もしも敬虔な女子高生が〈神は死んだ〉のニーチェ作『ツァラトゥストラ』を読んだなら

『実は臆病? 君子のツァラさん』

エピソードの総文字数=2,331文字

草木も寝静まる真夜中。おもては真っ暗闇だ。

暖かな部屋でうたたねをしていた老人は、突然のノックでたたき起こされる。

手に灯をもち、寝ぼけ眼で扉を開けると、扉の外には、亡者を背負った見知らぬ男がたっていた……。

「こっわ……。

 これ、ぜったいドア開けちゃダメなやつですよね」

「こわーい」
「このご老人、いまひとつ警戒心がたりないようだな」
不用意にドアを開けた老人は、暗闇に立つ謎の男、すなわちツァラトゥストラに訪ねる。

「わしのところに来たのは誰だ。わしの浅い眠りをさまたげに来たのは」。


「ひとりの生者とひとりの死者だ」とツァラトゥストラは言った。「食べるものと飲むものを与えてくれないか。わたしは昼ひなか、飲食を忘れていた。飢えた者に食を施せば、回復するのは施した者の魂だ、と、ことわざにもある通りに」。

「そんなことわざあるんですか?」
「どうだろうか、僕は聞いたことはないが。れいかはどうだい?」
「わたくしも聞いたことないですわね」
「まあ、あっても不思議ではない気はするが……」
「どっちにしても、恵んでもらってるのに、やっぱりめっちゃ偉そうさんですね、ツァラさんって……」

「こんな態度でも施してもらえるから不思議だな」


「人徳、なのですかしらねえ」
 老人はいなくなったが、すぐ戻ってきて、ツァラトゥストラにパンとぶどう酒をさし出した。「ここは飢えた者にはつらい土地でな」、と老人は言った。「だからこそわしはここに住んでおる。動物も人間も、この隠者のわしのところにくるのだ。ところでお前さんの連れにも飲み食いさせてやるがよい。お前さんよりも疲れておる」。ツァラトゥストラは答えた。「わたしの連れは死んでいる。飲み食いさせようとしても無駄だろう」。「知ったことか」と、不機嫌に老人は言った。「わしの家の扉を叩く者は、わしの出したものを喰わねばならぬ。食って去るがよい。達者でな!」。
「なんだか不思議なやりとりですわね」
「おじいさん、警戒心がないだけじゃなくて、ちょっとヘン?」
「まあ、ヘンといったら我らがツァラ殿のほうがよっぽどヘンではあるが……。

 まず、『飢えたものにはつらい土地』~『だからこそここに住んでいる』というあたりが奇妙だな。なぜ『だからこそ』なのかは省略されているのか書かれていない」

「それに、死人にまで食べさせろっていうのもおかしいですわよね」
「『おぅ、俺のパンとワインが食えねえってのかい!?』ってかんじ。このおじいさんこそ酔ってそう」
「べつにワインがでてくるからと言って、酔っ払いの話ではないぞ」
「キリスト教のミサでもパンとワインは使うじゃないの」
「未成年の私たちがいただけるのはお酒じゃなくてブドウジュースですけどね~♪」
「しかし、あれだけキリスト教が大嫌いなツァラ殿というかニーチェが同じ表現をつかうというのも不思議ではあるな。キリスト教ではパンは『キリストの身体(肉)』、ワインは『キリストの血』を表しているわけだが。もしかしたら、なにか別の意味合いがあるのかもしれないな」
「森の中で出会ったおじいさん(『神を信じるおじいさんと、人間を愛するツァラトゥストラ』参照)とは恵んでもらうとか恵んであげるとかで不思議なやりとりになっていましたし、またなにかの比喩なのかしら……?」
「どうでしょう……。ツァラさん、お腹減って弱っちゃってたのかもしれませんね」
「というと?」

「だって、お日様にだって偉そう発言してたんですよ?(『前口上~太陽をおまえ呼ばわり』参照)

 あのぐらい元気なツァラさんなら、こう言わなきゃ嘘ですよー


『君よ、老人よ! いったい君の幸せもなにものであろうか、もし君のパンとワインを施す相手がいなかったならば!』


なんてふうに絶対言ったはずです」

「ははは、なるほど、たしかにな」
「もしかして、太陽のように言い返さない相手にだけ偉そうな振りしてるだけだったりして?」

「なにそれ、弱っちいです!」


「でもちょっと可愛くない? 太陽に虚勢(きょせい)を張ってるツァラちゃんって」
「かもかも! ちょっと可愛いかも!」
「ねー♪」
「また乙女たちは……。

 それにしても、ふむ、太陽、つまり巨星に虚勢か。おもしろいな」

「えー……。先輩、おやじっぽいですー」
「……。」
「むぅ……」

「ゴホン、ちょ、ちょっと肌寒くないかな?


 と、とにかく、太陽には異星……いや威勢よくあれだけ言っていて、道化師や墓掘り人にはなにも言い返していないというところも注目かもしれないな」

「(またごまかした~)


 先輩なら、そういうときどうしますー? 変な人たちに因縁つけられたらー?」

「まあ、僕も何も言わずにその場を去るかもだな。程度の低い者らにレベルをあわせることもなかろう」
「君子、危うきに近寄らず、ですわね」
「そういうことだ」

ツァラトゥストラは、それからさらに二時間ほど歩いたという。死者の分まで貰ってしまったパンとワインをどうしたのかは描写されていないが、おそらくは歩きながら生者がおいしくいただいたのだろう。


 空が白みはじめると、ツァラトゥストラは深い森のなかにいることに気づいた。もう道はなかった。そこで彼は死者を一本の木の空洞(うろ)のなかにおさめて──狼から死者を守ろうとしたのだ──自分はその木を枕にして、土と苔の上に身を横たえた。そして、たちまち寝入ってしまった。身体は疲れていたが、魂はみだれなかった。
(なんだかんだ言って(言っていないが)悪魔的道化師(ピエロ)に言われた通りに街を出たんじゃないか。ツァラ殿は。

 やはり臆病なのか? いや、おそらくは、僕と同じく付き合ってられない連中とは会話せずに去っただけの、危うきに近寄らない君子、なのだろうなきっと……)

〈つづく〉

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