神と大統領と弾道ミサイル(仮)

神の親衛隊

エピソードの総文字数=10,050文字

――tenma:

親衛隊の連中が俺を好きすぎて困る。俺は外に出たくないのに、親衛隊長が「帝国内を視察に回ろう」といってうるさいのだ。大統領の職務の忙しさを、親衛隊の者どもは理解していない。

――半蔵:

親www衛www隊wwwwwwww

――Danz:

俺も帝国の親衛隊に就職してえwwwwwwwwwww

――今井:

帝国軍VS反乱軍って設定じゃなかったの?w

――リヴ:

大統領からアイドルに転職した?wwwww

――tenma:

実は反乱軍の親玉だった男を、親衛隊長として引き入れたのだ。強烈に反対していたはずの人間を転向させ、いったん味方に引き込むことに成功してしまえば、その人間は誰よりも強力な仲間として機能する。

――IORI:

何その人たらしな秀吉このやろうwwwwwwwwwwwwwww

――半蔵:

いくらなんでもシナリオに欠陥あるだろ絶対wwwwwwプロット考え直せよおwwwww

――リヴ:

ストーリー作り下手すぎぃwwwwwwwwwwww

――Danz:

前にtenmaに渡したストーリーテラー神の称号剥奪wwwww

――tenma:

ふざけるな。この俺はストーリーテラー神である事実も揺るがない。称号を返すつもりなど一切ない。

――Danz:

わwかwりwまwしwたwww

そのままストーリーテラー神でおkおkwwwwwwwww

――tenma:

俺は反乱軍に対峙するため、自ら軍を率いて鎮圧に乗り出した。この俺は正々堂々と挑んだのだが、反乱軍に一時捕らえられてな。拷問を受け、危うく生死の淵に沈んでいたのだ。

――今井:

拷問w

――IORI:

帝国軍弱すぎこのやろうwwwwwwwwwww

――半蔵:

だからもっとマシなシナリオ書けよおwwwwwwww

――tenma:

だが拷問にもめげず、俺は反乱軍の首謀者と向き合った。そして俺の味方になれと諭したのだ。反乱軍どもの選択肢は二つに一つだった――神の側につくか、それとも神に逆らうのかだ。

――リヴ:

今日の物語構成とくに下手すぎるよwwもっと本気だしてwwwww

――Danz:

ストーリー完全破綻してて逆に大爆笑wwwwwwwww

――tenma:

その反乱軍だった者どもは、全員が親衛隊に転向している。

――今井:

いやいやいやいやw

――リヴ:

反乱軍信念なさすぎぃwwwwwwwww

――tenma:

こうした不平分子に真摯に向き合うことは、確実に帝国を強くしていく。国造りとは、そういうものだ。

――半蔵:

かっけーwwwwww

国造りとはそういうものかっけーwwwwwwwwwwwww

――tenma:

そして今、この俺はいよいよ帝国の金融システム構築に乗り出した。なにせ我が帝国には銀行すら存在していなかったからな。

――Danz:

帝国に銀行なかったんですかwwwwwwwどんだけwwwwww

――リヴ:

ATMでお金おろしたいときどうしてたのwwwwwwww

――tenma:

下手に銀行制度があるより何もなかったほうがいい。俺が真っ新なところから、真にまともなシステムを整備できるからだ。中央銀行創設、そして帝国内の法定通貨としての暗号通貨の発行、帝国臣民が決済や金銭管理のために利用する特別な磁気カードの用意――やるべきことは山積しているが、何もかもを並行して進めている。

――半蔵:

その暗号通貨分けてくれよおwwwwwww

――tenma:

ドルや円でも購入できるよう取引所も整備しているところだ。そのうち保有できるようになるだろう。我が帝国の暗号通貨は、やがて世界の金融界になくてはならないものになる。テンマコインを見つけたら、安いうちに買っておけ。

――Danz:

テンマコインwwwwwwwwwww

――リヴ:

ちょっとダサいよそのネーミングwwwwwwwwもっと頑張ろうよwwwwwwww

――tenma:

俺は兵器っぽいネーミングにしようと考えていたのだが、親衛隊長が「国の通貨には、大統領の証を刻むもの」と主張して譲らず、この名前になっている。

――今井:

