ブラの名前

エピソードの総文字数=3,429文字

 「ああっ!疲れた!もうやだ!何もしたくないっ!」
 一日を終えてめる子が弱音を吐くのも無理はない。新作ブラ、ミカエルの復活再現作業を行いながら、手が空いたり待ち時間ができたプロジェクトのメンバーを別室に連れてきては、いわゆる取り調べ的な事をして、三浦助教授のテストを受けさせて、の繰り返しである。
 メンバーの女の子たちは、める子を除いて11人いるわけだから、一人あたり小一時間話を聞いても10時間近くの尋問作業になるわけで、すでに夜も遅くなり、気楽とて心身ともに疲労している。
「……こ、こんな状態でキタコレまで作業を続けられんのか?すでに限界を感じてきたぞ」
 気楽も頭がくらくらするのを耐えながら言う。
「持ちこたえられるわけないでしょ。今日は解散よ。あの子たちも早く帰すわよ。……今日轍夜して明日は何もないならいいけど、明日だって激務なんだから」
 そう言いながら、める子は自分たちの作業場へ戻って女性群に帰るよう指示しに行った。

 今日一日がかりでわかったのは、まず11名のスタッフメンバーのうち、いわゆるベタな言い方ではあるが『アリバイ』がない人間が約半数ということだった。
 実家暮らし、もしくは結婚しているなどで、同居人がいて、もちろんその人たちに確認は取ってはいないものの、証言者がいるであろうメンバーが6人。逆に、一人暮らしなどで証言してくれる人間がいないものが5人いる。
「5人のうち、絞り込むとすれば……」
 それぞれの名前が書かれたお手製のテスト用紙と、気楽自身が書き込んだ計測時間を眺めながら、気楽はもはや両足を机の上に上げて体裁など気にしなくなっている。
 さっさと犯人を挙げて、京都に帰りたいもんだぜまったく!と言いたいところだが、今日もお泊まり確実なこのザマだ。
「さ、今日はもう上がって休みましょ!」
 手で追い払うような仕草をしながら、める子が戻ってくる。
「全員帰したわ。あたしたちも撤収よ」
とやけに慌ただしく片付けに入る。
「事情聴取の結果、検討しないのか?」
 不思議に思って尋ねると、める子は興味深いことを言った。
「それは明日がんばりましょ。ああ、そうだ。言ってなかったわね。この会社、11時になったらビルが全館閉まるのよ」
 それを聞いて、気楽もピンと来るものがある。
「どういうことだ?もう少し詳しく教えてくれ」
「んーっと。ご存じの通りうちの会社は女子ばかりなので、社長がみんなずっと遅く帰ることを気にしていてね。終電に乗り遅れないように、どんなにプロジェクトが立て込んでいても基本は11時に全員撤収なのよ。9時頃までは表玄関も開いてるけど、10時台になると社員通用口は出る方向のみで入れなくなるし、11時過ぎたら警備室横からしか出られなくなるってわけ」
「ということは、ミカエルが盗まれた時間が確定できるかもしれないってことか」
 あ、そうか!とめる子も同じ事に気付いたようだった。
「一昨日、あたしが退勤した時間が午後10時過ぎだったから、基本的には犯行時間は1時間しかなかったってことね!誰かが持ち出したのなら、その間に通用口から出るしかないし」
「11時過ぎに出たなら、警備員が把握していることになる」
「いいえ、10時台でも通用口はカメラがあるから、モニター見せて貰えばいけるわ!」
 思わず二人でハイタッチする。
「明日、警備員さんに録画を見せて貰いましょ!」
「意外な盲点だったな」
 しかしながら、気楽とてそれほど簡単に真犯人を捕まえられるとは思っていなかった。
 もし、録画に誰も映っていなかったら。あるいは該当時間に退勤したメンバーがいなかったら。警備室のモニターが証明できるのはあくまでも「外部犯行説」を否定することのみである。
 内部犯行なら、密室状態が確定するだけだ、と少し身震いするような恐怖と少しの興奮を感じる。
 もし、誰も外に出ていないのなら、
『……ミカエルは、まだビル内にある』
ということになる。誰も出ていないならば、それはすなわち真犯人がミカエルを持ち出していない、ということにもなるのだ。
 疲労の中にありながら、気楽は自分の脳味噌がフル回転するかのごとくアドレナリンが出てくるのを感じていた。

