変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第23話「……クロはいつも商売のことしか考えてないよね」

エピソードの総文字数=5,494文字

 桜町商店街の一角にある黒魔術専門店・黒猫堂――
 その住居部・穂積家のダイニングにて、二人と一匹は食事をしている。
「もうすぐ春休みも終わりね。休みどうだった? 友ちゃん」
「どうもこうも……毎日毎日、鍋をかき回して毒薬作ってばっかだよー……」
 ウンザリして、友子は大きな溜め息を吐く。
 この黒猫堂が取り扱っている主力商品は毒薬だ。
 各種毒薬とその解毒剤――これらが利益の六十パーセントを占める。
 頻繁に売れるのは素材類だが、これらは利益率が低く、競合店でも取り扱いがある。
 それに対して毒薬は、第一世界で修業した腕利きの錬金術師・友子の母が作る高品質のオリジナル商品だ。
 錬金術師として駆け出しの友子は調合の難しい毒はまだ作れないが、それでも店に出す毒薬を何種か作っている。
「へぇ、頑張ってるのね」
『別に全然頑張ってねーよ。いつまで経っても全然進歩しねーし。才能ねーよ、こいつ』
「いいよ、別に才能なくて」
 これは友子の本音である。
 家業だから仕方なく手伝っているが、友子はあまり錬金術が好きではない。
 特に、錬金術の中でも自分たちがやっている【黒錬金術】――人体に悪い影響(デバフ効果)を与える薬の製作ははっきり言って嫌だ。
「なに? 友ちゃんまた貧血で倒れたの?」
『倒れられたら迷惑だから、端から魔物の解剖には立ち会わせてねーよ。でも、未だに虫を磨り潰すだけでキャーキャー言いやがるんだぜ? ったく、ウゼェったらねーわ』
「うう、だって怖いんだもん……」
 友子はグロ耐性が低い。
 ミミズやゴキブリやウジ虫といった虫類をすり鉢で磨り潰す作業は、未だに手が震えて涙が滲む。
 魔物の死体の腹を裂いて、臓器を取り出す解剖の作業などもっての外だ。
「ていうか、解剖とか虫を磨り潰すとか……食事中に気持ち悪い話はやめようよ?」
『フン、だからおまえは駄目なんだよ。食事中だろうと平気で虫を磨り潰す話が出来るようになって初めて一人前だ』
「うう、そんなこと言われたって……」
『ちったぁ由美子を見習えよ。こいつは飯粒の中にウジ虫が混じってたって気にせずそのまま食いやがるぞ?』
「!? ええっ!? いや、ちょっと待って!?」
「そりゃ由美子はそうかもしれないけど……」
「!? 違うわよ!? あたしだって、ごはんにウジ虫が混じってたら気になるわよ!?」
『とにかくおまえはもっとしっかりしろ、友子』
「うう、それは解ってるけど……でも、そんなこと言われたって、苦手なものは苦手なんだもん……」
 友子は顔を俯け、大きな溜め息を吐く。
 すっかり食欲が失せてしまい、箸も止まってしまった。
「いやいや、あたしがウジ虫を食うことを前提に話を進めんなっつーの!」
 意気消沈する友子とは対照的に、無駄に元気な由美子は一人でギャーギャー騒いでいる。
『まぁでも、苦手分野の克服は後回しだ。今はとにかく数が足りないからな』
「…………」
『春休みもあと二日。この二日間に一本でも多くの毒薬を作れ。学校が始まったら今みたいなペースでは作れねーんだから』
「はーい……」
(うう、そんなこと言われても……)
(やる気出ないなぁ……)
 友子の心の声が聞こえたのだろうか。
 クロがギロリとこちらを睨みつけてくる。
『おい、なんだその気の抜けた顔は。おまえ、その毒薬をどこに納めるか解ってんだろうな?』
「――!」
 友子はハッとして小さく息を呑む。
 173cmの長身がコンプレックスの友子には背を丸める癖があるのだが、今のクロの言葉で猫背がしゃんと伸びた。
「え、どこに納めるの?」
 事情を知らない由美子の問い掛けに、クロが答える。
『忍軍だよ、羽音神忍軍。忍軍の【季戦】に使う分だ』
「えっ、季戦用? ってことは【夏戦】に使う分?」
『ああ、そうだ』
「えー、もう夏戦の分の仕事してるんだ? まだ四月なのに」
『フン、今から作り溜めしとかねーと間に合わねーんだよ。うちのお得意様はいつも無茶な納期を言いつけてくるからな』
 羽音神市の東区【忍びの里】を拠点とする【羽音神忍軍】――
 市内最大の武装集団である彼らは年に四回、大規模な公開模擬戦を行う。
 忍軍内では四百年前からの伝統ある行事らしいが、近年ではこの様子がテレビで中継されるため、市民にとっても関心事の一つだ。
 【季戦】と呼ばれるその本格模擬戦の中で、夏季に行われるものが【夏戦】である。
