【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

3-13 永遠の傷

エピソードの総文字数=4,145文字

女がさ……っていうか、男でもいいんだけど、恋人捨てるってどういうもんだと思う?

 箭波はパソコンの蓋を閉め、背中を向けたままで英司に呟いた。

 それが英司の問いかけの答えなのかどうかは……自分でもよく分からなかった。
映画とかではよく見るけどね……そういうシーン。

でもなんか実感沸かないよ。俺は捨てるほど女に不自由のない身の上じゃないからね。

でも、アレじゃないか? よくあるじゃん、別れても友達でいたいわ~とか、そういう女がいいって気がする。楽そう。

へぇ、意外だね。軽い女がいいってこと?
捨てるの前提のおつきあいならね。

……でも、実際別れるときなんて、そんなもんなんじゃないの? 案外さばさばしちゃってるっていうか……。どうせ気持ちはさ、もう冷めちゃってるじゃん。

表面的な恋愛しかしてない奴の模範解答って感じかな。
そこは放っといてくれよ。

 むっとして表情がこわばったが、返す言葉は見つからなかった。英司の恋愛経験などたかが知れたものだ。

高校のときにさ、一応いたんだよ。カノジョっての? クラスメイトに告られてさ、そのままなんとなく公認カップル……ってパターン。

まわりのやつらも大体そういう風に彼女ができてたしね、そういうもんかなって思った。そこそこ可愛い娘だったし、好きって言われりゃ、そりゃ有頂天だよ。

……でも、そんな気分、そうそう続かないんだよな。で、2~3ヶ月で破局。やめたいって言い出したのも向こうからだったよ。まあ、あれだな、お試し期間過ぎて、お疲れ様でした、本採用はナシですってことじゃないの。

そういう状況だとね、『友達でいたいわ』って言ってもらえるとホッとすんのよ。その子が何を言ったってさ、翌日も学校で顔を突き合わせることに変わりはないわけだろ? 一生恨んでやるとか言われてみろよ、地獄だろ。


学校で恋愛なんて不毛だよな……。

あー、それはキツイねえ……。

でもさ、例えば別れる相手が果歩だったら?

いや別に、果歩はカノジョとかじゃないし。
でも下心はあったんじゃないの?

エロいことしたいとかって話じゃなく、果歩と一緒にいたい、手放したくないと思ったわけでしょ、10年も前から。

もう二度と手放さない。

そう決めてる。ずっと果歩を探し続けてたのはそのためだ。

でもそれは……恋人とか恋人じゃないとかそういうのとは別の次元の話だろ。果歩はまだがきだしさ。エロいことなんか考えられるか。

例えば果歩があんたじゃなく篤志を選んだら?

その時に果歩ににっこり笑って『英司とはずっと友達でいた~い☆』なんて言われても平静でいられんの?

あーそれはハラワタ煮え繰り返るね。

あんたの口調で聞くと余計に腹立つ気もする……。

果歩をぶち殺したいくらい?
なんで果歩だよ、ぶち殺すんなら篤志さんの方だろ。
へえ、そういうもん?

あたしだったらどっちもだけどな。

え?
どっちもぶち殺したい気分になるよってこと。自分を捨てた男も、男が自分を捨てて行った先にいる女もね。

でも男が自分を捨てて行く先は女のトコばかりとは限らないわけでしょ。仕事だったり趣味だったりさ。お伽話の王子みたいにやがて自分が継ぐ王国でも何でも……。

きっとそこにあるものは全部ぶち壊したい気分になるだろうね。

〈世界が沈黙の砂に埋もれてしまうまで〉ブチ切れたまんまか。

あんたの性格、だんだん分かって来た気がするよ

 英司はため息を漏らした。

 チャットルームで何度か会ったSENは、きわどい発言で周囲を盛り上げるのが上手いヤツだったという印象ばかりが残っている。本人もさぞかし威勢のいいヤツなんだろうとぼんやり想像していたのだが、正直……英司の想像はまだまだ生温かったようだ。

惚れると見境ないからね、あたし。
王子に捨てられて、女もそんな気持ちだったのかな?
あはは、あいつもきっと見境ない女だね。

でもまあ、そういうもんじゃないの、程度の差はあってもさ。

惚れるとアバタもえくぼだっていうじゃない?

でもその気持ちが終わるときって、正反対のことがやっぱり起きるんだと思うな。

正反対のこと?
恋人だったときに好きだったことも、思ってたことも、してやったことも、もらった思い出も……。

何もかもが全部――傷になる。

 箭波の言葉がかすれるように消えて行った。

 抱いていた思いのすべてが苦い味のする醜い、痛みを伴うものに変わって行く。それを箭波は、幾度か味わったことがある。

 例えば王牙に対して抱く思いだって……同じ味のする痛みなのかもしれない。

あのお伽話、最後はどうなるの?

 箭波は英司を見上げた。

 彼女が知っているのはすでに骨となった虎の亡骸のそばで女が呪詛の言葉を口にするところまでだ。

 わずか3歳やそこらの子供とは思えないほどに滑らかな口調で、お伽話を語っていた果歩の姿を、箭波は鮮明に覚えている。それは一種のトランス状態とも言えるものだった。だがその果歩も、女が呪詛の言葉を口にする場面まで来るとぱったりと口を閉ざしてしまった。

 おそらく英司は、その呪詛の言葉に続く物語を知っているのだろう。

オウムは女を王子の住む王宮に連れて行くんだよ。何度も迷いながら……。そして炎の虎はオウムに導かれて世界を焼き尽くすんだ。

そして……。

 言いかけて、英司は言葉を飲み込んだ。

 考えて見れば誰かにその先を話したことはなかったはずだ。

 本当の結末を知っているのは……ひょっとすると自分ひとりだけなのかもしれないとさえ思えた。

 果歩も篤志も……百合も、きっと知らない。

 そして救いのない凄惨な場面ばかりをその記憶にとどめているのだ。

(果歩にあの結末を教えてやりたい。あのお伽話が、ただの破壊の話じゃないってことを……)
なあ、あいつら、どうなった?

