変態魔法を極めたうちの妹はチートだった

第9話「まだ寝ぼけてるのか? 誰って、おまえの妹じゃないか」

エピソードの総文字数=5,920文字

 一万歩譲って、眠っているうちに勝手に亡命させられたことまでは受け入れるとしよう。

 卒業式の後は名古屋に向かう予定だったが、その目的は"親元から離れること"で、他に何かしたいことがあったわけでもない。
 昔住んでいた神戸にも、舞鶴にも「大事にしたい」と思えるような特別な思い出なんてない。
 歌い手活動で知り合って仲良くなった者は多いが、切れたとしても諦めがつく程度の浅い関係だ。

 似鳥篤志には、夢も思い出も絆もない。
 だから、一万歩譲って、眠っているうちに勝手に亡命させられたことまでは受け入れるとしよう。

 でも、自分が『犯罪の片棒を担ぐ』というのは、さすがに受け入れられない。
「どうなんだよ!? 『タツミ一家』はどうなったんだ!?」
「『タツミ一家』については私たちも少々気になったので、第五使徒様に一度確認したことがある」
「…………」

「すると、偉大なる第五使徒様は鷹揚に微笑んで『それはおまえたちの気にすることではない。全てを私に委ねなさい』と仰った」


「…………」
「第五使徒様の懐の深さに心を打たれた私たちは、自らの矮小さを恥じた。そして、より一層の精進を重ねることを胸に誓い、第五使徒様の御言葉に身を任せることにした」
「そう、第五使徒様がそう仰るのなら何の心配も要らないのだと――心がすっと軽くなって透き通ったのよ」
「ああ、あの器の大きさに私たちはいつも救われている」
「…………」
(ああ、駄目だこれ……)
(話にならねー……)
 篤志は思い出す。
 とにかく何かにつけ、両親とは「話にならない」のだ。
 両親の"こういうところ"に心底ウンザリしたから、自分は家を出て、縁切りしようと思ったのだ。
(今更だよな……)
(苛立ったって仕方ない……)
 彼らはずっとこうだったし、これからもずっとこうなのだろう。
 解り合える日はきっと来ない。
「しかし、篤志は恐ろしいな。『入れ替わるために殺害した』か……よくもそんな物騒な考えが出てくるものだ」
「そうやってすぐに性悪説に傾くのは篤志の悪い癖ね」
「ああ、やはり心に信仰という軸がないから、そんなふうに歪んでしまうのだろう」
「人を信じる心がきちんと育っていないのね。これは私たち親の責任だわ」
「ああ、私たちの信心が足りないのだろうな」
 両親は「嘆かわしい」と言わんばかりに頭を振る。
(むしろ、おまえたちの信心のせいでオレはこうなったんだけどな……)
 心の中で毒づき、篤志は溜め息を吐く。
(駄目だ、もう限界だ……)
(これ以上こいつらと話したらこっちがおかしくなる……)
「あのさ、オレ疲れたわ。ここってオレの部屋? だったら少し休みたいんだけど」
「えっ? ああ、そうね、コールドスリープから目覚めたばかりで深刻な話をしたものね」
「混乱もあるだろう。確かに少し休んだ方がいいかもしれないな」
「出てってくれる?」
「ええ、わかったわ。でも、二時から出掛ける予定があるから、それまでにあなたも身支度を整えておいてちょうだいね」
「? 出掛ける? どこに?」
(まさか羽音神教の会館とかじゃねーだろうな……)
(絶対に行かねーぞ、オレは……)
「ご近所への挨拶だ。『タツミ一家』は今日付でここに引っ越してきたことになっているからな」
「……それ、オレも行かなきゃなんねーの?」
「どうしてもとは言わないけど……でも、こういうことはちゃんとしておいた方がいいと思うわ。神戸から舞鶴に引っ越した時だって、ご近所さんへの挨拶は三人で行ったでしょう?」
「…………」
 篤志が曖昧に頷くと、両親は「じゃあまた後で」と言って部屋を出て行った。
「…………」
 室内に静寂が訪れる。
 その静かさにホッとして……篤志は大きく息を吐いた。
(ああ、どうしよう……)
(とんでもないことになっちまった……)
(亡命……)
(背乗り……)
(…………)
 日常生活を送る上でまず身近に感じることのない、二つの物々しい言葉。
 これらを並べて、
「――ん?」
 そこで、ふと気が付いた。
「…………」
(『亡命』ってのは……)
(祖国の国籍を捨てて逃亡し、外国籍を得ることだよな?)
(『背乗り』ってのは……)
(外国人の国籍を乗っ取り、その人として生きていくことだよな?)
 もしかすると……
 この二つは両立しないのではないだろうか?
「…………」
 両親は『亡命』という言葉を用い「ついに夢を叶えることが出来た!」と喜んでいたが……
(仮に、オレたちが日本から逃亡したことで日本国籍を失っているとして……)
(逃亡先の羽音神島は、ちゃんとオレたちに羽音神島国籍?を与えてくれたのか?)
 与えてくれたのなら『背乗り』なんて必要ない。
 与えてくれなかったから『背乗り』などという姑息な手を使っているのだ。
「…………」
(いやいやいや!)
(あのバカども、やっぱ全ッ然解ってねーよ!)
(夢なんか叶ってねーから!)
(これ、『亡命』として成立してねーから!)
 受け入れられない状態で他国に入り込み『背乗り』――
 それは単なる『密入国&不法滞在』だ。
「…………」
(つうか、『密入国&不法滞在』って……)
(それ、『聖地』と仰ぐ場所に対してやることじゃねーだろ……)
 思わずそう突っ込まずにはいられない篤志だった。
「…………」
(あいつらはバカだから『解ってない』としても……)
(今回の話を持ち掛けた教団が『解ってない』ってことはさすがにないだろうな……)
 大した意味もなく、こんな危ういことをさせるはずがない。
 教団には何かしらの目的があって、二人の狂信者に『背乗り』をさせたのだろう。
「…………」
(どうせろくな目的じゃねーよな……)
(こんな手を使うんだから……)
 篤志は羽音神教団を全く信用していない。
 もし『タツミ一家』が殺害されたのだとしたら、それをやったのはまず間違いなく教団だと思っている。
(うちのバカ親を騙して、『工作員』に仕立て上げて……)
(あのカルト集団、一体何をしようとしてるんだ???)
(…………)
 考えてもわからない。
 思いつくことは色々あるが、所詮はどれも憶測に過ぎない。
 想像で決めつけて掛かるのはむしろ危険だろう。
(何にせよ、確実に言えることは……)
(今のオレの状況が"かなりマズイ"ってことだよな……)
 未知の土地で、『工作員』紛いの不穏な立場にある。
 この土地の法規次第では、決して大袈裟でなく"生死の掛かった状況"と言えるだろう。
(もしオレが本当に日本の国籍を失ってるなら……)
(何が起きても、日本という国はもうオレを助けてくれないはず……)
 一つ選択を誤れば、殺されてしまうかもしれない。

