放蕩鬼ヂンガイオー

17「とうとう落ちこぼれ返上かい」

エピソードの総文字数=3,105文字

 中央線の特別快速に揺られ、燦太郎と天甚は完全に熟睡していた。
 二人の横顔を夕日がやわらかく染めている。

 レジャープールの帰り際、みんなやたらとハイテンションになってみやげ物を買い込んだ。ふくらんだ荷物は、ぬいぐるみや菓子折りでいっぱいである。

 まるで遊園地から家路につく子供のようだとくまりは声をひそめて笑った。
 現場ではまだまだAQの担当者たちが事件の事後処理に追われているはずだが、今くらいはこのまどろみを味わっていたい。

 車内には客も少なく、停車駅もほとんどなく、外界から切り離されたような空間は時間がゆっくりと流れているように感じられた。

 そういえばかつてAQで相対性理論の勉強をさせられたとき、自分のいる時間世界を一輌の電車で例えられたことがあった。案外、ヂゲン航行というのは身近な原理でできているのかもしれない。

 くまりが睡魔に抗いながら夢と現実の境で思考を混濁させていると、隣に座った人物が肩にのしかかってきた。

「今日の活躍、悪くなかったのだ。ちょっとだけ見直したのだ」

 頬を膨らませたヂンガイである。

 彼女も疲労困憊なのだろう、両目をつぶり、うつらうつらしながら体重を預けてきているのだった。
 ヂンガイはレジャープールのお土産であるペンギンのような帽子をかぶっているのだが、そのまま頭を押し付けてきているものだから今にも脱げ落ちそうで危なっかしい。

「いえ。こちらこそ放蕩鬼の力には驚かされました。ごっこ対決、午後の部はうやむやになってしまいましたけど、もし開催されていたらくまりが負けていたと思います」
「そんなことないのだ。その…………ひ、ヒメオギも今日はよくやったのだ」
「え? 今……ちゃんと名前で呼んでくれました? いつもは『AQ女』って……」
「な、生身の古代人にしては頑張ってたから、ちょっとだけ格上げなのだ。ほんのちょっとだけだから、古代のAQが調子に乗らないように」
「は、はい! やっとヂンガイさんに認めてもらっちゃいました」

 くまりは小さく頷いてから、自分からも体重をかけ返した。ペンギンのくちばしが反り返る。

「日本AQも今回みたいな事例は初めてでして。至らないところが多くてすみませんでした」
「いいのだ。あたしも、古代とはいえAQが便利ってことがわかったのは儲けものだったし」

 ヂンガイは、くまりの反対側へと顔を背ける。

「本当のことを言うと、あたしは落ちこぼれ……放蕩鬼のなかでもあんまり活躍してるほうじゃないから。少しでも役に立つものは活用して、もっとまともに戦えるようにしないと。サンタローに愛想尽かされちゃうのだ」
「え? 『サンタローに』?」

 くまりは腕を伸ばし、ヂンガイの首を掴んで引っ張った。

「ぐえっ?」
「ヂンガイさん。ひょっとしてあなた、燦太郎くんが気になってますか」
「そっ、ストーカーと一緒にするなし!」
「ストーカーじゃありませんっ! で、どうなんですか! くまり的にはとっても重要なんですけども!」
「うぅ……べ、別に気になってなんかないのだ。ただ、サンタローは初めてあたしのことを格好いいって言ってくれたから、ちょっとだけ、他の古代人より嫌われたくないだけなのだ……」

