神と大統領と弾道ミサイル(仮)

神の生放送

エピソードの総文字数=4,008文字

CNM中東・中央アジア支局特派員、ライザ・フローレンスです。未だ内戦が継続するオーレス共和国にあって、北東オーレスに確固とした基盤を築き始めた勢力――アスタリアの名前を聞いたことがある人は未だ多くはないでしょう。
 官邸の大広間で、ライザがカメラを向けて熱心に語っていた。特派員としての仕事をこなすライザからは、工作員としての面影はとても感じられない。
先立っては、独立武装闘争を継続するアスタリア人を、オーレス共和国政府が鎮圧に乗り出しました。しかし逆にその攻勢を挫かれたことは、ここオーレス国内では有名な話になっています。その際、オーレス共和国政府の発表によれば、アスタリア人は生物化学兵器を使用し、周囲の共和国民を恐怖の底に沈めたとされています。このオーレス共和国政府の発表に対し、アメリカ政府のほうは沈黙を貫いています。その真相はどのようなものだったのでしょうか?
 堂々とテレビモニタの前に姿を現すライザは、ひっそり影に隠れて工作活動に従事するエリカとは好対照をなしているとも思えた。
多くのアメリカ市民の関心はすっかり遠ざかってしまっているようですが、首都オーレスには不測の事態にも対応できるアメリカ軍が駐留していることをこの機会に思い出してください。このアスタリア人の台頭は、私たちアメリカ市民にとって、決して他人事ではないのです。そこで今回はCNMの総力を挙げて、このアスタリア人の実像に迫ります。
 ちなみに時刻は早朝4時である。欧州やアメリカ時間に合わせたライブ中継だから、この時間がちょうどいいのだ。また、昨晩深夜にプーチンに向けて宣戦布告を行い、本日6時にモスクワへ向けて大量の弾道ミサイルを飛ばすと宣言してあったから、事態は必ず動くと想定してのことだった。そして空軍を最短で動かし何らかの手を打つとしたら、このタイミングしかない。
オーレス内において力を増し続けているアスタリア人というのは、いったい何者なのでしょう? この度、幸運にもCNMは、アスタリア人を率いる首領――不動天馬へのコンタクトに成功しました。これは世界初の、貴重な独占インタビューになります。

 ここで初めてカメラが引き、画面にはライザと天馬が並んで映り込んだ。2人とも椅子に腰かけてのインタビューである。大広間の隅においてあるテレビで、実際にCNMで映像が流れているのが確認もできた。十数秒のタイムラグはあったが。

 また、ライザと一緒にやってきた取材クルーは、この前と同じCIAの男2人、カメラマンと音声担当である。他に大広間には、エリカがドアのそばで壁を背にしてこちらの様子を眺めていた。

首領、今日はインタビューを受けてくれてありがとう。大統領とお呼びしたほうが宜しいのかしら?
大統領だ。

我がアスタリアは以前から独立を高らかに主張している。そして現に、この地では実質的な自治が行われ、内戦にかかわること以外での大きな治安の乱れもなく、俺の下での優れた治世が達成されているといえるだろう。

