レイルモデラーズ

第2話 天賞堂 [NC59124] C59 124号機 門鉄デフをお求めのお客様

エピソードの総文字数=10,336文字

 天の川鉄道模型社は小田急線代々木上原駅から徒歩5分のところにある。
 その店のマスターはいつもは注文品を工房で作り、メイド服まがいの服を着ているメイも、バイトと称しながらお掃除のあとはマスターに模型を教わって、あとはスマホでネトゲをやったり、と要するにヒマな日常を過ごしている。
 だが、今日は違った。

「これだったら銀座の天賞堂で買った方が安いですよ」
 マスターが思わず言う。
「いいんだいいんだ。ここで買いたいんだ」
 マスターに負けない渋い声で答える彼。
 スラリとした長身の身体にロマンスグレーの髪、そして仕立ての良い三つ揃いの彼はそういうと、支払いにアメックスのブラックのカードを取り出した。メイは初めて見るその実物に目を丸くしている。支払限度額無制限のド金持ち用のクレジットカードである。
 そしてその天賞堂C59 124号機の模型の走行チェックをマスターは慣れた手つきでやっている。メイは『よく怖くないな』と震えながら見ている。1両金12万円様がレールの上を走っているのだから。分岐器の通過チェックの時コケたら悲鳴を上げちゃいそう! ひいいい。
「あと、トミックスの『さよなら北斗星セット』も頼んでおいたはずだが」
「はい、ございます! でもこれ、量販店やamazonのほうが安いですよ」
「いいんだいいんだ。それと今、台湾高速鉄道T700は手に入らないかね」
「KATOがもうすぐまた再生産するって言ってますよ。ちょっと待てば半額で新品ですが」
「いいんだいいんだ。探してくれないか」
 彼は笑っている。
「あと、ウェブで見たんだが、アサーンのビッグボーイとペンシルバニアのS-1蒸機は手に入らないかな?」
 その注文に言葉を失った二人の上、髙いところの寝所で、飼っているネコのテツローがあくびをしている。

「それであと追加でカスタム品のHOナロー蒸機30万オーバーをホイホイホイとまるで焼き鳥串を頼むかのような気軽さで3点」
 天賞堂C59(真鍮製完成品) 12万4千円
 さよなら北斗星セット    7万8千円
 カスタム品HOナロー    30万×3点 90万
「〆てものの1時間で110万2千円お買上げ、って」
 その買い物を終えた彼の車・ロールスロイス・ゴーストのテールランプを見送ったあと、メイは息が詰まりそうな顔である。
「スクラッチのHOナローの罐、あんな買われると思わなかったなあ。メイ、棚ならべ直して」
「そうですよね。はい」
 メイがガラスケースの中の車両を並べ直す。欠品のあとが見える陳列は『歯抜け』と言って小売の世界では禁物なのだ。
「鉄道模型店って怖いですよね」
「そうだなあ」
「だって普通の量販店でもブックケース1つで2万5千円の車両セットがふつーに500セット以上在庫してるんですもの。〆て1250万円ですもんねえ。そりゃSECOMいれないとアブナイですよね」
「そうだな。だからうちも入れてる」
「鉄道模型、こだわりだしたらきり無いから、値段も青天井ですもんね。Nゲージのビッグボーイは490ドルだけど常に品切れでプレミア価格が当然だし、S-1なんてヤフオクで50万で落札されてましたからね。でもあれはフルスクラッチなのかな」
「メーカーもあんな複雑なもの作りたくないだろうしなあ。S-1、デュープレックス式の動力は実車でも複雑すぎてダメだったし」
「それに、コレがホント格差社会ですねえ。ほんと。私なんかジャンクの1200円の客車1両買うのだって勇気がいるのに」
「それはメイちゃんがニートだからだろ。世の中には稼いでいる人はいるのさ。すでに『ななつ星』『瑞風』『四季島』全部実際乗っちゃってる人だっているんだし。それで軽く〆て300万円オーバーの旅だぜ。税金どうなってるのかと思うけど、ケイマン諸島だのパラダイス文書だのといろいろ噂が出ちまうのもそれだろうし。中には京都の宿が全部安すぎて泊まれないとか、ネトゲの課金で制限いっぱいまでガチャ買ったのにカード会社から『不審なほど安い決済を検出したので、不正利用の可能性としてカードを停止しました』って言われちゃう人もいる」
「でも、これでこのお店、潰れなくてすみますね! 先月やばかったから!」
「まあな」
 マスターはまた小上がりの工作机に戻り、作り付けの完全排気ダクトつきスプレーブースのファンを起動した。
「しかも『また来ます』って! マスター、これの記念に、私に大入り袋とか出してくれませんか?」
「それはヤダ」
「ケチ!」
「はいはい俺はケチなオッサンですよ」
 そう言うマスターは顔を曇らせていた。
「いや、買ってくれるのは嬉しいんだけどさ」
「え?」
 メイは不審がった。
「彼、なにか、楽しそうじゃなかったな」
 マスターはそうつぶやいた。
「そうですか? 凄くニコニコしてましたよ、あのおじさま♡」
「メイ、おまえなー。お客様ちゃんと見てたのかちゃんと。それに『おじさま♡』じゃないだろ。ほんと金持ちにてきめんに弱いなあ、現金だなあ」
 メイの口調をマスターが真似して言う。
「だって、そういう人、私のこれまでの人生で周りにいたことないですから。ほんと、びっくりしちゃいました。実際にいるんだ、こういう人、って」
「そうか。そうかもなあ。それが格差社会だよなあ」
「マスターは慣れてるんですか」
「まあな。昔、嫌というほど付き合ったよ。ああいう連中と」
「え! なぜ? マスターがなぜそんな。あ、マスターがここ始める前のこと、全然聞いてなかった!」
「話さなかったからな」
「聞いていい?」
 マスターは、工作机の上の、つくりかけのHOナローの内燃動車に目を戻して、言った。
「それはヤダ」

