レイルモデラーズ

第3話 ミネシマ 精密ヤスリ 甲丸 (I-15)をお求めのお客様

エピソードの総文字数=9,639文字

「マスター……?」
 店の外での用事からもどってきたメイは、入るなり絶句した。
 まるで泥棒に入られたかのように、工房内がぐちゃぐちゃにちらかっているのだ。
 その真ん中でマスターがうつ伏せになっている。
「マスター! まさか!」
 マスターが大変なことに!?
 確かに金目のもの、高い鉄道模型いっぱいあるお店だってこのまえ話してたもの!
 まさか、強盗に襲われちゃったとか!?
「きゃーっ!」
 メイがあわててスマホを取り出して110番しようとしたその時だった。
「……やえもんデザインの蒸機テンダー用ATS車上子がそこら辺にあると思うんだ」
 マスターがむくっと起き上がった。
「ひいいい!」
「え、何驚いてるの? それよりあれ高くて手に入りにくいからさ、捜してよ。たぶんピンセットではじいたときの音からして、ここら辺にあると思うんだ」
「そうじゃなくて!」
 メイは怒りだした。あんな心配したのに!
「だって、あれ小さいのに2個で720円だよ? なくしたら悲しいし、それ以上に今手に入りにくいんだから」
 マスターは少し慌てている。
「もー!」
 メイはそう言った後、床を捜し出した。
「だからここ、床冷たいのにフローリングなんですね」
「カーペットだったら絶対見つかんないからね。うちの著者なんか寄りによって黒いカーペットらしいよ。どんだけ模型作りで逆境なのか。ミスしたらハイそれまでよなんてきついよ」
「そうですよね」
「といっても、すごい風景ジオラマモデラーなのに工作台がこたつだって人もいる」
「え、あれ、こたつ布団がヤバいじゃないですか。カーペットよりもっと見つかりにくい」
「でも冬も温かくて作業に集中出来るって」
「なるほど。でもその分」
「こたつ布団撤去するときにお宝パーツが次々出てくるらしい。まあ、そういうの拾う意味で年越しソバって始まったらしいけど」
「そうなのかな」
 メイは疑問に思った。
「せめて座椅子じゃないとやってられない。普通の椅子座って工作なんて信じられないよ」
「そうかもしれません」
「うーん、でも見つからないなあ」
 そのとき、メイが思った。
「マスター、ちょっと立って」
「あ、そうか」
 這って捜していたマスターは、起立し、メイはそのズボンのチャックの所に頭を寄せて、ズボンのしわをぱんぱんと払った。
 やっぱり!
「あ!」
 コロンという小さな音が聞こえた!
「あった!」
 メイの細い指先が真鍮製の小さなパーツをつまんでいる。
 ズボンのしわに挟まっていたパーツが、払われて落ちる音だったのだ。
「じゃあ、あのさっきのは何の音だったんだろうなあ」
「別のパーツじゃないですか?」
 そういいながら、メイはひざまずいてマスターのズボンの腰ベルトを直している。
「でもさ、この姿勢って」
 メイは真っ赤になった。まるでマスターの股間に顔を埋めているような姿勢なのだ。
「そ、そんなつもりないですから!」
「じゃ、離れて」
 そして、そういうときこそ、やっぱりな事があるのだった。
 店にいつのまにか、細身の若いお客さんが入ってきていて、ものすごくマズいところを見てしまったような顔で、立ったまま凍り付いていたのだった。
「え!」
「あ!」
 マスターとメイは、慌ててそろって、そのフェ◯チオしているような格好のまま、振り返って、不自然なほど明るく言った。
「いらっしゃいませ!」

