【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

1-03 謎

エピソードの総文字数=3,190文字

 閑静な住宅街での謎の焼身自殺。

 見出しだけは大きくショッキングなものだったが、「ショッキングな事件」そのものがありふれている昨今、それはとり立てて目を引く事件ではなかった。
 自殺したのは中学3年生の少年で、学校でも目立たない地味な生徒だったらしい。成績も中ぐらい。体育が苦手で数学が得意。エスカレーター式に高校まで進める私立の学校に通っていたから、進学について悩むような状態ではなかったのだという。
 家庭環境はやや特殊だった。5歳のときに事故で両親を亡くし、養子として現在の両親に引き取られている。養父母との関係は良好。経済的にも安定した家庭だったが、思春期でもあり、そうした境遇に悩んでいた可能性も考えられるだろう。また、趣味がインターネットでのオンラインゲームで、ネット上には大学生や社会人の友人も持っていたらしい。自殺の原因は、家庭環境や交友関係にあったのではないか。
 奥様向けのワイドショーはそんな風に締めくくられた。
まあ……ワイドショーの情報なんてこんなもんか……。
 茂はパジャマ代わりのスウェット上下のまま、テレビの画面をぼんやりと見ていた。番組はすでに自殺の話が終わり、芸能関係の話題に移っている。
あら、もう起きて大丈夫なの? もうすぐお粥ができるけど、テーブルで食べられる?
――ねえ、やっぱりお医者さまに診てもらった方がいいんじゃないかしら。あんな熱出すなんて、ママ心配だわ……。
 キッチンから茂の母・美津子が顔を出した。
 福島美津子(43歳)。白いフリルのエプロンとにっこり笑顔がトレードマークの専業主婦。……そうこれが、茂の頭痛の種である。
 目を見張るほどの美女、というわけではないが、近所の奥様連中を見渡せば、身贔屓を差し引いても3番目か4番目だろうと茂にも思える程度には整った顔立ちである。若作りなのか童顔なのか、知らないやつが見れば年齢を言い当てるのは難しいだろう。
医者なんて別に……。
もう大丈夫だよ。
一週間も寝てたから身体もなまってきたし、明日から大学行くよ。
 そう言って茂はテレビの前のソファから腰を上げた。
 20歳の誕生日にとんでもないものを目撃し、以来一週間、熱を出したりうなされたりですっかり調子を崩していた。
 焼身自殺を目撃したことが不調の原因……とは言い切れない。その後、警察にも何度も事情を聞かれたし、新聞社とテレビ局にも話を聞かせてくれと食い下がられることになった。疲労困憊の原因はむしろ、そういう事件後のあれこれのほうだ。
ご近所であんな事件が起こるなんて、ママもびっくりだわ。
あれ以来、奥さん同士の話もそのことばっかりよ。ワイドショーも顔負けね。『息子さん何か言ってなかった?』ですって……。
 食卓についた茂の前に粥の入った椀を差し出して、美津子もまた椅子に腰を下ろした。
事件……って、ただの自殺だろ。
 テーブルに置きっぱなしになっていた今朝の新聞を広げながら、茂はお粥をすすった。塩分控えめ、具は葱のみ。まるっきりの病人食だ。上げ膳据え膳の優雅な身分で文句を言うつもりもさらさらないが、そろそろ歯ごたえのある食事が恋しい
謎の自殺だとか何とか、いろいろ騒がれているじゃない。あなたも何日も寝こんじゃうし……。みんな興味あるのよ。

あ、ごめんなさいね、食べてるときに……。
 そう言って美津子は口を閉ざした。
 死体を見て吐いた……という話をしてから、食事が喉を通らなくなったのはむしろ茂よりも美津子のほうだった。
俺はもう大丈夫だって言ったろ。母さんが平気なら晩飯はとんかつにしてよ。
そう? じゃあママ、腕を奮っちゃうわね!
 ウキウキとキッチンに向かう母を見送って、茂は新聞をめくった。
 もう自殺の記事はどこにもなかった。ワイドショーもすぐに話題を変えるだろうし、ご近所の奥様連中の詮索も別の方向に向くに違いない。それは、茂にとってもほっと胸を撫で下ろす事態だった。
 謎の自殺……。
 「ジャングルに虎がいる」と言い残したあの言葉。
 そのことが、確かに胸に引っかかっているけれど。

