パナギアの童女は茶室で微笑む ――その女は死を知らず、ただ眠るのみ――

まるで、スーパー天国鍵のバーゲンセールだな

エピソードの総文字数=3,632文字

「牛王姉妹、初めまして。金剛寺兄弟と同じ学校で学ばせていただいております、瓶白いのりと申します。本日はお足元の悪い中、隣町よりお越しいただき、誠にありがとうございます」
 瓶白の和服座礼が激しく極まり、俺は独り眼福に預かった。彼女の、新月の夜烏よりも黒い髪は、誰が観てもわかるぐらいに丁寧かつ上品に結い上げられ、髪の色よりも僅かに明るい色をした(かんざし)が一本、耳の後ろに、清楚でありながらも忍ぶように添えられていた。
 一方、姐さんはマイペースだ。ただ、正座する姐はなかなか福音商会では見かけないもので、珍しい物なのかもしれない。姐は、瓶白に返礼した。
「瓶白さん、初めまして。いつもジョーキがお世話になっております」
「さて、お客様も揃ったことですし、お濃茶にでもしませんか?」
 我々は瓶白の提案に同意した。それから俺は机の上のノートPCを片付けると、机が移動し、天井側へと収納された。家電操作は、水屋側からのスイッチ操作でもできるようである。瓶白は、我々二人が飲み散らかしたコーヒーカップ等を仕舞い、次のお茶用の釜等を持ってくるなど、忙しそうである。

「お釜を沸かすのが電気炉ですみません。炭を使うと、簡単にオン・オフできない手前、机などが出し入れしにくいものでして」
「お気遣い無く、瓶白」
 俺は彼女を気遣うが、なんとなく姐さんの機嫌が悪そうである。俺が一人でクッキーを食べきってしまったからであろうか?
「瓶白さん、悪いんだけど、アタシぜんぜんお茶の頂きかたとか知らなくて……不作法者で」
 珍しく弱気な姐である。安心しろ姐、俺もだ。瓶白は空気を読んでこう答えた。
「利休の言葉ですが、〝茶の湯とはただ湯をわかし茶を点ててのむばかりなることと知るべし〟とあります。安心してください、私も手順(おてまえ)は忘れています。どうぞお気楽に、楽しんでくれれば幸いです。三千家の間でも、細かなシキタリが違うということは、どの家やりかたであっても、唯一の正解ではない、ということでもあります。私のこの論理立て、正しいでしょうか、金剛寺兄弟?」
 俺は親指を立て、彼女をフォローした。しかし仏教も人のことは言っていられない。葬式の手順や墓、仏壇のシキタリだけは時代と共に複雑化するが、教典の内容の表の意味、裏の意味、影の意味、真の意味を理解しようとする坊主はいつでも少数派だ。そしてこの茶道にも、その面があるのかもしれない。村田珠光が一休宗純の元で作った「詫び」を軸とした世界も、秀吉の頃には金の茶室となった。無駄や贅沢の戒めは消え、一休宗純が最大限に懸念していた、民百姓は苦しみながらも、坊主と金持ちが茶道具道楽へと傾いた事例など、探せばいくらでも出てくるのだろう。
「そういえば姐さん知ってる?三千家って、表・裏・武者小路だよ」
 と、小声で俺は姐さんに囁いた。
「はいはい、そうですか。ご親切にどうも。アンタみたいな卑怯なV1野・V3野を持つバケモノと知識勝負する気はないよ」
 なお、V1野・V3野とは脳における視覚野の部位名称であり、医学部の姐さん曰く、ここの異常発達が、俺の直感像記憶を支えているらしい。

 本来ならば、湯を沸かす時からして茶室とは、必要なこと以外は黙る、という静寂が茶道では当然のことらしいのだが、お湯の沸く音も忘て我々三人は簡単な、通り一遍の自己紹介をしていた。といっても、主に、俺から瓶白への、姐さんの紹介だったのだが。小学校高学年から中学校の間まで、姐さんは海外にいた帰国子女であり、あまり日本文化の知識は小学生レベルである事、この前の英文契約書作成の調整をしたことなど。

「そう言えば、アタシも瓶白さんに訊いてみたいことがあるんだけど」
 そう切り出すと、姐は続けていった。
「その帯も和服も、色・柄共に、とても落ち着いた美しさがあってすばらしいのだけど……その(かんざし)だけは、ちょっと浮いてるもね」
 到着して早々、相手のファッションを軽くディスてやがりますよ、このアパレ評論家ドン牛王。べつにいいじゃないか、十字の簪ぐらい。落ち着いた色で、俺は好きだぞ。
「お気に害されましたか?申し訳ありません」
 謝罪し、簪を外そうとする瓶白。
「姐さん、会った早々、相手の批判とかやめてくれよ、まったく。いくらその態度が普段からの通常運転とはいえ……」
 姐さんを(たしな)めるが、姐さんは、こう反論した。
「いや、デザインぐらいで文句を言うのは確かに大人気ないが、クリスチャンでも無い人間が、ファッション感覚で十字のシンボルを使われると、ちょっとは虫の居所が悪くなるというもんだよ……」
 十九歳で大人だと言い張る姐さんの反論を軽く聞き流しながら、俺はジェスチャーでそのままでいい、と瓶白に合図を送る。微妙に強張ってしまった瓶白に変わり、俺が反論しておく。

