怠惰の神とフィクションブック

第9話 マフラーは赤がよい

エピソードの総文字数=2,107文字

広い湖っすねえ。

琵琶湖っすか? 琵琶湖っすね!

残念ながら琵琶湖ではないよ。

できたばかりの名もない湖だ。
名付けるなら元王都エラバンテル湖といったところか。

元ってことは、この下に街が沈んでるってことっすか?
悲劇っすねえ。所詮人間とはいえちょっと同情するっす。

その原因は君が世界を水洗いしたせいなんだけどね。

きっと天罰くだっちゃったんっすねえ。
自業自得っす、同情の余地はないっす。

クルクルとよく回るてのひらだ。
君の手首にはモーターでもついているのか。

女は裏表あるほうが魅力的だって本に書いてあったっす。

なんでもかんでも本のせいにするんじゃないよ君は……。
裏表があって薄っぺらいのはトランプだけで充分だ。

けどかみさま。
元とはいえ王都だけあってそれなりに人がいるっすね。

湖を中心とした街が形成されつつあるな。
人間はたとえ身を裂くような痛い思いをしても、
その土地から離れることはできないものだ。

市も立ってるっす。

さあ寄ってらっしゃい! 安いよ安いよ!
リモーア産のリンゴが1つたったの10万モニーだよ!

相変わらず高いっすねぇ。
2人分の食費より高いっす。

おじさん、リンゴ2つください……。
腹が減って死にそうなんです……。

はいよっ! 20万モニーだよ!
おい8万モニーしかねえじゃねえか!
貧乏人はよそいきな! お前だけが客じゃねえんだよ!

うう……、つらい……。

供給が少なくとも需要があれば物は売れる。
そうなれば、あとはひたすら物価が上がり続けるわけだ。
まるでオイルショックだな。

それでもちゃんと売れるんっすねえ。
あの商人はどこから仕入れてるんっすかね?

あの大きな幌馬車を見るに、
おそらくこの街の商人ではないな。
近隣の街から物を売りにきているのだろう。

うらァ! バイトのくせにサボってんじゃねぇぞ!

うう……すまぬ。
最近もやしばかり食べているせいで少し立ちくらみが。

んなこと聞いてねぇよ!
言い訳してねぇで手を動かしやがれ!
給料さっぴくぞこのアマぁ!

くっ……ただでさえ時給8000モニーだというのに……
これ以上差し引かれては生活が成り立たぬ。

ならさっさと諦めてその身体売っ払っちまったらどうだ?
落ちぶれたとはいえ貴族サマだ、そこそこ金になるだろうよ。

下衆めっ……!

雇用主様に向かってなんだその口の聞き方は? ああん!?

一触即発っす!
かみさまアレ助けなくていいんっすか!

何故神である私が不憫な人間ごときに
いちいち手を差し伸べてやらねばならんのだ。
あの男の言う通り身体を売れば済む話ではないか。

いやなんか流れ的に助ける感じだったじゃないっすか。

リンゴが1つを遥かに下回る低賃金で
真面目に働いているヤツが馬鹿なのだ。
それこそ自業自得ではないか。

オラァ! こうしてやる! こうしてやるっ!

ぐわーーーっ! 耐えろ! 耐えるんだアーテルメラン!
今はまだ耐えるときなんだーーーーーっ!

売り物のゴボウでしこたま叩かれてるっす……!

ふむ、見ていて気分の良いものではないな。
仕方あるまい、あの人間にしよう。
おいそこの女!

ぐっ……なんだ? 私か?

ああそうだ。私は女と言ったんだ、貴様以外に用はない。
この私が貴様に、文字通り神の救いの手を差し伸べてやろう。

救いの手……? いや、しかし私は……

この期に及んでためらうとは、気高き魂とは実に醜い。
人間とはかくも鈍感に成り下がれるものなのだな。
だが残念ながら貴様に拒否権はない。フィクションブック!

ズモッ!

オイオイ、いきなりなんだテメェ!

千の世界、万の時代、億星霜の彼方より、
怠惰の神・ネヴェスの名において招聘する。

フィクションブックよ、そのページに新たなる名を刻め!

ズモモモモモモモモモモモモモモモモ

弱きを守り強きを挫く愛と正義の申し子よ。
痩せた羊を、狼のアギトから救えい出せ!

出でよ、正義の戦士!

なっ、なんだぁーーーーっ!?

女をいじめるヤツはこの俺が許さん!

わぁーーーーーっ! 出たーーーーーっ!

なんだテメェ! それ以上近づいたら
この女をゴボウでしこたま叩いてやるぜ!

ああっ!

させるかっ! とうっ!

ぐへぇーーーーーっ!

勧善懲悪! ではさらばだ!

バイクに乗って行っちゃったっす。
サイン欲しかったっす。

いかなる時代も正義は勝つ!
ド王道だが、悪いものではないな。
悪代官をひたすらボコる時代劇が40年以上も続くわけだ。

私たちはなにもしてないっすけどね。

いかなる時も他力本願が私の信条だ。

ああ……ありがとう。本当に助かった。
なんとお礼を言えばいいのやら。

私とて下心あってのことだ。礼などいらん。
ただ一つだけ、私の願いを聞いてはくれないか。

もちろんだ! 遠慮なく言ってくれ。
我が名は騎士アーテルメラン、没落したとはいえ貴族の末席だ。
私にできることならなんだってしよう!

…………。

言っちゃったっすね。

えっ?

騎士アーテルメラン。
貴様は今日から私に仕えろ、私の奴隷になれ。

……………………えっ?

正義さん(?~?)
助けを呼ぶ声に応え、どこからともなく現れる正義の味方。
赤いマフラーとパンチパーマがシブい。
アマゾンの奥地を探検したり、戦国最強だったり、
飛んできたミサイルを一本背負いしたりするらしい。
その正体は一切不明、謎に包まれている。

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