放蕩鬼ヂンガイオー

3「だから今でも思うぜ。そのヒーローに、ありがとうって」

エピソードの総文字数=3,191文字

   ○   ○   ○


 客のはけた店内に、夕日が差し込み始めた。

 昼間の熱気が少しずつ漏れ出ていくのを感じながら、ヂンガイは天甚の背中を眺めていた。

 二人きりで話をするのは、初めてだった。

「砂糖、多めに入れといたかんな」

 レジ脇のサイドテーブルにカフェオレが置かれた。となりには茶菓子としてバウムクーヘンが添えられている。

 ヂンガイは小さく礼を言ってから、ラブキャラ柄のマイカップを手にとった。

「ワシが好きな特撮ヒーローに、戦隊ものってジャンルがあってな」

 天甚があぐらをかいてレジに座る。

「は、はぁ。なのだ」

 ヂンガイは天甚を見上げながら頬をかいた。

「日曜の朝に、なになにレンジャーっていう名前でやってるやつよ。で、その戦隊ものの番組改変時期が、毎年きまってだいたい二月頃なわけ」

 なにが言いたいのかわからない。
 ヂンガイはおろおろしながら、とにかくコップをすすった。

「年明け一発目の放送で、登場キャラクターみんな袴とか着て集まってな。『今年もホニャララレンジャーが世界の平和を守る!』『本年も応援よろしくな!』とかそういう大見得きっといて、その一ヵ月後には最終話でお別れになるんだよ。ほんと微妙な気分だぜ」
「は、はぁ」

 なんとなく自分の帰還と絡めて話をしてくれていることは理解できたが、結局よくわからなかった。

「当然、終わったあとには新しい戦隊ものが始まるんだけどよ、だからって一年間慣れ親しんだ連中とお別れになるのはやっぱり悲しいぜ」

 言って涙ぐみながら袖で目元をぬぐう天甚。まさか戦隊ものとの別れに対しての思い出し泣きではないだろう。

 ヂンガイはなにかしら返事をしようとこみ上げるものがあったが、いい言葉が浮かばずけっきょく黙りこくった。

「けどな」

 天甚の瞳は、うるみこそすれ迷いは感じられなかった。

「そりゃ『観客の』心情だ。もはやワシたちゃあ、おめえと一緒の舟に乗っちまった関係者なわけだ。よその時空でヂゲン獣が暴れまわってることも知ってる。悲しい悲しいって、引き止められる立場じゃねえんだよな」
「おじい……」

 天甚は片手間に、なにやら玩具をいじり始めた。

 どうやら模型を組み立てているようだが、市販のプラモデルとは雰囲気が違う。単色の樹脂でできた無垢材でパーツが作られており、一般販売される前の試作品のようなものにも見える。

「ワシみたいなジジイが、どうしてこんな酔狂なヒーローグッズの店やってると思う?」
「それは、やっぱり……そういうのが好きだから」
「それももちろんある。けどもな、どうして好きになったかっていうと、親父の影響なんだ」
「おじいのオヤジってことは、ええと……サンタローのひいじいちゃん?」
「おうそうだ、えらいぞ。で、その親父に昔からよく聞かされた話があってな」

 組み立てられている模型が、徐々にまとまった形になってきた。

 腕や足のパーツがあるところを見るに、人型の……どうせヒーローだろう。
 既に似たようなものを何度も見慣れているヂンガイは、特に追求せずに話の続きを促した。

「どんなオヤジだったのだ」
「親父の若い頃はまだ戦争やっててな。親父は零戦……ええと、戦う飛行機乗りだったんだ。で、あるとき飛行機が壊れて近くの島に不時着したらしくって。……そのときの戦争は海が主体だったから、周りも海ばっかりでまあ、遭難状態でしばらく過ごしたらしいのよ」

 模型を組み立てながら遠い目をする器用な天甚。

 そろそろ人型が完成しようとしているが、いかんぜん塗り分けられていない樹脂色そのままの人形である。全体が黄ばんだ白に染まっており、何の作品がモデルなのかよくわからない。