さっきからtenmaと親衛隊長がホモホモしい関係になってるような……。

――半蔵:

いや親衛隊長は美少女だろお確実にwwwww

――IORI:

副官女美人将軍と、美少女親衛隊長のハーレムこのやろうwwwwwwwwwww

――リヴ:

tenmaを奪われそうな私の憎悪と絶望が加速wwwwwwwwwwwww

――tenma:

いや、親衛隊長は男だ。

――半蔵:

アッーーーーーーーーーーーーーーwwwww

――Danz:

アアアッーーーーーーーーーーーーーーーーーーwwwwwwwww

 そのとき、コンコンとノックが響いた。
入れ。
あー、いいかな……?

 カチャリとドアが開き、遠慮がちなエリカの声が聞こえてきた。

 前はノックをするかしないかで、わざわざリクライニングチェアから後ろを振り向かずとも、イヴァとエリカの見分けが簡単についた。しかしここ数日――反乱軍を鎮圧した日以降だが――なぜかエリカは天馬に強く突っかからなくなり、大統領執務室に入る際にノックをちゃんとするようになっていた。

 リクライニングチェアの横にまでやってきたエリカを、天馬は見上げる。

どうした。この俺は今忙しいのだぞ。
ネトゲは忙しさのなかに入らないの。

 末尾の語調は強めだったが、どこか可愛らしさが混じっているのは気のせいだろうか。以前のエリカとは、どうも勝手が違うように感じていた。

 そしてエリカはため息をつき、肩を落とす。

プラトが私に突っかかってきて困ってるわ。気安く大統領に近づくなって。
フッ、俺も困っている。今もギルメンどもとまさにそのことを話していたところだ。ホモホモしいとまで指摘されたぞ。
それならまだ理解可能な範囲よ。目を輝かせて天馬が偉大だって語るんだもの……宗教みたいよ……。だいたいおかしいじゃないの。
何がだ?
そんなに包帯まみれになるまで痛めつけられたんでしょ?

プラトたちに連れられてモスクから出てきた天馬は、血まみれで、意識不明の重体だったのよ。

 実際、天馬の身体は回復しておらず、節々が痛んでいた。
拷問を受けていたようなものだからな。
なのに、天馬をコテンパンにのしたはずのプラトたちが、どうしていきなり天馬を崇めるみたいになってんのよ。
プラトに聞け。プラトが俺を崇め始めたのであって、俺は俺のことを最初から崇拝していた。
聞いたけど、男同士の問題だって。
ならば、そういうことなんだろう。
…………。
どうした?
……あ、あのさ……なんか、看病してほしいこととかある?
ない。
食べたいものとかない? 果物とか。
メシなら食べたばかりだ。
トイレとか行きたくない?
トイレくらいは一人で行っている。大統領執務室の隣なのだぞ。
お風呂はどうしようか?
この姿を見ろ。風呂などしばらく入れん。
じゃあ――
いい加減にしろ。要件がないのなら出ていくがいい。
本局に報告書を書き送っておきたいんだけど。天馬とも話をすり合わせてから送りたいわ。少し打合せの時間くらい――
俺は多忙を極めすぎて大変なことになっている。

そもそも俺には、FSB内の報告書など知ったことではない。エリカの勝手にしろ。

私との話より、そのわけのわからないネトゲのほうが大事なんだ。
圧倒的にそうだ。

FSBのどうでもいい情報工作より、巨大モンスターたちとの血で血を洗う戦いのほうが重要に決まっている。

…………死ね。

…………今すぐに死ね。

俺が死ぬほど嫌いだというのならそれでいい。エリカには、アスタリア人に相応しい軍事編成と、それに伴う徴兵計画についての立案を任せていたはずだ。徴兵を実行すれば、1000の兵員は確保できる。ゲリラ行動を想定し、分隊5名、そして小隊は6分隊を集合したもので30名で構成しろ。最低20小隊、80分隊があると次の軍事行動に向けての予定が立てやすいだろう。残りは工兵、通信兵、輜重兵と適度に分けて訓練を施せ。だがしかし、基本はすべての兵に、少しずつでもすべての行動を教え込んでおけ。ゲリラ戦では、すべての兵士が主役として機能する。
……ネトゲと国家方針で頭がいっぱいなのね。
大統領だからな。
……じ、じゃあ戻るから……。