 そして元通りの日常が戻ってきた。
「あのおじさま、来ないかなー。また買ってくれれば大入り袋リーチなのになー」
 メイが掃除しながら言う。
「勝手に大入り袋制度あるみたいなこと言うなよ。相変わらず『おじさま♡』って、ほんとになあ」
 マスターがあきれる。
「しかし模型店にネコって絶対だめですよね。ネコの抜け毛は模型の敵ですもんね」
「ああ。でもそれを飼いたいって言ったのはだれだっけ?」
「……はい、私です」
「その分掃除して模型に問題ないようにするって言ったのは?」
「はい、私です」
「そしていまだに作る模型の垂直水平が甘いのは?」
「私です! って、追い詰めないで下さい! マスター、実はドSですよね!」
 メイが抗議する。
「そんなことないさ」
「そんなことありますー!!」
 マスターはその間に冷蔵庫から飲み物のペットボトルを取り出し、コップ2つに注いで、片方をメイのためにカウンターに置くと、もう片方を持って工作机に戻った。
 冷蔵庫の中には接着剤も保管されている。接着剤の劣化を防ぐのには冷蔵庫が良いのだ。
 この店の奥の工房にはほかにもいろいろな模型用の機械もある。パソコンもタワー型のものをマルチディスプレイにしたものがある。注文品のパーツのうち、調達もできず、それらでも作れないものはマスターがモデラー仲間に外注するのだ。3Dプリンタとレーザーカッターは代行してもらうが、カッティングプロッタはこの店にはある。
 そのパソコンでメイが『使ってないならネトゲとかしていい?』と聞いたら当然却下であった。聞く方もどうかしている。ネトゲも楽にできるスペックなのだが、3Dプリンタやレーザーカッター用のデータを作るためのものなのだから仕方がない。
 ネトゲやるならせめて3Dデータづくりでも覚えなさい、と言われたメイだが、どうにも論理的な立体観念がつかめないのでまともに3Dモデリングができないでいる現状である。
 それを見ていたマスターに、溜め息のあと『きみは3Dの操作ができない残念なフレンズなんだね!』と言われてしまった。その『残念なフレンズ』というパワーワードにすっかり打ちのめされたメイである。
 飲み物をマスターと一緒に飲んだメイは、ため息を付いた。
「私、模型の腕、うまくならないかなー」
「そりゃかんたんさ」
「え、方法あるの?」
「ああ。ネトゲやめて、深夜アニメ見ないで、模型をやる。それだけでうまくなるよ」
「そんなことしたら死んじゃう~!」
 マスターは呆れる。
「死ぬほどのことかなあ。そういうのより模型のほうがずっと楽しいけどなあ。やりこめばどんどん物理的な形になっていくからね」
「マスター、模型作ってると昼ごはんとか水飲むのとか、しまいにはトイレ行くの忘れますもんね。私にはカンガエラレナイ」
「のめり込んじゃうんだよなあ、俺。ついつい」
「私がお昼ごは~ん! っていわないといけないですもんね!」
「そういやそうだなあ」
「お飲み物~! も言わないと!」
「そうだね」
「じゃ、私、絶対にこの店に必要ですよね!」
「まあ、そうかな」
「私、頑張ってますよね!」
「そうかもなあ」
「だから、大入り袋!」
「それはヤダ」
「ちぇっ」
 メイはそうがっかりしたあと、工房のPCに向かった。
「このロゴのトレースやればいいんですね」
「ああ。ベジエ曲線に慣れてほしいからな。それができればカッティングプロッタとかも使えるようになる。頼めると俺が楽だし」
「できたら大入り袋!」
「ほんと、お前なー」
 マスターはまた呆れる。
「じゃあ、おやつにハーゲンダッツ買ってあげるよ」
 メイの目にハートマークが浮かぶ。
「俺、甘いよなあ。ほんと」
「そんなことないですー!」
 喜んでマウスを使い始めるメイ。
「お前が言うなよ、だよなあ」
 そのメイは熱中してベジエ曲線と格闘していて、全く聞いている様子がない。
「のめり込むのは、お前さんもだよ」
 そう独り言をいうと、マスターはつぶやいた。
「あのロールスの男、たぶん何かあるぞ」
「えっ!」
 メイはびっくりして振り返った。
「何だ、聞いてたのか」
「何かある、って?」
「ああ。多分何かある」
 マスターは少し考えると、メイに言った。
「……うちの同業で車両のフルスクラッチのできる奴いたよな。急ぎでスケジュールおさえられないか、ちょっとお伺いメール出してくれる?」
「え、そんな注文ありましたっけ?」
「まだない」
「ですよねえ」
「でも、たぶん、あると思う」
「またですか」
「そう」
 そういうと、マスターはまた工作机に戻り、注文品の阪急1000系の模型の車体の艶出し加工のためにスプレーブースに向かった。

