佐藤茜のよもやまばなし

エピソードの総文字数=3,200文字

 ――ふっと目が覚めた。
 二度と意識が戻らないことも覚悟していたけれど、どうやらそうはならなかったらしい。
 思ったよりも冷静な頭でそんなことを考えながら、目を開ける。
 目を開けて最初に見えたものは、見覚えの無い天井だった。
「……まさかリアルでこんなことを思う機会があるとはね」
 自分の呟きに思わず苦笑してしまった後で、ゆっくりと体を起こす。
 そして、自分の手を眼前に持ってくる。
 ……起きる前から感覚でわかってはいたけれど。
 視界に映る手は、二つあった。
 ちゃんと二つ、欠けることなくそこにあった。
「……っ」
 思わず安堵で涙がこぼれそうになり――実際に溢れてしまうよりも先に、両手を目にあてて、涙を押さえ込んだ。歯を噛み締めて、嗚咽を飲み込んだ。
 流石によそ様の家で、知らない誰かに泣いている声を聞かれたいとは思わないし、その声に気付いた誰かにこの姿を見られたいとも思わなかったからである。
 もっとも、既に誰かがこの部屋に居た場合は意味のない行動ではあったのだけれど。そこまで気を回せる余裕は、なかった。
「…………」
 数秒の間、そのままの状態で動けずにいたが。
 泣いたら少しは気分が落ち着くもので、気持ちに余裕が出来た私はここで初めて、周囲に視線を巡らせることができた。
 部屋を眺めて最初に思ったことは、やっぱりここは見覚えのない場所であるということだった。
 一言で表現するなら、和装の部屋というところだろうか。
 広さは五畳程度か。私から見て右の壁には桐箪笥、左の壁には襖のついた収納スペースがある。
 座った姿勢では背後の方向を見ることはできないので、くるりと体を半回転してみると――視界に人影が入ってきてびっくりすることになった。
 その人影は、桐箪笥と背面の壁に沿って設置された文机の間に座っている、一人の少女だった。少女だとわかったのは、その服装からである。
 正直なところを言えば、その人影を見つけたときには、うっわぁ恥ずかしいところ見られたかなぁ、なんて考えていたのだけれど。
 立ち上がって静かに近寄ってみると、彼女はどうやら体操座りで頭を膝上に乗せた状態で眠っているようだった。
 ……ここはアヤコの部屋なのかな。
 もしもそうだとすれば、あの布団の持ち主はアヤコである可能性が高まり、なおかつ主人を差し置いて占拠していたということになるのだけれど。
 ……まぁ、意識が無かったんだからどうしようもないか。
 そう考えて、気持ちを切り替えるために吐息をひとつ吐く。
 ……状況を整理しよう。
 私が意識を失う直前に起こった出来事として今も覚えているものは、私の腕が持っていかれたことによって生じただろう痛みだけだ。
 しかし、アヤコがここに居て、私もこうして生きているということは、おそらくあの化物は私の腕を土産として受け入れて帰っていったのだろうと推測できる。
 そして、私の腕がこうして二本揃っているということは、アヤコが言葉通りに治療を行ってくれたということなのだろう。
 加えて、そんな彼女がこうしてここで眠っているということは、新しい腕を新造するのは結構負担の大きいことであり――もしかしたら、失敗していた可能性もあったのではなかろうかと、そんな考えがふと頭を過ぎった。
 ……運が良かったと、そう考えておこう。
 あの時の状況を考えれば、命がこうして残っているだけでも僥倖なのだ。その上で差し出した腕も戻っている現状を考えれば、十二分に良い結果であることは疑いようもない。
 もしもを考えるのは悪いことではないけれど、今は素直に、いいところに結果が収まった事実を喜ぶ場面だろうと、そう結論づけることにして。
 アヤコの寝姿を見ながら、気にかかったことが思わず口から漏れた。
「……このままだと風邪を引きそうだな」
