変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第16話「あたし、ここの唐揚げも好きなのよ。コカトリスの唐揚げって最高よね♪」

エピソードの総文字数=5,358文字

 見るからに快活そうな飴色の髪の少女。
 高校生くらい――篤志の妹と同じ年頃に見える。
「えっ、マジで? このリンゴ返さなくていいの?」
 彼女は地面に落ちたリンゴ及びそれにがっつくうさぎに人差し指を向けながら、篤志の方を見る。
「うん、いいよ、別に……」
 というか、むしろ返されても困る。
 地面に落ちた上に、うさぎの食べかけである。
 逆に「おまえだったら返されたらそれ食うのかよ?」と少女に問いたい。
「ふうん、そう、ありがとう! あんた、いいヤツね!」
「…………」
 ニカッと笑う彼女。
 どのへんに『いいヤツ』認定されるポイントがあったのかよくわからないが、曖昧に頷いておく。

 ――と、
「あああっ!?」
 彼女がいきなりどでかい声を上げた。
「――!?!?」
 篤志の心臓が<ビクッ!>と跳ねる。
 少女はさっとしゃがみ込み、篤志の足元にキラキラした目を向けた。
「それ! MIKEの『Air Mix』ね!!」
(……えっ?)
 どうやら彼女の関心は篤志の靴に向いているらしい。
 そのことに気付いて、背乗りとか不法滞在とか色々疚しい事情を抱えている篤志は心底ホッとする。
「…………」
 次いで、彼女の足元を確認して――
「あああっ!?」
 彼女の履くスニーカーを見て、思わずどでかい声を上げてしまった。
(こ、これは!!)
 一年ほど前に発売されたMIKEの限定モデルである。
 スニーカーヘッズ御用達の情報サイト『SNEAKER PEACE』で画像を見て、一目惚れして「これ絶対買う! 三日並んででも買う!」と心に誓ったものの……
(レディースモデルだと知った時は、本気で凹んだよな……)
(ああ、あの靴だ、間違いない!)
「それすごいわね! この前出たばっかのヤツじゃない!?」
「いやいや、レア度なら明らかにそっちのが上だろ!? よくそれ買えたな!」
「並んだのよ! 十二時間並んだんだから!」
「すげえ! 負けた! これは十時間だった!」
「ああ、やっぱり並ぶわよね!?」
「並ぶ並ぶ! もはや並ぶために買ってるって言ってもいいくらいだから!」
「ああ、わかる! いいわね、あんた最高よ! それ名言だわ!」
 スニーカーが懸け橋となり、ファンタジック・アイランド在住の初対面少女と一瞬で心が繋がった。
 スニーカーというものの素晴らしさを噛み締めつつ、篤志は目の前の少女(同志)と笑みを交わす。
「この靴はね、あたしの高校入学のお祝いにお姉ちゃんとお姉ちゃんの旦那が買ってくれたものなのよ。まぁ、並んだのはあたしだけど」
「へぇ、お祝いに靴くれるなんていいお姉さんだな」
「えへへ、そうなのよ、うちのお姉ちゃんはすごくいいお姉ちゃんなのよ!」
 よほど姉のことが好きなのか、彼女はニコニコ笑って胸を張る。
「お姉ちゃんたちには超感謝してるわ! いくら入学祝いだからって、普通はこれをプレゼントに選んだりしないわよね。だっていくらなんでも高すぎるもの!」
「ああ、うん、そうだよな」
 彼女が嬉しそうに語るので水を差したりはしないが……
 篤志は内心で首を傾げる。
(まぁ、安いモンではないけど……)
(でもそこまで言うほどの値段か???)
 確か二万五千円はしなかったはず……

 むしろ、入学祝いのプレゼントとしては妥当な価格帯だろう。
 篤志が今履いている靴も、高校の卒業祝いにかこつけてファンの年上女に買って貰ったものだ。

「…………」
 正直なところ、篤志は靴を買ってくれた年上女にあまり感謝していない。
 心のどこかで「会う時間を作ってくだらない愚痴聞いてやったんだからこれくらい貰って当たり前だろ」という考えがある。
(腐ってんなぁ、オレ……)
 すっかり"ヒモ体質"になってしまった自分の汚さが見えて、自己嫌悪する。
 素直に感謝している目の前の少女がひどく眩しい。
「やっぱいいわね、MIKEは! 『pyuma』も『aditas』も好きだけど、あたしはやっぱMIKEが一番好き♪」
「ああ、オレもやっぱMIKEが一番好きだな。個人的に履き心地は『new palance』が一番なんだけど、デザインはMIKEが一番グッとくる」
「ああ、new palanceもいいわよね! ランニングシューズを持ってたことあるけど、すごく履き心地良かったわ」
 そこで彼女は、篤志が弁当を食べようとしていたことを思い出したらしい。
「あ、ごめん! あたしのことは気にせずに食べてちょうだい」
「ああ、うん」