とにかく、死なないでいてくれて良かったけど……。

 ようやくエリカの話が終わってくれたと思い天馬が再びモニタに視線を戻そうとすると、またもやエリカが問いかけてくる。
あ、これからは夜くらい一緒にご飯食べない? そこで色んな打合せもこなせるし一石二鳥――
いつも通りここで食う。俺の分は缶詰とレトルトで十分だ。
死ね。
 捨てゼリフを残し、今度こそエリカは荒々しく出ていってくれた。ようやく天馬はモニタに視線を戻す。
――tenma:

すまんな、大統領執務室に副官が来ていた。

――リヴ:

おかえり大統領wwwwwwwwww

――IORI:

副官美人将軍うらやまこのやろうwwwwwwwwwwww

――tenma:

正確には副官美人将軍とは言えない。「副官」と「美人」という情報は合致しているが、「将」に任じた覚えはないからな。一定の範囲内での軍事行動を任せられるのは確かだ。しかし我が帝国の階級制度が整った暁には、大佐にしようと考えている。将官はまだ早いのだ。

――半蔵:

今度は美人大佐wwwwww

tenmaの脳内がすごいwwwwwwwww

――リヴ:

美人大佐現るに私の嫉妬心が核爆発寸前wwwwwwwwwwwww

――Danz:

美人大佐って何歳設定wwwwwww

――tenma:

25歳らしいな。いずれは帝国の諜報機関創設に手を貸してもらうつもりだが、それまでは軍事教官を務めてもらうしかないだろう。我が帝国はまだまだ人材不足だ、軍事面で信を置ける者は少数だからな。

――半蔵:

25歳で軍事教官なのかよおwwwwww

――リヴ:

21歳の私ならまだ勝つるwwwwwwww

――tenma:

侮るな。歴戦の工作員だ、心構えもある。一般人とは違う人種だと理解しておいたほうがいい。

――Danz:

美人大佐ますます好きになりそうですwwwwwwwwww

――半蔵:

歴戦の工作員設定、追加入りましたwwwwwwwww

――今井:

tenmaの即興小説もっと聞きたいような気もするけど、もうすぐ時間だよw

――半蔵:

今井ちゃん真面目すぎwww

tenmaのせいで素で忘れかけてたわwwwwww

――リヴ:

ケチュアコアトル戦そろそろ行くー?wwwwww

――Danz:

そらtenma神いるし行かなきゃならんですよwwwwwwww

 天馬がギルメンに「行くぞ」と合図しようとしたときに、再びノックが鳴った。

 またエリカが戻ってきたのかと思って天馬はため息交じりにドアの向こうへと声を投げる。

いい加減にしろ。
ゴ、ゴメンなさい天馬さん……。

お取込み中でしたか……?

なんだイヴァか。エリカかと思ったのだ。

入っていいぞ。

 おそるおそる、イヴァが大統領執務室のドアを小さく開けた。

 イヴァがリクライニングチェアの隣までやってきてモニタをのぞき込む。

あっ、『ファウストオンライン』にログイン中でしたか……。

またあとで来ますか?

いや、あとで来られてもプレイしているだろう。ならば今でいい。ケチュアコアトル戦に行く直前だったから大丈夫だ。
ケチュアコアトルって……全サーバーで月1回打倒報告があるかないかってくらいの幻獣ですよ……。特別に導入された人工知能がケチュアコアトルを操っているって噂ですよね。
いや、アレは人工知能ではない。運営スタッフがなかに入って操っている特殊モンスターの一つだ。いくらレベルを上げても、どれほどスキルを身に付けても、よほどのプレイヤースキルと死に臨む覚悟を併せ持たない限り勝てるモンスターではないのだ。
運営がなかの人!?

じゃあ天馬さんは、運営とも日々競い合っているということかもしれませんね。

だが戦績は、この俺の2戦2勝0敗だ。運営がいかなチート技に走ろうとも、この俺は運営すらボコる。俺はどこで何をやっても無双してしまうのだ。
ますます天馬さんを尊敬です……。
少し待て。アポをキャンセルする。
 そう言って天馬はモニタに向き合う。
――リヴ:

tenmaー、そろそろ行くよー?

