ブラの名前

エピソードの総文字数=2,505文字

 安土める子、というのも、なんともけったいな名前を親につけられたものだが、この名前のせいで、高校入学時から可笑しな名前の者同士、気楽となんとなく仲良くなったのというのもある。
 める子の父親は、特定郵便局の局長をしていて、その縁で娘にメールにちなんで「める」とつけたらしいが、一歩間違えば虐待だぞそれ、と思うものの本人はすでに達観したのかあっけらかんとしている。
「いいじゃん。携帯時代にはけっこうウケたし。そのうち、なんとかライン君とか、なんとか茶人(ちゃっと)くんとか、出てくるんじゃない?さきがけよ先駆け、あたしは一歩先を行ってるの」
と、いっこうに気に介した様子がないので、友達もみんな
「メル~」
と呼んでいるのは、それはそれで可愛らしい。
 目が大きく愛嬌があるので、誰からにも好かれるのだが、ちょっとばかり男勝りで暴れん坊なところが玉にキズだ。
 玉といえば、める子が高校に入ってすぐ、同級生男子に自分が「メルモちゃん」なんてバカにされたのを察知すると、
「てめえらみたいに体の一部がでっかくなったりちっちゃくなったりせんわ!ボケ!」
と女子とは思えないツッコミで周囲を驚かせたのは武勇伝である。
 ああ、玉といえば、とつい書いてしまったが、玉の方はおっきくなったりちっちゃくなったりしないことは言うまでもない。

 「で、なぜ俺はいま、新幹線に乗せられているんだ」
 憮然とした顔で、シートで腕組みする気楽は、猛スピードで走りゆく車窓を見ながら唇をとがらせていた。
 京都駅から新幹線。東京までの切符をなぜか自腹で買わされ、このシートに座っていることに完全に納得がいかない。
 たしかに、める子は短大卒業後、都内のどこか大手の企業に就職したはずだが、まさに十年ぶりくらいに突然気楽の前に現れては、そのまま拉致され東京まで連れていかれる筋合いはない。そりゃあたしかに、高校じゅうの人気者だっためる子が現れて、一緒に来てなんて言われたら、ちょっとくらいは鼻の下がのびてしまうのも致し方ないが、それにしてもこんな目に遭うことはないだろう、と思う。
 学生たちに冷やかされたように、ちょっとでも色恋のニュアンスでも醸し出されていれば別だが、当のめる子はガルルルと今にも何かに噛みつきそうな勢いで、しかめっ面をしているのだ。
「……ああ、やっとこれで話がちゃんとできるわね」
 それでも隣の席のめる子は、気楽の質問には答えるつもりがあるようだった。
 いやむしろ、話をちゃんと先に済ませてから、ここに連れ出してほしいものだが。
「同窓会ぶりに会ったと思ったら、教室まで乗り込んでくるわ。そのまま新幹線だわ。だいたい事情が全くわからん。説明を希望するぜ」
「だって、探しまくったのよ!同修社大学にいるってことしか知らなかったから、そこらへんの学生に訊いたり、食堂で訊きまくったり、でね!ある子が『事務室で尋ねたらどうですか?』って言ってくれたからあったまいい!と思って」
 あったまわりい……、まず最初にそこだろ行くべきところは。と思ったが口には出さない。
 そもそも、今日講義がなかったらどうしたんじゃい。とも思ったがこれも口には出さなかった。
「……で?用件はなんだ。京都からわざわざ東京まで連れていくってんだから、それはのっぴきならない事情なんだろうな。俺だって暇じゃないんだ。そもそも、授業ひとコマつぶしてきたんだから」
「ごめん!それは謝るわ!でも、ほんとに大変なの!三浦くんじゃないと、解決できない難問なのよ!」
 そう言いながら、めろ子はガサゴソとバッグからスマホを取り出し、画像フォルダを開いた。
「見て!これが犯行現場にあったの!」
 そこには、大型のロッカーの扉が全開になっていて、棚の中央に一冊の本が置かれている写真が写っていた。
 そこそこ分厚い書物で、しおりのようなものも挟まれている。
「これがなんだ。こんなもんでどうして俺が必要なんだ」
 だいたい、犯行現場ってなんだ。何か事件めいたものがあったのなら、警察に相談すればいいことであって、わざわざ東京から京都まできて、あまつさえこの俺を東京まで連れていこうなんざ、全くもって意味不明だ。
「わっかんない男ねえ」
 しかし、める子はそんなわけのわからないことを言う。
「この事件は、あんたにしか解決できないからこうして来てもらうの!拡大しなさいよ、もっと拡大!」
 なぜかすごい剣幕なので、しぶしぶスマホを借りて写真をズームする。そのとき、気楽にはすこしだけビビビと来るものがあった。
「これは……」
「ね。だからあんたじゃなきゃダメって言ったでしょ」
 いやまあ、つながりがないわけではないが、まだ俺じゃないとダメとかは意味がわからない。ただ、そこにそれが写っている。それだけのことじゃないか。
「何かわかった?気づいた?」
 家で勉強を教えているおかんみたいな言いぐさで、める子は俺に言った。
「ああ、気づいたよ。ここに写っているのは、聖書だ」
「そう!聖書、聖書なのよ!」
 ビシッと人差し指で気楽の鼻の先を指さす。こらこら、人を指でさすもんじゃないと教わらなかったのか。
「事情はこれからちゃんと話すわ。でも、警察沙汰にもできない。誰にも相談できない。そして犯行現場には聖書。こうなったら、頼れるのは一人しかいないでしょ?」
「聖書に詳しい学者である俺ってことかね」
「そう!あたしの知り合いでそんなわけのわからんもんに詳しいのはあんたしかいないのよ。だから急いですっとばして京都まで来たの!」
 おいおい、すっとばしてくれたのはタクシーの運ちゃんと、新幹線の運転手さんで、おまえは何もすっとばしてないだろう、と言いたかったがそれはぐっと飲み込んだ。
 とにかくもうすでに、気楽はこの事件に巻き込まれてしまっているのだ。
 ほんのちょっとだけ、何かおもしろいことはないかと願った自分を後悔した。こんな時だけ神様は願いを聞き届けてくださるんだもんなー、と。あんなこと言わなきゃよかったと悔やんだが、すでに後の祭りだった。

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