「姐さん、後ろの庭にあった灯篭とか、この床の軸を見てピンとこないのか?この()は、キリスト教徒なんだよ」
 目を見開いて、俺の顔を見る姐さん。その顔には「どうしてソレを前もって言っておかなかったんだ?ジョーキかわいくないよジョーキ」と書いてあるが、そもそも、そんな質問をせず、前日に身長とかを訊いてたのは姐さんだろうに。自己紹介で、それぞれの宗派の説明をしなかった俺にも多少の非はあるかもしれないが。
「ゴメン、瓶白さん、信仰心からの持ち物だったのなら、アタシが言い過ぎた。つい、ファッション感覚の人かとおもってしまって。掛け軸の落款を観ると、正教徒(オーソドクス)?だったらいいんだ。ただアタシの教会だとに、マレに居るんだよ。ロザリオとかメダイをいっぱい集めてる人がいて、つい同じ感覚で……」
 俺は、それの何が悪いのか解らなかったが、しばらく二人の成り行きを観ることにした。
「牛王姉妹は、福音商会でバイトをされていることもあり、プロテスタントなのでしょうか?申し遅れましたが、私、瓶白いのりはカトリックで、そこのカトリック楽園教会
の人間です。その掛け軸を描いたのは私の祖母、元カトリックで、結婚を機に途中から正教徒(オーソドクス)、いつのまにかカトリックにもどったような、もどっていないような、そんな方です」
「アタシも伝えてなかったね。アタシはプロテスタント。ルーテル派。池今駅のそばで深夜だけやってるD丸っていう大盛りラーメン屋知ってる?あの側にあるルーテル教会。周囲をオワン・ピタァア・ドキャホテに囲まれ、食材買物天国。
 ちなみに福音商会の正社員の多くは、プロテスタントの精霊派だよ」
 ラーメン屋を中心とした、世界座標で語るなよ、姐。夜中に寝てる一般人にはわかんねーから。それともD丸ラーメンは、姐の人生における、魂のグリニッジか何かか?
「あら、全員同じ宗派ではなかったのですね」
「信教の自由に職業選択の自由。基本的人権は守られてるとアタシは思うよ。福音商会は模範的なホワイト会社」
 毎朝の聖書輪読と、週に一度牧師が来ることはいいのか?いいのか?俺はいいけど。

 談笑の途中、瓶白は我々に懐紙(かいし)とよばれる和紙を配った。僭越ながら、お持ちでないと思いますので、と言葉を添えて。その後、食籠(じきろう)と呼ばれる皿にのせられた主菓子(おもがし)が配られた。懐紙(かいし)の上に取り、食べていいそうだ。ここで配られた主菓子(おもがし)は、俺は観たことがない物だった。
「瓶白、これはやはり、手作り?なんと呼んでいいのかすら解らない。葉のついた、黄色い薔薇」
「普通は伝統的な和菓子をお出しするのですが、ここは福音商会の方を招くに当たり、少し面白い物を用意しました。そのお菓子自体は、マジパンと呼ばれる物です。砂糖とアーモンド、それに本来は牛乳のところを薔薇ジャムで練りあげ、きな粉でやや黄色く色づけしてみました。葉の部分は、きな粉ではなく、うぐいすもち等に使われる、うぐいすきな粉です。もっとも、最近のうぐいすもちは、緑が濃すぎてメジロもちになってますが」
 瓶白はそういうと、本格的に濃茶を練り始めたようだ。そして、お濃茶、私もご相伴に預かってもよろしいでしょうかと、やや照れながら正客の俺に問うので、どうぞどうぞ、と答えた。

 薔薇のマジパンを頂きながら、俺はさっき気がかりだったロザリオとかメダイの事を姐に訊いてみた。
「ロザリオやメダイってプロテスタントは使わないんだよ、普通は。ローマ・カトリックの天国のバーゲンセール的な金集めをディスって抵抗(プロテスト)した、ルターの勧めとあって、聖書の教えを特に重んじてる。――カトリックは違うと思うけど、そこんとこ、瓶白さん、この哀れな異教徒(ぶっでぃすと)に教えてやって」
 哀れ、は余計だ。
「はい、お金大好きはさておき、カトリック瓶白、悦んでお教えします……」

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