頭狂ファナティックス

瀧川紅月VS清美一暁①

エピソードの総文字数=5,167文字

 紅月の左手にはすでにシンボルであるハンドベルが逆手に握られていた。銃声とほとんど同時にハンドベルの頭蓋骨に共鳴するような透き通った音色が部屋に鳴り響いた。テーブルの真上、紅月と清美のあいだで飛来する銃弾が爆発した。紅月はその衝撃で後ろにのけ反り、ソファの背を乗り越え、相手の影になる位置に転がり落ちる。清美は椅子から立ち上がり、なおも拳銃を構えている。続いて発砲された三発の銃弾はソファの背を貫通したが、紅月には当たらなかった。清美は黒塗りのソファを回り込み、屈みこんでいる紅月に狙いをつけて発砲した。一発は相手の頭上を大きく飛び越え、もう一発はハンドベルが鳴るとともに中空で爆発した。六発の銃弾を使い果たしたために、清美は拳銃を床に捨てた。
銃弾が二発、不自然に爆発しました。それが瀧川後輩の能力ですか。
 二人はソファの後ろで五歩ほどの距離を取って向かい合う。
能力名は『太陽の塔』。シンボルはハンドベル。能力の詳細は乙女の秘密っす。
 紅月はいやらしい笑みを浮かべながら、逆手に持ったハンドベルを顔を高さにまで上げて、見せつけるように二回ちりんちりんと空打ちした。ハンドベルは茶色の革でできた柄と白銀に輝く鐘、そして鐘の中に取りつけられている振り子からできており、通常のものよりも細長かったために宗教的な趣があった。柄の部分には紅月自身を象徴するように深紅のリボンが蝶結びに結ばれている。
対象を爆破する能力のようですが、指定できる対象は任意ではない。任意に爆破できるならすぐさま私の頭部を吹き飛ばせばいいのですからね。何かしらの条件を満たした対象ではないと爆破できない。距離が条件ではないようです。もっと別の条件。温度か? 重さか?
おいおい、人の秘密をべらべらと喋りながら解き明かそうとするのは、いくら相手が先輩と言えども許しがたいっすよ。
 二人は距離を保ちながら少しずつドアの方へと平行に移動して、今ではマホガニーの背の低い机を挟んでいた。
清美先輩はコンプレックスを発動しないんすか? あるいは……。
あなたの想像通りです。私はすでにコンプレックスを発動しております。それこそあなたの部屋を訪ねたときから。シンボルは鎖帷子であるために、服の下に隠れていますが。あなたの『太陽の塔』、爆破の条件を見破るにはいくつか実験をしてみなくてはならないようですね。
 清美は腰を低く落とし足に力を込め、長身の身体を床に這わせるような奇妙な足取りで相手に向かって飛び出した。この猪突に紅月は驚かざるを得なかった。相手のコンプレックスを見極めてもいないのに、突撃を仕掛けるのは愚かとしか言いようがなかった。紅月は相手がマホガニーの背の低い机に乗った瞬間にハンドベルを鳴らした。
 紅月が対象を爆破するのに必要な条件は「速度」だった。『太陽の塔』は能力の範囲内にある最も速度の速い物体を爆破する能力である。300km/sを超える二発の銃弾はそのために爆発したのだ。
 紅月がハンドベルを鳴らした瞬間、部屋の中で最も速度が速いものは確かに清美の左足だった。左足首から先は消し飛び、清美は立つことも難しくなり勝負はつくはずだった。しかし爆発したのは机の上に乗っている、先ほど紅月が弄りまわしたポータブルラジオだった。清美は無傷のまま紅月に飛びかかり、拳を繰り出した。紅月は両腕を構えて打撃を受け止め、予想外の事態に思わず窓の方まで飛び退き、清美は追撃するために相手に接近した。その動きは不自然なほどに長身の身体を屈める、這いまわる蜥蜴に似たものだった。
 紅月は防戦に回り部屋の隅から隅へと逃げながら、ハンドベルを鳴らした。しかし不思議な結果になった。『太陽の塔』の能力はコンプレックスの能力者自身も対象になり、紅月は可能な限り速度を落とした動きで後退しなければならなかったが、そのために確かに速度が最も速いものは清美の身体の部位だった。しかしハンドベルが三度鳴らされた結果、一度目はクーラーが爆破され漏電して火花が散り、二度目はマホガニーの背の低い机の脚の一本が爆破されて机は傾き、三度目はキャビネットに乗っている花瓶が爆破されて、そこに差されていた赤いアザレアとともに消し飛んだ。ポータブルラジオに加えて、これらはいずれも速度がついているどころか静止していた。それにも関わらず、動き回る清美を差し置いて爆発したのだ。清美のコンプレックスが影響していることは間違いなく、紅月は逃げ回りながらその正体を見極めようとした。