 いや、一つも誤らなかったとしても、殺されてしまうかもしれない。

 それでも、誰も自分を護ってくれないのだ。

「…………」
 ブログでよく取り扱っていた海外の難民のニュースを思う。
 自分には関係ない、遠くの不幸だと思っていた。
("どこにも所属していない"――)
(そうか、こんなに心細いもんなんだな……)
「…………」
 篤志は昔から羽音神教団が大嫌いだ。
 親から「敦史も羽音神様にお祈りしましょ?」と声を掛けられるたび「死んでも嫌だ!」とずっと拒絶し続けてきた。

 しかし、現実問題として、命に危険が及びかねないこの状況……
 自分の気持ちに背いてでも、身の安全のために教団におもねる必要があるかもしれない。
(教団には何かしらの目的がある……)
(そして、うちのバカ親はそのために利用されている……)
(最後は使い捨てられるだけだとしても……)
(でも、目的を果たすまでの間はそれなりに庇護してくれるかもしれない……)
 ここが右も左もわからない土地であるなら、正直なところ、たとえ『それなり』であったとしても庇護してもらえるのはありがたい。
「…………」
(まぁ、でも……)
(その判断は、今はまだ保留でいいよな……)
 そう、良くも悪くも『未知の土地』――
 さっきから悪い想像ばかりしているが、必ずしも悪い方に転がるとは限らない。
(もしかしたらすごく民度が高いところで、警察に相談したら普通に助けてくれたりするかもしれない……)
(日本に帰る手助けもしてくれるかも……)
 その場合、両親は逮捕されるだろうが、自業自得なのだから仕方がない。
 そもそも家出を考えた時点で親のことは既に見切っているのだから、今更だ。
(いざとなれば、あいつらは切る……)

(オレは自分の身を守ることだけを考えて行動しよう……)

「…………」
 篤志の中で今後の方針が固まった。

 まず、最優先で行うべきことは情報収集。
 とにかく情報を集め、それから身の振り方を考える。
 教団に対しては、最悪取り入る可能性があるので、あまり邪険には扱わないようにする。
(よし……)
 小さく頷いて、篤志はベッドから降りる。
 一ヶ月も寝ていたそうだが、筋肉が固まっている感じはしない。
(とりあえず、あれを開けてみるか……)
 だだっ広い部屋の真ん中に置かれているダンボール箱。
 近付いて蓋を開けてみると、中には篤志の私物が入っていた。
 篤志の私室に置いてあった物を、親が片っ端から中に詰めたのだろう。
「――ゲッ!」
 篤志は家出をするつもりだった。
 レンタル倉庫を借りて、そこに大切な物を全て運び込んでいた。
 つまり、自分の部屋に置いていた物は、いかに大事そうに飾ってあったとしても全てカモフラージュ用のがらくたである――……
(うわ、ヤベェ……)
(要らないもんしかねーよ……)
 重すぎてまともに作業出来ない型落ちノートパソコン。
 二十年以上前に製造された性能の悪い中古品マイク。
 バイト先のコンビニで貰ったつまらないマンガの単行本。