 謎なのは……近所の奥様連中が詮索したがっている「自殺の原因」ではなかった。
遺書もなく、悩んでいた様子もない中学3年の少年が突然焼身自殺をする。
――理由を知りたがる気持ちは分からないでもないけど、自殺の原因は『不明』ではあっても『謎』じゃない。
 ワイドショーでは問題が提起されただけで明確な答えは出されず、何より現場を調べた警察が頭を抱えた「謎」は、もっと別のことだった。
 少年が火だるまになって突き破り、落下した窓は、彼の自室のもので、『焼身自殺』の現場となったのもその部屋だった。部屋の内部は荒れた様子はなかったのだと、事情を聞きに来た警察の男は語った。
 一応自殺以外の可能性も調べているのだということだった。いくつか腑に落ちないこともあるからね、と念を押すように男は言った。
 言い争っている声を聞かなかったかとか、窓から女(自殺した少年の養母だ)が顔を出して悲鳴を上げたのは落ちてからどのぐらい経ってからだったかとか、質問はそういうことをくどいほど繰り返した。

炎が獣の形に見えたことは酔っ払いのタワゴトだって笑い飛ばされたし、あの子が最期に言った『ジャングルに虎がいる』という言葉も、聞き違いかもしれない意味不明のものとして片付けられた。

……まあ、警察の方も質問のタネは品切れ状態だったんだろうな。
 腑に落ちない、と警察が言ったのは少年を焼いた炎の形ではなく、その炎の火種のほうだった。ライターでもマッチでもろうそくでも……或いはキッチンのガスコンロから火を拾った棒切れでも、何でもいいから火種さえ見つかれば単なる自殺として片付けらる。謎は他にもあるが――例えばガソリンでも浴びなければ人間の身体はあれほど急速に激しく燃え上がることはない――だがそれは横に置いといたって構わない問題だった。火種さえあれば、『焼身自殺をしようと少年が自ら火をつけ、何らかの理由で激しく燃え上がった』と結論が出せるのだから。
 しかしその火種が、何も見つからなかった。
 養父母による殺害、少年の部屋にあった電化製品の漏電など、警察はさまざまな推測をしたようだったが、どれも空振りだったらしい。
警察がゲームの話に食い付いてきたのもそのせいだろうなぁ……。
 火だるまになった少年が、インターネットのオンラインゲームに熱中していたことはワイドショーでも伝えていた。
 そのゲームが『ミノタウロスの迷宮』なのだと茂が知ったのはそうした警察の男との会話の中でだった。少年は『Kazupon』というハンドルネームを使い、ゲーム仲間のホームページの掲示板やチャットルームなどにも頻繁に顔を見せていたのだという。
 本当に知識がなかったのか、それとも茂を探る意味であえて無知を装ったのかは分からないが、男は茂もまた『ミノタウロスの迷宮』をプレイしていると知るや、途端に食い付いてきた。ゲームの内容やそのシステム、ネット上での知り合い、多くの場合顔を見ることもなく掲示板やチャットルームだけで交友する人間関係などについて、次から次へと質問が飛び出してきた。
 少年は毎晩のように遅くまでオンラインゲームをしていて、養父母にたしなめられることも何度かあったのだそうだ。死んだ時もパソコンはインターネットに接続され、ゲームの画面が立ちあがったままだったのだという。
あの時、時刻は12時38分だった。
……ゲームが盛り上がる時間帯のひとつだ。
 ……とは言え、茂の側に警察が満足できるほどの情報があったわけはない。「ミノタウロスの迷宮」は確かに以前プレイしていたが、マニアックにアクセスを続ける連中のようにのめりこんでいたわけではない。
 「ミノタウロスの迷宮」関係の話題は、30分程度で終わり、それっきりだった。

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