  *

「いや、ほんと、なんでもないですよー。私たちそういう関係じゃないし。真っ昼間からこんなとこでそんなことするなんてド変態しませんよー」
「……ええ、わかってますよ。当然です」
 でも彼は明らかにドン引きしていた。
「まあ、僕もよくそうやってパーツ、工作中になくしかけますから」
「耳が利くのもモデラーの特質ですよね!」
 メイがそう明るくいう。
「そうですよね。方向と距離もわかるようになりますね」
「潜水艦のソナーマンみたいな能力ですもんね」
 メイが応対している間に、いつの間にかマスターはまた小上がりの工作机に戻っている。
 ちっ、またいつもみたいに照れ隠しで工作に逃げるんだから! マスターったら!
「でも、いいお店ですね。洒落てて。カフェコーナーあったり、陳列棚もなんかすごくセンスあって」
「ありがとうございますー!」
「マスターも模型お作りなんですよね」
「ええ。昔ケーブルテレビのコンテンツの鉄道模型講座の講師やったり、近所の学校で工作教室とかもしているんですよ」
 彼はうなずいた。
「じゃ、ちょっと、見て貰えるかなあ。こんなもの作ってるんですよ」
 そう言うと、彼はカバンからブック型の車両ケースを取り出した。
「ええ。拝見します。ここでもなんですから、カフェコーナーのテーブルで」

「すごーい!」
 メイは驚いた。
「これ、オリジナル、自由形ですよね」
「はい。僕がなにもないところからデザインして作りました」
「でも、真鍮製ほど厚み感じさせない軽快な感じで、でもペーパーよりもすごくカチッとしてますね」
「これ、アルミ缶を解体したアルミ板で作った、アルミカーなんですよ」
「えええっ、ほんとですか!」
 メイは目を丸くする。
「ほんとだ! まるで大昔の物資のない頃のベテランモデラーみたいです! すごく素敵です!」
「いや、恐縮です」
「マスター!」
 メイはマスターを呼んだ。
「ふーん。いいね、これ。足回りもオリジナルだね」
「はい。パイプを使って連接台車にしてあるんです。うちにあるレイアウト、小さいのでこういう小型連接車だけしか走れないんです」
 連接車とは、車体と車体のあいだの連結器の下に台車がある特殊な構造で、模型、とくに自作模型では難易度が高い。
「それにこっちが流線型の優等専用車で、こっちは通勤車かな?」
「そうですね」
「そういうしっかりした世界観があって、また良いね」
「ありがとうございます!」
「でも、これ、模型誌に投稿したり、ネットに投稿したりはしてないのかな。それぐらい良い出来だけど」
「ええ。そういうのは……ちょっと」
 メイは『うわっ!』と顔を引きつらせた。
 ノーモア地雷処理モード!
 もうそういう重い話でビビったりするのはイヤ!
 メイはその場を離れようとした。
「メイちゃん、このエッジの効いた切断のカド、見てみなよ」
 ひいいい! そのうえマスター、私にまた『被害担当艦』やらせる気だわ! いくら私が胸大きくても〈翔鶴〉さんになるのは勘弁して!

(著者注:『被害担当艦』とは、旧海軍の見分けのほぼ付かないほどそっくりな空母〈翔鶴〉〈瑞鶴〉のうち、幸運に恵まれた〈瑞鶴〉にくらべて、毎回艦隊の中で唯一被弾したり損害が多く割を食う不運な〈翔鶴〉につけられたあだ名である。〈翔鶴〉は最後には囮役にかり出される始末だし、うう、可哀想……。でもゲーム『艦隊これくしょん(艦これ)』では運の数値は10で、他の艦も20を超えないので実はそれほど不運ではなく、むしろ〈瑞鶴〉が運40というのが異常なために割を食うことになっているみたいです。〈雪風〉の運50に近いとか、これはどういうこと、って、まあ、そういうことですよね。史実もそういう感じだし)

