リバイアさんとネフシュたん ~へブル人への手紙を護る者~

ネフシュたんと共に

エピソードの総文字数=5,774文字

 紀元65年、パレスチナ地方、イスラエル近傍の峠。
 乾いた風と舞い上がる砂埃。
 薄茶色の土塊の大地に疎らに点在する背の低い草木の茂み。
 そこは、風の音と自分の足音だけが聞こえる荒涼とした場所であった。
 人工物など一切なく、ただあるのは、小さな岩山に偽装されたトラクターカーゴ、随伴機動歩兵6体、それに美少女型機動AIネフシュだけだった。

「…というわけで、俺とお前はここにいる。まあ、話し相手がいるだけでもありがたい。長い夢を見ているということにしよう」
「ネフシュと申します。愛着を込めてネフシュたんとお呼びくださいませ」
「君らのその命名ルール、何かお約束的なものがあるの?」

 ネフシュたんの外観はまさしく、とってつけたような陰キャ仕様そのものの風貌だった。
 比率は5.5頭身から6頭身くらいで、斜め分けのショートヘア、アクアリウムのような澄んだ人工網膜と継ぎ目のないシームレスな人工皮膚を備えたその外観は、全く人間そのもの、いやそれ以上であった。少なくとも異性経験皆無のボーには。
 まさに人格を持った動く美少女フィギュアのような肢体を持った彼女は、意気揚々とボーに要望を尋ねた。

「オプション機能でボディの一部分をご主人様好みで多少はカスタマイズできますが、いかがいたしましょうか」
「カスタマイズ?どういう設定項目があるんだ?」
「例えば、胸の大きさや腰の括れ、お尻の角度などです」
「いいよ、いい。どノーマルで。今の初期プリセットのままでいい」
「はい、かこしまりました。体形は現在設定を維持します。他には声質も変更できますが、いかがいたしましょうか」
「今のままでいい。その声が気に入っている。変えなくていいからな」
「90年代中期日本製地上波放送アニメ悲劇のヒロイン風のままでいいんですか?」
「なに、その濃い設定。設計者はヲタクかよ。すぐに変えてくれ!」
「何にいたしましょうか」
「何って言ってもそもそも項目名がわからんよ」
「これをお使いください」
「何これ?カラオケ店によくあるコントローラーみたいなんだけど」
「それで手入力していただきます」
「ここにきて手入力かよ。本当に最先端なのか……っておい!項目名だけで十万以上あるぞ」
「はい。充実していることが私の自慢です」
「どうしようもないな……これ」
「ランダマイザーで適当に選んだり、おすすめ機能なんかもありますが」
「じゃあ、おすすめにしてくれるかな」
「かこしまりました」

すると、ネフシュたんの人工声帯の制御プログラムが作動し声色が変化した。
「このような声質でよろしいでしょうか?」
「ちょっと、鼻声になってないか?」
「はい、80年代初期日本製OVAアニメ女子サブキャラ普通感冒風設定にしました」
「なんでいちいち微妙に時代が古くて、しかもアニメなんだよ!というか、普通感冒って何よ?医者でも使わんだろ!たしかに風邪っぽい声質だけどさ。マニアックすぎて技術の使いどころ間違えてないか」
「わかりました。何かご希望のキーワードを仰ってくれればもっと適切な絞り込みができるかと思います」
「アニメ系が得意そうだからな……じゃあ、ジブリアニメに登場する威勢のいい女子キャラ風の声で頼む。おっと待った!婆さんとか女児とか選ぶんじゃないぞ。そういうの期待していないからな。あくまで10代の女性だぞ」
「そこまで明確ならキャラクター名で直接指定してください」
「じゃあ、今この状況に相応しくナウシカで頼む」
「それはできません」
「何?島本須美の声は合成できないのか?」
「いえ、違います」
「まさか声優の声色にも版権問題とかそういう大人の事情系?」
「全く違います。技術的な問題や権利上の問題ではありません」
「じゃあ、なんなんだ?」
「1984年に公開された風の谷のナウシカはスタジオジブリ社作品ではありません。制作会社はトップクラフト社です。スタジオジブリ社作品は1986年公開の天空の城ラピュタ以降からです」
「……分かった。もういい、ありがとう。プリセット設定でいいからもとにもどしてくれ。多分これキリなく延々と巡るやつだわ……」
「かしこまりました」
「いろんな意味でとんでもないことになってきそうだな。こりゃ」
ボーは、そう言いながら、その場に座り込んだ。