 季戦のルールは季節ごとに異なるが、夏戦はいわゆる"ガチンコ勝負"――東区の平原で一万人を超える忍者が十二組に分かれて合戦を行う。
 テレビ中継によって市民の見守る中、血みどろの戦いは残る組が一つになるまで続けられる。
 一応"模擬戦"なので殺しは厳禁となっており、参加者各人が手加減を心掛けて戦うのだが、それでも季戦の中で最も死者が多く出てしまうのが夏戦である。
「夏戦か~、夏戦は熱いわよね。観戦してて一番テンション上がるわ」
「えー……私は夏戦怖いよ。みんな血塗れになって、腕とか足とか飛ばされちゃう人もいるし……」
「だから盛り上がるんじゃん? それに腕とか足とか飛んだ人だって、試合の後には治療受けてくっつけてもらうんだから大丈夫よ」
「えー……それでもやだよ、怖いよ。私は春戦がいいな。春戦が平和でいいよ」
 由美子のような"血の気が多い祭り好き市民"は夏戦を支持するが、友子のように"グロ耐性の低い平和的市民"は夏戦に否定的である。
 なお、【春戦】はいわゆる"技能コンテスト"のような形で行われる。
 変化の術の出来を競ったり、壁上り競争をしたり、記憶力較べをしたり――
 大道芸を観ている気分でわりと安心して、楽しくテレビ観戦出来るのが春戦だ。
『ハァッ? テメェ友子ふざけんなよ? 春戦じゃ毒が売れねーだろーが。ちったぁ商売のこと考えろ!』
「……クロはいつも商売のことしか考えてないよね」
 友子はそう言って、クロにジト目を向ける。
 毒薬が使われない戦いの安穏さを良しと考える友子の気持ちは、この黒猫には永遠に理解出来ないだろう。
『オレは春戦以外ならどれでもいいや。毒も解毒剤もガンガン売れるし。まぁ、注文が同時期に殺到するからしんどい部分もあるけどな』
「なるほど。クリスマスケーキと同じね? よく売れるけど、同じ日にしか売れないっていう」
『ああ、そうだ。頭蓋骨の中に脳みそ入ってないわけには良い例えだな』
「ハァッ!? あたしの頭蓋骨には脳みそたくさん入ってるっつーの!」
『「たくさん」はおかしいだろ。脳みそは一つだけだよ、バカw』
「ぐぬぬ……友ちゃん! この猫、ムカつくわ!」
「うん、そうだよね、ムカつくよね!」
 友子はここぞとばかりに由美子に賛同する。
 すかさずクロが睨んできたので、サッと視線を逸らして中断していた食事を再開した。
『まぁ、何にしてもだ。そういうわけだから、今のうちからストック作って準備しておかないといけないんだよ』
「――だってさ。頑張って、友ちゃん」
「うう、気が重いなぁ……」
 友子はテーブルに突っ伏す勢いで「ふはぁ~……」と大きな溜め息を吐く。
「? 気が重い? なんで? そんなにいっぱい虫を磨り潰さないといけないの?」
「うう、それもあるけど、他にも……」
「???」
『忍軍の仕事は神経使うんだよ。絶対にミスが許されないからな』
 そう、季戦はあくまで"模擬戦"であり、殺しは厳禁――
 忍びたちは相手を"殺すつもり"で毒薬まで用いて真剣に戦うが、もしも本当に殺めてしまった場合、その忍びには大きなペナルティが与えられる。
 市の条例により、忍軍内の揉め事における審理は忍軍内の【長老会】という機関に全権委嘱されている。
 故に、季戦での"身内殺し"が実刑になることは少ないが、これをやらかしてしまうと忍軍内での出世の道はほぼ断たれてしまうらしい。
「毒が効き過ぎて人が死ぬようなことがあっちゃ駄目だし、逆に効きが悪すぎても駄目なの」
『連中は毒の効果を計算しつつ戦ってるから、効きが悪いと計画が崩れるんだよ』
「ああ、なるほどねー」
『それがきっかけで戦で負けようものなら……そりゃまぁ、相当恨まれるだろうし、クレームだけじゃ済まねーだろうな』
「――ヒィッ!」
 クロの言葉に、友子は小さな悲鳴を上げてしまう。
 一般市民にとって、切った張ったの血生臭い世界に生きる忍軍はまさに"恐怖の象徴"――
 この羽音神の町で育った人間の大半がそうであるように、友子もまた幼い頃から良くないことをする度に「そんなことをする悪い子は忍びの里に預けてしまうわよ?」と親に脅されて大きくなった。
「えっ、マジ? 何されるの? いやらしいこと!?」
 ゲス顔になった由美子が、嬉しそうに両手の指をワキワキさせる。
 どうしようもなく嫌悪感を誘う……非常に怪しい手つきだ。
『フン、こんな冴えない地味女にそんなことしたってしょうがねーだろw』
「うう、ひどい……」
 友子がクロの『冴えない地味女』発言に抗議を漏らすと、由美子が勘違いしてますます嬉しそうに言ってきた。
 普段から元気溌溂とした由美子だが、話が下ネタになるとより一層生き生きする。
