パナギアの童女は茶室で微笑む ――その女は死を知らず、ただ眠るのみ――

進撃のスラブ人2 ボヘミアの中心で真実を叫んだ鵞鳥の孤児、銀鉱ヤコウベク

エピソードの総文字数=4,367文字

 話を整理してみると、フス戦争が起こる前に、ヤン・フス自身は、そのコンスタンツ公会議にて思わず〝おおっと〟灰され、失われた(ロスト)、ということか?
 フス戦争という名前の割には、ヤン・フス当人が既に不在ではないだろうか?俺はその点を、姐に問いただした。
「姐さんに聞きたいんだが、フス戦争と、火刑(ひあぶり)になった説教師ヤン・フス自身の間に、どのような関わりが?」

 姐は考えを巡らせたのか、一呼吸置いてから問いに答えた――あるいは単に、茶菓子が作り出した味の余韻を満喫していただけなのかも知れないが。
「――これはよくある話の一つなのかもしれないけど、説教師ヤン・フスが火刑にあった後、フスの薫陶を受けた人たちが紆余曲折あって始めたのが、フス戦争。
 なにせベツレヘム礼拝堂(チャペル)にて、毎度信者三千人の満員御礼状態にて、チェコ語でキリスト教の伝道説教ができるぐらいに、説教師ヤン・フスは人気者だったわけだし。
 元々、ボヘミア王ヴァーツラフ四世は、その妻共々にヤン・フスの説教を聴講しに行くぐらいに、親フス派だったんだけど……ヤン・フスの火刑後、突如ローマ・カトリック側へと風見鶏的に政策変更したために、ボヘミア国内のフス派は、さらに火が付いて大混乱。
 過激なフス派は、ローマ・カトリック側の市長などを〝窓から投擲(デフェネストレーション)〟したり、一方でベツレヘム礼拝堂(チャペル)がローマ・カトリック側から攻撃を受けたりと、初期は色々とあったんだけど、フス派のローマ・カトリックに対する、抵抗するポイントというか、落としどころは、プラハ四箇条(フォー・アーティクルズ)に落ち着いた、とも言えるかしら?」

「プラハ四箇条(フォー・アーティクルズ)って?」

「フス派がローマ・カトリックに呑ませようとした四つの条件。事の始まりは、説教師ヤン・フスが灰になった後、プラハ内で、銀鉱のヤコウベク(ヤコウベク・ゼ・ストシブロ)が教会で二種陪餐(ばいさん)を教会内で始めたことがキカッケなんだけど、その彼、ヤコウベクが初期案をまとめた、と言われるのがプラハ四箇条(フォー・アーティクルズ)
(1)キリスト教伝道(プリーチング)の自由。
(2)聖餐(エウカリスト)は、聖体(スピーシー)(パン・ワイン)の両方(サブ・ウトラキヰ)を使って行う。
(3)教会財産の徴収と聖職者の清貧化。――イングランドも同じだけど、どうしてもローマ・カトリック教会には財産が集まっちゃうのよねぇ。またプラハでは、以前から十字軍編成予算としての、贖宥状も売られてたわけだし。
(4)極悪非道な罪人の処罰。
 この四つ。
 二番目は、教会での二種陪餐(ばいさん)の許可を求めていて、三・四番目は、主にローマ・カトリックの横暴にして金満聖職者に対する押さえ込みを意味しているんだけど。
 フス戦争の本質とは、一般の平信徒を含むフス派が、ローマ・カトリックからの弾圧に耐えて生き抜き、且つ、この四箇条を受け入れさせる戦い、といっても過言ではないかもね。
 このフス戦争は、ルターによる宗教改革、即ちプロテスタント誕生前の、先駆的運動とも呼ばれてる大切な契機の一つ」

 俺は姐の説明を受け、暫く考え込んだ。全部で四つある条件の内、一・三・四番目は理解できる。腑に落ちないのが、二番目の条件だ。
「俺からすれば、二種陪餐(ばいさん)に、そこまで(こだわ)る理由がよくわからない。それほどまでに、大事なことなのか?他の条件はともかく」
「……あのね、それはアンタが異教徒(ブッディスト)だからだって。……しょうがないなぁ、ちょっと待って」

 そういうと、姉は茶室に持ち込んでいた自分の鞄から、チラシを取り出し、そのロゴマークを指差した。
「これ、十字駅前に置かれていたパンフレットなんだけど。後でジョーキをからかおうと、一枚取っておいたの」

 姐が差し出したのは、〝西国三十三箇所参り〟の巡礼用のパンフレットだった。また、指で差されたところには、簡略化された観音菩薩と思われる意匠があるのだが、その〝右手〟には蓮の花が握られていた。思わず、俺は唸った。
「こ、こんな仏像ありえない。菩薩は単身なのに、右手に……花だと……?
 描いたのは誰だ?ええい、デザイナーを呼べっ!」

 やや興奮ぎみの俺を見越したように、姐は俺を揶揄した。
「アタシからしてみれば、花を持つ手が右手でも、左手でも、どうでもいいことなんだけど、そこまで大事な事なのかしらね?」
 なるほどそういう事か。宗教が違えば、大切にするポイントというのは、部外者が予想できないほどに全く異なる……その典型的な事例か。

