勇者の出立

魔法使い、南へ

エピソードの総文字数=2,413文字

 浮遊魔法を使えば、カティア姫の巨体を出口まで運ぶのはたやすいことだった。


 おれたちは魔王のアジトからの脱出に成功した。

あたくしと一緒にお城まで来てくださいな、騎士様。助けていただいたお礼がしたいの……♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
 しとやかに誘われたが、姫の瞳の中でハートキラキラしていたので、おれは身の危険を感じた。


 辺りに転がっていた荷車に魔法をかけ、姫を城まで送らせた。

 さて、どうしようか……。


 急に気が抜けてしまった。おれはだだっ広い野原に横たわって早朝の空をながめた。色の薄い雲がゆっくりと流れていく。


 エルメイン城へ行けば歓待されること間違いなしだが、虚飾に満ちた王宮にはうんざりだった。よく考えればあの王は、親父をだまして、よりにもよってあの姫と結婚させようとしたんだ。王も王妃もとんだ食わせ者だ。



 南へ行こう。ふと、そう思った。


 親父も南へ向かいたいと言ってたし。国境近くで網を張ってれば、そのうち会えるだろう。


 親父が王女救出の支度金として王から受け取った金貨六十枚。あれは、おれがもらうべきものだ。親父をつかまえて、巻き上げてやる。

万物の循環を制御せし地の息吹よ。我が招きに従い凝縮し流転せよ。その揺らぎなき動径の運行によって。


吹き上がれ、風羽奔騰(フェーテル・ラカ)!

 おれは浮遊魔法を唱えた。風に乗り、ふわりと宙に舞い上がった。

 春風に乗って旅するのは心地良い。木に引っかからないくらいの高度で、地上の景色をながめながら南へ飛んだ。


 いくら飛んでも大きな街が見当たらない。荒地と田畑とみすぼらしい農村ばかりだ。ケレス王国は豊かな国だという評判だが、どうやらその繁栄ぶりは国の隅々まで及んでるわけではないらしい。


 林の中の細道で妙な光景を見かけたのでおれは静止した。


 若い男が三人で、荷車を押した子供を取り囲んでいる。どうやら難癖をつけて、子供の行く手を阻んでいるようだ。


 大の男が、何がおもしろくてガキ一人をいじめているのか興味を引かれたので、おれはしばらく見物することにした。

この道はうちの私有地だ。通してほしけりゃ、通行料を払いな?
金がないって言うんだったらこの荷車を置いてけよ、え?
だいたい目障りなんだよ。貧乏人が大きな顔してうろうろしやがって……
 聞こえてきたのは、いかにも頭の悪い、平凡な、どこにでもありそうな脅し文句だった。


 おれはため息をつかずにいられなかった。

 ――くだらない。見物するだけの価値はなさそうだ。先を急ぐか。


 おれの体が太陽の光を遮るか何かしたらしい。男たちのうちの一人が、不思議そうに見上げた。宙に浮いているおれに気づいて、


へぶらばあっ!


という間抜けな悲鳴をあげた。


 全員がぎょっとしたようにこちらを見上げてきた。

助けてっ! お願い、助けて!
 男どもに取り囲まれた子供が、せっぱつまった声をあげる。


 おれは反射的に答えていた。

いや。断る。おれはもう、人助けとかこりごりなんだ。

 もう、余計なことにかかわるのはごめんだ。


 そもそも、「さらわれた姫を助けてほしい」という王の頼みを引き受けたせいで、おれは今ここにいるわけだ。おかげで、魔物どものアジトから脱出するという命がけの目に遭わされた。

 もう厄介ごとには巻き込まれたくない。


 ――そうは言っても――なんとなく立ち去りがたいものを感じて、おれはその場に浮かび続けていた。


とっとと失せろ、魔法使い。じろじろ眺めてるんじゃねえよ。
なんだ。見られてちゃ恥ずかしくてできない、ってか? 意外とシャイだな。そんなことじゃ立派な小悪党になれねーぞ。

おれのことなんか気にしなくていいから。続けろよ、そのケチなカツアゲ

ふざけやがって。見せ物じゃねえんだよ。消えろ、でなきゃぶちのめすぞ!
大体おまえ、誰に断ってそこへ浮かんでるんだ。ここはジェムさんの家の私有地だぞ? 通行料を払わない人間は、入っちゃいけねえ決まりなんだ。
 奴らは空中のおれに向かって石つぶてを投げてきやがった。


 石は一つもおれに当たらなかったが――これは、宣戦布告とみなしていいよな?



 雷撃魔法をぶちかましてやった。


 威力は抑えたし、直撃もさせないよう気をつけた。だが、地べたに開いた大穴は、男どもをぞっとさせるのに十分だったようだ。

お、覚えてやがれ~~~!!
 最後まで独創性のかけらもないセリフを吐きながら、奴らは大あわてで逃げていった。



 おれは、ふわりと地面に着地した。


 カツアゲの被害者は、怯えた様子もなく、その場にじっとたたずんでいた。強い視線でおれをじっとみつめている。

あんた……よくも荷車を壊したわね! うちの大事な荷車をっ!

 かん高い声が響きわたった。


 ガキだと思い込んでいた相手は、おれと同じ年ぐらいの少女だった。あまりに小柄で痩せっぽちなので、ぱっと見、子供としか思えなかったのだ。

いきなり文句か? ここはまず、「助けてくれてありがとう」から始めるところじゃねーのか?
何言ってんのよ。あんた、あたしのこと「助けない」って言ったじゃないの。
あー、まあ、確かにそうは言ったけど。。。
うちの荷車! 倒れちゃった! 壊れちゃった! あんたの魔法のせいでっ!

これじゃもう使いものにならない!

弁償してよ!

 おれが呪文を唱えると、横倒しになっていた荷車はガチャンと派手な音を立てて正しい位置に戻り、軽やかに林道を進み始めた。


 だが、少女をごまかすことはできなかった


 すでにかなり古くなっていた車軸が折れてしまっている。もうこの荷車は動けない。

 いま前へ進んでいるのは、単におれの魔法の力だ。

この荷車を直すか弁償するかしてくれるまで……あたし絶対にあんたから離れないんだからねっ!
 きっぱりと言い切って、少女はおれの腕にしがみついてきた。


 ――やっぱり、人なんか助けると、ロクなことがない。そんなこと、とっくにわかっているべきだったのだ。

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