 意識を失ってからどれくらいの時間が経ったのか、今は何月何日で何時になっているのか――わからないことは多かったけれど。
 流石に何ヶ月も経っているわけもないだろうことを考えれば、意識を失ったときから季節が変わっているということは無いだろうことは明らかである。
 だから、覚えている季節から変わっていないのであれば、季節柄そこまで寒くなることもないとは言え、部屋の隅に着の身着のままで居続けるのは体にあんまりよろしくなかった。
 ……恩人に風邪を引かれるのも、後味が悪いからね。
 私が使わせてもらっていた布団から、毛布を取って包んでしまおうかな――なんてそんなことを思ったタイミングで、異変が起きた。
 目の前にあったはずの彼女の姿が、一瞬にして消えてしまったのだ。
「……っ!?」
 驚きとともに視線を回せば、目に見える風景がうっすらと紫色に染まっていることに気が付いた。より正確な表現を用いるならば、見えるもの全てにフィルターがかかっている、とでも言えば適切かもしれないが――そこに拘っても仕方がないな。
 いずれにせよ、尋常でない事態であることに間違いない。
 ただ、心当たりが全くないかと言われれば、それは否だった。
 ……いくらなんでも早すぎない?
 こんなことが出来る存在を、私は既に知っている。
 そうでなければいいなと現実逃避気味に考えてしまったけれど、予想が正しかったと示す証拠が聞こえてきた。
『小娘。貴様に同行を願う』
 それは耳障りな音を無理矢理言葉に成形したような、歪な声だった。
 聞き覚えはあるが、二度と耳にしたくはなかったその声は方向性がわかりにくかったけれど。
 なんとなくこっちからだと、そう思ってある方向を振り向いてみれば。
 意識を失う直前に、私の腕を奪った化物がそこにいた。
「……っ」
 息を呑み。膝が震えて。呼吸が荒れた。
 容易く私の命を奪える化物がそこに居るのだから当然だ。
 ……だけど、彼の言葉通りなら、命を奪いに来たわけじゃない。
 自分の中にある弱気の虫を、奥歯を噛みしめて押し殺し、言葉を作る。
「……同行、ですか? それは何故?」
『王に貴様から聞いた話をしたところ貴様の話に興味を持ったそうだ。
 王は本人と話をしたいと申された。だから私が再びここに来た』
 彼の言葉を聞いて、やっぱりかと内心で溜め息を吐いた。
 ……悪い予想ほど当たるものよね。嬉しくはないけど!
 けれども、これでもまだ最悪の状況ではないのだから泣ける話である。
 だって、最初に声をかけてきてくれただけマシなのだ。彼がその気になれば、四肢をもいででも連れ去ることが出来るのだから。
 とは言え、はいそうですかとすぐに返事が出来るほどの度胸はない。
 自分を落ち着かせるために深呼吸を数回繰り返してから、口を開く。
「……そちらの提案に乗るにあたって、お願いが二つあります」
『何だ』
「ひとつめ、この会談前後、会談中の私の身の安全を保証してください。
 ふたつめ、可能な限り、今後私と私に近しい者を襲わないで欲しい」
『命乞いか』
「私は簡単に死んでしまうただの人間ですから。
 交渉のためのネタもないので、ただのお願いでしかありませんが」
 こちらの言葉を聞いて、彼はしばらく反応を見せなかった。
 彼の反応を待つ間は生きた心地がしなかったけれど、
『私は構わん。しかし王はわからん』
 返ってきた言葉は予想以上に好意的な内容で、彼から引き出せるものとしては十分すぎるものだった。
 ……これ以上を望むのは、考えなしと変わらない。
 自分をそんな言葉で納得させてから、言う。
「……ありがとうございます。
 正直なところを言えば、できれば行きたくない、というのが本当ですが。そうもいかないでしょうから、同意します」
 そしてそんな風に同意を示した直後に、景色が一瞬で暗転した。

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