もしも敬虔な女子高生が〈神は死んだ〉のニーチェ作『ツァラトゥストラ』を読んだなら

『肉体を軽蔑する者たち①~ちっぱいの希少価値』

エピソードの総文字数=3,354文字

「ちっぱいのはきらいですかっ?」
「突然なんだ?」
「平面カエルのぴょん吉さまはきらいですかっ!!」

「カエルは好きだし、ど根性も良いとは思うが、いかんせんぴょん吉は緑ではなく黄色いカエルなんだよな……。って、ほとんどの読者が付いて来ていないぞ!?」


本人も言っている通り、小早川栞理(こばやかわ・しおり)は大のカエル好きである。したがってカエルがネタになっている漫画もいちおうは守備範囲であるらしい。

そうでなければ昭和のギャグ漫画などは流石にフォローしていなかっただろうと吾輩には思えるのだが……。

「もーー!! どうせわたしの肉体は軽蔑の対象ですよーーっだ!」


「いったいどうしたんだ彼女は?」
「前回からなんだか()ねちゃってるみたいですわね」
「なぜだろうか……?」

「さあ……。でも、たぶん……、これ、のことかしら?」


そう言って自身の豊満な胸部に手を寄せる早乙女(さおとめ)れいかである。


「ああ、なるほど、胸か。そんなものにコンプレックスを感じていたのか」


「そんなものっ!! じゃないですっ!! きーーーっ!!」


「まあ、小さくていいじゃないか。これ、デカいとかなり邪魔なんだぞ?」


「肩凝っちゃいますしねぇ」


「本を読もうと前かがみになると、机に引っかかったりしてな」


「そういうのがっ!! ちっぱい運命(さだめ)を持つ肉体に閉じ込められし者にはうらやましすぎるんですってばああ!!

 うえーーん! 先輩がいじめるー!!」


「いじめてませんのに……。困りましたわねえ」


「ま、貧乳は希少価値だという話もある。多くの男性は小さい胸のほうが可愛げがあると思っているそうだぞ。気にするな」


「そ、そう、なんです……かあ?」

「ああ、きっとそうだ。少なくともウチの兄なんかはそうらしい」


「えっ!?」


「あら、そうなんですの?」


「ああ、だから、逆にひとみ君の胸はちょっとうらやましかったりするぞ」


「え、ええっ!? そんなことあるんですかっ!?」
「あらまあ。」

「まったく、外見なんてバーチャルでは大して意味のないステイタスだとか言っていたくせにな……(ブツブツ)」


「先輩から逆に羨ましがられてたなんて……、びっくり仰天なのです……」


「ちょっとは落ち着きました?」


と言って紅茶をさしだすれいかである。お嬢様である。

「たぶん……」


「そうそう、そういえば先ほど、ひとみ君がいいことを言っていたな」


「先輩がいじめる?」


「ちがう、その前だ。肉体に閉じ込められた運命(さだめ)とかなんとか」


「それが肉体のさだめです! 炎のにおい染み付いてむせるんです」

「またわけのわからんことを……、炎は今回関係がないが、肉体についてはちょうど次の節でツァラ殿が解説してくれている」


「無理やりなんとかツァラちゃんの話に軌道修正しましたわね」


「むせる……」


どうやら今までのは長い前ふりだったようだ。

ここで改めて佐々木訳を開いてみよう。次節は『肉体を軽蔑する者たちについて』というタイトルである。


 肉体を軽蔑する者たちに言いたいことがある。彼らが考えをあらためることも、学び直すことも求めない。ただ、彼らがその肉体に別れを告げ――そして黙っていてもらいたい。



「肉体を軽蔑する者たちって、今までの文脈からすると……」


「神を信じる者だな。肉体以外の精神的世界――『あの世』を重視している者たちということだろう」

「その方たちが肉体に別れを告げて、黙っていてほしいって……エスプリですわね」


「むせる……」


むせるのがだいぶ気に入ったらしい。

「さっきからひとみ君は何をむせているんだ?」


(さだ)めとあれば心を捨てるんです。そっとしておいてくれなんです!」


(まだ引きづっているのかこの娘は……)


 わが兄弟よ。君が「精神」と呼んでいる君の小さい理性は、君の肉体の道具である。君の大いなる理性の小さな道具であり、玩具なのだ。


「精神、こころが理性ってことなのかしら?」


「それが肉体の道具である。と言っているのだな。

 ツァラトゥストラが書かれた100年前に一般的だった『肉体を軽蔑する者』たちの考えは、まず大きな精神があって、それに肉体が従属している。というふうに精神重視、肉体軽視だったのだろう。