――半蔵:

最近多いな、tenmaのROMモード。

――tenma:

用件が発生した。俺は行けない。族長との打合せが入ってな。

――Danz:

族長wwwwww

新キャラ登場ですかwwwwwwwww

――半蔵:

なんで6畳一間に次から次とキャラ出てくるんだよwwwwwwww

――リヴ:

族長……今度こそ、絶対オジサンだよねwww

――今井:

爺さんだよ、白いヒゲを垂らしてるみたいなw

――tenma:

いや、美少女のほうだ。15歳だぞ。

――半蔵:

ズコーwwwwwwwwwwwwwwwww

――今井:

いやいやいやいやいやいやいやいやwww

――Danz:

ぼくも美少女15歳の族長呼び出してハーレムしたいですwwwwwwww

――リヴ:

私爆発wwwwwwwwwwwwwwww

――tenma:

重度の人見知りのようではあるが、俺には心を開いてくれている。だがおそらく、お前らが考えているような普通の美少女ではない。いざ戦闘ともなれば、アサルトライフルを持って戦いにも出るのだぞ。

――半蔵:

人見知りなのに戦争にも出てアサルトライフル持って戦う族長の美少女wwwwwwwうえうえwwwwww

――Danz:

なんで帝国に族長がいるんですかねえ?wwwwww

それ帝国じゃなくて部族wwwwwww

――リヴ:

キャラ設定盛りすぎぃwwwww

――tenma:

ふむ。たしかに帝国に族長というのも不自然ではあるな……。

変えねばなるまい。

――今井:

設定変更ハヤスw

――tenma:

では俺は落ちるぞ。部下たちから忙しなく声を掛けられるせいで、しばらくログインは安定しないだろう。

 それだけを言い残して、反応もまたず天馬はログアウトしてしまった。ちとイヴァを待たせすぎたためだ。

ずいぶん盛り上がってましたね。私には何が書かれてあるか読めませんでしたが……。
言語の問題さえなければ、イヴァもギルメンに紹介してやりたいところなのだがな。
私も天馬さんと同じギルドに入りたいです。『ファウストオンライン』でも、天馬さんと一緒に行動できれば毎日すごく楽しくなると思うんです。
 目を輝かせてイヴァは言ったが、何度かイヴァと『ファウストオンライン』についてやり取りした限りでは、イヴァは生産系コミュニティに属しているらしかった。一方の天馬は、生粋の戦闘系である。ギルメンも戦闘にギラギラしているメンツばかりが揃っていた。そのため天馬のギルドにイヴァが移ってきても、なかなか楽しめない懸念があった。
考えておこう。サーバー間移動は容易だが、サーバーをまたいで自分が建てた家やギルドハウスの移動はできんから、慎重に選択せねばな。
はい!

天馬さんが誘ってくれたサーバに、どこにでも行きます。

ところでイヴァには、今日から首相に就任してもらう。

族長という肩書は終了だ。

えっ?

何が違うんですか?

ポジションとしては同じだと思ってくれていい。俺が全権を担う大統領で、イヴァは帝国の象徴として機能する首相だ。

ただし、象徴といってもただ居座っているだけでいいわけではない。俺が用意する壮大な戦略戦術に則って、俺の指示の下で動いてもらう。大統領執務室で多忙を極める俺に変わり、帝国全土への指示を行き渡らせてほしい。

わかりました。

名前が変わっただけで、今までと一緒ということですね。

そういうことになる。頼りにしているぞ。
私なんかが天馬さんみたいな偉大な人に頼られて嬉しいです……。
ここに来たのは、何か報告があったからなのだろう?
あっ、そうですね。2つあります。

1つは、日本に発注していたICチップやカードリーダーがようやく中国経由で届きましたので、天馬さんの指示通りに『テンマカード』の発行に取り掛かっています。プラトさんたちのチームが発行を手伝ってくれるみたいです。

 テンマコインを管理するためのいわばキャッシュカードだった。アスタリア帝国内では紙幣やコインは一切流通させない。すべてが、一枚のカードに収まる予定だった。いずれはマイクロチップにして身体に埋め込んでもいいくらいだが、それはまた先々の話だ。