 ↑↑↑というか、著者、なに熱く『艦これ』話してるのよ! 冗談じゃないわ! それに今の艦船擬人化ゲームの流行は『アズールレーン』のほうなの! 著者、あいかわらずアニメネタとゲームネタが古いっ! とにかく、空母〈メイ〉、ここは全力で回避機動します!
 私、もう被弾したくないので!
 メイはそう思って、声を上げた。
「あ、コーヒー入れないと。せっかくですもの! マスターも飲みますよね!」
 メイは無理矢理に微笑みながら、カウンターの奥目指して後ずさる。
「メイちゃん、まあそれはいいから。こっちおいで。彼の模型、すごく良い出来だよ」
 逃がさない気なのね! マスターの意地悪!
「でも、喉渇きません? 美味しいインスタントコーヒーお入れしますよ」
 ウソだけどここは回避の一手!
「ああ、これあるから」
 そのマスターの手にはサーモマグ。
 ……そういえばマスター、いつのまにか持ってた。
 なんでワスレテタの、私のバカ!
「お客様のお飲み物は……」
 彼の手にはペットボトルのアクエリアス。
「あるんですね……」
 またしても脱出作戦失敗!! ひいいい!!
「……じゃ、拝見します」
 メイは恨みの眼でマスターを一度見ると、また笑顔に戻って彼の模型を見た。
「これ、工作精度も良いね。うまく綺麗に窓を抜いている」
 マスターが褒める。
「はい。小さめに窓を切り抜いて、削って目的の大きさに広げてます。手間はかかりますけど」
「それが正しいよ。ただ、すごく根性と気迫がいる工作だ。それをいくつもやるってのは、まさに若さのパワーがないと出来ない工作だね」
「ですよねえ」
 メイは相づちをうちながら、「これ、触って良いですか?」と聞くと、彼は快諾した/。
「すごくきちっと出来てて、持った感触もかっちりしてて良いですね」
 マスターも頷いている。
「模型の出来はそこにでるからね。結構道具なんかも揃えてるのかな」
「そうですね。今日はその相談のつもりで」
 彼はそう言いだした。
「ちょっと工房、拝見して良いですか」
「いいよ」
 彼がカウンター越しに工作机を見る。
「あ、あのハンダごては」
「ジャパンユニックスのCD-9BEだね」
「ハンダごて界のフェラーリって聞いたことがあります」
「そうらしいね。カートリッジ交換1秒、コテ先交換も早いし、温度設定も細かく出来る。加熱までの立ち上がり2秒。作業しててストレスないのはすごくいいよ」
「でも、高そうですね……」
「ざっくり20万円ぐらいだね」
「すごいですね。うちは温度調整つきの白光の4000円ぐらいのでやってます」
「まあ、それで十分じゃないかな。うちは注文品とかの納期間に合わせないといけないから投資してるけど、個人ベースならそれでもいいと思うよ。用途に合わせた投資が大事だもの」
「リューターもありますね。うちも入れました。プロクソンの8000円ぐらいのですが、手でやるしかなかった頃に比べたらすごくよくて。でもここのはすごいですね」
「リューターというよりマイクログラインダーだからね。3万円ぐらいかな。パワーが違う」
「ほんとプロユースですね」
「そうだね」
「その隣のは? もしかすると超音波カッターですか」
「ああ。本多電子のUSW-334。今は3万円でおつりが来るかな。プラの加工であればチーズを切るがごとくに楽に切れるのがいい。ただ、ちょっとぼやっとしてるとプラとかしちゃうから、そこはスキルが要る」
「なるほどです」
 マスターと彼が工具の話に夢中になっている。
「あ、メイちゃん」
 店の裏口でギクッとする彼女。
