天の国の猛騎兵(ハッカペル)

信じるものは癒せる?

エピソードの総文字数=5,532文字

 信じる者には、このようなしるしが伴う。すなわち、彼らはわたしの名で悪霊を追い出し、新しい言葉を語り、へびをつかむであろう。また、毒を飲んでも、決して害を受けない。病人に手をおけば、いやされる。

(新約聖書『マルコによる福音書』16章17節~18節)

 放課後。

 生徒達はそれぞれ鞄を持って教室から出ていく。陽太も鞄を肩にかけ、愛花の所へ歩いて行く。

 果たして吉井は癒されたのか。その不安が陽太の胸裏に渦巻いていた。

 愛花が赤っ恥をかくのはかまわない。問題は幸音だ。

 もし吉井が癒されなかったなら、幸音は祈りが聞き届けられなかったと気に病むのではないか。

 幸音は自分は神から見捨てられた存在なのではないかと、怯えている様子であった。だからもし吉井が癒されていなければ、幸音に対して神の存在を否定するように勧めようと、陽太は考えた。

 助けてくれない神なら、存在ごと否定した方が幸せに生きられるに違いない。人間の想像上の存在に人生を振り回されるなんて馬鹿げている。

 愛花はそんな陽太の決心も知らず、いつも通り人懐っこい笑みを浮かべていた。

水野君、吉井君どうなったか楽しみだね!
今回は白附さんに祈ってもらったから、もし治ってなかったら白附さんのケアも考えないとね……あっ。
 幸音への心配で頭がいっぱいになっていたため、ついつい本音が漏れてしまう。愛花の気分を害したのではないかと一瞬動揺する陽太。しかし愛花は、そんなこと気にもせずに、その笑みを崩さなかった。
いや、大丈夫だよ。そんな気がする
そんな気、ねえ……。

 自信満々で言われてみれば、そんな気もしないではない。しかし、これまでの”癒し”が偶然に過ぎなかったら、一体どうするつもりなのだろう?その”偶然”が都合よく続いてくれるのか?いろいろな疑問が浮かぶが、陽太は考えるのを止めた。とりあえず結果を見てから考えよう。今考えても仕方がない。

 そうこうしているうちに、小林が駆け寄ってくる。

今日は俺もついていくぜ!吉井きゅんがどうなったか俺も気になるし!俺はまだ結果聞いてないし!
じゃあ一緒に行こっか!

 3人はいつもの踊り場へと向かった。


 踊り場に陽太、愛花、幸音、聡美の”レギュラーメンバー”に加え小林が、吉井とオカルト研の2人組が来るのを待っていた。

 楽しそうにしているのは愛花と小林だけである。

 聡美は頭を抱え、『普通のキリスト者はこんなことしないし……』とぶつぶつ言っていた。

 幸音は不安げに俯いていた。

 5人で待っていると、階段を駆け上がる音が聞こえてきた。足音は複数。

 吉井、傑、将司の3人が向かってくる。

 吉井は興奮気味で、階段を登りきると共に勢いよく話し始めた。

すごいよ、サイッコラさん!今日の小テスト、全然不安にならなかったし、お腹も痛くならなかったんだ!
大成功、だな!
いやあ、興味深い結果だよ。
 小林は目を丸くした。
おおおお!!愛花ちゃんやっぱりすげえ!
 愛花は満足げな笑みを浮かべ、幸音の頭を撫でる。
祈ったのは幸音ちゃんだよ。
でも……愛花ちゃんも一緒にいてくれたし……。
そんなの関係ないよ!神様はこうやって幸音ちゃんの祈りも聞いてくれるんだ!

 テンションマックスで幸音を抱きしめる愛花。

 聡美は目を白黒させている。

え?マジで?偶然とかじゃなくて?
 吉井は興奮冷めやらぬ様子で答える。
いや、いつもと違うよ!いつもは絶対お腹痛くなるし、休み時間の間にトイレにいくんだ!そうするといつも下痢で、ほとんど液状化したやつが出てくる!あ、ごめん!それでいつもは、小テストの前にすごく緊張するんだ!でも今日は何もなかった!何もなかったんだ!
そ、そうなんだ……。

 完全に納得したわけではないが、一旦疑問を引っ込める聡美。祈りでテスト不安やそれに伴う身体症状が治癒されるなど、にわかに信じがたいが、本人が興奮している以上、それは本人にとってそれ程の驚きがあったということになる。たまたまということはなさそうに思われる。

