いかに主は導きたまうか。

☆. Interlude どちらでもない。 

エピソードの総文字数=1,252文字

  京都は一乗寺、このアパートでボクは一人だった。実家から離れ、彼女はもういない。孤独であったが、これは望むべきことだった。あの状態が崩れてしまい、(起る)前よりも悪い状態にあったのだから。意識すれば、まとわり憑く[命ある力場]が頭の中に蠢いているのが何時でも何処ででも確認することができた(何か、仕事などに熱中して我を忘れている時には、これは知覚されない)。何とも言えず煩わしい。以前が、どうだったのかも分からなくなり、身近い人に「頭の中に動く力場みたいなものある?」と訊いてみたりしていた。そんな人は一人もいなかった。ある程度の意識は保ってはいたが、少しでも気を抜くと、意識は朦朧としたものになり、顔は自然と歪んでいった。その顔は....。

  ある時、営業で滋賀の少し辺鄙(へんぴ)な所(小学校の近くで田んぼが沢山並んでいた)で、ボクは時間を潰すために「ボー」と立っていた。通りがかりの小学生たちが、ボクを見て急に騒ぎだしていた。なんでもクラスの障害のある友達みたいだっと言っていた。彼らの嗅覚は鋭い。下手したら蹴りでも入れられそうな危ない雰囲気になっていった。流石に大人に無茶はできないとのことで、彼らには躊躇があった。くだらないことが起らないうちにと思い、ボクはそそくさとその場から移動した。

  ボクは小学生のころ、意地悪な同級生からは[バカ面]もしくは[猿]と呼ばれていた。猿は小さいのと落ち着きのなさとで、なんとなく理解できるのだが、バカ面は、なんのことかは分からなかった。母親は「締まりのない顔してるな〜」と、ボクを見てはよく嘆いていた。*自覚はなかったが、既にアレはいたのかも知れない。

  では、三十年を経たら、それはどうなるのであろうか?
「見事に落とせましたよ」と答えられたら、このトークも今後の展開をフォローすることに価値を持ちうるのであろうが、そのような報告内容はありません。むしろ(正直言うと)、【エゴ】の存在感は益々強くなっていく。その圧力は半端ではなくなり、ほんとに煩わしい。*昨今の左側の顔面痙攣も、もしかしたら関係しているのかも知れない。これの分布の形状も状態も変わってきているのかも知れない。また、ボクの中にもそれなりに変化があるのかも知れない。しかし正直、本人にはその変化はよく分からない。

  ただ、気付きとしての[観るボク]が現れてきているような気がする。(場所は胸の中心だ)。未だ、幽かにではあるが....。そして、彼から観ると、余りに状況において自分が無力であることが、よく分かるようにはなってきている。*これは不思議と未知の味わいなのだ。一つとして、求める状態に自分を切り替えること、整えることが全く適わない。取りあえずは、この(絶望の)味わいの積み重ねを、できるだけ多く経験することを目標にはしている。(厳然たる事実を)知ることから、すべては始まる。

また、楽しみが自然となくなってきている.....。
歯が抜け落ちるように.....。

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