アルパヨの子、ヤコブ

ベルゼブル

エピソードの総文字数=1,472文字

イエスさまが生まれ故郷、ナザレ村に帰ることになった。

「イエスさまの御両親は、さぞ誇らしいことでしょう」

おれは、みんなに聞こえるように、そう云った。

当たり前だ、当然だ、と頷(うなず)いている弟子もいたが、

師匠は、ずっと黙ったままだった。

途中、おれたちを「イエスさま御一行」だと知った人々が「イエスさま、イエスさま」と次々に近づいてくる群集を、うまくフェイントで交わしながら、かき分けて、かき分けて...なんとか歩き進んで、食事を取る暇(ひま)もなく、陽のあるうちギリギリに、イエスさまのご実家に辿り着いた。正直、かなり疲れる旅だった。

「さて、イエスさまの御実家だ、これで体を休められる。」

建物は、思ったほど立派ではなく、ごく平凡な、簡素な造りだった。

「イエスさま、意外と貧乏な生まれなのだな」

ちょっと親近感が湧いて、嬉しかった。

しかし、少し様子が変だ。

おれたちを敵視するような人々が、道をふさぎ、家を取り囲んでいる。いままで「イエスさま、イエスさま」と好意的だった群衆とは、あきらかに違う。

家の中は、入ってみると空だった。

突然、後から大声がした。

イエスさまの親族らしき人たちが一団となって、そこに現われた。大声で「この**ガイ息子が!」と攻め立てながら、イエスさまを捕まえようとしたのだった。

ここから、突然に、もみ合いの格闘になった。

師匠を護ろうとする元過激派メンバーのシモンがナイフを抜こうとするのを止めるのが精一杯で、おれが足止めを喰らってる合間に、ボディーガードで元漁師のアンデレがイエスさまの親戚筋を押し返した。

ひと悶着(もんちゃく)が終わると、次に周囲からの大合唱が始まった。

「どこから、こんな人が集まってきたのだろう。」

その数は、1000人を越えていたと思う。

いきなり、一人が前に歩み出て喋り出した。

「おまえたちは汚れている。汚れた霊に取り付かれている」

こいつが扇動している男か。直感で、そう感じた。身なりからして、金持ちで、人望もありそうな、その男は、服装から、この地域一体を取り仕切っている「ユダヤ教」という教えに詳しい学者だと、すぐに分かった。彼らは律法学者と呼ばれていた。

彼らは、幼い頃から文字の読み書きを習っている。学もあるし、いつも勉強に熱心な優等生ばっかり。おれたち「地を這う」ようにして生きてきた、みじめな人生を知らない男たちだ。生まれも、育ちも、自分たちより上の男から「汚れている」と云われる屈辱感は、おれたちを奮い立たせた。

しかし、師匠と、その男との会話は、弟子のおれたちにとって理解不可能だった。何がいいたいのか、そこからわからなかったからだ。使われている単語が難しすぎる。何やら難しい言葉を並べている、というのは分かった。どうやらイエスさまを悪魔よばわりしているんだな...ということだけは雰囲気で理解できた。

「彼はベルゼブルにとりつかれている」

その男は、大勢の前で、イエスさまの親戚一同を前にして、公然と侮辱を始めたのだった。

イエスさまは、何ら動揺する様子もなく、正々堂々と、こう仰られていた。

「聖霊をけがす者は、いつまでもゆるされず、永遠の罪に定められる」

でも、この言葉は、あとで、おれたち弟子の間で話題となった。チンプンカンプンだったからだ。

「聖霊」って何だ?「永遠」って何だ?

師匠の言葉で、わかったのは「罪」という言葉だった。

そうだ、おれたちは、弟子たちは、みな、罪深い。

人のことはいえない。おれは罪深い。

おれたちは救われない。

だから、イエスさまに付き従っているんだ。

師こそは、わたしたちの希望だから。



2017/08/28 22:27

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