 そこで篤志はふっと我に返った。

 思いがけず同志(スニーカーヘッズ)と出会い、ついテンションが上がって話を弾ませてしまったが……今の状況はあまり好ましいものではない。

(あんまり現地人と話すのは良くないよな……)
(何がきっかけでバレるかなんてわからないし……)
 そう考える慎重な自分……
 だが同時に、真逆の考えをしている自分もいる。
(この女、あんまり賢そうじゃないよな……)
(それにお人好しっぽい……)
 篤志の目的は情報収集である。
 趣味の繋がりを足掛かりにして、この少女から何かしら有用な情報を引き出すことは出来ないだろうか?
(こいつだったら、ちょっとくらいなら下手を打っても誤魔化せる気がする……)
(最悪バレても、同情を引く感じでうまいこと言えば見逃してもらえるかもしれない……)
「…………」
 この少女は、耳が尖っているわけでもないし、ゲームキャラのような服を着ているわけでもない。
 飴色の髪はピンクやブルーといった露骨な"アニメ色"に比べれば、とっつきやすくてホッとする。
(ここは家からそこそこ離れてる……)
(こいつとはきっともう二度と会うことはない……)
 別に、迷惑なんて掛からないだろう。
 ちょっとこの土地のことについて尋ねるだけだ。
「ねぇ、そのお弁当って桜町商店街の肉屋で買ったでしょ?」
「えっ?」
「あたしもよく行くのよ。あそこのコロッケが好きでさ」
「あー……じゃあさ、もしよかったら、おまえも一緒に食う?」
「えっ?」
「唐揚げオマケしてもらったんだけどさ、一人で食うにはちょっと多すぎだから」
「うっそ、マジ!? いいの!?」
 彼女の目がキラーンと光る。
 見た目通りにチョロい女のようだ。
「うん、いいから遠慮せずに食えよ」
「あんたやっぱいいヤツね! わぁい♪ ありがとう!」
 木製のベンチ。
 彼女は篤志の隣にストンと腰を降ろした。
「あたし由美子。竹沢由美子よ」
 少し考えて……篤志は偽名を使うことにした。
 本名を名乗ることも、タツミ・ユウの名前を名乗るのも躊躇われたからだ。
(ここの人の名前ってわりと普通なんだよな……)
 昨日、挨拶回りに行った時に近隣住民の名前を色々聞いたが、奇抜な髪色の人でもごく普通の名前だった。
 むしろ『愛星』と書いて『アイラ』と読む自分の妹の方がよっぽど頭のおかしい名前ではないだろうか。
「オレは――田中正男(たなかまさお)
「マサオね、よろしく」
 「いきなり呼び捨てかよ」とも思ったが、そういうざっくばらんなコミュニケーションがよく似合うタイプの女なので、悪い気はしない。
「ていうかさ、あんたっていい声してるわねー」
「ああ、それよく言われる」
「あ、やっぱり?」
「サンキューな」
 「いい声してる」――変声期を終えた頃からよく言われるようになった。
 どう反応していいかわからなくて少々困惑する部分もあるのだが、褒められて嫌な気はしないのでいつもお礼は言っている。
「半分食っていいからな」
 爪楊枝が付いていることを確認してから、唐揚げのパックを彼女――由美子に渡してやった。
「わぁい、やったぁ♪ ありがとう! あたし、ここの唐揚げも好きなのよ。コカトリスの唐揚げって最高よね♪」
「――!?」

(コ、コカトリス!?)

(コカトリスなのか!? その唐揚げ!)

