退魔天使は聖夜に踊る ~復讐の乙女~

【2】偽りの聖職者 2

エピソードの総文字数=3,144文字

「いやー……すんません、なんか……」
 俺は恐縮した。

 さっき手を差し伸べてくれた女の子が、せっせと俺の髪の毛の中にからまっているもみの木の葉っぱを、一つ一つ除去してくれている。
 ダッフルコートを着た彼女は、ボブヘアで活発そうな女の子だった。

 俺は、配達員のおっさっんが礼拝堂奥に設置していった、高さ三メートルはありそうな、でっかいクリスマスツリーを横目で恨めしげに睨んだ。

 とにかくこちらのお嬢さんには、まったくもって申し訳ないとしか言いようがなく、俺的に記憶から抹消したいほどひどく情けない有様だ。
 その情けない男、つまり俺こそは、先日ヤボ用でこの街にやってきた自称高校生の異界獣ハンターだ。
 んー、ちょっと何言ってるか分からないだろうけど、そのうち分かるから大丈夫。

「いいのいいの。災難だったわねー。えーと……お名前は?」

「あ、多島(たじま)多島勝利(たじましょうり)。別に覚えなくていいよ。キミは? たしかこないだの葬式の時にもいたよね?」

「うん。私、弓槻の幼馴染みで那々原海紘(ななはらみひろ)よ。家は近所でケーキ屋やってるの。今日は教会のクリスマス会で使うケーキの打ち合わせと、弓槻の様子見で来たんだけど……」

 葬式ってのは、この教会に姉妹で住んでいた鏑城弓槻(かぶらぎゆづき)の姉、薙沙(なぎさ)のものだ。
 先日、俺等の獲物「異界獣」に襲われ、体をバラバラにきざまれて亡くなった。
 弓槻姉妹は、幼い頃両親を異界獣に襲われ、孤児として教団に引き取られてこの教会で生活していた。唯一の家族だった姉まで異界獣に奪われた弓槻は、正に天涯孤独になってしまったんだ。

「で、俺の情けない場面に出くわした、と」
「まあ……。でも、用事はそれだけじゃ……ないんだ」
 と、なにか含みでもあるような口ぶりの海紘ちゃん。
「なに?」
「多島君、今日は神父服着てないのね」
「へ? ああ、掃除してたから普段着のジャージ。神父服なんて、何かの行事の時にしか着ないよ。シスターたちはいつも制服だけどな」
「ええ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?」
「な、なんだよ、そんな心底ガッカリした声上げて。……まさか、見たかった?」

 海紘ちゃんは少し恥ずかしそうにコクリと頷いた。
 ……ええー……。
 そんなの見たい人なんて、いるんだ………………。

「あ――――――。そんなに見たかったん?」
「うん」と言ったあと、何かボソボソと小声で呟いている。
「へ? なんか言った?」
「……せ、制服、萌えだから…………」
「制服……萌え、ですか」

 俺は頭の中が真っ白になった。


 一応というかついでというか、俺と海紘ちゃんは彼女の親友弓槻の部屋を見舞うことになった。
 礼拝堂の裏側は、教会関係者の居住区画となっていて、そこにシスターとか弓槻たちとかが住んでいる。
 一応関係者なんで、俺の部屋も同じ建物の中にあるんだ。

 寒い廊下を弓槻の部屋までサンダルを鳴らしながら歩いていくと、途中シスター数人とすれ違う。
 みな海紘ちゃんと顔なじみのようで、ケーキの件ね、ごくろうさま、と口々に言っていた。
 クリスマスも近いのに、まったくもって憂鬱なことになっちまった、と表情には出さないけど皆思っていた。

 目的地に到着したのだが、呼べど叩けど、自室にひきこもってしまった天照大神こと弓槻は返事すらしなかった。

「なんで弓槻ちゃん出てこないの……」

 ああ、海紘ちゃんでもムリだったか。
 そんな気はしていたんだが、天岩戸はこの数日、深夜を除いてほぼ開いたためしがない。裸踊りの宴会を催したところで、弓槻がドアのスキマから覗くなんてミラクル、まず有り得ないだろう。