 天馬が公に、そして国際的に身を晒したのはこれが初めてのことになる。オーレス共和国に関心を持っている世界市民は少ないし、ましてやアスタリアなどほとんど誰も知らないから、舞台のキーになる民族とはいえど普通なら独占インタビューなどということはありえない。CNMとて商売なのだから、視聴率が取れないことにはメディアが成り立たないためだ。CIAあってこそのこのインタビューだろう。
不動大統領、この放送はライブで放映されています。初めてのインタビューですが緊張は?
そんなものはない。この俺はいつでも冷静だと定評がありすぎて自らに恐れおののくほどだ。
冷静さに自信がおありなようですね。ただ、不動大統領は先のオーレス共和国軍との紛争において、生物化学兵器を使用したという未確認情報があります。この点について、実際のところをお聞かせいただけないでしょうか?
第一に、アスタリア帝国には、戦力として有効なあらゆる生物化学兵器を製造できる能力がある。それは動かしがたい事実だ。その能力をもしCNMが直に確かめたいというのなら、現に製造してやってもいいのだが?
いや、それは困ります。
ふむ、続けよう。第二に、アスタリア帝国には現時点において生物化学兵器は存在していない。
どういうことですか? 製造はできるけれども、保有はしていない?
帝国は6時間で、軍事的に極めて有効な生物化学兵器を製造することができる能力を保有している。だが現時点においては保有していないということだけにすぎない。
では先の政府軍との戦いでは、生物化学兵器を使用したとされる情報は捏造だと?
そうだ。何より重要なこととして、我が帝国はそもそもオーレス共和国との紛争においては、生物化学兵器に頼らねば勝てないような状況ではない。
なるほど、生物化学兵器を使う必要性自体がなかったと。ですが、いざとなれば使用する意思はあるということでしょうか?
およそあらゆる軍事的兵器は、使用されることが前提になっているものだ。それは核兵器とて論外ではない。だからこそ核兵器では相互確証破壊が微妙なバランスの下で成立している。我々がもし生物化学兵器を取り揃え、それを使わざるをえなくなった状況においては、使用することに躊躇はしないだろう。
それは国際社会からの猛烈な反発を招くのでは?
感情論ではなく、冷静に思考しろ。自国の滅亡が間際に迫り、仮に我が民族が根絶やしにされかねないような事態になれば、生きるために使用は厭わないはずだ。この俺は、そうした場合において使用を厭わないと言っている。
そういうスタンスすら、国際社会が認めるとは思えません。
国際社会なるものが勝手に判断するがいい。現実としてはだ、生物化学兵器を使用もしていないし、その証拠もない。ただ未来において、何らかの危機に追い詰められれば、どのような国家や民族であろうとも使用を厭わないはずだと一般論を主張しているのだ。核兵器とて、同じ理屈のうえで成り立っているはずだ。
少なくとも現時点で使用していないし保有もしていないなら、どこかの国が不動大統領を責めるというのは奇妙な筋書きになるかもしれませんね。大抵の国であれば、製造能力くらいはあるものですし……。
繰り返す。帝国は、いざ危急存亡のときとなれば、生物化学兵器を製造する能力も、使用する意思も持ち合わせている。そこは揺るぎない。
オーレス共和国政府との紛争を優勢に展開している不動大統領は、ほかにどのような軍備を保有しているのでしょうか?
実はすでに我が帝国は、中堅国にも匹敵するような軍事力を保有している。配備する弾道ミサイルは3000発を越えたところだ。そのほか、地上部隊への攻撃を主任務とする無人攻撃ヘリ部隊も整備しはじめている。急ピッチで、あらゆる軍事力強化を進めているところだ。
弾道ミサイル……?

このような政治的影響力、経済的影響力が小さい周辺の小民族が、そのような軍備を持つことができるなど、とうてい信じられることではありませんが……。

信じる信じないは好きにしろ。だが、弾道ミサイル群の発射準備はできている。現に、それらのミサイルが発射され、攻撃目標に向かう場面をそのカメラで映すといい。さすればこの俺の主張は真なのだと、世界市民どもは理解できるはずだ。
ミサイル発射ですって!? いったいどこへ向けて!?
これは生放送という理解でいいのだな?
もちろん、申し上げた通りです。このインタビューはリアルタイムで放映されています。
我がアスタリア帝国は未だ独立を達成していないものの、それでもオーレス共和国地域全体の平和や利益を考えて行動しているつもりだ。その我らいたいけなオーレス人民を苦しめる存在はどこか――それはロシアだ。
ロシア? 唐突にロシアの名前が出てきたように感じられるのですが……。
アメリカ人にとってはそう思えるのだろう。しかしオーレス共和国内に暮らすすべての者たちにとって、ロシアの脅威は日常的なものでもある。ロシアは、オーレス共和国内の内戦に頻繁に介入し、民族間を争わせ、憎しみ合わせて内戦を煽り続けている。これは事実だ。
それは、ロシアが展開している謀略なのですか?
謀略などという生ぬるい話ではない。我が帝国は、戦争だと認識している。多くの世界市民は知らぬだろうが、ロシアは平然と国境線を越えて特殊部隊を送り込んできたりさえする。このロシア軍による不当な攻撃で、どれほどの同胞が命を落としたことであろうか。これらの隠然と繰り返される非人道的行為・無差別殺戮を前に我々は忍耐し続けてきたが、もはや我慢できる限界を超えた。
 かなりの誇張と嘘を交え、天馬は真顔で言い切った。プーチンが聞けば激怒すること確実だ。
ではもしや……ミサイルの向かう先はロシアだと……!?
防衛のためにはやむを得ない措置だ。こうでもしない限り、ロシアの殺戮は止むことはない。
ロシアが侵略や殺戮を繰り返しているなど、一見、信じがたいお話に聞こえます。
ロシアの目的はひとつ。オーレス共和国を混乱状態にしておくことで、この地域の安定化を図ろうと努力を続けているアメリカの国力をそぎ落とすことだ。それゆえにロシアは、オーレス共和国内に強い力が現れるのを望んでいない。
なるほど……だからこの地域を収める軍事力を持ち始めたアスタリア人を叩くことで、さらに地域の混乱を深めようというのですね?
その通りだ。だが我々は、ロシアによるこれ以上の攻撃を許さない。今日こうしてインタビューを受けたのは世界市民の前で明確に宣言するためでもある。実はこの俺は本日、ロシア連邦に対して宣戦布告を伝えたところだ。プーチンに直接な。
な、なんですって!?
 ライザはあからさまに驚くような演出をしてみせた。ややわざとらしくもあるものの、むしろ逆にここで驚かないほうが不自然だ。

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