 あたし、今日タクシーで帰るから晩ご飯一緒に食べよう、と言い出したのはめる子のほうだった。
 さっきまでもう何もしたくないモードだったのが一転、犯人のメドがつくかもしれないと思うと興奮して寝られないらしい。まるで子供だと思ったが、もちろん気楽はそんなこと口には出さない。
「おやっさん!ビールちょうだい!生ね、生!」
 飲み屋街のラーメン屋に連れていかれ、このせっぱ詰まったプロジェクトのまっただ中にありながら飲みに走るとはいい度胸である。
「ほら、三浦!あんたも飲めないとか言ってないで一杯ぐらいつき合いなさいよ!」
とグラスに生ビールを注がれ、一気飲みさせられたのですでに気楽の顔は真っ赤だ。
「アホっ、こんな状態で推理もへったくれもないだろうが!ああ、頭がくらくらする」
 ビール一杯ですでに敗北気味の気楽だったが、める子はそんなこと気にしちゃいない。
「で?あんたのテストでは誰が怪しかったの?」
「……ち、ちょっとまってくれ。今の状態では思考回路がショート寸前だ」
「もう!今すぐ会いたいってか?この野郎!」
 ずるるるる、とラーメンをすするめる子である。ああ、もう酔っぱらいのおっさんの会話だ。
 健全なる読者諸君のためにアドバイスしておくが、社会人になると公私ともに飲み会というものがやたら開催されたりするが、飲めなくても出席だけはしておいたほうがいい。
 それがどんな上司であれ、同僚であれ、奴らは君がその飲み会に参加したことは覚えちゃいないのだが、参加しなかったことは一生覚えているからだ。
 あるいはまた、彼らは飲み会で話された会話は一切覚えていないのだが、君が飲み会に出なかった場合だけは、そのことを必ず覚えているからである。
 つまり、とりあえず出席しておけば、君の地位は安泰というわけだ。
 なので、ここで二人にどんな会話が交わされようが、それは全くもって無意味であり、あるいは明日もう一度同じ会話を繰り返さなくてはいけないことは必定なのだが、それよりも何よりも、このラーメン飲み会が開催されたことは、そしてここに二人が出席していることは、オリンピックのように参加することに大いなる意義があったと言えるだろう。

 その夜、二人の間に何があったかは、想像にお任せしよう。
 あるいは泥酔しためる子を介抱して送って行ったり、あるいは休んでいったりした秘密の時間を妄想したい人はそうすればいいだろう。
 またあるいは、逆に泥酔して記憶を失った気楽を、ついめる子が可愛く感じたために、一緒にタクシーに乗せられて気がついたらめる子の家で全裸で起きてしまったバージョンが好きな人はそれも良かろう。
 またまたあるいは、道に打ち捨てられた気楽が、飲み屋街の路地裏で朝を迎えるバージョンでもいいし、酔った勢いでめる子に口づけなんかされちゃったりして、もうもう!この色男!みたいなのもこの際OKだ。

 ええい、もう何がどうなろうが、どう思われようが知ったこっちゃないが、一応気楽は何かギリギリのラインで理性を取り戻し、つまりはなんとか酔いも覚めて、める子をタクシーに乗せて自分はホテルへ戻ってかろうじて
「ふう……」
と人心地ついたパターンでここから先を進めることにする。やや期待はずれではあるかもしれないがお許しいただきたい。
 なぜなら、安土める子という女傑は、それでも翌朝シャキっと出社して、昨晩の酒のことなどみじんも感じさせないくらい24時間戦える女子を体現してみせたのであるから、これにはむしろ気楽のほうが、さすがは大都会東京で第一線で戦っている女子は違うなと感嘆させられることになるのである。
 むしろ、ホテルへついてから着替えもせずに、そのままベッドに倒れ込んで眠りについてしまった気楽の体たらくよ。
 おい、推理はどうしたんだ。テストの結果はどうなったんだ。ラブシーンも想像まかせでカットだなんてどうなってるんだ。
 そんな様々なご意見やご指導ご鞭撻を秘めながら、いよいよキタコレまで残りは5日となる翌日の朝を迎えたのであった。

◆作者をワンクリックで応援!

0人が応援しました。

◆コメント欄は未記入でもOK! 公開されないのでお気軽に。

ページトップへ