 それから数日後、メイは一人で店番をしていた。マスターは注文品の納品のためにメイに店を任せて出かけているのだ。
 ヒマだなー。お客さんこないなー。
 来るわけ無いわよね。だってこんな趣味に走った小さな模型屋さんにお客さん大勢来るわけないし。大きくて安売りしたりレンタルレイアウト併設したりしてるチェーンの量販店だってあるんだし、巨大で品揃え豊富で送料安くてすぐ届くネット通販もいくつもあるし。
 もう個人商店の時代じゃないわよね。
 うちのお店、全くその逆方向だもんなあ。経営は無理ゲーよね。
 でも、あの彼のようなお大尽さんがいれば、なんとかなるかなあ。
 この店潰れるの、正直、やだなー。
 私、マジで完全ニートなんてやだもん。だからこんなメイド服っぽい恥ずかしいコスだって着てるんだし。
 しかしマジでお客さんこないなー。

 そのとき、ゆらりと黒い影が店のガラスドアの向こうに現れた。
 ロールスロイス・ゴースト!
 彼だ!
 メイはカウンターを回って、ガラスドアを開けに行った。
 そして、満面の笑みで、出迎えた。
「いらっしゃいませ♡」

 と・こ・ろ・が!
 お店に入った彼は、いつもの三つ揃いなのに、思い詰めた表情で黙って模型を見ている。
 なにかその苦みばしった顔も引きつっているようにみえる。
 どうして! どうして私がこういう『損害担当艦』みたいな目に遭うの!
 やだ、とてもじゃないけど話しかけられる雰囲気じゃない!
 彼の悲痛な表情に、メイはたまらなくなった。
 この沈黙、すごくつらい!
 マスター、助けて!
 でもマスターはまだ戻ってこない。
 店内の時計の秒針の進むコツコツという音だけが聞こえている。
 メイはケータイを見て、思った。
 もう、マスター呼び出しちゃおう。
 だって、こんなお大尽さん、私のせいで寄り付かなくなるなんてなったら、責任取れないもん!
 ひいいい!