 不可解なことはまだあった。清美は徒手空拳による攻撃を繰り返していたが、武術を修めているわけではないらしく、その軌道は単調で、実践経験がある人間ならばすべて防ぎえるものであり、紅月がダメージを負うはずはないのだが、その身体には紛うことなき痛みを覚えていた。しかも青痣や出血など外傷は見当たらず、その痛みを正確に言い表すならば、内臓や神経が覚える「鈍い」痛みだった。
 奇襲を仕掛けたさいに拳銃を使ったのがコンプレックスを解き明かす鍵だ、と紅月は相手の攻撃を防ぎながら考えた。清美先輩のコンプレックスは相手へ直接的にダメージを与えるものではなく、変則的な性質を持っている。
 紅月はキャビネットに乗っていた木彫りの熊を相手に勢いよく投げつけると同時に、ハンドベルを鳴らした。置物の爆発の黒煙によって視界が遮られ、ようやく清美の猛攻は止まった。紅月はさらに砂時計を手に取り、次の攻撃に備えた。
瀧川後輩の能力、わかりかけてきましたよ。どうやら速度が速いものを優先的に爆破するようですね。
しっかりしてくださいよ、先輩。そいつは矛盾ってもんすよ。本当にそのとおりなら、今頃消し飛んでいるのは清美先輩の四肢っすよ。けれども実際に爆発しているのは静止しているものばかりだ。けれどもこちらだって、先輩のコンプレックスの正体、掴みかけてきましたよ。
 紅月は砂時計を相手に向かって投擲しながら、ハンドベルを構えた。しかしハンドベルをわざと振らなかった。そのために砂時計は清美の額にあたったあと、床に落ちて割れ、さらさらとした白い砂が絨毯に零れた。清美の足元にある傾いた机の脚の一本が軽く音を立てたのを紅月は聞き逃さなかった。
先輩、あんたの戦い方は奇妙だ。攻撃を受けることにまるで抵抗がない。今だって、投げた砂時計を避けようともしなかった。砂時計は爆発するだろうと考えたのだろうが、俺が能力を発動しなかったためにそのまま顔に当たった。あんたは避けるということを一切しない。そして損壊するのはあんたの周囲にあるものばかりだ。それが清美先輩の能力。自分の身体に受けたダメージを別の場所に移す。
ご名答。それが私の能力、『私の名は赤』
 紅月の推理に敬意を払うために、清美は深々と頭を下げた。
 清美はご名答と言ったが、紅月はまだ相手の能力の全体像を掴んだとは言い難く、状況は依然として不利だった。爆破される四肢を紅月にではなく近くにある物体に移したことから、能力の及ぶ範囲は狭いようだが、転移できる攻撃は打撃や爆発など瞬間的な衝撃に限定されているのか、絞めるような攻撃など持続する衝撃も範疇なのかわからなかった。さらには毒薬など化学的な攻撃に対しても有効なのか不明だった。
 しかし紅月は一見して有効とは思えない殴打も防御するのではなく、回避しなくてはならないことは理解していた。『私の名は赤』は能力者自身が与える衝撃の作用点も移動させることができ、清美の殴打は身体の表面ではなく内部にダメージを与えており、紅月が先ほど感じている鈍い痛みは臓器の損傷だった。
ほとんど無敵の能力っすね。さすが遊撃の職についているだけはあるっす。けれどもほとんど無敵であって、無敵ではない。絶対に勝つ能力なんて存在しない。俺にはすでに攻略法がわかりかけてきているっすよ。先輩、あんたは攻撃を仕掛けるさいに異様に身体を屈める。それは戦闘においては逆に不利になるほどの背丈をカバーするためではない。足を床から離さないためだ。
あんたは空中に衝撃を移動させることはできない。俺の爆破を空中に逃がすのではなく、何かしらの物体に移しているのがその証拠だ。そのために常に床に接地しなければならない。すなわちあんたは身体が空中に浮いている瞬間にダメージを受けると、自分の身体のどこかで処理をしなければならなくなる。
それもご名答。私は物体を介してでないと衝撃を移動させることができません。しかし私とあなたとでは体格差がありすぎる。私を床から浮かせることができますか? その上であなたの能力を発動するには、私の身体が一定以上の速度を持っていなければならない。