「それではご主人様、観測手兼助手としてミッション完了までご同行させていただきます。とりあえず何が優先的なご要望などはありますか?」
「ご要望ね……どうせ帰りたいってもダメなんだろ。だいたいこういう展開の場合、喚いても叫んでも、元に戻してもらえるわけもない」
「な、なんだここはー!とか、帰りたいー!とか言っても埒が明かないですよね」
「そう、文字数を無駄に消費するだけ。さっさと次展開にすすまないとな。それに意外に人間はタフにできてる。現状に即座に適応して、問題を認識把握しようとする本能みたいなものがあるのさ。今の僕もその状態みたいなもんだ」
「その通りです。ミッションクリアすることに専念しましょう。

次いでボーは6体のロボットを指さしてネフシュに聞いた。
「で、彼らの使い方はどうするんだ」
「随伴機動歩兵ですね。私と同じ人工知能で駆動するアンドロイドの一種ですが、あくまで自律型戦闘マシンです。索敵、威力偵察、支援や援護などの用途に使います。リーダー機を中心にお互いが状況を的確に判断しながら協同的に行動できますので、大まかな目的だけ指定すれば細かな指示は必要ありません。人間とのコミュニケーション機能は一部制限されておりますが、人間の日常会話を理解でき、訓練すれば、先読み行動をしてくれます」
「優秀なNPCみたいだな」
「NPCのような定型化されたパターン行動を組み合わせるのではなく、膨大なミッションプログラムによって強化学習された基本行動をベースに高度な自己評価能力によってプロセス改善し、より最適化したアクションフローを即時編成できる能力を持っています」
「専門用語がよくわからんけども、これはもう、人間を超えている感じがするな」
「戦闘をするという点においてはどんなエリート兵士よりもこのマシンの方が優秀です。
武装は誘導ミサイルから、多銃身型速射砲、大型狙撃銃まで多種多様な武器を装備できます」
「そんな複雑な戦闘マシンを簡単に訓練して運用できるのか」
「まだ時間の猶予はあります。彼らの扱い方のレクチャーは、明日以降やりましょう」
「それもそうだな。それにしても外は暑いな。ここの環境に慣れるまでとりあえず中に入るとしよう」
「わかりました。人間は面倒ですね」

 二人は、周囲を見回した後、トラクターカーゴの中に戻っていった。
 トラクターカーゴの中は、三層になっていた。上層は小さな監視用の小部屋と予備弾薬庫、中層はトイレ、キッチン、シャワーなどの簡易的な設備を備えた居住区域があり、下層の倉庫内には、武器弾薬、主力となる狙撃銃のメンテナンスキット、ネフシュたんのバッテリーチャージャー、着替え、40日分の食料や水が備蓄されていた。
 ただし、それ以上の補給はないということになっていた。もし備蓄がなくなったら現地調達するか、ミッションアボートを選ぶかしかない。

「ふう、それにしても中もアッツいなぁ。このカーゴ内にエアコンはないのか?」
「地域環境になじまない不自然な排熱は魔物に居場所がばれてしまう可能性があるので設置されていません」
「じゃ、せめて扇風機くらいはあるだろ」
「はい、ございます。それでは少々お待ちください」
 ネフシュたんが床に四つん這いに跪いたかと思うと背中のバックパックから、コンパクトな送風機がにょっきりと現れた。
「私自身用のプロセッサ冷却用ファンを低速回転させています。涼しいでしょうか?」
「あ、ああ。ありがとう。多少涼しくなった(なんなんだこの状況……)」
 ネット通販さえあればなあ。USB扇風機なんて500円もしないんだが……
 某はネフシュたんの冷却用ファンの風を受けながら心の中でつぶやいた。

「さて、少し元気が回復した。とりあえず、着替えよう。お互い学生服のままじゃ何もできないしな」
 キッチンの階下には、ロッカー設備があり、そこには衣服一式が備えられていた。
 ネフシュたんは、リバイア達と同じセーラーカラーのついたブレザータイプの制服から着替えをして、体にフィットしたスポーティーなスイムウェアタイプのAI専用標準戦闘服を着用した。
「なんだ、その恰好は。どっかのコスプレ会場じゃないんだから、もっと偽装ぽい服を着てくれないとこっちも危険なんだが」
「お気に召しませんか?一応、光学迷彩仕様なので、少なくとも魔物の目には見えませんよ。それにここは暑いですし」
「アンドロイドAIには暑さ寒さ関係ないんじゃないのか」
「一応、内部に熱がこもるんで、冷却装置はつけてはいます。合成皮膚からも排熱しているので、肌部分を多く露出した方が、効率がよくなります。一見派手なこのデザインは理に適っているのです」
「……わかった。まあ、好きなもの着てくれ。僕は、基本どおり迷彩戦闘服6型ってやつを室内用普段着として着替るわ」