 ゲームによく出てくるので、コカトリスというモンスターのことは知っている。
 バッドステータス『石化』をもたらす、鳥のモンスターだったはずだ。
「いっただきま~す!」
 動揺する篤志を気に掛ける様子もなく、由美子は豪快に大口を開けて唐揚げにかぶりつく。
「…………」
「ん~っ! おいひい(美味しい)♪」
 ぽわんと頬を染めて、とても幸せそうな顔をする由美子。
 その顔を見ていると自分も食べたくなってくるが……コカトリスの肉とか言われるとさすがに簡単には踏み切れない。
「…………」
 と、その時、足元でリンゴを貪っていたうさぎが篤志の足に前足を引っ掛けてきた。
 どうやらリンゴがなくなってしまったようで「もっとよこせ!」と催促しているらしい。
「こらっ! 靴に爪を引っ掛けちゃダメよ! 傷になったらどうすんのよ!」
「…………」
「ハァッ!? ふざけんなっつーの! なめたことばっか言いやがって、このクソうさぎ!」
 由美子がうさぎを蹴飛ばそうとした。
 だが、うさぎはさらりとその攻撃を躱す。
(うわっ……)
(今、マジ蹴りしようとしなかったか? こいつ……)
 ペットに対する扱いが酷い。
 お人好しそうに見える由美子だが、動物愛護精神には乏しいらしい。
 特に動物好きというわけでもないが、さすがにちょっと引いてしまった篤志を尻目に、由美子は憮然とした顏でうさぎに目を向けている。
「え? なんで?」
「…………」
「えー? イヤよ。どうせ図々しいこという気でしょ?」
「…………」
「ふん、信用出来ないわよ、あんたなんか!」
「…………」
 その様子を見て……篤志は思う。
(こいつ……)
(もしかして、うさぎと喋ってる……?)
 思えば、由美子がここに駆けつけて来た最初からそうだった気がする。
 彼女がうさぎに向ける言葉はどこか不自然だった。
「うーん、そうねぇ……」
 少し困った様子で、由美子がこちらを見た。
 つい尋ねてしまった。
「……あのさ、もしかしてうさぎと喋ってる?」
「えっ? ああ、そうよ。あたし"うさぎと話せる能力"を持ってるの」
「…………」
 何でもないようにそう言う由美子。
 どうやら見た目が普通で、スニーカー愛で解り合えても、彼女はやはりこのファンタジック・アイランドの住人らしい。
「ねぇ、マサオ、あんたうさぎと喋ってみたくない?」
「――えっ!?」
(う、うさぎと……?)
 篤志は、足元の丸々したうさぎに視線を向ける。
「…………」
 好奇心がないわけじゃない。
 喋ってみたいか喋ってみたくないかといえば……もちろん一度ぐらいは喋ってみたいと思う。
「…………」
 戸惑いつつも、篤志は浅く頷いた。
「じゃあさ、ちょっとこいつと喋ってやってくんない?」
「え、あー……」
「こいつはアルタソっていうの。ウチの家畜よ」
「家畜……」
(ペットじゃねーのかよ……)
 まぁ、家畜と言われても仕方がないくらいに美味しそうなうさぎだ。
 篤志にはうさぎ肉を食べた経験はないが……それでも『このうさぎは絶対に美味いはず!』という謎の確信が溢れてくる。
「美味そうだな……」
 気が付けば、うさぎを眺めながら無意識にそう呟いてしまっていて――篤志はハッとする。
 普通に考えて、飼い主を目の前にして「美味そう」という感想はアウトだろう。
 しかし、由美子は気にした様子がない。
「そうでしょ? みんなそう言うのよねー」
「みんな言うのかよ……」
「なんかさぁ、こいつ、あんたと喋りたいみたいなのよ。喋ってやってくんない?」
「え、いや、喋るのはいいけど……どうやって?」
 すると、由美子は自分の左手から中指の指輪をスッと抜き取った。
 工具のように飾り気のない指輪がこちらに差し出される。
「この指輪を着けてみて? この指輪を着けると"動物と話せる能力"が使えるようになるわ」
「…………」
「あたしは生まれつき、うさぎとは話せるの。でも、この指輪を着けることで他の動物とも話せるようになるからいつも嵌めるようにしてるのよ」
「……へぇ」
 何とかそう返事をして、恐る恐る指輪を受け取る。
(つうか、小さいな……)
 彼女の指は細く、指輪の径がとても小さい。
 別に篤志の指が太いわけでもないが、小指くらいしかまともに嵌められそうになかったので、とりあえず小指に嵌めてみることにした。
「…………」
(同じ指に嵌めてねーけど、これでいいのかな???)
 由美子の方を窺うが、特に何も言ってこない。
『おい』
 いきなり間近から聞こえてきた、聞き覚えのない声。
「――!?」
 ギョッとした篤志は、慌てて周囲を見回した。
 右を見て、左を見て……下を見る。
『…………』
 茶色いうさぎがつぶらな瞳でこちらを見つめていた。
「…………」
 声の主をこのうさぎだと確信しつつも……
 どこか信じ切れずに、篤志は目を大きく見開いて瞬きを繰り返す。
『おい、本土人。おまえ、野菜を持ってるだろ? よこせよ』
 うさぎが前足で篤志の足をカリカリ引っ掻いてくる。
「! こら、靴を引っ掻くなっつっんでしょうが!」
『知るかよ、オレにとってはSNEAKERSなんてただの便所なんだ』
「なんですって!? スニーカーだけは駄目よ! 絶対に許さないから!!」
『おまえが嫌がると思うと、ますますそこで用を足したくなるな』
「最低! ふざけんな! このクソうさぎ!!」
 由美子とうさぎの会話を横目に、篤志はごくりと唾を飲む。
 嫌な汗がぶわりと浮き出してきた。
「…………」
(本土人……)

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