超新約ライトノベル聖書『新約聖書を学園コメディに置き換えたらこうなった』

超お人好しに、超無茶ぶりをしてはいけない。本当にそれをやってしまうのだから。①

エピソードの総文字数=5,171文字

 昼休み後。

 前期文化祭の出し物を決めるためのホームルームが始まった。


 俺はいささかウンザリ気味に、机の上へ頬杖ついてたね。左頬に絆創膏だ。

 ちなみにホームルームの冒頭で、羽里が――

「映画の案に賛成する者は挙手を」

 と言った瞬間に、クラスの全員が手を挙げたのだ。


 その時の男子たちの目は、ギラギラとした欲望に燃え上がり、女子たちの目は、着せ替え人形を買って貰った小さな女の子みたいにキラキラ輝いていた。


 このクラスの一員というだけで、全生徒の憧れである羽里に、自分たちの好きなように映画の役を押しつけられるわけだ。

 これは特権を得たも同然。みんな好き勝手に、羽里にあんな事させたり、こんな事させちゃったりと、妄想を掻き立てられてしまったのだろう。

「では、どんな演目をやるか、具体的な作品名を挙げてください」

 と、羽里が議題を挙げるや否や、クラス中から怒濤の勢いで、提案が出された。


ロミオとジュリエット

 などと、文学少女風の女子が、定番を言い出しと思えば、


週刊少年漫画のバトルテニスものをミュージカル仕立てにした物

 と腐り気味の女子から提案され、


 ガチオタ勢の男子からは、

深夜アニメ的な萌え魔法少女もの


 硬派な男子からは、

ジョン・ウー的な香港ノワールの銃撃戦ばりばりのアクション映画


 何も思いつかないけど、何か言わなきゃ損な気がするからという投げやりな男子は、

桃太郎


 そして、俺も趣味全開で、

第二次世界大戦史』と叫び。


 召愛は、去年流行った、

高校生男女の体が入れ替わるアニメ映画』を実写化する案を挙げた。さらに、他の奴らからも、その他もろもろ、実に多種多様にわたり、収拾がつかなかった。


 仕方なく妥協案として、出されたタイトルの要素を全て詰め込んだオリジナルシナリオを作るという事で、どうにかまとまった。


 しかし、だ。


 それが可決されたあとで、みんな冷静になってしまった。

 ロミオとジュリエットバトルテニス・ミュージカル魔法少女香港ノワール桃太郎第二次世界大戦男女入れ替わりものその他もろもろ


 こんなオリジナルシナリオ、どーやって作るんだ?


 こんなもん、プロのライターに頼みに行っても、助走付けて企画書投げ返されたあげくに、ガソリンかけて燃やされて、その灰を原子炉に投げ込まれるレベルの無茶振りだろ、と、みんな思い直したわけだ。


 クラス全員が、どんよりした顔で、頭を抱えて項垂れたよ。

 だが、普段通りの奴が一人だけ居た。

「……?」
 事の重大さがわかってないのか知らんが暢気なものだ。

「えー、と……。

 では、この企画のシナリオを担当したい者は、挙手をお願いします。

 居れば……ですが」

 羽里委員長が、なんかもう、半分諦めたみたいに言ったよ。

 こんなの手上げる奴いないだろう、みたいな雰囲気でだ。


 誰も、手挙げねえ。

 みんな下向いたまま、黙ってる。

 すげえ沈黙だ。

 静かすぎて自分の心臓の音すら聞こえて来そうなほどの静寂だ。


 おい、お前ら。さっきまでの勢いはどうした。

 特にガチオタ勢男子、羽里を魔法少女にして、戦闘シーンで触手で絡め取られてしまって、ピンチ! とか出来るんだぞ。

 

 手を挙げたらどうだ。お前ら大好きだろそういうの。

 触手役とかやりたくないのか、俺はちょっとやりたい! ふがいない奴らめ!


 畜生……どうすんだ、この状況。どうにもなんねえじゃねえか。

 1944年6月6日のオマハビーチで、釘付けになった米軍上陸部隊くらいどうにもならない。前も進むこともできないし、引き返すこともできない。俺たちはもう敵地へ上陸してしまったのだ。


 こうなれば、あとは死ぬ気で前進し、敵を倒すしか生き残る道がないが、立ちふさがるのは鉄壁のトーチカ、無数の機関銃陣地、さらに雨あられと降る砲撃が待ち構えている。


 その地獄の海岸で敵弾に曝されながらも、ろくに遮蔽物のない最前線を走り回って指揮を執り、ドイツ軍防御陣地を突破した米軍指揮官、ノーマン・コータ准将のような献身的な英傑が必要だ。


 だが、そんな無謀で損な役回り、誰もやりたがるわけが――。

「他に居なければ、私がやろうと思う」

 ――いらっしゃった……ぜ。


 いや、でもな、待て、召愛。

 お前、自分が何しようとしてるのか、わかってんのか……?