 それに対して、大きな肉体の中に小さな理性=精神があると言っているのだな。

 今では精神と肉体は同列に語られていることが多いから、それの先駆けのような思想だったのかもしれない」


 「われ(イッヒ)」と君は言い、この言葉を誇りとしている。だが、もっとも大きなものとは、――君は信じようとしないが――君の肉体であり、君の大いなる理性である。それは「われ」とは言わず、「われ」を実行する。


イッヒとは、自我であり、自己、(おのれ)、すなわち「われ」。

書かれている言葉の内容を吟味してしばし沈黙する三人だった……。


……が、菅原(すがわら)ひとみは何を思ったか突然自分の胸のあたりを小刻みにチョップしながら意味不明の発言をくりだしてきた。


「ワ レ ワ レ ハ ウ チ ュ ウ ジ ン ダ 」

「ぶっ。いきなりなんなんだ……」

「まっ(たいら)だとこういう遊びができるんですよえっへん!」


「ぐはっ! 自分で言っててショックで死亡!」
「おいおい……」

「じゃなくて、ですね、いえ、えーと、ちょっと心が百年戦争の世界を彷徨(さまよ)っていたら、『われ』がたくさんでてきたので……」


「本気で今回は高い難易度のネタが多くないか?」


「そうですか? 普通ですよー。ところでキリコ・キュービーって、名前だけみたら女の子に見えません? 霧子にキユーピーちゃんって……」


「QPちゃんじゃなくてQBちゃんだから、どっちかというとインキュベーターだし、キリコといえばブラック・ジャックじゃないのか?」


なんだかんだ言って十分ついて行っている栞理である。


「ドクター・キリコですかあ。それも渋くてよいですけど、やっぱり底辺野郎(ボトムズ)たちの世界のほうがむせるかんじで……」


「え!? そうなんですの? 存じませんでしたわ、ボトムズってそういう意味でしたのね?」


「あ、私も最近知ったんですよぉ~」


(てっきりパンツの事だとばかり思っておりました……)

「オタクネタに本当に詳しいなひとみ君は……って話がまた脱線しているぞ」


「ああ、そうでした、『われ』に『われ』ってたくさん出てきてちょっと意味わかんなくなっちゃってたのです。ワレがたくさんでWarez(ワレズ)ってやつですか?」


「こらこら、それはさらに高難易度な上にネタとして危険だ……。」


「??

 わたくしはそちらがわかりませんけれど……」

「いや、それはわからなくて良いのだ」

「ともかく、危険ゾーンに行く前に話をもどそう。


 そうだなぁ、今回はすこし内容が込み入っているかもしれない。

 僕的に訳して見ると、


『頭で考える精神的な自己(イッヒ)を誇りにしていると見えにくいが、それよりも肉体のほうが大きな存在だ。頭だって身体の一部だしな。そして、肉体はいちいち「(われ)(われ)が…」なんて言わない。何も言わないで、そもそも存在自体それだけで【(われ)】なのだ。』


 といったところか……」

「なるほど、わかりましたわ。肉体がなかったら精神もないってことですわね」


「わかったようなわからないような……もしかして、あたりまえのこと……なのでしょうか?」


「そうだなあ。

 たしかにごく当たり前のこと、かもしれない。

 しかし、幽霊の存在を認めていない宗教にかぎって、肉体がないと存在できないはずの精神を過大評価して、肉体を過小評価するのは矛盾しているだろう。と言いたいのだろうな」


「ダブルスタンダードですわね」

「( ゚∀゚)o彡゜ダブスタ!ダブスタ!」


「もしかして、意味がわかっていてわざとボケているのか?」


「いえ、ちっとも!」

「まったくもぅ……」


理解しているようなしていなさそうな。それでいてたまに鋭いところが周囲に(主に吾輩に)不安を感じさせるひとみである。

ともあれ、このあたりのモチーフは少しづつ変奏曲のように形を変えつつ何度も繰り返される。それほど大事なポイントらしい。

次回はまた『肉体を軽蔑する者たち』についてのバリエーションをお送りする予定である。

ゆっくりと読み解いてみたいところだ。


〈つづく〉

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