 しかし西側で流通しているようなクレジット機能はなく、自分が保有しているテンマコインの決済だけに使用できるものだ。銀聯カードに近い。そして肝心のテンマコインを貯蓄しておくための銀行は、天馬が総裁を兼務する中央銀行で一括管理することになっていた。カードは、あくまで決済のためのツールであり、帝国民の保有資産は国家側で管理するということだ。

 国民の金融資産のすべてを国家が把握するということでもある。およそ地上のあらゆる場所で、これほどの管理体制を本当の意味で実現した国家は歴史上ないだろう。だが銀行などとは無縁の生活を送って来たアスタリア人には理解できない事柄だろうし、西側先進国住人もこの意味するところを解さない市民は多いに違いない。

最初のテンマカードの発行は100枚でいい。それで不具合対応をしきってから、全帝国民への配布に切り替えることになろう。なに、たかだか5000数百枚の管理にすぎんから、これもまた帝国拡張政策の前段階における運用テストとして、都合のいいものになってくれる。
カードをなくしたり、盗まれたりした場合には大変なことになりませんか?
カードだけでは決済できん仕組みを導入してある。決済側では、指紋認証、顔認証にも対応しているからな。顔認証の精度はまだ完璧とは言い難いものの、西側から許容範囲内のシステムが出てこなければ、俺が開発してやってもいい。
何でもできるんですね、天馬さんは……。
大統領は伊達じゃない。

社会保障システム、年金システム、それらすべてもこのカードで管理していくことになる。アスタリア人はあらゆる社会保障を享受でき、そして最低限度のベーシックインカムも支給されることになる。

そうです、2つめというのは、それに関連したお話でもあります。部族の予算管理も厳しくなってきまして――
もう部族ではない。イヴァは族長ではなく、首相になったのだ。これからは帝国で通せ。
すみません、首相とはそういうものだったのですね……。

えっと、帝国の予算管理についてなんですが――

大丈夫だ、この俺が把握していない事柄のわけがない。政府機関の準備、そして社会保障を整備するためにも財源が必要だ。
ただ、アスタリアは街の人たちから税金などを取ってきませんでした。もともと、ちゃんとした制度があったわけでもなく、何かあれば部族の……あっ、帝国内の有力者が集まって会合で決めていたんです。帝国全体のお金は、翡翠や岩塩の販売益のなかの一部を確保しておいて、武器を買ったり、本当に困っている人に食べ物を買い渡したりしていました。

 アスタリア人の個々人の生活水準は決して低いものではない。中国に翡翠や岩塩を密輸し、そこで変えた中国元やゴールドで、その中国から幾らでも安くモノを手に入れることができるため、少なくともモノに関しては不自由ない生活を享受できていた。数千人で翡翠の大きな産地の独占を守っているのだから、自然そうなる。

 ただし個々人も、金融資産として個人財産を管理しているわけではないから、貧富の格差が生まれるほどの資産家などは一人もいない。せいぜい一部の有力者が中国や首都オーレスの銀行に口座を持ち、そこに幾ばくかの預金を持っている……というのがアスタリア人にとっての金融資産のすべてだった。モノを買う余裕があり、モノは溢れているが、現代的な意味での中産階級や富裕層がいないのである。

 まして国家機構となれば、古代の部族とそれほど変わらぬ談合制であり、部族全体としての税金を徴収したり、社会保障を整えているようなことはまったくなかった。それゆえに、国家に金が乏しいのである。

 それでも現代型の主要先進国より、アスタリア人のほうが悩み少なく幸せを享受しているように見えたし、豊かな物質文明まで享受できているのだから、欠陥があるのは他の国々のほうかもしれない。

帝国人口がまだ数千人という範囲なら、それでいいのかもしれん。だがこれからは、帝国の規模がみるみる膨らんでいくことは想像に難くない。オーレス共和国を征服するだけで人口は3250万人に膨らむ。隣の中国を併合すれば、一気に14億を越えるであろう。やがて70億を優に超える愚民どもを帝国が養わなくてはならないのだ。そのためにも、今の時点であらゆる制度を確立しておかねばな。
天馬さんのスケールの大きさに唖然とするばかりです……。

でも、目先の予算はどうしますか?