「……

 ……………。


 で、では……他に、やりたい方は居ませんでしょうか?」

 居るわけがない。

 誰も、手挙げない。

 どころか、クラス全員、召愛を畏怖が込もった目で見ている。

(うそだろ……ほんとにこれやるのか?)
(できる……の?)
(いったいどうなっちゃうんだよ……)

 普段なら、『また目立つ事やっちゃって』なんていうやっかみの眼差しを向けてくるであろう遊田ですら――

「……」

 と、召愛をまるで理解不能な異次元生物を見るような目で見ているだけだ。


 召愛からすれば、単に『皆が困っているなら、私がやらねば』と、いつもの全自動善人思考回路で考えてるだけなのだろうが、あまりに無茶すぎる英傑の行動は、常人から見ると異常者にしか見えない。


 例えば、ノーマン・コータだけではない。その敵であるドイツにも第二次世界大戦中、片足を失いながらも、出撃し続けることに拘り、終戦まで戦場を飛んだドイツの攻撃機エース、ハンス・ウルリッヒ・ルーデルが居た。


 日本にも致命傷をいくつも負いながらも、米軍陣地へ単身潜入し、生還した船坂弘がしかり。


 あるいは軍人でなくてもいる。


 重度の感染症を煩い、家族からすら見捨てられ、路上にうち捨てられた瀕死の病人たちの心を救うために、

 自らも感染する危険を冒しながらも献身的な看護を行ったマザー・テレサしかり。


 そんな奴が、この教室にも居た。


 やろうとしてることは、戦場における英雄的な行動でもなく、絶望にうち拉がれる病人の看護でもなく。


 しょーもない学生たちの、

 しょーもない妄想を具現化させるという、

 しょーもない作業であるのが、なんかすごく、

 しょーもいな気もするが、とにかく、そいつはここに居た。

「よし、誰も居ないようだな。私が引き受けた!」

 ドン! と召愛は自分の胸を叩いたよ。


 教室は今度は、別のニュアンスで静まりかえった。

 こんな異次元生物が、ロミオとジュリエットバトルテニス・ミュージカル魔法少女香港ノワール桃太郎第二次世界大戦男女入れ替わりものその他もろもろ


 なんていう物語を書いたら、いったいどんな超異次元ストーリーになってしまうのだろうか、という恐怖による静寂だ。


 しかも、その映画を自分たちが演じるわけだ……。

 で、その主役をやらされるのを想像してるであろう、羽里は――


 ――ガタガタガタガタ

 ――プルプルプルプル

 ――震えてた。

 教室の隅で、なんかブツブツとお祈りっぽい言葉を呟いちゃってたよ。

「ひとまず……ひとまずですが、とんでもない物が出来上がりそうなので、せめて、『こういう要素は入れない欲しい』などの要望は取り纏めておくべきだと思います」

 羽里の提案に、遊田が発言を求めて手を挙げた。

「委員長、それならば逆に、『こういう要素を入れて欲しい』という要望もまとめるべきでは」

 遊田め……。今度は何を企んでる?

「そ、そうですね。

 では、最初はわたしから、これだけは止めて欲しいという要望を出します、そ、それはですね。ら、らららら、ララララ――」

 いつもはキリッとしてるのに、急にモジモジしだしちゃった羽里。


 その様子が小動物っぽいというか、思わず保護してあげたくなる系のオーラを醸し出してしまい、クラス全体が、男子も女子もホワーと和んでしまったのは言うまでもない。

「――ラブシーンは絶対に入れないでください!」

 顔を真っ赤にして叫んだ羽里。

 が、ラブシーン、と聞いた瞬間の男子たちの目はね。


 野獣のそれでした。

 ギンギラギンでした。

 さりげなくありませんでした。あからさまでした。

「今の、わたしの提案について、多数決を取ります。賛成の方は挙手してください」



   ――シーン

 羽里、一人だけが手、挙げてた。


 男子たちが賛成しないのは、決まってる。

 もしかしたら、自分が羽里の相手役に成れるのではと考えているのだろう。

 女子たちからしてみれば、普段は見られない理事長の姿を見てみたいと考えてるのかも知れない。


 つーか。これ、羽里、なんだ、その、諦めろ……。

「委員長殿!」

 男子の一人が元気に発言を求めて起立したよ。

 ガチオタ勢のエース岡本君だ。

「オウフ、拙者はむしろ、ラブシーンを、取り入れるべきと存ずるなり、デュフフ」

 良く言ったー! と、たぶん、今、クラス中の男子全員が心の中でガッツポーズをしているぞ。お前は英雄だ。

 あとでジュース奢ってやるからな岡本君、と賞賛されてるぞ。


 だが……だが、なぜ、そこに『触手シーン』も加えなかった……?