「遭難から何日経過……ってところまでは覚えてなかったらしいんだが、ともかく救助が来るまでの間に異変があったそうでな。深夜、妙な気配を感じて森を調べてみると、巨大な犬の化け物がいたらしい。なんとそいつ、人間の言葉を喋っていたってんだよ」

 ながらくぼんやりしていたヂンガイは、急に目を見開いて声を荒げた。

「ヂゲン獣なのだっ!」
「おう。ワシも今までずっと話半分で聞いてたんだけどよ、今になって思うとそうだったのかもしんねえって考えちゃってさ。で、化け物に襲われた親父は、もう駄目だって半ば諦めかけたそうなんだ。でもそのとき、空からヒーローが現れた」
「は?」
「最初は仲間の飛行機じゃないかって思ったらしいんだけど、近づいてみると全然違った。そいつは人のカタチをしていて、全身に鎧をまとった機械の鬼だったと言うんだよ」
「え、それって……」

 天甚が笑っている。

 はっきりとは言っていないが、自分の中で結論が出ているのだろう。「ん? ん?」とあごをしゃくって反応をうかがってくる。

「え、えっと。その時代、そのエリアなら、間違いなくあたしなのだ。落ちこぼれて迷走してるときの」
「だろうな。親父も戦後になって、よく話してくれたもんだ。誰も知らない謎の英雄に命を救ってもらったって。その影響だよ、ワシがヒーローに憧れた人生を送って、とうとうこんな店まで作っちまったの」

 天甚が、完成した模型をテーブルに置く。

 甲冑を纏った武者のようなヒーローなのだが、額にツノが生えたり武器が金棒だったり、随所に鬼をモチーフにしたデザインが盛り込まれていた。

「ガレージキット……ええと、原型から全部自分で作るプラモデルみたいなもんだ。これ、親父の話を元にワシが作ったオリジナルのヒーロー」
「すごい……いろんなとこが違うけど、でも、もとが放蕩鬼だってちゃんとわかるのだ」
「こいつが親父を守ってくれてなかったら、いまごろこんな店はやってなかっただろうな。それどころか、燦太郎だって生まれてなかったかもしれねえ」

 天甚は模型をつまみ上げ、ヂンガイの前に差し出した。

「だから今でも思うぜ。そのヒーローに、ありがとうって。不特定多数の人間相手にヒーローなんてやってりゃあつらいことも悲しいこともあるだろうけど、たとい落ちこぼれと言われたって、おめえがやってきたことは無駄にはなってねえんだ」

 ヂンガイは模型を受け取り、胸に押し付けるように抱いて顔を伏せた。

 決して重荷ではない沈黙が辺りを包み込む。

「この時代での経験も、いつかおめえの役に立ってくれるだろうことを祈るぜ」


   ○   ○   ○


 路地を抜ける夜風がひんやりと心地よい。
 雨雲の隙間から、月明かりがオレベースを照らしている。

 オレベースの玄関前で、ヂンガイはぼんやりと空を見上げていた。

 (あそこ)にヂゲンアウトして、生まれて初めてヂゲン獣を倒した。もちろんそれはとてつもない快挙だったのだが、それ以上に、周りでみんなが自分を応援してくれたこと、勝利した自分を褒めてくれたことが、例えようもないくらい衝撃的だった。

 そして加えるならば。

 ――燦太郎の顔が脳裏をよぎる。

 あのとき、初めて自分はひとに格好いいと認めてもらった。

「ほんとうのヒーローは、サンタローのほうなのだ」

 ヂンガイは当時のシシドクロ戦で生まれたクレーターをよけながら、自販機に近寄って小遣いを入れた。おでん缶を取り出して開栓、大根をかじる。

「おこづかいもアキバで初めてもらったし、こんなに美味しいものを食べたのもこの時代が初めてなのだ」

 熱々のおでん缶を持つ手に、ぼつぼつと冷たい雨がぱらつき始めた。

「……もどろ」

 少しだけ物思いにふけってから、深呼吸を一つする。追加で牛スジを口に放り込み、ヂンガイは店まで戻って玄関をくぐった。

「勲章、か」

◆作者をワンクリックで応援!

0人が応援しました。

◆コメント欄は未記入でもOK! 公開されないのでお気軽に。

ページトップへ