「コーヒーお願い。飲みきって喉渇いちゃった」
 ひいいい、やっぱり逃げられない!
 メイは自分が接客が怖くなっていることに気付いた。
 そりゃそうよ、だってあんなヘビーなお客が続いたんだもの。
 でも……もう、ただのニートはイヤ。
 メイは覚悟を決めて、コーヒーを淹れる。
 そしてカフェコーナーに持っていくと、マスターと彼の間、テーブルの上に模型が並んでいて、いかにも楽しそうに話し込んでいる。
 そうよね、こういうのが一番楽しいわよね。
「ちょっと走らせてみるかい?」
 マスターがそう言って、店のレイアウト、鉄道模型ジオラマに向かい、電源を入れる。
「いいんですか?」
「うちのは小ぶりなんだけど、君のそのアルミ連接車ならぴったりなんじゃないかな」
「恐縮です」
 彼はレールの上に車両を並べ始めた。
「じゃ、通電するね」
 可愛らしい模型のアルミ連接車が、滑るように静かに安定して走り出す。
「いいね!」
 マスターが褒める。
「ありがとうございます!」
 彼は喜ぶ。
「でも、この店にいつも来られたら良いんだけど」
「家、遠いのかな」
「そうですね。噂に聞いてきたんですけど、そう頻繁には」
「そうか」
「それに、僕、模型をヤメようかなと思ってて」
「え、なんで」
 マスターが軽く聞く。
 メイはマスターが『地雷除去作業』に入ったのを見つめていた。
「こんな腕持ってるのに? ネットでも雑誌でも発表すれば良いのに。この車両とか、今のインスタグラムとかでも、けっこうウケは取れそうだけど」
「昔、そういうことがありました」
「それをやめたのか」
「……はい」
 彼は一瞬辛そうな顔をした。
「裏切られたり、嫉妬されたり、僕も寂しさと評価ほしさに毒を吐いたり。結果、疲れ切って、やめてしまいました」
「そういうこともあるよなあ。俺も似たようなもんだった。でも、やめたままなのかい?」
「ええ。すっぱり縁を切って」
「それはそれで意思がいるよなあ」
「いえ……ただ、臆病なだけです」
「臆病、か」
 マスターはそう言うと、コーヒーを彼に勧めた。彼は一礼して、ブラックのままコーヒーを飲んだ。メイがそれを見守る。
「臆病でやめちまうのは、これは残念だよなあ」
「でも、厭な思いしちゃったし、正直……疲れちゃって。もうモチベーションも枯れかけてるし」
「もったいないな。続けてけばいろんな出会いも、技量の向上もあるのに。まあいいさ。いつでもやめれて、いつでも再開出来るのが鉄道模型のいいところだから。またもどっといで。その時のために、うちの会員証作ってみない?」
「……そうですね」
「メイちゃん。記入用紙お願い」
「はい!」
 メイはカウンターの裏から用紙とボールペンを取り出す。
「あ、このボールペン、羽根ペンみたいで洒落てますね」
「メイちゃんが見つけたのさ」
「素敵ですね、ほんと」
 彼はボールペンを見つめていた。
 そして、しばらくして、口にした。
「でも、やっぱり、会員証、遠慮しようかな」
 ええええ! メイは驚いた。
「結局、ああいう厭なことは、僕にどっか悪いところがあるから引き寄せたんだと思う」
 そんな……。
「僕の身から出た錆なのかも知れない。そんなこと思うと、この素敵なお店にも迷惑をかけそうで」
 彼は辛そうな顔になった。
「やっぱり、やめます」
 ひいいい! 私がまた爆発のきっかけ作っちゃってた!
 ま た 地 雷 踏 ん だ ー !!
 なんでマスターの除去しかけた地雷踏んじゃうの? 私のバカバカバカ!
 メイはまた泣きそうな顔になった。というか、すでに半べそだった。