 通信会社から貰ったノベルティグッズのトランプ。
 一月前に卒業した(らしい)高校の教科書と筆記用具。
 サイズの合わないスニーカー。
 着古してボロボロになったTシャツ。
 壊れた目覚まし時計。

「…………」
(家出なんか考えるんじゃなかった……)
 ここにきて初めて、家出を企てたことを後悔する篤志だった。
「…………」
 さて、やりきれない気持ちで、がらくたを掘り起こしていく。
 すると、一つだけまともなものが出てきた。
 高校のスクールバッグである。
(おおっ、これは!)
 篤志は卒業式の後、そのまま名古屋に直行するつもりでいた。
 そのため、本当に大切なものだけは手運びすべく、全てスクールバッグに忍ばせていたのだ。

 財布と免許証。
 封筒に入った現金十万円。
 預金通帳にカード、そして印鑑。
 舞鶴の市役所で貰った転出証明書。
 祖父母の形見の貴金属品が数点。
 ハンディビデオカメラとデジカメ。
 SDカードが何枚か。
「…………」
(すっげーな、両極端すぎるだろ……)
(『要らないもの』と『すごく大事なもの』しかない……)
 とはいえ、『すごく大事なもの』があるのは心強い。
(日本円、使えるかな?)
(使えたらいいんだけどな……)


……

…………


 少ない荷物を適当に片付けた後、篤志は部屋から出た。
(しっかし広い家だな……)
(廊下が無駄に長い……)
 階段を下り、適当に廊下を進んでいくと、ダイニングルームらしき場所に出た。
「あら篤志、もう休憩はいいの?」
「うん、まぁ……つうか、オレの荷物は? あのダンボールの分だけ?」
「ええ、そうよ。あなたの部屋にあった物は全部詰めたつもりだったんだけど……何か足りなかったかしら?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「篤志はミニマムライフを実践してただろう? 荷造りが楽だったぞ」
「あ、そう……」
(ミニマムライフ……)
(それ、単なる家出を誤魔化すための口実だから……)
「私たち、コンピューターのことはよくわからないけど、とりあえずあなたの部屋にあった機械関係のものは全部持ってきたわ」
「ああ、部品一つでも足りなくなっていたら、おまえ怒るだろう?」
「うふふ、篤志に怒られるの嫌だもの」
「……そりゃどうも」
(怒られるのが嫌なら、寝てる間に勝手に亡命させんなよ……)
 心の中で突っ込みを入れ、篤志はダイニング、キッチン、リビングを順々に見て回る。
 どこもゆったりとした作りで、置かれた家具も洗練されたデザインのものばかり。
 物が少ないこともあって、まるでモデルルームのようだ。



……


…………



(すげーな……)
 こんな豪邸で暮らすなんて、普通ならワクワクして仕方がないだろう。
 しかし残念ながら、篤志はこれから工作員紛いの背乗りライフを送ることになっており、全くワクワクしない。
「……バスルームか」
 フラフラ歩き回っているうちに、高級ホテルめいたバスルームに出た。
 しかし、そこに置かれていたタオルは篤志たちが舞鶴で使っていた安物だ。
(うわ、ミスマッチにもほどがあるだろ……)
 そう思いつつも、見覚えのあるタオルに少しほっとして……そのまま顔を洗うことにする。

 歯ブラシやヘアブラシといった道具も、以前使っていたものがそのまま置いてあった。

「……ふぅ」
 こざっぱりした後は階段を上り、家の中の探検を続けた。
 階層は四階まであり、ガレージとして使える地下室もあった。
 かなり広い家だが物は極端に少なく、例えば大きな本棚があるのに本が一冊も入っていなかったりした。
(『タツミ一家』は、今日付でここに引っ越してきたことになっているんだっけか……)

(だから荷物が少ないのかな?)

 情報収集を目的とする篤志だが、この家の中ではこれといった有用な情報は見つからなかった。
 強いて言うなら、四階の窓から眺めた外の景色くらいか。

 昼過ぎの空は爽やかに青く、明るい陽光が降り注いでいた。
 立地の関係で右手側が全く見えなかったが、左手側には異様に高いビルが見えた。
(なにあれ……)
(マンハッタンですか?)
 ビル群の存在感に圧倒され、思わず視線を手前側に逃がしてしまう。
 この家の周辺には豪邸と呼べる立派な建物が立ち並んでいるが、少し離れたところには普通っぽい民家の群れが見えた。
「…………」
 外の景色は、高層ビル群を除いてさほど奇妙なものではなかったが……
(ああ……)
(ここはやっぱりオレの知らない場所なんだ……)
 実感して、何となく怖くなって……篤志はすぐに窓を閉めた。
 逃げるように階下に降り、ダイニングに向かう。
「探検してきたの? どうだった?」
「素晴らしい家だろう?」
 嬉しそうに微笑む両親。
 そしてその隣に佇む、見知らぬ少女。
「…………」
「――!? 誰、それ?」
 両親は不思議そうに首を傾げた後、少女の方に視線を向ける。
 そして、篤志の方に視線を戻した。
「? なに言ってるの?」
「まだ寝ぼけてるのか? 誰って、おまえの妹じゃないか」
「ハァッ!?」
「…………」

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