 くまりは天を仰ぎながら両手で自分の目を押さえて小声で「ジーザスです……」と嘆いた。そして大きく長いため息をついてから、ヂンガイの両肩を引っつかんだ。

「あなたは落ちこぼれなんかじゃありません。胸を張っていいです。民間人にとっても、われわれAQにとっても、間違いなくあなたはヒーローです。それに……」

 列車は踏み切りに差し掛かる。カンカンという警報機の音に車内が満たされた。

 くまりは顔を伏せる。前髪でヂンガイの表情が見えなくなった。

「それに……くやしいですが、燦太郎くんにとっても、あなたは大切なヒーローなんですよ……」

 と、そこまで言って慌てて顔を上げる。

「い、いや、そこまで深刻な話じゃなくてですね、放蕩鬼とAQとでライバルだなんて洒落にもなりませんし、その、お互い頑張りましょうというか、そういう……」

 車両が踏み切りを抜ける。

 カンカンという警報音は消え去ったが、変わりに小さな異音……LINEの更新音を、もっとかん高くしたような不思議な連続音が小刻みに響いていた。

「……何か、聞こえませんか? あの、ちょっとヂンガイさん?」

 見ると、ヂンガイの顔から表情が消えていた。

 座席から立ち上がり、額から静かに汗を垂らして唇を震わせている。

 ヂンガイは自身の左手を、腕時計を見るのと同じ要領で持ち上げていた。
 音が聞こえるのはそこ、手首を包む袖のような戦闘スーツの一部が振動音を発していた。

「コール……されてるのだ」
「あの、電話でしたら出てもらっても」
「……スピノザからの、未来からのコールなのだ」
「え、それって!?」

 くまりが飛び上がったとき、ヂンガイの腕が蒼白く光った。そこから生み出されるようにして眼前にA4用紙くらいの映像が浮かび上がる。

 映像には、フライトジャケットを着込んだ老婆の顔が映し出されていた。

 白髪……というより銀髪なのだろうか。
 精悍な顔つきは国籍不明だが、彫りの深い顔立ちはどこかエキゾチックな印象を感じさせた。戦闘機のエースパイロットにも見えるような、それでいて童話に登場する悪い魔女にも見えるような、別々の要素を共存させている妖しげな女性。

 背景の映像については意味がわからない。
 樹木の根が入り組んで編み上げられた不思議な壁で囲われた小部屋である。空気中を筆でなぞるように、不思議な指向性を持って漂う金粉がたくさん浮かんでいた。一つだけ見える丸い小窓からは、だだっ広い海がどこまでも広がっている。

『あんたがこんなに早く修理を終えるとは思わなかったよ。とうとう落ちこぼれ返上かい』
「あ、アメモリッ!?」

 ヂンガイが名を呼ぶ以上、やはり知り合いなのだろう。

 これはもう決定的ではないだろうか。

「あ、ほんとだ完治してるし!? えっと、さっきの戦いで大量にLAEが集まったから……一気に装置が復活しちゃったってことかし?」
『なんだい、あんた自分で気付いてなかったのかい。こっちはヂンニャンに会いたくて会いたくて、ずっと詰め所に張り付いてたってのにハァハァ』

 言いながらヂンガイの写真を取り出し、真顔のまま頬ずりしはじめる老婆アメモリ。

「やめろしぃぃぃーっっっ! だからアメモリには近づきたくないのだっっっ!」

 なんとなく雲行きが怪しい上にアメモリの行動に対して一粒の親近感が芽生えたが、くまりはここ何年のAQ生活で鍛え上げた鋼の自制心で口出しを我慢した。

 なぜなら、ヂンガイの修理完了とは――もう一つ別の意味を持っているから。

『で、いつ帰って来れそうなんだい。帰還命令はとっくだから、最速最優先だよ。……そこにいるあんた、その時代のAQだね。手配の指示を出すからヂンニャンを手伝ってあげておくれ。その子をスピノザに帰らせるんだ』

 くまりは思わずヂンガイの顔と燦太郎の顔とを交互に見た。

 アメモリ氏の話していることは、むしろ当然の指示。なのに、その指示に対してくまりは、すぐには反応を返せなかった。

「ええと、その……」

  床には、ヂンガイが今日買ったばかりのペンギンの帽子が転がっていた。



 ■第三話 『昼食は燃料だけで十分です』 ……了

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