「金剛寺兄弟、仏教では花を持つ手に関して、そこまで重要なのでしょうか?」
 瓶白が興味深そうに尋ねてきたので、俺は神妙な顔をしながら答えた。
「仏像が持つ〝持物〟には深い意味があるからこそ、意味ありげに、わざわざ手に持っているからな。
 ……例えが悪いかも知れないが別の例だと、タロットカード。そのカードの一枚に〝悪魔〟があるけど、その悪魔は剣を左手に持たされていてる。普通、剣は右手で持つもの。これによって、その絵は〝力の誤用〟を暗示させている、とも言われている。
 特別な事例ではない限り、仏像・仏画では花は左手、これはどうあっても譲れない。男子トイレに、女子が入ってはならないように。当たり前の決め事なんだ」

 姐さんが、俺の言葉尻をとらえた。
「――わかったかな、ジョーキ?
 二種陪餐(ばいさん)、アタシはルーテル派クリスチャンとして、コレを譲れない。聖餐は、ワイン抜きのパンだけで十分だなんて、聖書の何処にも書いてない!
 ルターの行った宗教改革(ザ・リフォーメーション)といえば、〝信仰義認(ソラ・フィデ)〟などばかりに目がいくけど、二種陪餐(ばいさん)を忘れてダメ。フス派も、ルターも、ローマ・カトリックに抵抗(プロテスト)して袂を分かち、ようやく二種陪餐(ばいさん)を手に入れたのだから。
 フス戦争というのは、二種陪餐(ばいさん)を行う数千人の異端市民の蹂躙(じゅうりん)殲滅(せんめつ)のために、名誉ある皇帝・諸侯・騎士らが束になって率いた数万人レベルの十字軍が、五度に渡って派兵されるという、大規模な戦争だったのよ」

 俺は姐さんの言葉を受けて、しばらく考えてみた。俺はよくわかっていないが、姐さんにとっては二種陪餐(ばいさん)は重要らしい。しかし、同じキリスト教徒はいえ、瓶白は一種陪餐(ばいさん)を容認している。
 そもそも、なぜローマ・カトリックは二種陪餐(ばいさん)を禁止しようとしたのだ?

 瓶白が俺の表情から悩みを読み取ってくれたのか、彼女は語り始めた。

「――本当に不思議な話です。なぜ当時のローマ・カトリックは、二種陪餐(ばいさん)をそこまで禁止したのか、私にもわかりません。
 初期のキリスト教では、どこでも二種陪餐(ばいさん)だったのですが、途中から徐々に、一種陪餐(ばいさん)を実行する教会も増えていったと聞いています」

「瓶白、そのあたりに関して、もし何か知っているのなら教えてはくれないだろうか?」

「そうですね、諸説あるのですが、初期教会でも〝自分の晩餐をかってに先に食べるので、飢えている人があるかと思えば、酔っている人がある〟とかありましたが……とりあえず、私の知る範囲でのお話しとなります……」
 コリント第一の11:21か。そこは〝聖餐(エウカリスト)〟じゃなくて、〝晩餐〟ってあるんだが……あ、主の晩餐だから、〝聖餐(エウカリスト)〟なのか。

 それから瓶白は淡々と、聖餐(エウカリスト)――カトリックでは聖体拝領(ホリー・コミュニオン)――がパンだけになっていった経緯を話してくれた……。

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参考文献
■プラハ四箇条とか
Francis Lützow, "The Hussite wars", (1914). pp.56~
山中謙二, "フシーテン運動の研究―宗教改革前史の研究"
薩摩秀登, "中世後期における中欧の政治と文化", 明治大学人文科学研究所紀要, vol. 43, pp.53-80, (1997).
■ルター著作集 第1集 5巻(二種陪餐について他) pp33~
■Jakoubek ze Stříbra→Stříbraは地名(銀鉱がある)
■ūterはラテン語男性名詞。二つの内の1つ、の意味。(他にも革袋、子宮の意味もある。)utraで女性形。そこに接尾辞queを付けるとutraque。両方、の意となる。uterqueだと男性形。パンとワインの両方を意味する時は、utraqueの女性形を用いる。(「杯」は「女性」のアトリビュート。優勝(カップ)に取手が2つあるのは、子宮(ウテルス)をモデルとしている、という説もある。)ラテン語 Sub Utraque Specieは、英語だとunder both (kinds of) communionとなり、(パンとワインの)両方を用いた(聖餐)、という意味になる。二種陪餐(ばいさん)を薦める穏健派フス派は〝両式派(ウトラキスト)〟とも呼ばれ、聖餐杯(カリス)(聖杯)が描かれた旗を使っていた。文献によっては聖杯派、二種聖餐派とも呼ばれる。
■コリント第一11:20~22「そこで、あなたがたが一緒に集まるとき、主の晩餐を守ることができないでいる。というのは、食事の際、各自が自分の晩餐をかってに先に食べるので、飢えている人があるかと思えば、酔っている人がある始末である。あなたがたには、飲み食いをする家がないのか。それとも、神の教会を軽んじ、貧しい人々をはずかしめるのか。わたしはあなたがたに対して、なんと言おうか。あなたがたを、ほめようか。この事では、ほめるわけにはいかない。」
■前にも紹介しましたが、一人の軍師が作り上げた戦略が、十字軍を五回とも打ち破る話は、大西巷一先生の『乙女戦争(ディーヴチー・ヴァールカ)』 でお楽しみ下さい。

作者コメント
 当初、二種陪餐(ばいさん)視点から、第一次プラハ窓外投擲事件「嫌なら窓から投げ捨てろ」を牛王が語る流れを予定していましたが、急進派ヤン・ジェリスフキーを絡めると長くなりそうなので切り上げました。m(_ _)m Merry Christmas m(_ _)m
(間違えて、未完の文章「嫌なら窓から投げ捨てろ」を半日ぐらい公開していました……)

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