【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

1-09 『凶』の出会い

エピソードの総文字数=1,831文字

 果歩の表情は真剣そのものだった。
 17インチの液晶モニターに額が貼りつきそうなほど顔を寄せて、「今日の占い」と書かれたピンクのボタンにカーソルを合わせる果歩の動きを見ていると、何だか由宇の方が息苦しくなってくる。
果歩って……もしかしてものすごく不器用なんじゃない?
だって見にくいんだもん、これ。
 いつも小さなスマホのモニターばかり睨んでいるせいだった。別に目は悪くないのに、ちゃんと椅子に腰を落ちつけた状態ではモニターが遠すぎるように感じる。
テレビ見てるときと同じでしょう?
テレビにはマウスなんかついてないもん。よしっ!
 のろのろと画面を這いまわったカーソルが、ようやくボタンの上までたどり着いた。画面が切り替わり、バニーちゃんがおみくじサイコロを振る。
 その文字が、画面いっぱいに表示された。
ううううう……。
ふむふむ。
『新しい出会いあり……But苦しい恋の暗示。プチトマトのサラダで運気回復しよう』。

すごーい! 新しい出会いだって!
……疲れちゃった。
果歩ってば、気にならないの? 苦しい恋の暗示よ?!
苦しいって言われても……。
 実感わかない。
 そう言おうとしたとき、突然部屋のドアが開いた。作業服姿の男(つまり篤志)が、部屋の中でパソコンにかじりついている由宇と果歩を見て困惑の表情を浮かべている。
………………。
………………。
????
 果歩も由宇も沈黙した。作業服の男の男も言葉を詰まらせている。鴨居をくぐるのに頭をぶつけないよう腰を屈めたその姿勢のまま凍りついたように硬直していた。
ええと……。
何やってんの。
 篤志の背後から茂が声をかけた。
いや、部屋に女がいたから……。
妹の由宇だよ。
いもうと……。
 篤志はそう言って、もう一度由宇と果歩を見た。が、どっちが『妹』なのか分からなかった。
 確かに高校生の頃遊びに来たとき、妹だよと小さな女の子を紹介されたことがあるような気がする。気はするが……。
 3年も前の話だ。
 小学生の顔なんか、いちいち覚えているわけがない。
 どちらかといえば背の高い子の方が、茂に似ているような気がしなくはないけれど……。
(同じ中学生でも、随分違うもんだな)
 ……という印象を抱くのがせいぜいだった。
 同じセーラー服を着ているのに一方は大人びて、高校生くらいに見える。私服のときに『彼女だよ』と茂に紹介されればそのまま信じただろう。
 だがもう一方は身体も小さいし、顔つきもどこか幼くて、小学生みたいだった。それに……こんなにセーラー服の似合わない女の子も珍しい。
前にも会ったろ。覚えてないか?
――由宇、おまえ俺の留守中にパソコンいじるなって言ったろ?
ユミちゃんのスマホ買ってくれたらいじらないって言ったでしょ?
自分の部屋に行けよ、俺も客が来てるんだから。
あーあ、せっかくお兄ちゃんにいいお知らせがあったのに。行こ、果歩。あっちでユミちゃんのドラマ見よ?
あ……うん。
……あの、ごめんなさい。
 果歩はそう茂に言ってのろのろとパソコンデスクの椅子から降りた。
なんだよ、いいお知らせって。
『ジャングルに虎がいる』ってお伽話のこと。……でも、もうやーめーた。

じゃあね☆
 じらすように言って、由宇は茂を見上げた。
 このときとばかり、とっておきの可愛い笑顔を浮かべる。
 由宇はこの母譲りの笑顔でおねだりするとたいていのワガママが通ることを知っているし、兄の茂もまた例外ではないことを日常生活の中で学んでいる。要するに確信犯なのだ。
 だが茂が、出て行こうとする由宇を引きとめたのは、(今回に限っては)その笑顔のせいではない。
ちょっと待てよ、どういうことだよ、ちゃんと説明しろ。
だって……お兄ちゃんお客さんなんでしょ?
どうしようかなぁ~。果歩はどっちがいい?
 そう言って由宇は果歩の方へ視線を向けた。ここはじらしておいた方がオトクに決まっている。誕生日まであと1ヶ月。ユミちゃんのスマホゲットまで(由宇の希望的観測によれば)あと一息だ。
………………。
 だが、頼みの綱と言うには、果歩はあまりにも心もとない存在だった。そもそも状況がまったく把握できていない。
 由宇と茂の駆け引きを尻目に、果歩は恐る恐る篤志を見上げた。
果歩の好みのタイプ? 『新しい出会い』かもよ。
 からかうように由宇が言った。
工事の人が?
カホって……犬みたいな名前だな。
 篤志と果歩は顔を見合わせ、同時にまるっきり見当ハズレなことを口にした。
 苦しい恋の予感とは……ほど遠い鈍感さだった。

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