【共幻社公式作品】ジャングルに虎がいる

2-15 魔法陣

エピソードの総文字数=5,575文字

 篤志は果歩にしがみつかれたまま煙草をふかしていた。

 べとべとした汁がついた牛肉大和煮の
空き缶に使用済み割り箸渡した代物が足元に置かれている。即席の灰皿代わりということらしい。吸いかけの煙草はその割り箸の上に置けば汁がつくこともないし、吸い終わったら汁の中へ突っ込めばすぐに火が消える。確かに合理的といえば合理的だ。

 その横にはおにぎり5個分のパックの残骸が、ひとまとめにされていた。

どこででも生きて行けるやつっているもんだな……)

 その光景を見て、英司は思わず眉を寄せていた。

 大した馴染み具合だった。10年前からここで暮らしているんだと篤志に言われたら、うっかり信じてしまうかもしれない。
(まあ、第一印象からしてお繊細なタイプには思えなかったけどね。 あの血まみれ、土埃まみれの手でどうやっておにぎりを食べたのかなんて絶対考えたくない……)

 膨れ上がったコンビニの袋にはウェットティッシュの徳用パックだって入っているのに薄い包装フィルムが剥がされた形跡はなく、未使用なのが一目瞭然だ。

 だが……そんなことはどうでもいい。

 とりあえず英司にとっては、篤志が食事と煙草で落ち着いているように見えることが重要だった。

 そうでなければ近寄りたくなかった。

 妖怪と素手で殴り合うようなヤツとガチンコ勝負なんて事態は願い下げだ。

ウーロン茶、取ってくれ。
 茂と英司と小霧が3人並んで自分を見下ろし、絶句している様を訝しげに見上げつつも、篤志は憮然とした表情のままそう声をかけた。

 咥えていた煙草を大和煮の空き缶に捨てて煙を吐く。

 果歩のほうへ煙が行かないように……と、それなりに気を使っているのだとわかる。1メートル弱離れた場所にある2リットル入りペットボトルに手を伸ばさなかったのも、果歩を起こさないために配慮した結果なのかもしれなかった。

(お茶の1滴も飲まずにおにぎり5個も食ったのか……)
 さぞや大和煮の汁気が美味かったことだろう。
…………。
 英司は無言のままペットボトルを篤志に渡した。気遣いついでに自分を取り囲んでいる3人の視線の意味に……ちょっとくらい気を払ってくれてもいいんじゃないか、と言いたくてたまらない。

 だがもう一度コンビニ袋を探って紙コップを取り出して振りかえったとき、コイツには何を言ってもムダだと思い知った。

 こともあろうに篤志はたった今渡された2リットル入りのペットボトルに直接口をつけてごっきゅごっきゅと喉を鳴らしているのだ。

おい、おっさん!
ん……?
ん? じゃないだろ。

歯も磨いてないくせにラッパ飲みはやめろ。ここには5人もいて、全員そこから飲むんだ。第一、ちゃんと紙コップだってあるんだぞ

………………。
 今度は篤志の方が絶句した。

 自分が掴んでいたペットボトルに目をやり、それから茂と小霧に、

まあまあまあ……。
押さえて押さえて!
……と、なだめられている英司に目をやる。
どこのお嬢だ、おまえ。
まあまあ、英司くん、ペットボトルはもう1本ありますから。

……とりあえずおにぎりでも食べて落ち着きましょうよ。ええと――残っているのは梅干とマヨネーズ系ばっかりですが。

 茂がそう言ってもう1本のペットボトルを英司の前に置いた。こっちはコーラだ。

 英司としてはマヨネーズおにぎりとコーラの相性について熱く語りたい気持ちもあったのだが、それは押さえておくことにする。どう愚痴ろうと他に選択肢はないのだ。

 仕方なく英司はコンビニ袋からピクニックシートを取り出してソファの上に広げ、袋に詰め込まれたままの食品を並べていく。ないものねだりをする気は毛頭ないが、撹拌されて缶詰の下におにぎりがあるような現状を受け入れるのはどうしても嫌だ。すべての食品を並べ終えると空になった袋に篤志の足元のゴミを放り込み、英司はやっと腰を落ち着けておにぎりを吟味し始めた。

あ、スペシャルカード!
 残るおにぎりを自分と果歩でどう分けるかと真剣に悩んでいる英司の横で、今度は小霧が几帳面に並べたられた品々を盛大に引っ掻き回し始めていた。