 ようやくその言葉を、英司は口にすることができた。


 もう炎はすっかり収まっている。

 だが、あれほどの規模で王牙が暴走したのだ。自分と同じように果歩や篤志が無事でいると考えるのは甘いのかもしれない。

葉凪は果歩とあんたを結界に閉じ込めて王牙を封じ込めようとしてたんだ。

果歩の結界はあたしが壊した――それがきっかけだったんだと思う。

果歩は多分何重にも封印されていた存在だったんだよ。妖怪の気配を消すための封印、王牙の核としての能力を暴走させないための封印……でもそういうあれこれが全部いっぺんに吹き飛んじゃったんじゃないかな。

……で、王牙が出現したのか。
その後はもうどうにもならなかった。

篤志は何とか果歩を止めようとしてたけど、完全に暴走してたね、あれは。その後はあんたも見た通りさ。あっという間にビル全体が炎に包まれて……。

参っちゃうよね、ホント。

……迷惑そうに言ってるけどさ。

あんたが元凶じゃないの。

……あれ?

 英司のツッコミを食らい、箭波の表情が強張った。

 これまで考えてもみなかった事実だが、言われて見ればそうなのかもしれない。

 だがそれを、素直に認めたくはなかった。

違う、元凶ってんならあたしより葉凪だよ。

そもそもあいつが結界なんか使うから……!

 それが精一杯の抵抗だった。

 だがその箭波の言葉をよそに、英司の表情は険しいものになっていた。

果歩、まだ生きてると思うか?
……どっちとも言えないね。

でもまだゲームは終わってない。ゲートは解放されてないからね。

果歩と葉凪と焔鵬のうち、少なくとも2つのコマはまだ生き残っているってことになる。

さらに、あんたはまだ葉凪の結界に閉じ込められている。……ってことは葉凪は確実に生きてるってことだ。

あたしに言えるのはそれだけさ。

果歩と篤志が炎の中に落下していくところを見た。まっとうに考えりゃ、人間が助かるような状況じゃない。

葉凪の結界、まだ効力があるのか。ただあの蔓に動きを封じられるってだけじゃないんだな。

俺、まだ今一つよく分からないんだけど、どういう効果があるんだ?

存在の否定、仮死ってトコかな。

結界に閉じ込められている間、あんたはゲームのルール上、死んだと同じ扱いになる。果歩も同じように閉じ込められていた。

当然、あんたと果歩が対になって王牙を呼ぶこともできない――って葉凪は考えてたわけ。

結界から抜け出すにはどうすればいいんだ?
どうするって……あんたにはどうにもできないよ。

外側から壊すしかないんだ

あんたならできる。そういうことだな?
そりゃまあ……できるけど。
果歩がもう結界から解放されていつでも王牙を呼べる状態になっているんなら、一刻の猶予もないんだ。

頼む! あんたの力で俺の結界を破ってくれ!

なんでそんな……。
果歩には王牙をコントロールする能力はないんだ! あんただって言ったろう、王牙は暴走してたって。

果歩は攻撃の先を限定できない。

どういうことか分かるだろう?

手当たり次第、焼き尽くすだけだ。

 英司の脳裏に蘇ったのは、茂が目撃したという中学生の少年のことだった。

 その直後、群馬県でも女子高校生が謎の焼身自殺をするという同類の事件が起こっているのだと篤志は言っていた。

 コントロールを失えば、王牙の炎は核となっている人間の身体をも焼き尽くすのだ。

あんたが伊達や酔狂で言ってるんじゃないってコトは分かるよ。

でも……。

 箭波は言葉を濁した。

 確かに雷燕を使えば結界を破ることは可能だ。すでにゲームオーバーとなった箭波がゲームのコマに手を出すのは反則行為だろうが、気になっているのはそんなことではない。

 むしろ気がかりなのは英司の生命の方だ。

 雷燕の威力は人間には大きすぎる。

 ゲームのさなかの勢いがあればこそ、果歩を撃ち抜くような無茶をした。だが今……英司を相手にその勢いをもう一度抱くのは難しかった。

頼む!
 英司は土下座して額を地面にこすりつけた。

 その姿を見下ろし、箭波も心を決めた。結果がどう転ぶかは問題じゃない。それに……こういう賭けは嫌いじゃなかった。

痛いし、苦しいよ。ヘタしたら死ぬかもしれない。

それでもいいんだね?

 箭波の髪がふわりとなびき、ほのかに発光しながら地を這うほどの長さに達した。

 その箭波の姿に英司は息を飲んだ。

 英司は生まれて初めて、妖怪という存在を異質な敵対する存在としてではなく、自分と同じ言葉をしゃべる生きた相手なのだと実感していた。

大丈夫だよ。

俺、あんたを信じてるから。

◆作者をワンクリックで応援!

2人が応援しました。

◆コメント欄は未記入でもOK! 公開されないのでお気軽に。

ページトップへ