 お前どうせ大好きだろそういうの。俺は好きだぞ!

「で、ででで、では。

 岡本君の提案について多数決を取ります。

 賛成の方……居ないと思うけど、挙手を」

 クラスの男子の全員が手を挙げた一斉に、ズバッと!

 しかも、女子も半分以上、手挙げちゃってます。

 俺は、手挙げないでおいてやったが……。 


        ラブシーン導入決定


 こりゃあ、羽里よ。

 墓穴掘った中に、さらに自分で埋めといた核地雷を踏んじまった感じだなな……。


 羽里さん、放心状態で、口をポケーっと開けて、そっから魂がニョロニョロ出かかってます。

――ポケー……~

  


                 …………

「ハッ!」

「で、でででは……。

 ラブシーンを、取り入れるという事で決議され……てしまいました」

「委員長。

 他にも盛り込むべき要素を、提案しても良いですよね」

「しかし、現時点でも、かなり詰め込みすぎな感があるので、

 シナリオ担当の負担がさらに増えることに……」

「委員長や岡本君だけ特別で、他の生徒は希望を言えないということでしょうか?」

 そういう事か遊田。召愛に無茶ぶりを、とことん背負わせようって魂胆だな。

 けど、羽里は自分が我が儘を言ってしまった後だ。

「それは……。

 わかり……ました。では、希望がある人は提案をして、それを一つずつ決議に掛けていくことにしましょう」

 あとはクラスの奴らの良識に期待するしかない。

 あまりに無茶苦茶な要望であれば、はねのけられると信じたいものだが……。

 とりあえずクラスの奴らは、次々に自分勝手な要望を言い出しやがったよ。

 遊田を筆頭として、召愛に怨みがありそうな女子たちの、明らかな嫌がらせ目的の提案ですら、面白半分に可決されてしまった。


 最終的に、これだけは追加で取り入れるべき要素、として決まったのは次の通りだ。


『タイムスリップ』

『格好いい男性制服』

『ゴスロリ』

『男の娘』

『男装の麗人』

『女性化』

『戦艦大和』


 その他もろもろ。


 ちなみに懺悔するが、戦艦大和と発言してしまったのは俺だ……。

 だってロミオが友人のロキューシオの仇を討つために、アディジェ川を戦艦大和で遡上して、46センチ砲をぶっ放して、ヴェローナの街の一区画ごと吹き飛ばす勇姿をどうしても見たかったんだもの。


 こんな風に節操なく盛られまくった追加要素は、召愛に対して、やれるものならやってみろ、とでも言うような有様だった。

 こんな滅茶苦茶な物語を作れたら、それはもう奇跡としか言いようがない。


 しかし、召愛は眉一つひそめずに、ひたすらメモを取るだけだった。

「えーと……。

 以上で一回目の文化祭打ち合わせを終わりますが――」

 羽里は自分が踏み抜いてしまった核地雷と、それによるシナリオ担当へのとばっちり被害に対して、申し訳なさそうに召愛へ目を向けて言ったよ。

「次回は配役やスタッフの割り当てを行いたいと思います。

 これはシナリオの完成を待たなければなりません。

 名座玲さん。何週間くらいで……出来上がるでしょうか」

 何週間とかの問題じゃねえだろ……。

 完成すらしないぞ。普通に考えて。

「三日で完成させてみよう」

 あっさり言った。

 全員が呆気にとられたよ。

 自信があるのか?

 クラスの奴らからはそう見えたかも知れない。


 だが俺は知っている。召愛の考えていることは一つ。

(もし私が自分の理想の物語を作って貰えるなら嬉しい。ならば、みんなの理想の物語を、出来るだけ早く私が作り上げてみよう!)

 絶対にこれだけだ。

 三日の根拠もないだろうし、出来る自信があるかどうかすらも、考えてない。

 失敗したらどうなるかの恐れも考えてなければ、成功したらどうなる、なんていう名誉欲も考えない。


 ただ、皆を喜ばせたい。

 その善意だけで突き進む。これが暴走特急・召愛さん野郎なのだ。

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