 紅月はゆっくりと後退しながら距離を取り、他方は歩みの速度を合わせてそれを追いかけていたが、清美はドアを背にする位置に立つと歩みを止めた。必然、紅月は向かい合いになる窓の近くに立ち止まった。
瀧川後輩の目論見はわかります。あなたはまずここを出ようとしている。そして階段付近に戦いの場を移そうとしている。なぜならこの部屋のような平坦な場所では、仮に体格が同じだったとしても相手を浮かすことは難しい。しかし階段のような高低差がある場所ならば、小柄なあなたにも私を浮かせるチャンスがある。階段から相手を突き落とすだけでいいのですからね。
これまで私が戦ってきた相手は、飛びっきりの阿呆でなければ高さに違いがある場所で戦おうとしました。それを防ぐために私としては、あなたをこの部屋に閉じ込めておきたい。なのでこれを使わせていただきましょう。
 清美が制服の右袖を丁寧に捲ると、鎖が手首から上腕に渡って巻かれていて、その両端には手錠がついており、上腕の方にあるものは嵌められていないが、手の方にあるものはすでに清美の手首に嵌められている。清美が鎖を解いていくと、床につくほどに垂れた。その手錠は通常のものより規格外に鎖が長かった。
あなたはチェーン・デスマッチというプロレスのルールを知っていますか? これはそのルールで使われる手錠で、私のコレクションの一つです。見てわかると思いますが、お互いの手首を鎖で繋いで逃げられないようにした上で戦うのです。片方の手錠はすでに私の手首に嵌められています。もう片方はあなたの手首に嵌めてもらいましょう。
普段の柔らかい物腰からは想像もつかない、意外な趣味を持ってるんすね。壁に飾られているいくつもの手錠を見て嫌な予感はしていたっすけど。嵌められるものなら嵌めてみてくださいよ。
 長い鎖は移動の邪魔になるはずだが、清美は蛇のようにうねるそれを巧みに絡繰りながら、低く腰を屈めて突撃した。紅月は鎖を巻き付けて威力を上げた拳をいなすしかなかったが、すべての攻撃を回避しようとすると、天才的な戦闘センスがない限り、その場に留まることはできず、後ろうしろへと下がるしかなかった。
 そのような戦い方は時間稼ぎにもならず、紅月はすぐに部屋の隅へと追い詰められ、背に壁がついた。逃げ場のない体勢に持ち込まれ、もはや紅月は相手の殴打を避けることなどできなかったが、慎重に慎重を重ねる戦い方を好む清美は相手の身体ではなくその背中をつけている壁を殴った。衝撃は壁から紅月の身体に伝播して、肺に至った。肺を強く打たれた紅月は呼吸が詰まり、眩暈に襲われて視界の中に虹色の星が旋回した。相手の姿さえ見失っている紅月の手首に手錠をかけることなど、口笛を吹くように容易い。清美は相手の手首に手錠をかけると後退して距離を置いたが、紅月の顔が自身の手の方ではなく、爆破されたクーラーの方を向いていることには気がつかなかった。
 そこにはクーラーの名残であるコードがコンセントから垂れ下がっており、火花を散らしながら跳ね回っていた。紅月は視界を取り戻すと同時に、そのコードに掴みかかった。その瞬間、紅月の身体は電流に貫かれて、それは手錠を伝わり、清美の身体に到達した。二人は電気で筋肉が硬直して一斉にその場に倒れた。二人が立ち上がるまでのあいだ、部屋には清美のオールバックを固めているポマードが焼ける独特の臭気が漂った。先に筋肉の痙攣が解けて立ち上がったのは清美だった。ポマードをつけていたせいで電気伝導率が上がり、髪は焼けて縮れ、オールバックが崩れていた。清美が立ち上がるのを見るとすぐさま紅月も起き上がり、唾を吐いた。内臓が焦げたせいで唾は黒かった。

電撃は転移できないようっすね。これで一矢報いたっすよ。手錠を繋いだのが裏目に出た形っす。それでは第二ラウンドといきましょうか。
私の自慢の髪型が崩れてしまったではないですか。このオールバックは毎朝、一時間かけてセットするんですよ。

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