 茂の買ってきたトレーディングカードに興味津々のご様子だ。

で、どうしてこのガキがここにいるんだ。
 篤志はどうやら専有OKとなったらしいウーロン茶をもう一度煽った。

 知らないうちに小霧が仲間に引き込まれているのだという事情は、なんとなくその光景から理解できる。

彼は小霧です。私のゲーム仲間で……。
こいつは本当に妖怪なのか。
 篤志はそう言って英司のほうを振り返った。

 英司はウェットティッシュを何枚も使って丹念に手を拭い、おにぎりのパックを開けにかかっていた。

ホントに妖怪だよ。こいつがあの水の狐を操っていたんだ。あんただって、水がこいつそっくりの姿になるトコ見ただろ。
……ただのチャラチャラしたガキにしか、見えないけどな。
 あの長い耳がない今、たしかに小霧の外見はごく当たり前の人間と変わりなかった。
(あのときに見た男は、確かに印象が違っていた……)

 最初にここに落ちてきたときに見た、魔法陣に立つ男の姿が思い浮かんだ。

 これまでの話を総合すると、あれが茂の身体に〈滞在〉する以前の、威月という妖怪の本来の姿――ということになるのだろう。

 白い髪が背中に流れ、額にはインドかどこかの仏像によくある第三の目のような赤い幾何学模様が彫り込まれていた。顔も体も不自然なほどに均整が取れていて作り物のようだったのが印象的だ。小霧のような長い耳もなかったし、姿かたちを構成するパーツのひとつひとつはどれも人間と変わらないのに、あのときの威月の姿のほうが小霧よりよほど人間離れしていたように篤志には思える。

小霧は、あの崩壊事故を引き起こしたゲームのことを知っていると言うんです。
 茂がそう言ったとき、ほんの一瞬だったが……篤志は茂の顔に、かつての威月の顔がぼやけてダブっているのを見た。目の錯覚――とも思える。だがあの水が水狐や小霧の姿を真似たように、威月もまた茂の姿かたちを作り出しているようにも思えた。〈滞在〉とはそういうことなのだろうか。もはや目の前に存在しているのは茂の身体ではなく、その影のようなものかもしれない。
今更そんなことを聞いて、どうなる?

そのゲームと、おまえたちが今やっているゲームは何の関係もないだろうが。

関係ないとは言い切れませんよ。あなたと英司くんと果歩ちゃんは、そのどちらにも重複したコマなんですから。

――あなたが水狐を倒したことで小霧はゲームオーバーになったわけですが、私たちのゲームはまだ終わっていません。あとふたりのプレイヤーがエントリーしていて、今もこの廃墟のどこかに潜んでいる。

それにもうひとつ。あなたたちがここへ来たとき、私は自分の手駒を召喚しているところでした。私がいつもゲームに使う炎鵬(えんほう)という鳥の姿を持つ炎です。その炎鵬は今は私の手駒ではなく、NPCとなっています。

なんだその……NPCってのは。
ノンプレイヤーキャラクターの略。

そのまんま、プレイヤーのいないキャラクターってことだよ。

プレイヤーがいないとどうなるんだ。

プレイヤーの有無は大きな問題じゃありません。残る敵対プレイヤーは2人だが、倒すべき敵の数は1つ多いというだけです。

もちろん、あなたたちとは無関係な場所で彼らがぶつかり合い、数が減ってくれるという可能性もありますが、そのすべてと戦うこともあり得る。

そして大間を崩壊させたもうひとつのゲームがまだ続行中なのだとすれば、この先もイレギュラーな事態はいくらでも考えられます。情報は多いほうがいい。あなたたちはまだ〈自分の立ち位置〉さえ分かっていないのですから。

お先真っ暗じゃん……。
そうとばかりも言えないさ。王牙がいれば戦力に不足はないだろ。
 トレーディングカードに続いて、おまけ付きチョコスナックも次々に開けて、小霧は軽い調子で口を挟んだ。10個近くあるチョコスナックの箱を全部開けておまけを確認するつもりらしい。
俺たちがいつもやってるのはバトルゲームだよ。

それぞれの手駒を用意して、ゴール地点を占領することを勝利条件に戦わせるんだ。手駒がやられたらそのプレイヤーはゲームオーバー。残るプレイヤーがひとりになったときゴールの封印が解かれてゲーム終了ってシナリオさ。

俺はもう落ちたから、あとふたりプレイヤーが落ちれば封印は解ける。単純だろ?

ゴール地点?
――ここですよ。
 英司の疑問に答えたのは茂だった。

 本来このホールは、ゲーム終了の時点まで封じられていたはずの場所なのだ。

虎の絵の真上に青く光るマーカーがあって、ゴール地点の目印になってるんだ。
天井の裂け目から見えてた光か……。

つまりここで待っていれば、いずれは敵がやってくるってことだな。


……で、もうひとつのゲームについては?