「そうか。残念だね。俺に迷惑かかるとか、気にしなくても良いのに」
 マスターはすこしも動じていない。
「そうですよね」
 彼はすこし黙っていた。
「でも、なんででしょうね。寂しいんでしょうか。あれほど辛くて、もうヤメようとしてたのに、こうしてここに来て、嬉しくなって。でも、きっとこれもまたあのときのように、もめて、厭なことになってしまう。繰り返してしまう。それなのになんで作ったり、見せたりしたくなってるんだろう。なんで僕、意志が弱いんだろう」
 彼はまた止まらなくなった。
「意志が弱いから……やっぱり、僕が悪い」
「そうかな」
 マスターはそう太いいつもの声で、疑問を投げかけた。
「まあ、作る手と考える頭は別物かも知れない」
 マスターは彼の模型を見つめた。
「でも、このまま、この模型をしまい込んだり、処分したら、模型が可哀想じゃないかな」
 彼はハッとしている。
「その手から生まれたモノには、命が宿ってるんだ」
 マスターは微笑む。
「作品には命が、魂が宿る。それを信じて俺は作ってきたし、その不出来に悔しい思いもしながら、ここまでやってきて、店も作った。悔しかったのは作品がじゃない。作品の命を俺が俺の下手な腕で粗末にしてることがとても悔しかった。ほかには何もない。やってきてまわりに厭な奴、邪魔する奴は掃いて捨てるほどいた。でも、それとコレとは別だ。そうでないとさ、作品も可哀想だし、だいたい作品と作り手が一体だなんて、恐ろしいじゃないか。性格めちゃくちゃ悪くてもイイの作っちまう奴はいるんだから。作り手がヒドくても、作品に罪はないんだ。作品はそういう意味で、この世に生まれてくる希望なんだ」
「希望……」
「そうだ。そして、作る奴はだいたい決まっている。作りたい奴はだいたい『作りたい』で作れないでおわる。そして作ってもだいたいは不出来で心折れてやめる。それでも作り続ける奴はいる。そうしているうちに、もう、身体というか、血が『作る血』になっちまう。作らずにはいられなくなる。どんなにイヤで、どんなに辛い思いをしても」
 マスターはそう言うと、コーヒーを飲んだ。
「君もその一人じゃないか?」
「そうでしょうか」
「でなきゃ、人の心に響くものなんか作れない。少なくとも俺には、伝わったよ」
「……恐縮です」
「そりゃ、君は若いし、まだできないこともあるだろう。でも、作る血は流れてる。それはとても大事なものだからね。なくしちゃだめだ」
「……そう言ってくれる人、はじめてです」
 マスターは頷いた。
「そうですね」
 彼はまたボールペンを取って、会員証に記入し始めた。
「なんか変なセールスしてるみたいじゃないかな?」
 マスターはきわどい冗談を言った。
「いえ、とんでもないです」
 彼は笑った。
 その顔をみて、メイは、あ、この人の顔は本当はこうだったんだ、と驚いた。
 彼がどんな辛い目に遭ったかはわからない。
 こんな上手ければ嫉妬もされるだろう。がんばってれば他人の事を忘れてしまい、そのことで突っかかられることもあるだろう。それは若いメイでも想像の付くことだった。
 でも……でも。
「終わりました」
「メイちゃん」
 メイは用紙を受け取って、会員証の発行を始めた。
「あ、せっかくなんで、なんか買っていきます」
 彼はそういう。
「やめるんじゃなかったの?」
 マスターがさらにきわどい冗談に聞く。
「それはこの店がなくなったら、考えます」
「そうしてくれると嬉しいよ」
「じゃ、これ」
 彼は、工具の什器からぶら下げてあった精密ヤスリを取った。
「こんな小さいものしか買わなくてすみません」
「いいさ。またいいものこれで作ってくれれば、この店つくった甲斐がまたあるってもんだ」
 メイは感じ入っていた。
「メイちゃん、じゃあ、お会計して」
「はい」
 メイが商品をつつんで、レジを打つ。
 そして、包みを渡すとき、いった。
「また見せてください。だって、こんな素敵な模型。もう見られないと思うと、私」
 彼は『え?』と言う顔になった。
「きっと泣いちゃいますから!」
 彼はびっくりしていたが、ちょっとその言葉を受け止めると、応えた。
「そうですね。あなたを泣かせないために、勇気もって、ぶれないで、これからも作ります」
 彼は、一度言葉を切った。
「これまでよりも」
 強く決意したようだ。
「そうしてください」
 メイは、それがとても嬉しかった。
 そして、彼は自分の模型を片付けると、丁寧にお辞儀をして、帰って行った。
「ありがとうございました!」
 マスターとメイで、声を揃えてそれを見送った。