 聡美が”癒し”に疑問を呈したため、愛花は熱っぽく語り始める。

ほら、吉井君が一番びっくりしてる!これは偶然なんかじゃない。奇跡は起きるんだ!イエス様の愛は現実なんだよ!
え、うーん……。

 納得はできないが、とりあえず引き下がる聡美。

 傑は愛花の方を向き、質問する。

サイッコラさん、君は今までも”奇跡”を起こしてきたけれど、この出来事について、君の考えを聞かせてもらいたい。
 待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて語り始める愛花。
いい質問だね、鷹尾君!この出来事を説明するには、まずは聖書について理解してもらう必要があるんだ。ところで嗣業学園はキリスト教主義の学校だけれど、私達は聖書について何て教えられてるかな?
この学校では、聖書は人間か書いたから文字通り信じる必要はないと教えているが、君はそうではないと言いたいということだね?
その通り!
 ”オカルト研”の2人は身を乗り出す。もちろん福音主義における聖書理解に興味がわいたというわけではなく、愛花がしでかした”奇跡”について、愛花自身の理解が知りたいのである。
この学校では、聖書は人間か書いた書物だと教えている。でも、聖書は聖書記者を通して聖霊様によって書かれた書物なの。だからそこには間違いなんてないし、聖書に書いてあることはフィクションなんかじゃない
 将司は顎に手を当て神妙な面持ちで耳を傾ける。
つまり、聖書に書いてあることは本当だって言いたいから、こういうことをやってるってことか?
そのなの!
 もともとドヤ顔だった愛花の顔が更に明るくなる。陽太と聡美だけは大変白けた表情をしているが、そんなことは誰も気に留めない。
それでね、聖書が神様の言葉だって皆に分かってもらうのはどうすればいいかなーって思ってたの。
うちのクラスにも来てたもんな。
ウッ……!まあ急に黒板に書いても、誰にも伝わらなかったよね……。で、水野君がちょっと興味持ってくれたみたいだったから、どうやったら皆理解してくれるか、相談してみたの。
あ。

(つらい。)

 陽太の顔が熱くなる。そして思い出す。愛花と聖書科教員の竹田との議論をガン見していた時、それが愛花にバレてしまい、苦し紛れに興味があると答えてしまったことを。

 あんな嘘でごまかさなきゃと思ったが、もう遅い。愛花からは”相談相手”と認識されていたらしい。そこまで相談に乗った覚えはないが。

 オカルト研2人の視線が陽太に注がれる。愛花のパートナーと認識されてしまったようだ。

 傑は愛花に向き直る。

そうだったのか。それでどんな話に?
聖書に書いてあることが本当だって思えるような証拠があれば、皆信じてくれるんじゃないかって、アドバイスくれたの!
なるほど、これは水野君のアイデアだったと
いや……僕は思いつきで言ってみただけで……。
 何とか言い逃れしようとする。そんな陽太の肩に聡美がそっと手を置く。
水野君も大変ね……。
 聡美の目が訴えていた。『サイッコラさんの暴走に巻き込まれて、勝手に相談相手にされちゃったのね』と。

 陽太は苦笑いで聡美に応える。

 そんな2人のアイコンタクトには気づかず、将司は愛花に質問をする。

じゃあサイッコラさんがやってることって、聖書に出てくるの?
 得意げな表情で鼻を鳴らし、愛花は口を開く。もうずっと愛花のターンである。
聖書の中に使徒言行録っていうのがあってね、イエス様が天に還られた直後にできた初期教会の働きが記されているの。
初代のキリスト教徒ってことか……。
そう。そこで初代のクリスチャンはね、祈って病気を癒したり、悪霊<あくれい>を追い出したりしてたの。初期のクリスチャンにできたんだから、現代のクリスチャンに出来てもおかしくないよね!
聖書の時代の奇跡を現代にも起こすことで、聖書が正しいと証明しようとしたってわけだな。
その通り!
 突然小林が手を挙げる。
愛花ちゃんに質問!
はい、どうぞ!
竹田ちゃんにまた喧嘩売るんですか!?来週の聖書科楽しみにしてんだけど!
ウッ……!いや、竹田先生にも聖書が神様の言葉だって受け入れてほしいけど、この前みたいな攻撃的なやり方は止めることにしたんだ……。
えー……。
 小林はつまらなさそうに唇を尖らせる。愛花と竹田のバトルが見たかったらしい。
喧嘩したって何も変わらないって分かったの。相手を攻撃している内に、どんどん私の中に傲慢さが巣食うようになっていったのを感じたし。それって聖霊様の結んだ実じゃないよね。それに、クリスチャンは内輪揉めばっかりしてるってイメージも周りの人に与えちゃうし。
えー、そっかー。方針転換早くない?
幸音ちゃんと水野君が気づかせてくれたの。だから、攻撃的な振る舞いは止めようっていう思いが与えられた。
水野っち大活躍じゃん。
そうなんだよ!私が友岡さんと揉めた時も、いろいろアドバイスくれたし。

 そんなつもりはなかった。陽太の顔が再び熱くなる。

 今度は傑が問いを投げる。

友岡さんと揉めた?
うん。友岡さんも竹田先生と同じ考えだから、ちょっと、ね。
 愛花は聡美に視線を送る。
結構罵り合ったよね、私達。
 愛花と聡美は目を合わせ、苦笑いを浮かべる。