「よほどお姉さんが亡くなったことがショックなんだろうな……」

 親友だと思っていた弓槻が顔を見せてくれなかったことが、海紘ちゃんには堪えたようだ。しょんぼりと肩を落としている。

「ほ、ほら、神父服見たいんだろ? 俺の部屋行こうよ。な?」
 俺は、つとめて明るく振る舞った。


 シスターに見つかると面倒なので、ひと目を避けて海紘ちゃんを部屋に連れ込んだ。まるでスニーキングミッションだな。
 俺の部屋、って言っても、仕事のあいだ間借りしてるだけだから荷物なんかほとんどない。
 ここを始め、教団の教会には、こうした宿舎が設けられていて、俺等のようなハンターが寝泊まり出来るようになっているんだ。
 ……つまり、俺等の雇用主は教団ってわけさ。

「はい、どうぞ」

 俺は自室のドアを開けて、大して広くもない部屋に海紘ちゃんを促した。
 昼間からずっと礼拝堂の掃除をしてたから、室内はほとんど外気温と変わらないくらい寒い。

「ごめんね寒いでしょ。すぐ暖めるから」

 俺は慌ててエアコンのスイッチを入れ、カーテンを閉めた。
 海紘ちゃんは両手にはーっと息をかけると、へーきへーき、と笑った。
 俺は海紘ちゃんに椅子を勧め、ご要望どおりジャージを脱いで神父服に着替えた。
 俺自身失念していたんだが、腕をケガしているから片手しか使えず、着替えは難航した。
 待たせるのも申し訳ないと急いで着替えたけど、やっぱ結構時間がかかってしまった。

 で、ウンウン唸りながら不自由な方の腕をジャケットに通すのに苦労していると、後を向いていた海紘ちゃんが途中でケガのことに気が付いて申し訳なさそうに着せてくれた。
 俺があんまりにも気軽に見せてやるなんて言ったものだから、そんなに大変だとは思わなかったらしい。

 さんざん苦労した末、俺のトランスフォームは無事完了した。
 まあ、余所行きというか、礼服的なものだから、樟脳の匂いがプンプン漂ってる。
 普段は教団本部の自室に保管しているんだけど、急に葬式に立ち会うことになったので、この教会まで本部スタッフに急送してもらったんだ。
 派遣先で必要になったものは、本部に連絡すると、たいがいのものは手配して送ってくれる。

 身長約百八十㎝余り、細マッチョの俺は、長身を黒ずくめの装束で包んでいるせいか、姿見の中では着やせして見える。
 ちょっと雑なカットの黒髪のサイドには、少しだけ白っぽいメッシュが入っている。これは染めたわけじゃなく、生まれつきだ。
 黒目が大きいので、たまにカラコンを入れているのかと言われるが、主に夜間の荒事を生業にしている俺にとって、そんな危険なものを目玉にくっつけるなんて正気じゃない。
 頭の良さそうなツラ構えに見えなくもないが、実際は熱心に勉強をするタイプでもないし、仕事が忙しいから成績も良い方じゃない。
 普段は教団の経営する学校に在籍しているから、オツムがアレなのを目こぼしされているだけなんだ。

「うわあ………………」
「お、お気に召して頂けましたでしょうか……」

 全身フル装備になった俺を見て、海紘ちゃんの目がマジでハートになっている。
 そんな彼女を見て、正直ちょっぴり引いてる俺。
 というか男の制服萌えってのがよくわからんし……。

 でもよく考えたら、海紘ちゃんが見たかったのは服の方であって俺じゃないわけで、そう思うとちょっとガッカリしたような安心したような、複雑な気分になってくる。だって、葬式で見かけて一目惚れなんて、リアルにあったらなんか怖いじゃないか。

「しゃ、写真、撮っていい?」

 両目をらんらんと輝かせて海紘ちゃんが訊ねた。イエスかはいと答えろと、顔いっぱいに書いてある。

「ダメ……って言っても、ダメなんだろ?」
 俺は彼女に負けじと満面の笑顔で答えた。

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