 *

「でも」
 メイはそのあとの店で、いった。
「私、彼の決意に、救われました」
「どうして?」
「だって、もう店に立つの、怖くなってました」
「え、これまで怖くなかったの?」
 えええっ!
「むしろそっちのほうがびっくりだ」
 えええええええ!
「だって、メイ、君、よくレジでおつり間違えてたじゃん」
「レジ苦手なんです」
「苦手のままじゃん。いい加減慣れなよ。怖くなく店に立ってるから、そのテンションと違うレジでテンパって、おつりまちがえるのさ」
「だって」
「いいかい? おつりを出しにレジのお金入れるところ、ドロアに手を入れるとき、メイは毎回手の動きがバラバラなんだよ。それにコイン取るときも2枚一緒に取ったりしてるじゃん。あれ絶対ダメだよ。はじめのうちは遅くても良いからコインは滑らせながら1枚ずつ取るの。あと手も左から右に必ず決めた方向に取って行かないとダメだ。そうしないと間違いやすい」
「……すみません」
 シュンとするメイ。
「でも、これでレジのルールわかったね。わかるまで何度でも教えるから。忘れたら聞いて」
「はい。でも……」
「何?」
「それ以上に、お客さんも怖くなってて」
「まあそうだろうな。ここまで『被害担当艦』続いたもんな」
 メイは目を大きく見開いた。
「マスター、知っててそれを!」
「そりゃそうさ。ああいう地雷踏まないままだと、店の人間としてのスキル上がんないもの」
「ヒドい!!」
「まあ、場数踏まなきゃスキル上がんないからやってたんだけどな。でもこればっかりは、教えてわかるもんじゃないし」
「そんな!」
 メイはそう言ったが、でも思った。
 ちゃんとマスター、私のこと、私のスキルのこと、考えてくれてるんだ……。
「でも、彼のお陰で、またがんばろうって気になりました」
「模型だけじゃなくて?」
「はい!」
「ネトゲとか深夜アニメは?」
「減らしても良いかな、って」
「死んじゃうっていってたのに?」
「それに彼みたいに、模型も、うまくなりたい」
 彼の素敵な作品を見るマスターの目の輝きを思い出しながら、メイはいった。
「え?」
 マスターが聞き直す。
「うまくなりたい!!」
 メイは叫んだ。
「それはよかった」
 マスターは笑う。
「そう。上手くなれば、それでいいんだ」
 そのあと、マスターはくっと思い出し笑いしていた。
「なんです?」
「メイちゃん、あんな声出すのか。『泣いちゃいますから♡』って」
 マスターは口調をまねて、笑った。
「ヒ ド い !!!」
 メイは沸騰した。
「パーツなくして探してって頼んできたの、見つけてあげたのに!」
「え、あれ、貸しになってたの?」
「そうじゃないけど!」
「じゃあどうなんだよ」
「もう! マスター嫌い!」
「まあ、ハーゲンダッツ買ってあるからさ。それで貸し借り無しで」
「すぐ甘いもので買収するのもダメです!」
「あ、いらないんだ?」
「……食べたいです」
「え。キコエナイー。大きな声でもう一度」
 マスターは意地悪な声を出す。
「食べたいです! ああ、もうっ! マスターったら!!」
 その時、店の棚の上の寝所から、ネコのテツローがすっと降りてきた。
 そして、こっちを見ると、きゅっと顔をしかめた。
「ええっ、ネコってあんな顔するときあるの?」
 マスターがそれに驚いている。
「ネコのフレーメン反応っていうんですよ」
「あれ、俺、臭かった? テツローのあの顔、なにかが臭そうな顔に見える」
「……秘密」
 メイは意地悪な声で返した。
「え、俺、まさか、そんなおじさん臭い? うわー。何? そのフレーメン反応って」
「ググれば良いじゃないですか」
「メイちゃんが教えてよ。気になるから」
「だから、ググってください。私はイヤです」
「ええー。ショックだ……! マジかよ……」
 マスターはショックを本当に受けているようだ。
「ショック受けててください!」
 メイはそう笑いながら、レジに向かっておつりを取る練習を始めた。 
 テツローは、そんな二人を一度振り返ってちょっと見ると、ペロッと舌を出して、またそれを背に、ネコご飯を食べに冷蔵庫前に歩いていった。
〈続く〉

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