「君、なんて名前でしたっけ?」
 ひえええ! 話しかけてきた! また地雷処理モード突入だっ!
「て、照月メイといいます」
「そうだった、メイちゃんだったね」
「はい!」
 つとめて明るく返す。
 どうしてこのお店ってこれが多いの!
 なんで毎回こんな重たい事情抱えたお客さん、何かで引き寄せちゃうわけ?
 ほんと、ワケワカンナイ!
「マスターは?」
「ちょっと出かけておりまして。もうすぐ戻ると思います」
 そのとき、メイはひらめいた。
「というか、戻ってこさせます!」
 この手があった! とケータイをひっつかむメイ。
「ああ、いいんだ」
 ひいいい! 脱出失敗! NO EXIT!
「君」
「はひ?」
 メイは変な声で答えてしまった。
「このお店って、委託販売もしてるよね」
「はい。委託販売や買取りもしております。古物商営業許可もそれでとってあるんですよ」
「古物商免許って、難しいのかな」
「いえ、マスターでもとれたぐらいだから、なんとかなるんだと思います」
「でもなあ」
 彼は、考え込んだ。
「私の模型、最後にひきとってもらうって、できるかなあ」
「ええっ」
 メイは驚いた。
「あんなに集めてらしたのに」
「うん。集めてた。でも」
 彼は、すこし言葉を探した。
「私は、何も手に入れられなかったし、何も持っては行けないんだ、って、気づいてしまったんだ」
「……そんな」
 あんなに1時間で100万単位で使うヒトが何ももってないとか!
 アリエナイ! イミわかんない! なに、これ貧乏ニートの私へのイヤミなの?
 メイは追い詰められて、一気にわけわかんなくなっていった。
「何も、って……」
 彼は、乾いた笑いで、いった。
「そう。何も。私のやってきたことは、なんにもなかったんだ」
「そんな虚しいこと言っちゃだめですよ!」
「虚しい……そう、虚しいんだ」
 ひゃあああ! また地雷思いっきり踏んじゃったー!
「一緒に、仕事のライバルとしてやってきた同期のアイツの葬儀のとき、私は思ったんです。必死に稼いで、必死に貯めて、目一杯旅行や遊びもしてきたけれど、最後は灰になって終わりなんだな、と思った。それはアタリマエのことなのに、虚しすぎて」
 彼はもう話が止まらなくなっていく。
「そのために他人を蹴落としもしたことに耐えられない。そう思ったとき、旅行に行った鉄道で、たまたまグッズとして鉄道模型が売られていた。すこしでも記憶を残したい、と思ってそれを買った。そうしたらどんどん次から次へと欲しくなった。額も歯止めが効かなくなった」
 あわわわわ! メイは震えそうだった。
「買い物依存かもしれない。どんなに買っても、それを持っては死ねないんだなと。わかっているけど、虚しさに耐える方法が他にみつからない」
「そ、それだけ素敵な同期さんだったんですね」
 かろうじてメイはそう返した。
「高校時代から、大学も、そして入行も、それからあとの出世レースも一緒だった。どっちかが失敗したら励まし、どっちかが成功したら一緒に喜んできた。そして、互いに自分にないものを相手に感じ、尊敬し、嫉妬し、それでも一緒にがんばってきた」
 彼は、言った。
「今の私は、心の翼の片方をもぎ取られたようだ。痛くて苦しくて仕方がない」
「つらいですね」
「ええ」
 ひいいい! どうしたらいいの?
「もう、私にできることなんてない。彼を失ったことがつらすぎて。だから、模型集めにのめり込んでいる。でも、それだけなんだ」