「えっ、なにそれ!? それって、友ちゃんは忍軍にいやらしいことされたいってこと!?」
「!? ち、違うよ! そうじゃないから!!」
 由美子と違って、友子は下ネタが苦手である。
 ちょっとしたことでも恥ずかしくて、すぐに顔が真っ赤になってしまう。
 そうなると今度は真っ赤になってしまったことが恥ずかしくて、ますます顔が熱くなって――無限ループに突入してしまうのだ。
「忍軍はテクニシャン揃いよ? なんたって、忍軍学校は性教育が超ハイレベルなんだから! あたしたちが二次性徴がどうたら性差がどうたら習ってる時に、忍軍では×××××の探し方とか、×××の使い方とか習ってるのよ」
「…………」
「まぁ、あたしたちの性教育もあれはあれで味があるっていうか、逆に興奮する部分もあるからいいんだけどさ。でも、あたしら式の性教育じゃなかなかテクニシャンは育たないわ」
「…………」
 そこで、友子のポケットの中で<チリリン>とベルが鳴った。
 どうやら店の方にお客が来たらしい。
「わ、私、お店行ってくる!」
 渡りに船だ。
 勢いよく立ち上がり、そそくさと店に向かう。
 こうして友子は下ネタトークから無事に逃げ遂せることが出来た。
(由美子はなー……)
(すごくいい子なんだけどなー……)
(あの"下ネタ好き"だけはどうにかなんないかなぁ……)
「いらっしゃいませ」
「紙とインクが欲しいんですけど」
「はい、こちらにございます」
 ただの紙とインクではない。
 どちらも魔導書の製作に使う特殊な道具だ。
 とはいえ、この店の商品の中では怪しくない部類のアイテムだ。
 クロに言わせれば『こんなモン売れても大した利益にならないんだけどな』とのことだが……
 毒薬なんかよりも、こういった無難な商品が売れた方が友子としてはホッとする。
(さすがにこの時間はマトモなものが売れるなぁ……)
 会計をしてお客を見送った後、友子は住居部に戻って来た。
 由美子とクロは食事を終え、リビングの方に移動している。
 テーブルの上を見れば、由美子とクロの分の食器がなくなっていた。
「食器下げてくれたんだ? ありがとう」
「いやいや、食洗器に放り込んだだけだから。こっちこそありがとね、ごちそうさま! すっごく美味しかったわ!」
「えー、今日のは手抜きだからそんなふうに言われると逆に恥ずかしいってば。今度はもっと手の込んだもの作ってあげるね」
「マジ!? やった! 期待してるわ!」
 ニッカリ笑う由美子にほっこりした後、友子は席に着いて食事の続きをする。
 由美子はリビングのソファにどっかり腰を降ろした。
「それより由美子、クロに話があるんでしょ? 迷子猫の話」
「ああ、そういやそうだったわ! すっかり忘れてた!」
『おまえ……ここに何しに来たんだよ?』
「そりゃ、肉じゃが食べにでしょ?」
『ちげーだろ、バカが』
 フンと鼻を鳴らして、クロがソファに飛び乗った。
 しなやかな動作で、由美子の隣に座り込む。
「そうね、迷子猫だったわ。今、どこにいるの?」
「今は私の部屋で寝てるよ」
『ガキの上にただの猫だからな、ぐうすか寝やがる』
 かくいうクロは"ただの猫"ではない。
 かつて魔界に生息していた【魔界猫】であり、一日の大半を睡眠に費やす普通の猫と違って、日に四時間程度しか眠らない。
「そう、面倒見てくれてありがとう、友ちゃん」
「ううん、気にしないで。私、猫好きだし! いつも可愛くない猫ばかり見てて気持ちが荒んでたから、可愛い子猫の面倒を見れてよかったよ♪」
「ああ、それはわかるわ。可愛くない動物ばっか見てると心が荒むわよね」
 由美子が「わかるわかる」と何度も頷く。
 この点に関して、友子と由美子は昔からよくわかり合えるのだ。
『おまえらの口にする「可愛い!」にはさ、"見下し"のニュアンスがあるんだよな。だっておまえら、自分自身より優れた高尚な存在に対しては「可愛い!」なんて言わねーだろ?』
「…………」
「…………」
『おまえら的には対象を褒め上げてるつもりかもしんねーけどさ――でも、実際のところ、おまえらの「可愛い!」って、自分が優位であるという己惚れの中で対象との上下関係を確たるものにするために発せられる言葉だよな?』
「…………」
「…………」
『そういうわけで、オレとしてはおまえらごときに「わぁ、可愛い!」とか言われるのは絶対に御免だね』
「…………」
「…………」
「……可愛くないわね」
「……うん、全然可愛くない」

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