年下上司

3 桜陽の薄く暮れゆく木ノ下で なんで俺から言わせるんだ

エピソードの総文字数=1,356文字

あっと、えーと。なんだその。あ、そうだ。休暇届け、いつ出した。俺、観てないぞ、勤怠表。
あ、それはたぶん、昨日の昼いちに休暇届け出そうと思って管理室行ったとき、ちょうど部長に会ってですね。
『場所取り頼むな』っておっしゃったから、『朝から詰めときます』って。
『じゃ、今判子押しとくか』てことになって。
そしたら事務の斉藤さんが、『入力するから先に貸して、あとで河津主任に返すから』ってことで。

だからたぶん今、春木さんのデスクの上で、主任印だけない状態で、俺の休暇届けがあると。
お前が何言ってるのか全然わからない。
ですか……。まあ、そういうことで明日一日、俺は研究室にいないですけれど、とりあえず明日明後日までに提出というようなものはないですから。
菜の花バックに、嬉しそうに言うかそういうことをさ。……ま、いいよ。で?  ここは今夜はほっとくのか? 総務はシートとプレート置いて、占有権主張!みたいにしてたけど。
そういうことはもう全部、俺に丸投げしてください、春木さん。仕事でもプライベートでも、春木さんが快適に過ごせるっていうのが、俺の理想ですから。
うん? 俺自身が理想じゃなくて、俺の快適さが理想ってどういう意味だ。
(笑)
なんだよもう。そのお前の笑いかたに慣れてきちゃったな。
ところでさ。河津、俺のこと、どうして『主任』って呼ばないんだ。部長のことは『部長』って言うのに。
それはですね…
呼称は慣れですから。いざというときに、しかるべき場所で『主任』と呼ぶようなことになりたくないから。という、俺の希望的観測。でも春木さんにそれ言ったら二度と口きいてもらえない気がするから、言わないでおく。
あ、答えなくていい。べつに『主任』て呼ばれたいわけじゃないから。同じ歳の友達なんかもみんな、俺のことは『春』って言うし。
主任……
わっ、キモチ悪!
なんだかんだとこんな会話も楽しいが、そろそろ夕風が冷たくなってきた。
遊歩道には誰もいない。
春木さんはすこしむっつりして何も言わない。
俺は春木さんの後ろに立っているだけだ。
花びらがときおりひとつふたつみっつと散り落ちてくる。
俺は幸せな気分だけれど、春木さんはそうじゃないんだろうなと思うと、なんだか申し訳ないような気がしてならない。
俺がなんとなしに、帰寮しないんですかという話を振ると、春木さんは軽く俺を睨んできた。
帰れって意味か。
風邪ひかせたくないですから春木さんに。
ふん。看病なんかできそうにないもんな、お前。
病気で弱って、赤い顔して横たわってる春木さんを目の前にして、自制心が保つとは思えない。
できないと思います。
俺が熱出してふらふらになって、ドリンクも買えなくて、脱水になっても、咳して肋骨折れても、お前には関係ないからな。
熱出したら医者に連れていってあげます。ドリンクは箱で買って部屋まで運びましょう。
脱水になったら点滴してくれる病院へ運び込みますよ。
咳による肋骨の骨折は……たぶん、あれって治療できないので、俺にはどうしようもないです。
折れないように予防してください。
いい。何もするな。死にそうになってもお前に助けてくれとは言わない。
言わなくていいですよ。勝手にお助けします。
助けなんか要らない。
お支えします。何があっても。どう言われても。
春木さんは何も言わなくていいです。

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