 傑は聡美に向き直る。

友岡さんはサイッコラさんとは違った信仰を持っている、ということかな?
まあ。私の場合は、聖書は人が書いたから誤りのない書物として読む必要はないと思ってるし、キリスト教の教義自体も、字義通り信じる必要はないと思ってる。竹田先生と全く同じ考えかは分からないけどね。
ふむ。じゃあ君から見てサイッコラさんが起こしている”奇跡”は?
正直な所よく分かんないわ……。癒しの奇跡が現代にも起きるなんて信じられない話だけど、実際に癒されたって噂あちこちで聞くし、こうして吉井君も癒されたって言ってるし。
そうか。じゃあ聖書に書いてある奇跡については?
私個人は、あれも字義通り信じる必要はないと思ってるんだけどね……。
 聡美はどこか居心地悪そうにしている。自分の立場ははっきりと述べておきたいが、かと言って余計ないざこざは避けたいようだ。

  聡美と愛花が苦々しい表情で視線を交わすその時、小林が再び手を挙げる。

はいはーい!なんか難しい話になってきたんで、帰って良いっすかー!ていうか部活思いっきり遅刻してる。さいならー!
 どこまでも自由人である。その流れに吉井も同調する。
あ……僕も帰る……。さようなら。

 小林は堂々と大股で帰っていくが、吉井は申し訳なさそうに小走りで逃げていく。宗教的な話に巻き込まれるのが面倒だったようだ。

 愛花は露骨に残念そうな表情になる。

えっと、まだ聖霊様の賜物についての話が……。
 愛花の言葉に反応するオカルト研の2人。傑は目を輝かせる。
その聖霊様の賜物っていうのは何だ?是非聞かせて欲しい。
クリスチャンにはね、聖霊様が内に住んでくださるの。それで、聖霊様はクリスチャンの心を聖めてくださるし、特別な力を与えてくださる。
その特別な力が、聖霊の賜物と?
うん、癒しとか異言とか預言とか、いろいろあるんだけど、今回話題になってるのは癒しの賜物だね。聖霊様が癒しの力を与えてくださるの。だから私は、イエス様の名によって癒しを宣言する。今回は幸音ちゃんに祈ってもらったけど。
ということは、この子もキリスト教徒?
うん!
 今度は将司が幸音に尋ねる。
君はサイッコラさんと同じ考えなの?
うーん……。私は長い間教会に通ってなくって、信仰のことは分からないの……。
ほう?
えっと……。
 幸音が答えに窮する。興味本位で集まってきた人間に、教会で傷を受けた体験など話せるはずがない。聡美がフォローに入る。
サイッコラさんの考えがめちゃくちゃ奇抜だったから、初めは話聞いてみようと思ってサイッコラさんのところに来たらしいわ。で、サイッコラさんハチャメチャだから、急に白附さんに祈らせたってわけ。白附さんは、信仰面についてはいろいろ考え中。
そういうわけか。いろいろ考え中の子でもやれるんなら、君にもできるんじゃ?
いや……私は……。

 フォローに入ったと思ったら方向から意外な問いを突き出され、今度は聡美が答えに窮する。

 愛花が目を輝かせて割り込む。

そうだよ!友岡さんもやってみなよ!
アンタすぐそうやって調子に乗る……。

 悪態をつく聡美。オカルト研の前ではある程度素を出しても差し支えないと判断したようだ。

 傑が突然陽太に問いかける。

水野君は一連の出来事についてどう思う?
ええと。
 数秒考え込む。自分は癒しの奇跡など信じていないし、肯定すれば愛花が図に乗るので気にくわない。かといって、露骨に否定すれば幸音を傷つけかねない。よって取るべき手段は、当たり障りのない言葉で言い逃れること。
僕はキリスト教徒じゃないし、正直なとこどう考えたらいいかまだ分からない。僕は無神論者だし。
神様はいつでも水野君のこと歓迎してくれるよ!
 愛花は懇親のドヤ顔スマイルで言い放つ。間髪入れず聡美が突っ込む。
これこれ強引に勧誘しなさんな。
 傑は眼鏡の位置を修正して咳払いする。
いやあ、無神論者でありながらサイッコラさんの活動に関わっているとは、興味深いな。君にも話を聞きたいものだ。
アッハイ。
 さらに面倒なことに巻き込まれた気がする。ただし、1人ぼっちだった頃よりはずっとマシだし、面倒なことではあっても、人と関わりを持てる機会が嬉しいと感じてしまうのが悔しい。
あの……私は用事があるから……。
 幸音は鞄を肩に提げ、帰ろうとする。
そっかー。じゃあまた。
 残念がる愛花。一方陽太はすかさず幸音に同調する。
あ、僕も用事。
 もちろん幸音と一緒に帰りたいだけである。

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