いかに主は導きたまうか。

2. Expelled 東京へ 。

エピソードの総文字数=2,819文字

   父が奇跡の職場復帰を果たして一年間、社内にはO証券出の人間〈大○氏〉が働いていた。父母共に付き合いは長く、信頼をしている人だと言う。会社の一大事ということで社内の調整役として急遽徴用される。そのくだりについてはボクは詳しくは知らない。金融マンはボクの知らないタイプの人間だ。データは、まったくなかった。人物として、この〈大○氏〉は明るく豪放磊落にして洗練されたムードの持ち主であった。これは出会い当初の浅い印象である。会社の状況をいたく心配してくれている様子はあった。しかし、やがては、ボクからすると「軽薄ではないが、本当は会社の行く末には関心はなく、ただ場当たり的な漢気のムードに我知らず染まっているのが実情」と思われるようになった。これは色んな場面で、直接彼と関わった上での感想だ。ただの「調子の良いだけの男」でしかない。「いざ本当の窮地になれば頼りにはなるまい」と言うのがボクの判断であった。まあ、とにかく部長課長の連中の不安を取り除くために、彼らの本音を聞いてあげたり、社内のムード作りには役に立ってはくれている。

  この〈大○氏〉は虚栄心から、いらぬセミナーをボクに勧めてきた(自身が参加してとても良かったらしい)。それも社長を通してだ。行かぬ訳にはいかないラインだった。内容は意識改革みたいなもの。要は一種の帝王学、それも実践ベースのものだと強く勧められる...。

  ある日、これに参加する。三十代の男女を中心に20名ほどが参加していた。みんな会社命令で来ていたのだろう。三日コースで料金はかなりお高い。5万円ぐらいだったと思う。その会場には普通のセミナーにはないおかしな雰囲気があった。ある種の緊張感だ。
  最初のプログラムは、「この中で、リーダーになりたい人は起立して」だった。即座に立つ人は限られている。そして次は、残った人たちは各自、自分のリーダーたるに相応しい人を選び、その前に一列で並ぶことになる。「なるほどなるほど...」。
  この後で、カードゲームをやった。いくつかのグループに分かれる。グループ対抗で、上がりはグループメンバーの全員が〈手持ちのカードがある規律に揃う〉ことだった。やってみると、ボクは早い目にカードが揃っていまう。よって「ステイ」だ。ところが、あとのメンバーは手札が揃わず、延々とテーブル上のカードを引くことになっていってた。なんとなく直感があり、ボクは自分の完成しているカードをテーブルに全て吐き出す。そしてまたゼロからカードの揃えを始めた。すぐにグループのメンバーは全てカードが揃うこととなり、ボクのグループが一番となっていた。
この様子を見て、講師等の親玉と思しき人間が目を光らせてこちらを見ていた。
  ボクは「分かった」と何と無く思った。このセミナーは「スクールの出身者によって運営されているものだ」と。根は、なんらかの宗教にあるのは間違いない。こんなことは上辺では一切唄ってはいないが...。動揺感から、ボクは「自分にはこのセミナーは合いません」と、早い目に申し出て離脱してしまう。*結果、セミナー代は自腹になった。
  そうそう、うちの海外部のN部長さんもこのセミナーに参加され、いたく感銘を受けたらしい。そして更なる進展的な別セミナーへの参加もされたそうだ。それは、やがては高いお金を払って、さらに最初のセミナーの講師の役までやらされるといった形のものになるのだが...。ある種の人々には、これは”新鮮”なものなのだと思う。

  閑話休題、この時節でのボクの理想のあり方は、心細いであろうあの母親と、いい関係を築くことが〈すべて〉であったのだと思う。色々できることはあったとは思う。しかし、実際は、そうはならなかった。「できなかった」。

  ボクは、いつしか取締役の立場にもなっていた。その責任感からも、ものは言わざるを得なかった。取締役会が、その機会であった。激昂にも等しい物言いをボクはしている。しかし、誰よりも高い彼女のプライドに障ることにしかなりはしなかった...。

  彼女の語る、方針、やること為すことが、すべて”安易”な”素人考え”にしか思えなかったのだ。例えば:メラミンブロックの販売に手をだした。これは既に広く世間では旧知になってしまっている汚れ落としの商材だ。また、女性向けの末端製品をやって行くとのことで、外から人を入れてチームを作った。出来上がってきたのは、あの端材を使っての〈兎〉の人形。*彼女は卯年の生まれである。この子の顔の縫製の縫い目は傷の様で、えらい迫力があった。この他にも色々...。すべて手間と損しか生まなかった...。

  社長の立場である、母への配慮気遣いが足らなかった。彼女のメンツを吹っ飛ばしていたのも事実だ。そのマナーには確かに問題があった。人は、これを親子の甘えだと呼んでいた。そうなんだろうと思う。昔から関係は悪かったのだから。一つ、言い訳をするのならボクの他に、彼女に意見する存在は、だれ一人もいなかった。

『これでは、あの社長(父)とまったく変わらないではないか!』
『私を批判ばかりして、まったく認めない、まったく感謝もしない!』。
『あの子は、私がやることには、いつも反対してくる!』

結果、ボクは社長である母から疎まれることとなった。
彼女のブレインの勧め「彼は本社には置かず、東京支店長に行かせて営業の厳しさを学んできてもらいましょう」もあり、ボクは東京への出向を命じられる。

新婚ホヤホヤのボクは上中里の、あのマンションで暮らすこととなった。
約一年ほどの間だけのことだ。
やがて彼女が頼りにしていた人間の造反の為に、後日ボクは大阪の本社に急遽呼び戻されることになる。東京へは長男の出産の為に行っただけのようなものだった。


劇中歌〜序盤〜:

『すべては幻』

『その働きは、いとも容易き心の力学を利用する』

『まずは、エゴ等の騒乱の舞台を華々しく設えん』

『すべてを〈あからさま〉にせんが為に』

『彼の気づきの機会となるように』

『アーメン』



追記:

長男は出産時にトラブルがある。慶應病院であったことは幸いだったのだと思いたい。

東京支店の社員は皆若かった。ボクの着任は歓迎されない。

支店長の役職などないに等しく、またボクもあまり気にはしていなかった。例の鉄道関係の面倒で忙しく、また他の新規開拓のプランもいろいろあった。場所が東京ということもあって、毎日は返って忙しくなる。

父の病床におけるメモが手元にある。
こんなことが書いてある。
『〇〇が教育係になっては死』
『〇〇がバカになっていつもニコニコ』
『〇〇預言者になれば死』

会社がどういった先行きになろうが一切関せず、穏やかに見守り、ただ『在る』ことは、35歳のボクにはできなかった。

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