「みんな、多かれ少なかれ、そうだと思いますよ」
 その声は!
「この世界も、今生きている我々も、仮のものですから」
 マスターだ! マスターが帰ってきた!
 彼はマスターの言葉にはっとしている。
 すごい! マスターすごい!
 メイは嬉しくなった。
「それだと、虚しすぎる」
 彼はそう言って沈み込んでいく。
 だが、マスターは動じない。さすがマスター!
「そうです。虚しすぎる。でも、持ってはいけなくても、あとに残すことはできる」
 彼はまたはっとしている。
「何かあったら、コレクション、お預かりして、大事にしてくれるオーナーに引き継ぎますよ。そのために古物商免許とったわけですし」
「とはいえ」
「それに。この世は虚しくても、それぞれの力で、小さな楽園は作れる」
「楽園?」
「ええ。人の世の喜びは、神様にしか作れないものじゃない。人もそれを作れます」
 彼はマスターを見つめている。
「それを作ることが、生きる意味なんです」
 マスターは、そして言い切った。
「あなたにも、その力がある。それもとびきり強い力が」
「私の、力……」
「ええ。ありますよ」
 彼は考え込んだ。
「人には、得た力を正しく使う義務がある」
「義務、ですか」
「そうです」
 マスターはそういうと、微笑んで言った。
「義務を果たしてください。きっとそれを望んでいる人がいるはずですから」
 彼は、すこし震えていた。
 だが、気づいたようだ。
「そうですね」
 マスターは微笑んだ。
「コーヒーでも飲んで行ってください」
 彼は恐縮している。
「何も買わないのにすまないです」
「いいんですよ。またいらっしゃってくれれば」
 マスターの声が柔らかな毛布のように、彼を優しく包んている。
 メイはそれを察しながら、コーヒーを用意し、カフェコーナーに差し出した。
「久しぶりにコーヒーの香りを感じた気がします」
 マスターはまたほほえんだ。
「それが生きてるってことですよ」

 そして、彼は、帰っていった。

「彼、何だったんでしょう」
「それだけ大事な友人を失ったんだろう。虚しくもなるさ。その虚しさを埋めようと必死だったんだ」
「じゃあ、彼の虚しさは埋まったんでしょうか」
「埋まるわけがない。買い物ぐらいで埋まったら人間は楽なんだけどな」
「110万も一度に買って?」
「人間の根底の虚しさはそんな甘いもんじゃない。でも、彼はそれに気づいた」
「ええと……じゃあ、彼、埋められないことが解ったら、買い物しないじゃないですか」
「まあそうだろう」
「大変! もう彼がウチの店に来る理由がなくなっちゃった!」
「そうかもしれん」
「大損害じゃないですか!」
「まあな」
「それに例のフルスクラッチの注文、スケジュール押さえられるって返事ありましたけど、どうするんです!」
「どうもならねえよなあ。損害埋めないとなあ」
「考えてたんじゃないんですか? マスター」
「考えてたさ」
「それが外れた?」
「かもしれない」
「だめじゃないですか! ぜんぜん! もうだめ! この店のHPはゼロよ!」
「そうかもしれんなあ」
「ひいいい!」
 メイは泣きそうだった。

 とはいっても、次の営業日は来るし、店を開けなくてはならないのは店の使命である。

 そして、数日経ったときだ。
「マスター、YouTube見ていいですか?」
「ネトゲのYouTubeはだめだぞ」
「いえ、北急電鉄の新車お披露目のYouTubeライブ中継やるらしいんですよ。それ見たいな~、って。模型の参考になるかなと思って」
「未だに水平垂直出せないのに?」
「もう! 結局アレヤコレヤでまだ教えてもらってないからって!」
「まあ、いいぞ。YouTube」
「またそうやってごまかすー。もう、マスター嫌い!」
 そう言いながらメイは店のパソコンにYouTubeのウインドウを出した。
 その画像の中では、北急電鉄の車両基地の車庫の前にテープが張られ、テープカットのあとに幕をあげて新車が顔をだすようになっている。
「今はこうやって休みながら見られるからいいですよねえ」
「そうかもしれん」
「あ、マスターも見ます? じゃ、コーヒー淹れます」
 メイはウキウキしながら準備を始めた。
 まず新車のテーマソングが紹介の後流れた。
「へー。この曲、『ラヴァンディーア』っていうんですね。素敵な曲だなあ」
「そうだな」
 そして、北急電鉄の樋田社長のスピーチが終わり、いよいよテープカットである。
 ひとりひとり、テープを切るハサミを渡される人の紹介がなされる。
「あ!!」
 メイは驚いた。
「彼! 彼ですよ! あのおじさま、北急電鉄のメインバンクのメガバンク・さつきHD(ホールディングス)の頭取って……ええええ!」
 でもマスターは頷いているだけだった。
「知ってたんですか!」
「いや、会員証には住所書いてもらってたけど、あの申込用紙に職業や勤務先情報はないだろ?」
「そうですけど。じゃあ、また推理?」
「まあそこまでのもんじゃない。ただ、察したのさ」
 マスターは言った。
「それだけの責任と重圧に耐え、それと戦ってきた人だってのはすぐわかった」
 そうしているうちに、司会の女性の声に促され、テープがカットされ、車庫の幕が落ち、特徴的なミュージックホーンを鳴らし、4灯のまばゆいヘッドライトを輝かせるぶどう色の車両が現れた。
「これが、周遊寝台電車MH585系『あまつかぜ』……」
 その車両は、ひと目見たら忘れられない、特徴的なフォルムを見せながら、『ラヴァンディーア』の生演奏のなか、少し進んだ。
 そして、それを見つめる彼の表情がYouTubeの生中継に映った。
 しかし、その彼の顔には、あの虚しさに震えていた暗さは、もうどこにもなかった。
 代わって、若々しい明るさがあった。
「良かった……ですね」
 メイはつぶやいた。
「ああ。よかった。本当に」
「でも、お客さん失っちゃいましたね」
「そうかもしれん」
「でも……これでいいんですよね」
 マスターは微笑みながら、でも答えなかった。