稼がなくてはなるまい。最低限の国家システムの整備が終わったら、すぐにでも産業育成に取り組まねばならない。
でも、ゆっくり産業育成という時間の猶予はないかもです。武器弾薬もそんなに備蓄が豊富なわけではないので、今後繰り返し政府軍との戦いになるようなことがあれば、徐々に劣勢になってくると思います。政府軍の勢力範囲になってしまったザリスの監視台は、活発に輸送車が出入りしているという話もあります。
ほう……?

政府軍は、アスタリアへの再攻勢を狙っている?

わかりません。でも油断はできないかもしれません。
打撃がいささか足りなかったやもしれぬな。それとも、こちらが圧勝したことで意地にさせてしまったか。

 オーレス共和国のような政府は、腐敗と汚職が日常茶飯事となっている。ただし後進国であれば大抵そうなるものであって、それは単に人間関係における政治的決定力が大きいからだ。だから政治的正当性や国家戦略全体のことよりも、有力者やキーマンの怒りや希望が政策に反映されやすい。まして軍ともなれば、政府のように形ばかりの議会もなく、その傾向がいっそう強くなるものだ。それゆえ侵攻を諦めさせるには、有力者の心に打撃を与えなくてはならない側面がある。


 ふと、荒々しい足取りで誰かがやってくる音が聞こえた。直後、大統領執務室に顔を見せたのは、親衛隊長に就任したばかりのプラトだった。

イヴァもここにいたか。ちょうどいい。大統領、報告があるんだ。
いいぞ、入れ。
 天馬が命じると、プラトはイヴァのすぐ隣、リクライニングチェアの横に直立した。ガタイのいいプラトが入ると、大統領執務室にはスペースがなくなり、とたんに暑苦しくなってしまう。
ザリスの監視台から車で3時間ほど西方に走ると、カージス渓谷沿いにイリーズという街がある。その街を守るように政府軍のイリーズ基地があって、このあたりの部族と戦闘する際にはまずそこに戦略物資が運び込まれるんだよ。そのイリーズ基地に、政府軍はM224迫撃砲やガスマスクを多く運び込み始めたようだ。
M224だけならともかく、ガスマスクも確認されているとすれば……アスタリアへの侵攻を諦めたわけではない可能性が高いな。軍を意地にならせてしまった、ということだろう。
街の住人が、化学防護服を着ている軍人も見たらしい。だから、間違いねーよ。
そのようだな。俺の毒ガスやSVキャノンへの対抗措置として、歩兵は迫撃砲を主軸に据えて、十分な距離を取りつつ挑む構えに違いない。
早くも次の戦闘がありそうだ。

どうする、大統領?

新しい防衛体制を整えて迎え撃つのも悪くはないが……。
迫撃砲はアメリカから中古を渡してもらっているのだろうな。銃の打ち合いなら対抗のしようもあるが、こっちにある迫撃砲は旧ソ連製のポンコツばかりだ。
……で、でもプラトさん……。こちらが森でゲリラに徹すれば、それほど迫撃砲は怖くないと思うんです……。だから……。
 急にイヴァはおどおどした風になり、プラトに顔は向けるものの、目を伏せたまま語った。
ゲリラはあくまで敵の攻勢を遅らせたり、混乱させたりするためだ。政府軍が腰を据えて向かってくるのなら消耗戦を続けるだけになるぜ?
それも、そうです……。
先ほどイヴァから話があったように、軍需物資の備蓄が厳しいという話も捨て置けん。
こんなに頻繁に戦闘が繰り返されると、やっぱり厳しいです。今の倍の物資をロシアから送ってもらえないか、エリカさんに相談してみます。
 イヴァはしっかり天馬の目を見据えて話してくる。イヴァがちゃんと視線を合わせて話せるのは天馬だけらしかった。
よし、ならば今度は先手必勝だ。攻撃こそ最大の防御であることは間違いない。敵の攻勢を事前に察知した以上、この俺が奇襲攻撃を仕掛けないと思うのは間違いだ。
先手必勝でザリスの監視台を奪っておこうというわけだな?
いや、俺が次に襲撃をかけるのは、基地イリーズだ。

ククク、政府軍がそこに溜め込んでいる物資をまとめて奪いつくしてやるのも悪くない。ミッション名、『山賊作戦』としよう。メシがなければ、奪えばいいだけの話だ。

 そんな天馬の言葉で、帝国は山賊行為に乗り出すことに決まったのだった。

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