放蕩鬼ヂンガイオー

03「刺身包丁のサビにしてやりたかった」

エピソードの総文字数=1,860文字

 現金なものである。
 ヂンガイの姿がなくなれば、客は一気にはけてしまった。

 情報を聞き出そうにも、天甚はのらりくらりと誤魔化すばかり。
 そもそも昨日の事件自体、ネットの力でスピード拡散されてしまったかわりに、そのぶん信憑性が疑われているのも事実だった。初日としては、こんなものなのかもしれない。

 燦太郎は、散らかった玄関周りを掃除しながら大きくため息をついた。

 仕事中にヂンガイが無茶してこなかったのは不幸中の幸いだったといえる。
 奥部屋は中からしか施錠できないのだが、彼女なりに状況判断したのか、しばらく背中でドアを押さえていたら中から鍵のかかる音が聞こえてきたのである。仕事中、とりあえず安心できたのは僥倖であった。

 閑散とした店内に残っているのは、普通に買い物もしたかったのであろう様子の常連が数人くらいである。

「悪いな(がん)ちゃん。ちっとばかし立て込んでてよ」

 天甚が普段モードに戻ってレジ前で世間話混じりの接客をしている。

 相手は雁さんという常連で、ごっついガタイを漁師みたいな格好で包んだ快男児だ。たぶん五十歳そこそこ。肩幅が広く顔が四角く角刈りに捻り鉢巻き、とにかくごつごつした印象なのだが、やたら気が利くお客さんで、今日もお祝いに鯛を包んできてくれていた。

「……天ちゃん。さっきの子、もう奥に帰ったのか」

 野太い声でゆっくりと言葉を区切って話す雁。これが彼の普段の喋り方だ。

「雁ちゃんが気にかけるとは思わなかったぜ。めんこかっただろ? これでウチにも華ができたってもんよ」
「……本物じゃないのか?」
「あ? 昨日の事件の? な、なわきゃねーだろ。ンなことあってたまるかい。ひゃひゃ」
「そうか」

 雁は奥部屋のドアを眺めていた。

 まさかのタイミングでヂンガイが少しだけドアを開けて店内を覗き始めた。

 雁と眼が合ったらしいヂンガイは、いーっと歯を噛んで悪態をつき、乱暴に音を立ててドアを閉めた。

「……嫌われているみたいだ」
「すまねえ、申し訳ねえけど気にしないでくれっかな。まだまだ教育中でよ」
「構わない。新しい環境に気が立っているのだろう。うちのかわいい娘とおんなじだ」

 言いながらポケットから写真を一枚取り出す雁。

 雁は天甚に見せたあと、掃除中の燦太郎にも写真を向けてくれた。距離があるので細かくは見えないが、小学生くらいのかわいらしい女の子がお寿司を食べている写真だった。

「……昨日、かわいい娘が塾の帰りにこの近くを通ったんだ。怪しげな事件に巻き込まれて、かわいいひざをちょびっとすりむくという大怪我をしたらしい」

 写真から目を上げると、穏やかだったはずの雁の表情にかげりが生まれていた。

 というか、ものすごい形相だった。
 とても例えにくいのだが、先ほどまでと全く同じ顔面の形ではあるものの、全ての表情筋に限界まで力が入っている感じ。
 普段は一の字のような細い目つきでニコニコ微笑んでいる感じの人なのだが、今はなんか、隙間から笑っていない黒目がちょっとだけ覗いている。

 雁はそのまま機械のような動きで天甚から魚の怪人フィギュアを購入、精算を終えてから両手をあわせてゴキゴキと骨を鳴らした。

「事件の張本人なら刺身包丁のサビにしてやりたかった」

 ぼそっと吐き出されるドスのきいた声。
 そんなことを言いながら悪役が刃物でも舐めるような感じで魚人フィギュアに舌を這わせる雁である。
 ヒィーッ! と、奥部屋からヂンガイの悲鳴が聞こえてきたような気がしたが、燦太郎も叫びたいくらいの心境なので気を遣う余裕は無かった。

「むむむ」

 全力でビビりまくる燦太郎と天甚の様子に気付いたらしい雁は、駄菓子コーナーに置いてあったラブキャラのお面を手に取り自身の顔に装着した。

 そして、改めてゆっくりとそのお面を取り外す。そこには、いつもの優しい雁の顔が復活しているのだった。

「ただいま」
「おかえり、雁ちゃあんっっっ!」
「わあい! いつもの優しい雁さんだっっっ!」

 キャッキャとはしゃぎたてる店員二名。
 でもって何やら天甚に追加で代金を払っている雁。買うんだ、そのお面……と驚愕する燦太郎。

 ともかく買い物が終了したらしい雁はそのまま玄関に向かって歩き始め、すれ違いざまに燦太郎の背中を軽く叩いた。

「……邪魔したな、サン坊。これ以上サボるとまずいし、ちょっと出なおすわ。……また来る」

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