 YouTubeの生中継は終わった。
「あの『あまつかぜ』、模型化するとしたらどこでしょう?」
「デザイナーとの契約次第だろうなあ。『四季島』はKATOもTOMIXも出すし、『瑞風』も出そうだけど、『ななつ星』はだめみたいだもんな。マイクロエースも噂がないし」
「まさかグリーンマックスとか!」
「それじゃ板キットかもだよ。あの複雑なフォルムの『あまつかぜ』が完成品でなく、よりによってエコノミーキットで出たら?」
「『作る楽しみ』じゃなくて『作る苦しみ』ですよね……」
「だろ?」
「そのうえ前頭部分なんか『各自研究工夫のこと』なんてやられたら、どうにもなりません」
「そうだよ」
「ほんと、だれがあんなの設計したんでしょうね」
「YouTubeに映ってたけど、なんか気難しそうなデザイナーだったよな」
「ええ」
「だけど」
 その時、電話が鳴った。いつものようにメイが出る。
「はい、天の川鉄道模型社でございます!」
 だが、電話の向こうの声に気づいたその瞬間、メイは驚いて顎を落としてしまった。
「ええええっ!」
「どうした?」
「あの彼からです!」
「じゃあ、代わるよ」
 マスターが電話を変わった。
「はい、はい。ええ。図面をいただければ、取次になりますが作れるものがいますのでご紹介します。納期は3ヶ月ほどみていただければ。はい。よろしくおねがいします。では、お見積書をお送りしますので、再度仕様について打ち合わせさせていただければと存じますが」
 メイは驚いたまま固まっている。
「では、よろしくお願いします」
 マスターは礼をしながら電話を切った。 
 そして、言った。
「『あまつかぜ』フルスクラッチモデルの注文だったよ。実車の建造に資本参加してたけど、模型で手に入れて、イベントでいろんな子どもたちにみせてやりたい、って」
「ええええ!!」
 メイは声を上げた。
「でも、子どもたちに見せる、って」
「ああ。これで彼には一つの目的が出来た。あてどなくただ買い続けるのではなく、誰かを喜ばせるために買うという強い目的が。虚しさを埋めようとして底の抜けたバケツに水を注ぐような地獄からは解放されたのさ」
 マスターはふう、と息を吐いた。
「虚しさは、埋めるものじゃない。乗り越えるものだからね」
「で、でも」
 メイは戸惑っている。
「あの時、ここまでの展開まで察したんですか!」
「まあな」
「……アリエナイ……こんなミラクル、無理……」
 もうメイは驚きでうわ言のような声しか出ない。
「ざっくりは察してたけど、案外早かったな」
 そういうと、マスターはパソコンに発注内容のメモを書きながら、また鼻歌を歌いだした。
「ん? どうした? メイ?」
 マスターは気づいた。
「もうヤダ……毎回こうやって地雷処理して失敗するの……」
「なんだその地雷処理って。わけ分かんないぞ」
 メイは、息を吸って、大声で叫んだ。
「こっちが言いたいわよっ!!」
〈続く〉

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