(やまて)にいるよりも通勤時間をかなり短縮できた。
 その上、始めてみて気づいたのだが、山手にいる頻度(ひんど)を高くしても、天気(雨男のせいで雨が降る)の点では案外、問題はなさそうだった。
 4~5日雨が続いたところで、不思議がる人はそういない。まして、驟が山手を離れて他の場所に行っている時間帯は、山手に雨男の影響はない。つまり、〝もともとの天気が晴れ〟ならば、驟が仕事に出ている間は、山手は晴れるというわけだ。
 従って、ローテーションは、
〝山手4~5日→ウィークリーマンション一週間→山手4~5日→北綾瀬(きたあやせ)1泊→キャンプ場1泊→山手4~5日→ウィークリーマンション一週間→山手4~5日〟
 という具合に、山手を中心に回すことができた。

 驟がこれまでそうしてきたように、キャンプ場は、平日を選んで使った。
 天気予報をチェックして、これは山手の場合とは逆に、〝もともと雨〟の日を狙う。しかも、小雨などの中途半端な雨ではなく、なるべく大雨の日を狙うのだ。
「だってさ、キャンプを楽しみに来ている人がいたら、悪いじゃん。ていうか、そのほうが、俺の気が楽なワケ」
 驟はおどけた調子で言い訳をした。〝いい人っぽい〟発言をするとき、おどけたり、ふざけたりするのは驟の(くせ)だと、虹子はすでに知っていた。
〝あなたは、人に気を遣いすぎるよ〟そのうち、そう言ってあげたいと思っているものの、やけに年上めいたもの言いになる気がして、ためらっている。

   ***

「今日ですか? バンガローに? この雨なのに? おふたりで?」
 初老の管理人は、顔に対して大きすぎる黒縁の眼鏡の向こうで、あからさまに(いぶか)しげな目をした。
「ええそうです。今日ならあいてると思って。ここのバンガロー、人気だから」
 歯磨きのCMに主演できそうな(さわ)やかさで驟は答え、それを見て、罪のない噓は平気でつくんだなと、虹子は思った。
 きっと本人的には、噓ではないという認識なのだろう。でも、ほんとうのことを言っているわけでもない。
 (だま)すのが(たく)みな人って、こんな感じなのかも――そんなふうに看破(かんぱ)しながら、おめおめとくっついて来ている自分に、虹子はあきれた。

 着いたときから強かった雨は、夜には土砂降(どしゃぶ)りになった。
 JR五日市(いつかいち)線の駅から、歩いて来られるキャンプ場なのに、とんでもない山奥にいるような心細さに見舞われる。
 緑が豊かなのに加え、乱暴な空模様のせいだろう。
 風も強く、ほぼ嵐と言ってもよい状況で、当然ながら、自分たちのいるバンガローのほかに、人の気配はない。
 もしも殺人鬼に襲われて、ありったけの悲鳴をあげたとしても、だれにも届かないだろう。
 管理人が驟を(あや)しんだのは――こんな悪天候の平日に、サラリーマンには見えない男が、いかにもキャンプに不慣れなふうの女(しかも、傘の下でキャップを被り、さらにマスクで顔を隠している)をバンガローに連れ込むのだから――そんな、猟奇的な事件を連想したせいかもしれない。
 あるいは、ふたりの間に、なにか淫靡(いんび)な空気のようなものを()ぎとったのか。
 後者なら、まんざらハズレでもないと、虹子は驟の体温を自分の肌のすぐ上に感じながら、考えている。
 ここでなら、いくら声を出してしまっても、だれにも聞かれる心配はない、と。

 借りたのは一番小さいバンガローで、狭いといえば狭いのだが、ふたりには都合のよい空間だった。どうせ夜じゅう、肌を触れ合って過ごすのだ。
 余白になるような空間は、ないほうが(いさぎよ)い。
 ミイラ病になって以降、虹子はLINEやSNSには距離をとって暮らしている。デジタルの通信で、〝絆〟を求めるとか、〝つながる〟という感覚が、よくわからなくなってしまったのだ。
 面と向かっては言えない本音も、面と向かって言う噓も、結局は、同じようなものなのではないか。ほんものではないという意味で。そんな気がしてならなかった。
 じゃあこうして、体の一部でつながっている――このリアルな感覚は、自分にとってほんとうなのか、それとも――。
 熱気と、汗と、動悸(どうき)と、息(と、意思によらない自分の声)の狭間(はざま)で、虹子の思考は途切れ途切れに、霧散(むさん)していく。

 驟はどこで覚えてきたのか、虹子の体の隅々(すみずみ)までを、過不足なく愛し尽くした。優しく、あるときは力強く。
 その動きの一つ一つが、虹子に安らぎという名の種を蒔き、それを芽吹かせ、萌えさせて、やがては体の芯から(しび)れにも似た花を開かせる。
 そして、すべての(なげ)きを忘れさせてくれるのだった。

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