あのゲームは王牙を呼ぶことが目的だったってのがよくある噂だけど、本当は違うのさ。

もちろんそれもゲームの一部だけどね。

やつらがやっていたのも、大筋は俺たちのゲームと同じ流れだ。それぞれの手駒を召喚して、戦わせて勝利条件を得る。ただし、コマを召喚する前からもうゲームが始まってるんだ。

手駒を召喚する効率もゲームを左右するってことか?
そうそう。

無機物である炎や水を召喚するのは、それほど難しいことじゃないんだ。例えば、俺や威月にもできる。自分の核を埋め込むことで、生きてるみたいに動かすこともね。

でも王牙みたいに自分の意志を持った生物を呼ぶのはそれほど容易いことじゃない。高度な能力がなければ召喚そのものができないし、意のままに操ろうと思うなら特別な核が必要になる。

で、そのゲームをやってた連中は巨大な魔法陣を作って核を育てるところから始めたんだ。意志を持った炎には、意志を持った核が必要になるんだよ。人間はその核にすごく適してるんだ。中でも、妖力に順応できるタイプの人間が一番いい。妖怪が人間に産ませた子供が一番って話を聞いたことも……。

大間団地が、その魔法陣だったって言うのか?!
 英司が苛立ちに声を荒げた。

 食べかけのおにぎりがその手から落ちて床を転がっていく。

大間が妖力を増幅させる場だって話は威月から聞いたんだろう? 魔法陣には適した土地さ。ちょっとしたきっかけを与えれば、人間は勝手に入りこんでくる。そして勝手に街を作って、子供を増やす。

そういう子供はね、他の土地で生まれた子供に比べて段違いに妖力への順応力が高いんだ。そこにいる果歩みたいにさ。

もちろん、すんなり王牙を呼ぶことができたわけじゃない。大間を手に入れてここに魔法陣を作ったプレイヤーに、他のプレイヤーはいろいろ妨害を仕掛けたって話だ。

妨害?
そこがやつらのゲームの面白いところなんだ。やつらのゲームにはプラスはあってもマイナスはない。

ひとつ妨害を仕掛けられたら、その妨害を取り除くために別の新しい要素を組み入れなきゃいけない。ゲームの規模がどんどん大きくなるのを楽しんでたみたいだな。

――英司や篤志もそうやって追加された要素なんじゃないの。威月は火種とか鍵とか言ってたけどさ。

 小霧はトレーディングカードの中から女性キャラクターの描かれたカードを1枚選び、篤志の座っているソファに置いた。

 さらにもう1枚、馬に乗った騎士のカードをその隣に並べる。

これが果歩で、こっちが英司ね。

果歩のカードと英司のカードは対になって機能する。これは妨害じゃなくて、補完かな。果歩のカードだけで足りない分を英司のカードが補うわけ。これで核が完成したとするよ? あとは王牙を召喚するだけだ。

でも他のプレイヤーも黙ってこれを見過ごすわけにはいかない。核が機能するように成長するにも王牙を召喚するにも長い時間がかかるから、そのあいだにこの核を機能しないように妨害をするんだよ。例えば果歩や英司のカードそのものの能力を封印する要素を加えるとかさ。

 小霧は2枚のカードを伏せた。

 そのうにチョコスナックのおまけのフィギュアを乗せる。それが封印ということなのだろう。

封印そのものを消すことはできない。だからこの2枚のカードを使うためには、別の新しい要素を加えて、この封印の効果を相殺しなきゃいけないんだ。例えばその封印を解くためのキーワードを用意して、核となった子供の意識の奥底に植え付けるとか。

『ジャングルに虎がいる』ってお伽話を聞かせれば……。

 フィギュアが指先でぴんっと弾かれて果歩と英司のカードが再びめくられた。

 さらに小霧は果歩のカードが真ん中にくるようにもう1枚のカードを伏せて置いた。

これは篤志のカードね。

このカードには隣り合ったカードの能力を封じるって能力を与えるんだ。これが英司のカードみたいに補完のために置かれたのか、それとも妨害なのかはわからない。妨害の妨害かもしれないし、妨害の妨害の妨害……って可能性もあるかな。

どちらのプレイヤーにとっても意味のある要素だ。王牙を召喚するタイミングを図るのにも使えるから。

 小霧は果歩のカードを伏せ、篤志のカードをめくった。

 カードには死神のキャラクターが描かれている。

でも結局、王牙は召喚されたわけだよね。

早すぎたんじゃなかな。果歩が核として育ちきっていなかったとか、篤志の封印が未完成だったとか。

だから召喚された王牙は暴走し……王牙を召喚したプレイヤーにさえ止められなかった。

その結果、大間団地は崩壊したのか。
 篤志が言った。

 苦々しい口調だった。

 これまで茂と英司の会話から拾い上げた荒唐無稽な断片が、初めて篤志の中で具体的に像を結んだ。その映像は、意識の奥底に埋もれたいくつもの記憶へとつながっていく。

 燃え上がる炎。

 虎の絵の前でお伽話を聞いたこと。

 そして、犬を拾ったあの夜のことも……。

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