 着替え終わった二人は居住区の簡易ベッドをソファー代わりに着座した。
「とりあえず何か飲み物でも飲んで少しくつろぎましょう」
「そうだな、この環境に慣れておく必要もあるしな」
「何をお持ちしましょうか」
「選べるほど種類があるのか?」
「強弱炭酸オリーブジュース、オリーブたっぷりごくごくオリーブの二つです」
「なんで君らはとことんオリーブフェチなんだ?あと強弱炭酸って、強いのか弱いのかどっちなんだよ。微炭酸とかじゃないのか。ネーミングセンスもいまいち理解できないんだが」
「それならオリーブたっぷりごくごくオリーブにいたしますか?」
「それなら、じゃないよ、オリーブごくごくとか想像すらできないわ。他のメニューはないのか?」
「オリーブインオリーブというアイスならありますが」
「もうそれはただの冷やしたオリーブだろ。いらん、イラン革命。冷えた水でいい」
「水は貴重品のため、一日あたりの消費量が決められていますので今は飲めません」
「え、水飲めないのか……じゃあ、強弱炭酸オリーブジュースにしてくれ。この中じゃ一番まともそうだ」
「かしこまりました。お菓子なども召し上がりますか」
「この調子だと乾燥イチジクのシロップ煮の一択なんだろ?」
「他にもございますよ。森永ミルクキャラメル、森永マンナビスケット、森永チョコレートなどはいかがでしょう」
「なに、その森永繋がり。じゃあ、チョコレートもらおうか。今のうちにカロリーを摂取しておくとしよう」

 自分が商品名を知っている既知の食物を口にすることができたボーは、ようやくひと心地つくことができた。
「ところで、何か見るものとか聞くものないのか?」
「ここは紀元65年ですからラジオとかテレビは放送されていませんし、ネットもありませんので、残念ながら今は何も視聴できません」
「お前さんのローカルメモリに映画とか音楽とか入ってないのか?アニメでもいいんだが」
「アニメ作品なら三つだけ入っています」
「アニメ声の設定だけで何十万もあるのに、なんで肝心のアニメ作品は三つしかないんだよ」
「そういう規定なので仕方ないのです」
「その規定決めたヤツはどうかしてんな。で、そのアニメのタイトルはなんだ?」
「アニメ親子劇場、トンデラハウスの大冒険、パソコントラベル探偵団です」
「……どれも聞いたことないぞ。どういうチョイスなんだ」
「80年代に日本で制作された聖書をモチーフにした作品です」
「タイトルとモチーフの関連性が全く想像つかない……。タイトルつけたスタッフに題名の理由きいてみたいわ」
「ご主人様、気にしなくて結構ですよ」
「何をだ?」
「当時もご主人様同様に思っている人がたくさんいました」
「それならもういっそのこと改題してしまえよ!って思ったら今でも売ってるのね......」
「DVD出てますね」
「リバイアさんに言っといてくれ。作戦成功させたいなら、アメニティ関連はもっと普通なの事前に選んどけってな」
「それならリクエストなどはありますか?」
「無難に定番のジブリアニメとかでもいい」
「ジブリアニメ作品は内容が全般的に聖書的ではないので許可が下りないと思います」
「なに、聖書関連限定なの?」
「一応そのような規定になっておりますので......」
「エヴァンゲリオンとかダメなの?ほら、使徒とか、アダムとかイチジクの葉っぱとかいろいろ聖書っぽいもの出てくるじゃないか」
「聖書用語のオカルト的借用に過ぎないのでダメでしょう。モーセの律法や主イエスの十字架とは何ら無関係です。多分却下されるでしょう」
「かたいなぁ。神は天にいまし すべて世は事もなし、ってネルフマークの下に書いてあるじゃないか」
「それ、聖句ではありませんから」
「リクエストしろっていうからしたのに、あれはダメこれはダメじゃあ、リクの意味ないだろ」
「ご主人様は、神は天にいまし すべて世は事もなし、という言葉がお好きなのですね」「まあ、そうだな」
「それならば、赤毛のアンという作品にその言葉が出てきます。赤毛のアンならリクエスト可能です」
「赤毛のアン、ってアニメがあるのか。市民図書館で児童書なら見たことあるが、内容は知らないんだ。それが原作なんだな」
「そのとおりです。原作は児童文学です。アニメ版赤毛のアンは、スタジオジブリのもう一人の監督、宮崎駿じゃない方の人が監督しました」
「ジブリの監督なら期待できそうだな!それじゃ、その赤毛のアンてのは題名から察するに、赤毛のそばかす顔の少女が主人公の冒険活劇ぽい作品なんだな?女児版ラピュタみたいな」
「それは見てのお楽しみですよ」
「それもそうだな、とりあえずそれを待っている間、トンデラハウスの大冒険でも見るとするか」

しばしのくつろぎの時間が狭いカーゴの中に訪れた。

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